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第30話 呉越同舟 ⑥ ~結界~
しおりを挟む「今だ! 突っ走れ!!」
バンボラの叫びが響く。
これを逃せば、もう鈴音を守りきれない――その焦りが、声を突き上げた。
ライザとリカートが顔を見合わせ、無言でうなずく。
そして左右から鈴音の腕をつかみ、そのまま全力で駆け出した。
「うおぉおおおっ!!」
その三人に向かって、生き残った敵兵たちが殺到してくる。
まるで、死んだ仲間たちの無念を背負っているかのような、異様な殺気を放ちながら。
「させるかっ!!」
バンボラが一喝し、長剣を振り抜く。
その場に仁王立ちになり、迫りくる敵を次々と斬り伏せていく。
彼は、鈴音たちのために細い通路を切り開くことに全力を注いだ。
自分がこのまま、無数の剣に切り刻まれる未来は見えていた。
でも、逃げるつもりはなかった。
どうせ死ぬなら、最後くらいカッコつけて終わりたい。
「バン!!」
後ろからついてきていると思っていたバンボラの気配がないことに気づき、リカートが振り返る。
そこには、孤軍奮闘するバンボラの姿があった。
「……!」
リカートの叫びに、バンボラは満足げな顔を浮かべると、振り返ることなく怒鳴り返した。
「ここは俺が抑える!お前らは先に行けっ!」
バンボラの怒声が響いた。
「なっ…!?」
驚きの声を上げたのは鈴音だった。
少年マンガや映画でよく見る『自己犠牲』―― それを本気でやろうとしているバンボラの行動が、信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
でも、ライザもリカートも、何も言わなかった。
ただ鈴音の腕をしっかり掴んだまま、無言で走り出す。
「……冷たいなぁ。せめて『あんた一人置いてけない』くらい言ってくれてもいいのに」
バンボラがぼそっとつぶやいた、その肩に――敵の矢が突き刺さる。
「さて…このバンボラ様の最後の相手は、どいつだ?」
血を流しながらも、バンボラは剣を構え、笑った。
—————。
ライザとリカートは、バンボラの犠牲を無駄にしないために、必死で走った。
鈴音を抱えるようにして、胸が裂けそうな勢いで塔へと向かう。
塔はすぐそこにあった。
近づくにつれ、周囲の地面が敵兵の死体で埋め尽くされているのが見えてくる。
どれも焼け焦げ、まるで高熱に焼かれたような無残な姿だった。
「あれは…?」
リカートが息を切らしながら塔を見つめ、声を上げた。
塔の周囲には、ドーム状の結界が張られていた。
ドーム状の結界は、まるで灼熱の太陽を閉じ込めたかのように、内側から赤黒い光を脈打たせていた。
近づくだけで肌が焼けるような熱気が押し寄せ、地面には焦げ跡が点々と残っている。
結界の表面には、絶えず稲妻のような光が走っていた。
バチバチと火花を散らしながら、侵入者を拒むように空間を震わせている。
まるで生き物のように、敵の気配に反応していた。
ラクロアの町を守っていた結界とは違い、これは完全に『攻撃的』なもの。
侵入者を拒み、焼き尽くすための結界だった。
「魔王たちよ。サンディムーアの復活と共に蘇った、三年前に封印された者たち。今は塔の守護を任されているの」
ライザが荒い息の中で説明する。
結界の内側には、祈りの姿勢のまま動かない人影がいくつも見えた。
「でも、大丈夫。この結界、すべてを拒むように見えるけど――特定のものだけは通れるようになってる」
そう言って、ライザが鈴音の頭越しにリカートへと目配せを送る。
リカートは一瞬だけ目を見つめ返し、すぐにうなずいた。
二人は鈴音を抱え、さらにスピードを上げる。
その背後には、バンボラを迂回してきた敵兵たちが迫っていた。
数は優に三十を超えている。
追いつかれれば、終わりだ。
でも、塔はもう目の前。
結界まで、あと数歩。
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
リカートが叫び、渾身の力で鈴音を前方へ突き飛ばした。
「えっ――!?」
何が起きたのか分からず、鈴音は呆然とした。
次の瞬間、全身が結界に触れ、まるでプールに飛び込んだような感覚に包まれる。
肌をなぞる光の膜。
音が消え、世界が一瞬だけ静止した――次の瞬間、彼女は内側にいた。
「ここからは、あなた一人よ。早く行きなさい、義人のところへ」
ライザの声が届く。
その向こうには、敵兵たちが迫っていた。
ライザとリカート、二人だけでどうにかできる数じゃない。
「で、でも…そんなの…!」
行けるわけがない。
そう言おうとしたそのとき――
リカートが、左手をそっと結界に触れた。
バシュッ!
何かが弾けるような音がして、リカートの手のひらが黒く焦げた。
血がじわりとにじみ出る。
「……っ!」
「分かるでしょ!?」
ライザの怒声が、鈴音の耳を打った。
「この結界は、勇者オーリン――義人と同じ、人間界の住人にしか通れないの! あなたにしか、入れないのよ! だから――躊躇ってる暇なんてない! 私たちを、犬死にさせないで!!」
その叫びに、鈴音は思わず立ち尽くした。
リカートの焦げた手。
ライザの必死の声。
そして、迫りくる敵の気配。
鈴音は唇をギュッと噛みしめ、ライザの目をまっすぐに見返した。
その瞳に映るのは、怒りでも悲しみでもない。
ただ、願い――「生きて、行け」という、まっすぐな祈りだった。
鈴音は深く息を吸い、そして吐いた。
目を閉じ、心を整える。
そして、静かに目を開けると、塔の方へ向き直り――一度も振り返ることなく、駆け出した。
二人が、父と同じように、自分の幸せを願って命を懸けてくれている。
その想いを、無駄にするわけにはいかない。
あたしだけが生き残るなんて、そんなのズルい。
でも……でも、行かなきゃ。
あの人に会うために。
――絶対に、行く。
義人のもとへ。
塔の中へと消えていく鈴音の背中を見送りながら、リカートがぽつりと呟いた。
「あたしたちの仕事は……終わったな」
押し寄せる敵兵たちを前に、その顔には、不思議なほど穏やかな笑みが浮かんでいた。
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