異境の人 ~鈴音が紡ぐ世界~

葉月奈津・男

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第29話 呉越同舟 ⑤ ~乱戦~

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 どれほど歩いただろうか。
 やがて一行は町の北、屏風のように連なる山々のふもとにたどり着いた。

 その山は、異様なほどの急斜面で、近づくとまるで地面に対して垂直にそびえているように見える。

「まさか……これ、登るの?」

 鈴音が顔をひきつらせながらつぶやいた、その瞬間――視界の中で山が、動いた。

 サンディムーアだった。
 彼はその巨大な手で山の一つを掴み、まるで段ボール箱でも押すように、奥へとずらしていく。

「えっ……山って、動くの!?」

 どうやらその山は、地面から生えていたのではなく、ただ『置かれていた』だけらしい。
 そんなバカな、と思いつつも、目の前で動いているのだから信じるしかない。

 山がどけられた先には、広がる谷。
 その奥に――塔があった。

 漆黒の岩に囲まれ、中央にそびえるのは、プラチナ色に輝く美しい塔。

「……きれい……」

 思わず、うわ言のように鈴音がつぶやく。
 だが、その感動は一瞬で打ち砕かれることになる。

 目が暗がりに慣れ、塔の輝きに目を奪われていた鈴音の視界に、ようやく『それ以外』の存在が映り込んできた。

 ――異形の者たち。

 馬の顔を持つ人間。
 女性の上半身を持つ獅子。
 人間の上半身に馬の下半身。
 翼を持つ馬。
 蛇の髪を持つ女。
 そして、空を舞うグリフォン。

 神話の中から飛び出してきたような、キメラたちが、そこにひしめいていた。

「うっわ~! ナイトメアにスフィンクス、ケンタウロスにペガサス、メデューサにグリフォンまで!? 神話のオールスターじゃん! こんな豪華キャスト、創世記でも見たことないよ!」

 鈴音の声が、思わず跳ね上がる。
 恐怖よりも、興奮が勝っていた。

 彼らが敵かもしれない――そんな考えは、今の鈴音の中にはなかった。

 もちろん、目立っていたのは神話級のキメラたちだけじゃなかった。
 その陰には、RPGでおなじみのゴブリンやオークっぽい兵士たちも、しっかり布陣していた。

 騎馬隊、弓兵、編成や装備を見れば、こちらとあちらに大きな差はない。
 ただひとつ――

 向こうには、サンディムーア級の巨体が十数体もいる。

 こちらは、たった一人。
 戦力差は明らかだった。

「これから戦うってのに、はしゃいでんじゃないわよ!」

 リカートが怒鳴る。
 右手には中剣、背中には三本の小剣。
 完全に戦闘モードだ。

「えっ…」

 鈴音は戸惑っていた。
 神話の生き物たちと戦うなんて、想像すらしていなかった。
 もし相手が『鬼』だったら、まだ戦う覚悟もできたかもしれない。
 でも、空想の中でずっと親しんできた存在と戦うなんて――心が追いつかない。

 妖精を斬ったときは、彼らの言動が鈴音の中の『妖精像』を壊したからこそできた。
  でも、今目の前にいるキメラたちは、ただそこにいるだけ。
 敵だと決めつけるには、あまりにも抵抗があった。

「敵だと思いたくないなら、それでいいわ」
 ライザが静かに言った。

「でもね、オーリン――義人は、あの塔にいる。あの塔に行くには、あの巨体たちが邪魔なの。それだけ覚えておいて。あとは、全力で塔を目指して」

 その言葉が、鈴音の中の迷いを吹き飛ばした。
 彼女の視界から、塔以外のものが消える。

「あそこに……行けば、いいのね」

 音節を区切るように、鈴音は自分に言い聞かせる。
 その声に重なるように、サンディムーアの咆哮が響いた。

 ――戦闘開始。

 ラクロア族は左右に分かれていた陣形を一気に中央へと集結させ、塔の正面へ突撃する。

 怒号、剣戟、絶叫。 戦場は一瞬で修羅場と化した。

「ついてきなさい! 遅れたら、義人に会えないまま死ぬわよ!」

 ライザが剣を抜き、鈴音の前に立つと、そのまま戦場へと駆け込んでいく。

「待ってよっ!」

 鈴音も全力で走り出す。
 その後ろには、リカートとバンボラがぴったりと続いていた。

「突っ込めぇぇぇ!!」

 敵陣からも、魔王のような声が響く。
 威厳と迫力に満ちた、まさに地を揺るがす咆哮。

 敵の騎馬隊が突進してくる。
 リカートが神官戦士らしく、素早く魔法を詠唱。
 小さな霧が発生し、敵の視界を奪う。

 湿った空気にむせた騎士が馬から転げ落ち、そのまま後続の馬に踏み潰されて絶命した。

 さらに、ラクロア族の誰かが放った火球が敵の騎兵の上で炸裂。
 半数が馬から吹き飛ばされる。

 だが、反撃もすさまじかった。

 耳がキーンと鳴ったかと思うと、突如として巨大な竜巻が発生。
 ラクロア族の歩兵たちが宙に舞い、雷が剣や鎧に落ちて爆ぜる。

 上空では、グリフォンやペガサスが旋回し、翼で風を操っていた。

「おのれぇぇぇ!!」

 サンディムーアが怒声を上げ、背中から巨大な鎚を引き抜く。
 振り下ろされた一撃で、グリフォンの翼が千切れ、ペガサスの首が宙を舞った。

 別の場所では、ラクロア族の長槍がメデューサの胸を貫き、蛇の髪がのたうち回っている。

 これは、ただの戦争じゃない。
 まさに『悪魔の仕事』と呼ぶにふさわしい、地獄のような殺し合いだった。

 剣が交わり、命が散る。
 戦場は、血と炎と絶叫に包まれていた。

「……ひどい」

 鈴音にも、今の戦況がどれだけ絶望的かはっきり分かった。
 ライザ、リカート、バンボラの三人に守られているとはいえ、彼女の体は泥と血にまみれていた。
 敵も味方も関係なく飛び散る血飛沫が、彼女の服を染めていく。

 この戦いに、勝者なんていない。
 あるのは、死と破壊だけ。
 始まった瞬間から、そうなる運命だったのだ。
 でも、実際に目の前で命が散っていくのを見ると、全身が震えるほどの絶望が襲ってくる。

「終わりが見えねぇ……こりゃ、もうダメかもな」

 バンボラが、ついに弱音を漏らした。
 誰よりも体力があるはずの彼の肩が、荒い呼吸で上下している。

 塔は確かに近づいてきていた。
 でも、まだ道の半分は残っている。
 しかも、その道は敵でびっしり埋まっていた。
 しかも、元気いっぱいのやつらばかり。

 足元には、もはや敵か味方かも分からない肉塊が転がり、その目が、生きている者たちを恨めしそうに見つめている。

 敵兵を斬り伏せながら、バンボラは思った。
 次にこの地面に倒れるのは、自分かもしれない。
 いや、鈴音か、リカートか、ライザか――。

 そのときだった。
 バンボラの視界に、空から飛んでくる巨大な影が映った。

 サンディムーアの鎚に吹き飛ばされたグリフォンの死骸が、彼らと塔の中間地点にドスンと落下。
 その衝撃で周囲の敵兵が吹き飛び、潰された者たちは即死。
 残った者たちも、混乱して動けずにいた。

 塔と彼らの間には、今や動かぬグリフォンの巨体だけが横たわっている。

 「今だ! 突っ走れ!」
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