異境の人 ~鈴音が紡ぐ世界~

葉月奈津・男

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第28話 呉越同舟 ④ ~出撃~

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 翌朝――鈴音は、けたたましいドラの音に叩き起こされた。

 目を開けると、そこはまるで戦場のあと。
 空っぽの酒樽が転がり、串が松の葉みたいに散乱。
 あちこちに、浜辺に打ち上げられた魚みたいな格好で寝ている人たちがいた。
 男たちはほぼ半裸、女たちも服が乱れていて、目のやり場に困るレベル。

「……年頃の女の子がいる場所じゃないわね」

 鈴音は呆れたように笑った――が、すぐに自分の姿を思い出して赤面。
 人のこと言えたもんじゃなかった。

 床にできた酒の水たまりに映った自分は、胸元ははだけ、髪はボサボサ、目は真っ赤でクマくっきり。

「……ま、いっか。今さらだし」

 年頃の女子としてはどうかと思う発言だったが、こんな場所で身だしなみを気にしても仕方ない。
 鈴音はそのまま部屋を出て、顔を洗うために井戸を探しに行った。

 地界の建物は、人間界ほどバリエーションがない。
 規格が統一されているおかげで、道に迷う心配もなく、部屋の配置もだいたい予想がつく。

 井戸にたどり着いたところで、背後から声がかかった。

「鈴音さん! 鈴音さんですよね?」

 振り返ると、20代半ばくらいの女性がにこやかに立っていた。
 白いドレスに紅の肩当て、腰には黒鞘の剣、背中には黒い盾――まるでギリシャ神話から抜け出してきたような、美しくも凛々しい姿。

 同性の鈴音でさえ、思わずため息が出るほどの美貌。
 でも、その美しさの奥に、どこか近寄りがたい冷たさも感じられた。

「は、はい。私が鈴音ですけど…」

 その笑顔に、なぜか胸がドキンと鳴り、頬がほんのり熱くなる。
 鈴音はちょっと戸惑いながら答えた。

「やっぱり。私はライザ。かつて勇者オーリンと旅をした女よ」

 そう言って、ライザは自慢げに胸を張った。
 そのボリュームは鈴音の倍以上。
 思わずたじろぎそうになったが、義人の話となれば引くわけにはいかない。

「義人くんを知ってるの?」

「ええ、オーリンとしての彼ならね」

 さらりと答えるライザに、鈴音の胸の奥で、ちくりと何かが刺さった。
 自分が知っている義人のことなんて、顔と声と誕生日と血液型、あと家の電話番号くらい。
 それに比べてこの人は――知らない義人を、たくさん知っている。

「初めて会ったときの彼、かわいかったわよ。いつもビクビクしてて、女の子に話しかけられると肩がピクッて動くの。よくからかってたっけ」

 ライザはクスクス笑いながら話す。
 そのたびに、鈴音の拳がぎゅっと握られていく。

 好きな人のことを、こんな風に語られるのは――正直、つらい。
 まだ何も知らない自分が、悔しくて、情けなくて、ちょっとだけ……腹が立つ。

「それにね、初めて自分の力で敵を斬ったときなんか――」

 ライザの話は止まらない。
 鈴音の心は、まるで地獄の釜の中。
 でも、幸いなことに、その地獄は長く続かなかった。

 ――ゴォォォン……

 遠くから、再びドラの音が響いてきた。

「出戦の合図ね。もう行く時間だわ」

 ライザはふっと表情を引き締め、鈴音を見つめた。

「鈴音さん、続きは本人から聞くといいわ。行きましょう。彼も、あなたを待ってるはずよ」
        ◇

 「征くぞっ!」

 大魔王サンディムーアの号令とともに、ラクロア族が一斉に雄叫びを上げた。

「うおぉぉぉっ!!」

 長槍を手に馬にまたがる長老たち。
 背に大剣を背負った屈強な男たち。
 腰に中剣を下げた女たち。
 小剣を握りしめて駆ける子どもたち――、一族すべてが、殺気を帯びた空気の中に集結していた。
 槍の穂先には黒曜石が使われ、彼らの掛け声は、まるで呪文のように響いた。

 その光景を見て、鈴音はようやく昨夜の宴の意味を悟った。
 あれは、彼らにとっての真実『最後の晩餐』だったのだ。

 ……もしかしたら、自分にとっても。

 気づけば、リカートとバンボラが左右に並んでいた。
 昨日の宴の余韻など微塵も感じさせない、真剣な表情。
 その顔には、どこか悲壮感すら漂っていた。

 ラクロア族がゆっくりと歩き出す。
 その流れに引き込まれるように、鈴音も一歩、また一歩と足を進める。

「……ん?」

 ふと、鼻をかすめたのは、酒や人いきれとは違う、焦げたような匂い。
 鈴音は違和感を覚えて振り返った。

 風は追い風。
 そのおかげで、鈴音は見てしまった。

 ――町が、燃えている。

 しかも自然発火ではない。
 明らかに、意図的に火を放たれた炎だった。

「帰る場所なんて、最初から捨ててるってことか……」

 背水の陣。
 もう後戻りはしない。
 その覚悟を、町ごと焼き払うことで自らに刻み込んでいるのだ。

「ここまでする? 普通……」

 鈴音は苦笑のような顔をしながらつぶやいたが、すぐにその言葉を飲み込んだ
  ――これは、普通じゃない。
 そんな生ぬるい言葉で片付けられる状況じゃない。
 あの宴の笑顔も、あの歌声も、すべて灰になる。
 そんな現実が、胸に重くのしかかった。

 ただ、黙って彼らの背中を追い、歩き続ける。

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