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6、雨宮さんは謎に満ちている

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 転校生の紹介という一大イベントが終わってしまうと、もう朝のHRはやることがなくなってしまったようだ。

 三浦先生は、2、3の連絡事項を伝えると教室を出ていった。

 休み時間とまでは言えないが、一時限目の担当教師が来るまでは少し時間ができる。
 智香さんと智樹が僕の席までやって来た。

「お疲れ、孝之」

「お疲れ、孝之クン」

 二人は同時にねぎらいの言葉を僕にくれた。

「アタシ達が拍手するまでに少し間があったのは気にしないよーにね。皆、とんでもないスペ☆ギフを想像してたってだけだから」

「別にお前のスペ☆ギフがどうしようもないってことじゃないぜ。指先から炎を出すのだって、スゲー能力だしな」

 数人のクラスメイトが僕の元にやって来る。

「君に見せてもらったから、僕もスペ☆ギフを披露しようかな」

 その男子生徒は、紙のケースから取り出した消しゴムを僕の前に持ち上げて見せる。

「これをこうやって握ってと」

 しっかりと右手に握り込み数秒後、その手が開かれた。
 そこにあったのは長方形の消しゴムではない。いや、消しゴムは消しゴムなのだけど、イルカの形に変貌を遂げている。

「僕のスペ☆ギフだよ。右手の中に包み込めるサイズの物だけ、好きな形に変えることができるんだ」

「次、私が見せるわね。ちょっとそのイルカ貸して?」

 女子生徒が、イルカの形になった消しゴムを受け取る。同じように右手に握り込む。

「えいっ」

 少しふざけたかけ声を上げてから手を開く。そこに消しゴムはなかった。

「転校生君、ポケットの中をさぐってみてよ」

 言われるままに僕はポケットに手を突っ込んだ。何かが指先に当たる。引っ張り出すとそれは、消えたはずのイルカの消しゴムだ。

「私のスペ☆ギフ。手で包んだ物だけを、ほんの数メートルの距離を瞬間移動させるってもの」

 男子生徒と女子生徒は、それぞれ斉藤博と小林真夕と名乗ってくれる。

「私達のスペ☆ギフって、まるで手品でしょ? ちっとも実用的じゃなくって。それに比べると転校生君の能力はいいな。キャンプでライターやチャッカマンを忘れた時も安心だよ」

「大人になってタバコを吸う時なんか恰好いいかもね。軽く指を鳴らして火をつけるなんてクールだよ。もっとも、タバコが吸える年になる頃には、上がりになってるだろうけど」

 しきりに、僕のスペ☆ギフが実用的だと褒めてくれる。だけど僕は素直には喜べない。むしろ申し訳ない気持ちで一杯になる。

 理由は単純だ。

 先程見せたスペ☆ギフは、実はスペ☆ギフでも何でもない。三浦先生の手品道具を借りて起こっただけのちょっとしたマジックだ。

 あらかじめAとBの粉を親指と人差し指になすりつけておく。それを指先で擦り合わせることで、煙を発生させる。パチンと弾き一気に酸素を取り込むことで、一瞬だけ発火する。そんな感じの、本当にちょっとした手品だったのだ。

 僕のスペ☆ギフを隠しつつ、クラスで孤立しないようにする。その難題に対し僕が導き出した答え。それが、嘘のスペ☆ギフを披露するということだった。周りの様子を見る限り、その企みは大成功したようだ。

 智樹や智香さんを始めとし、クラスメイトを騙したということに関しては少々心苦しくも思う。だけど、誰に迷惑をかけるというわけでもないからと自分に言い聞かせた。
 大きな心配事がなくなりホッとしている僕に、智歌さんが尋ねる。

「ところで、貴之クンのあの能力。何て名前なの?」

「えっ?」

「スペ☆ギフネームだよ。教えて欲しいな」

 スペ☆ギフネーム。それは、スペ☆ギフの一つ一つにつけられた名称だ。
 スペ☆ギフ省によって命名され名簿に登録されている。

 もちろん、さっきの手品にスペ☆ギフネームなんてあるはずがない。でも、自分のスペ☆ギフネームを知らないなんてことは絶対にありえない。適当でもいいから何かを答える必要がある。

 僕は思いつくまま適当に言った。

「『魔法着火マジックファイア』…だよ」

 さすがに安直すぎると思ったが、もともとスペ☆ギフネーム事態が分かりやすく付けられるものだった。だから智香さんも、聞いていた他のクラスメイト達も納得する。

「『魔法着火マジックファイア』か。ピッタリじゃない?」

「恰好いいかも」

(本当は、手品着火でマジックファイアなんだけどね)

 そこで、僕は先程保留にしておいた謎を思い出す。

(そうだ、あのことを聞いてみよう)

 その場にいたクラスメイト達に、僕は質問をした。

「あの…。天宮さんの肩にいるのって。フェレットだよね? あれって、学校的に大丈夫なの?」

 僕が先程驚いた理由。それは、天宮さんの肩に昨日と同じようにフェレットが乗っていたからだ。いくら可愛がっているペットでも、普通は教室まで連れてはこない。

「貴之は、天宮を知ってんのか?」

「昨日、港に迎えに来てくれたから。その時もフェレットが肩にいたよ」

「でも、詳しい事情は聞いてないってことね」

 智香さんがふうと息を吐く。
 斉藤君と小林さんも、困ったような表情を浮かべていた。

「もちろん、学校内にペットを持ち込むのは良くないことだぞ。そもそもどこの寮でもペットは禁止のはずだ。ただな、天宮は特別なんだよ。いろいろと…事情ってのがあるからな」

 智樹は歯切れ悪く言う。

「分かんないよね。ちゃんと説明したいのはヤマヤマなんだけど、御免、勘弁して。結構デリケートな問題だし」

 智歌さんは片手拝みで僕に謝る。

「でもま、そのうち亜里沙っちが教えてくれるよ。だからあまり気にしないように。あのフェレット、豆子って名前なんだけど別に授業の妨害とかしないから。いつもあそこで大人しくしてるから。ご飯だってあの場所で食べるしね」

 と、教室の扉が開く。面長の教師が姿を現した。

「じゃね」

 皆、自分の席へと戻っていく。
 まもなく一時間目の数学の授業が始まった。ノートを開き黒板の数式を書き写しながら、僕は考える。

(事情がある……か)

 ここはスペ☆ギフの覚醒者達が集まる学園だ。その事情というのも、スペ☆ギフが関係しているのではないかと僕は考えた。

(ひょっとしたら、天宮さんのスペ☆ギフは動物に好かれるってものなのかもしれないぞ。本人も制御できなくて、どうしてもあのフェレットが離れてくれないとか)

 制御できないスペ☆ギフには僕も馴染がある。少しだけ天宮さんに同情した。
 だけど、そうだとしたらフェレット一匹だけと言うのが不自然だ。もう何匹か集まっているのが普通だろう。

 僕は別の仮設を立ててみる。

(あのフェレットは、天宮さんがスペ☆ギフで作り出した幻覚なのでは?)

 他人に幻覚を見せるスペ☆ギフがあるということも噂で聞いていた。天宮さんはそのスペ☆ギフが常に発動しっぱなしなのかもしれないと思った。

 でも、だとしたら智歌さんの話がおかしくなる。ご飯もあの場所で食べると言っていた。幻覚はご飯なんて食べない。

 そもそも、そのどちらの理由にしたとしても、周りが口ごもるほどのことではないはずだ。


●出会った時からの僕に対する冷たい態度。

●望む高校生活は送らせないという宣言。

●教室でも肩に乗せているフェレットの存在。


天宮さんは、様々な謎に満ちていた。

(本当、どういうことなんだろう?)

 いつの間にか、僕は天宮さんに興味を抱いていたのだった。
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