紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

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味方と敵と

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 清浦は、細めた目を向けると一通り語り尽くしたとばかりに、顎をしゃくり上げた。
 言いたいことがあるなら言え――、そんな態度だ。
「それでは、遠慮なく」
 こう前置きすると、近衛は膝の上で組んだ腕に身を乗りだし、おっとりと尋ねる。

「私達が横浜で目にした新聞記事は、何故載ったのです?帰国に合わせてデマとは……変です」

 本当ならば、捲し立てたい気分だが、目の前にいるのは光留ではない。清浦相手にそれをやっては、ただの八つ当たりだと極力落ち着き払った声を選ぶ。

「分からない。私は始め、光留君が早く帰りたいが為に、デマを流したと思った」
「英国から○日にデマを流せと指示を? しかも新聞を使って? 貴方から解放されたいが為に? どれだけ嫌われてるんですか……さすがにないでしょう」

 畳み掛ける疑問符と、馬鹿馬鹿しいと嘲笑にも似た笑みを浮かべた近衛は、その説お呼びでないと、掌を泳がせた。

「酷い言い様だなぁ。だが、その通り。光留君の仕業ではないだろう。しかし、デマを流したのが別人というのも、それじゃ誰が?となってしまう」
「そうですね。婚約が成立したというデマを流すことが、誰の得になるのか?新聞を使うとなると、金もかかるわけですが……しかし、これ以上は机上空論です。おそらく光留さんは、デマを信じて東京へ戻った。あの慌てようを見たでしょう? デマが流れたのは、光留さんの預かり知らぬこと。そして土方大臣へ確認したのは間違いない」

「よく分からんが、追々……」
「一つお尋ねしても?」

「何だい?」
「貴方は、何故、光留さんに拘っているのです?」

 ずっと気になっていたのだ。
 すでに司法省へ出仕している自分に絡んでくるのは、まだ分かる。清浦は元々、司法省出身であり、叩き上げで名を馳せ、当時の内務卿 山縣有朋の目に止まったのは有名な話だ。

「君の目には、私が光留君に拘ってるように見えているのか?」
「誰がどうみても、そうでしょう?」

「そうか、そうなのか……」

 清浦は「へぇ」と、わざとらしい感嘆を漏らすと、机にある書類を1枚掬い上げた。文字の羅列を読んでいるとは思えないが、思案げな視線は落とされている。
 すると、何か納得したのか、深く頷いてみせ、無言のまま2人を隔てる卓上に戻すとともに、近衛に向けられた文字をトントンと軽快に弾く。一点を指す音が、やけに響いた。
 近衛は急ぎ、指し示された文字を追う。書類は、なんの変哲もない内部のものだ。指が何度も打ち付けられる部分には、時の司法大臣の名前。
 
 ―― 何かあるのか?

 不思議に思い、凝視するが大臣の名前に可笑しな部分などない。それではと、その下の司法次官に視線を移した――と、その時

「内閣は変わる。次は伊藤閣下だ」

 近衛の耳孔を、ひどく早い言葉が突き抜けた。低い声を更に落とす清浦は、誰も知り得ない、いや、寝とぼけているのかと、聞き返したくなるような言葉を継いだのだ。

「なっ……!」
「シッ!」

 人差し指を自身の唇に当てがった清浦の仕草は、見慣れたものだ。下世話な話をしては「秘密だよ?」などと、悪戯を秘めた目を細め、唇に指をあてるのは毎度の事なのだが、今の顔つきは、楽しさの陰りもない。遣り手の官僚のソレだ。

「司法大臣も変わる。誰か見当がつくかい?」
「言わないで下さい!こういうのは聞かないに限る……」

「山縣閣下だよ」
「うわッ!!  何故、言うのです!」

 耳を押さえソファーに倒れ込む近衛は、心底不本意だと非難を表す。官の極秘情報など知って得することなどないと。しかも、この筋からの情報ならば、間違いはないだろう。おそらく打診のようなものがあって、内々で進んでいるのかもしれない。

「そういう話は聞きたくなかった……ん?……いや、ちょっと待ってください。その件と光留さんに拘っている理由は、関係……」

 閃いた考えに、伏せた身体は猫のように飛躍し、真正面に風をきる。眼前の従容しょうようたる清浦の眼差しは、緩まることはなく、それと対ともとれる強い言葉尻が断言した「ある」と。

「正確に言うと私は、光留君に付きまとっているわけではない。後々分かる。政界には、派閥というものがある。誰ソレは伊藤閣下に近い。あの人は黒田閣下――とかね。私は、山縣閣下というのは知っているだろ?」
「ええ……」

「敵は、少ない方がいい。味方じゃなくとも敵じゃないなら、まだいい」
「……」

「覚えておきなさい。味方を増やすのは簡単かもしれないが、敵を持たないのは簡単ではない」

 何処と無く、疲れたようにも見える清浦の金壺眼は、寝不足からくるのだろう。
 夜な夜な挨拶を受けているのか? 遊び回っているのか? 官の職務からくるものなのか? 近衛には、見当がつかなかった。
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