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駒子
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◆◆◆◆◆
鹿鳴館のシャンデリアから降り注ぐ、クリーム色の柔らかい照明は、銀食器を目映く弾き、金唐革紙の格調高い壁紙の荘厳たる風格を、まざまざと見せつけていた。
アーチ型の窓からは、うっすらとした茜色の空が覗き、バルコニーでは、数組の組み合わせが見てとれる。
鹿鳴館は、白亜の外壁を持つ2階建ての洋館なのだが、外交に利用する為に舞踏会場である大広間は、かなりの広さになっていた。他にも貴賓室や食堂、ビリヤード室まであるので付き添いが待つ、控え部屋も用意することは出来たが、全ての子息、子女の家の者を招き入れても意味がないと、今回は元々見合いを希望していた謂わば、顔合わせ的な家の者だけが許可されていた。
ただ、手っ取り早く見初める場としても活用したい宮内省の思惑もあり、それなりの華族の者を介添えの意味合いを込め、配置していた。
社交界に詳しい夫人や、令息や令嬢の顔を見知っている者が選ばれ、気になる者がいれば「あれは○○伯爵家の――」といった具合に紹介する流れだ。
その場で話せなかったとしても、後日「あの人を」と、目星をつけて宮内省に申し出てくれたら、宗秩寮も楽だという案配だ。
光留は、夕日で染まる中庭に立ち、介添え人を間に挟み、会話を楽しむ令息らを眺めていた。
「それにしても、シャペロンのような役回りをすることになるとは……」
はぁ――と、うなだれる。本来のシャペロンとは、社交界に初めて出る若い女性に付き添う、介添え役のことだ。しかも女性と決まっている。それを男である自分がやるとは思わなかった――と、光留は横に立つ女を一瞥した。
緋色の西陣をバッスルドレスに仕立てている為か、色合いも柄も、お雛様のような顔立ちを引き立てている。選んだ者は、大変趣味が良いと大いに感心した。
「宮津子さん、今日は良い殿方を僕がご紹介しましょうか」
宮津子は、栗毛色の巻き髪をフィッと揺らした。
「変わりませんね、貴女は昔から」
宮津子は、光留の母方の血縁になる。久我侯爵家のお姫様だが、以前から外国への憧れが強く、いつか行ってみたいと夢みたいなことばかり口にするので、最近では、父親である侯爵が本気で縁談をまとめる素振りを見せ始めていた。
「貴女は、外交官とでもご結婚する気ですか。無理ですよ」
「あら、光留さんともあろう方が……結婚は、自由です。身分は関係ありません」
「馬鹿なことを。それは建前ですよ、駆け落ちでもする気ですか? 相手は職もなくし、食うに困って、泣いて戻ってくる羽目になるだけです。夢を見るのはお止めなさい」
「父に何か頼まれたのですか?」
「ああ、もう……僕は人を探すので、あとは知りません」
「まさか、まだ諦めてらっしゃらないの?」
「何の話なのかさっぱり。大宮伯爵のご令嬢を探しているんですよ」
「あら?」
宮津子は、閉じた扇を口許に寄せ、光留の後方を凝視した。
「あれは、晃子様では? まあ……たくさんの殿方が群がって」
「何処です!? 」
光留は、急ぎ振り返った。ザァァ――と、滝の轟にも似た噴水の流れに「嘘です」と、宮津子の声が混ざる。
―― やられた。
光留は、ジロリと睨み付けるが人形のように表情が動かない宮津子が、何を思って何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
「僕は、大宮伯爵家の駒子さんに用があるのです。泰臣君に引き合わせなければ、いけませんからね」
光留は、晃子の名で動揺した言い訳をするように継ぎ、そのまま立ち去った。
大宮駒子を見つけるのは、意外と簡単だった。すでに介添え役が付いていたのだが、そのご夫人が明らかに狼狽えているのが見てとれた。
その場へ歩く道すがら、コソコソと潜められる声は「お可哀想に」しかし、その憐憫の情を催す言葉を吐く唇は、蔑むように歪み、チラリと流される視線は「下駄屋の娘」と、ものを言う。
―― ああ、やっかみだ。
伯爵令嬢の前に行き着くと、そう思った。こちらを振り返り、見上げる黒目がちの瞳が、ゆっくりと細くなる様は、無垢な子供のようだが、1番に目を引いたのは、身につけている首飾りから帽子――と、一式揃った上等のドレスだ。
スカート部分が、形よく たくし上げられ、後ろ腰に十分なボリュームが出されている。鹿鳴館にいる令嬢達は、殆んどがバッスルドレスなのだから、自ずと色合いや宝飾品が似合っているか?というのが、目についた。
「とてもお似合いです。駒子さん」
光留は、微笑み手を差し出した。前もって教え込まれているのだろう、躊躇いなく「ありがとう」という言葉と共に、細い指先が重なった。
「宮内省の田中光留と申します。こちらの滝沢男爵夫人と共に介添えを致したいと思うのですが、夫人は生憎、ご子息も参加されておりましてね、僕としては、大切なご子息のお相手探しに専念させてあげたいと思います。もし駒子さんがよろしければ、僕が泰臣君にお引き合わせ致しますが……どうでしょうか?」
滝沢夫人が、あからさまにホッとする。今まで対応に苦慮していたのだろうと、光留は軽く目配せした。察した夫人は「光留様は、泰臣様のご学友でいらっしゃいますので、私よりは適任ですよ」と、遠回しな光留の案に乗ってきた。
「それでは、よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
光留は、駒子の指先に唇を落とし、夫人は安堵の表情を浮かべ何度も頷いた。すると駒子は「あは!」と瑞々しい声を上げ
「まあ、夫人って浅草で見かけた首振り人形みたい!」
ギョッとなり、慌てて顔を上げた光留の目には「ま、まあ!! 」と、声を上げた夫人の真っ赤な顔と、天真爛漫を絵に描いたような駒子の笑顔が、見慣れた陳腐な風刺画のように映った。
―― これは、面白いご婚約者だ。
鹿鳴館のシャンデリアから降り注ぐ、クリーム色の柔らかい照明は、銀食器を目映く弾き、金唐革紙の格調高い壁紙の荘厳たる風格を、まざまざと見せつけていた。
アーチ型の窓からは、うっすらとした茜色の空が覗き、バルコニーでは、数組の組み合わせが見てとれる。
鹿鳴館は、白亜の外壁を持つ2階建ての洋館なのだが、外交に利用する為に舞踏会場である大広間は、かなりの広さになっていた。他にも貴賓室や食堂、ビリヤード室まであるので付き添いが待つ、控え部屋も用意することは出来たが、全ての子息、子女の家の者を招き入れても意味がないと、今回は元々見合いを希望していた謂わば、顔合わせ的な家の者だけが許可されていた。
ただ、手っ取り早く見初める場としても活用したい宮内省の思惑もあり、それなりの華族の者を介添えの意味合いを込め、配置していた。
社交界に詳しい夫人や、令息や令嬢の顔を見知っている者が選ばれ、気になる者がいれば「あれは○○伯爵家の――」といった具合に紹介する流れだ。
その場で話せなかったとしても、後日「あの人を」と、目星をつけて宮内省に申し出てくれたら、宗秩寮も楽だという案配だ。
光留は、夕日で染まる中庭に立ち、介添え人を間に挟み、会話を楽しむ令息らを眺めていた。
「それにしても、シャペロンのような役回りをすることになるとは……」
はぁ――と、うなだれる。本来のシャペロンとは、社交界に初めて出る若い女性に付き添う、介添え役のことだ。しかも女性と決まっている。それを男である自分がやるとは思わなかった――と、光留は横に立つ女を一瞥した。
緋色の西陣をバッスルドレスに仕立てている為か、色合いも柄も、お雛様のような顔立ちを引き立てている。選んだ者は、大変趣味が良いと大いに感心した。
「宮津子さん、今日は良い殿方を僕がご紹介しましょうか」
宮津子は、栗毛色の巻き髪をフィッと揺らした。
「変わりませんね、貴女は昔から」
宮津子は、光留の母方の血縁になる。久我侯爵家のお姫様だが、以前から外国への憧れが強く、いつか行ってみたいと夢みたいなことばかり口にするので、最近では、父親である侯爵が本気で縁談をまとめる素振りを見せ始めていた。
「貴女は、外交官とでもご結婚する気ですか。無理ですよ」
「あら、光留さんともあろう方が……結婚は、自由です。身分は関係ありません」
「馬鹿なことを。それは建前ですよ、駆け落ちでもする気ですか? 相手は職もなくし、食うに困って、泣いて戻ってくる羽目になるだけです。夢を見るのはお止めなさい」
「父に何か頼まれたのですか?」
「ああ、もう……僕は人を探すので、あとは知りません」
「まさか、まだ諦めてらっしゃらないの?」
「何の話なのかさっぱり。大宮伯爵のご令嬢を探しているんですよ」
「あら?」
宮津子は、閉じた扇を口許に寄せ、光留の後方を凝視した。
「あれは、晃子様では? まあ……たくさんの殿方が群がって」
「何処です!? 」
光留は、急ぎ振り返った。ザァァ――と、滝の轟にも似た噴水の流れに「嘘です」と、宮津子の声が混ざる。
―― やられた。
光留は、ジロリと睨み付けるが人形のように表情が動かない宮津子が、何を思って何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
「僕は、大宮伯爵家の駒子さんに用があるのです。泰臣君に引き合わせなければ、いけませんからね」
光留は、晃子の名で動揺した言い訳をするように継ぎ、そのまま立ち去った。
大宮駒子を見つけるのは、意外と簡単だった。すでに介添え役が付いていたのだが、そのご夫人が明らかに狼狽えているのが見てとれた。
その場へ歩く道すがら、コソコソと潜められる声は「お可哀想に」しかし、その憐憫の情を催す言葉を吐く唇は、蔑むように歪み、チラリと流される視線は「下駄屋の娘」と、ものを言う。
―― ああ、やっかみだ。
伯爵令嬢の前に行き着くと、そう思った。こちらを振り返り、見上げる黒目がちの瞳が、ゆっくりと細くなる様は、無垢な子供のようだが、1番に目を引いたのは、身につけている首飾りから帽子――と、一式揃った上等のドレスだ。
スカート部分が、形よく たくし上げられ、後ろ腰に十分なボリュームが出されている。鹿鳴館にいる令嬢達は、殆んどがバッスルドレスなのだから、自ずと色合いや宝飾品が似合っているか?というのが、目についた。
「とてもお似合いです。駒子さん」
光留は、微笑み手を差し出した。前もって教え込まれているのだろう、躊躇いなく「ありがとう」という言葉と共に、細い指先が重なった。
「宮内省の田中光留と申します。こちらの滝沢男爵夫人と共に介添えを致したいと思うのですが、夫人は生憎、ご子息も参加されておりましてね、僕としては、大切なご子息のお相手探しに専念させてあげたいと思います。もし駒子さんがよろしければ、僕が泰臣君にお引き合わせ致しますが……どうでしょうか?」
滝沢夫人が、あからさまにホッとする。今まで対応に苦慮していたのだろうと、光留は軽く目配せした。察した夫人は「光留様は、泰臣様のご学友でいらっしゃいますので、私よりは適任ですよ」と、遠回しな光留の案に乗ってきた。
「それでは、よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
光留は、駒子の指先に唇を落とし、夫人は安堵の表情を浮かべ何度も頷いた。すると駒子は「あは!」と瑞々しい声を上げ
「まあ、夫人って浅草で見かけた首振り人形みたい!」
ギョッとなり、慌てて顔を上げた光留の目には「ま、まあ!! 」と、声を上げた夫人の真っ赤な顔と、天真爛漫を絵に描いたような駒子の笑顔が、見慣れた陳腐な風刺画のように映った。
―― これは、面白いご婚約者だ。
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