紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

文字の大きさ
26 / 96

駒子

 ◆◆◆◆◆

 鹿鳴館のシャンデリアから降り注ぐ、クリーム色の柔らかい照明は、銀食器を目映く弾き、金唐革紙きんからかわしの格調高い壁紙の荘厳たる風格を、まざまざと見せつけていた。
 アーチ型の窓からは、うっすらとした茜色の空が覗き、バルコニーでは、数組の組み合わせが見てとれる。
 鹿鳴館は、白亜の外壁を持つ2階建ての洋館なのだが、外交に利用する為に舞踏会場である大広間は、かなりの広さになっていた。他にも貴賓室や食堂、ビリヤード室まであるので付き添いが待つ、控え部屋も用意することは出来たが、全ての子息、子女の家の者を招き入れても意味がないと、今回は元々見合いを希望していた謂わば、顔合わせ的な家の者だけが許可されていた。
 ただ、手っ取り早く場としても活用したい宮内省の思惑もあり、それなりの華族の者を介添えの意味合いを込め、配置していた。
 社交界に詳しい夫人や、令息や令嬢の顔を見知っている者が選ばれ、気になる者がいれば「あれは○○伯爵家の――」といった具合に紹介する流れだ。
 その場で話せなかったとしても、後日「あの人を」と、目星をつけて宮内省に申し出てくれたら、宗秩寮も楽だという案配だ。
 光留は、夕日で染まる中庭に立ち、介添え人を間に挟み、会話を楽しむ令息らを眺めていた。

「それにしても、シャペロンのような役回りをすることになるとは……」

 はぁ――と、うなだれる。本来のシャペロンとは、社交界に初めて出る若い女性に付き添う、介添え役のことだ。しかも女性と決まっている。それを男である自分がやるとは思わなかった――と、光留は横に立つ女を一瞥した。
 緋色の西陣をバッスルドレスに仕立てている為か、色合いも柄も、お雛様のような顔立ちを引き立てている。選んだ者は、大変趣味が良いと大いに感心した。

宮津子みやつこさん、今日は良い殿方を僕がご紹介しましょうか」

 宮津子は、栗毛色の巻き髪をフィッと揺らした。

「変わりませんね、貴女は昔から」

 宮津子は、光留の母方の血縁になる。久我くが侯爵家のおひい様だが、以前から外国への憧れが強く、いつか行ってみたいと夢みたいなことばかり口にするので、最近では、父親である侯爵が本気で縁談をまとめる素振りを見せ始めていた。

「貴女は、外交官とでもご結婚する気ですか。無理ですよ」
「あら、光留さんともあろう方が……結婚は、自由です。身分は関係ありません」

「馬鹿なことを。それは建前ですよ、駆け落ちでもする気ですか? 相手は職もなくし、食うに困って、泣いて戻ってくる羽目になるだけです。夢を見るのはお止めなさい」
「父に何か頼まれたのですか?」

「ああ、もう……僕は人を探すので、あとは知りません」
「まさか、まだ諦めてらっしゃらないの?」

「何の話なのかさっぱり。大宮伯爵のご令嬢を探しているんですよ」
「あら?」

 宮津子は、閉じた扇を口許に寄せ、光留の後方を凝視した。

「あれは、晃子様では? まあ……たくさんの殿方が群がって」
「何処です!? 」

 光留は、急ぎ振り返った。ザァァ――と、滝の轟にも似た噴水の流れに「嘘です」と、宮津子の声が混ざる。

 ―― やられた。

 光留は、ジロリと睨み付けるが人形のように表情が動かない宮津子が、何を思って何を考えているのか、さっぱり分からなかった。

「僕は、大宮伯爵家の駒子こまこさんに用があるのです。泰臣君に引き合わせなければ、いけませんからね」

 光留は、晃子の名で動揺した言い訳をするように継ぎ、そのまま立ち去った。


 大宮駒子を見つけるのは、意外と簡単だった。すでに介添え役が付いていたのだが、そのご夫人が明らかに狼狽えているのが見てとれた。
 その場へ歩く道すがら、コソコソと潜められる声は「お可哀想に」しかし、その憐憫の情を催す言葉を吐く唇は、蔑むように歪み、チラリと流される視線は「下駄屋の娘」と、ものを言う。

 ―― ああ、やっかみだ。

 伯爵令嬢の前に行き着くと、そう思った。こちらを振り返り、見上げる黒目がちの瞳が、ゆっくりと細くなる様は、無垢な子供のようだが、1番に目を引いたのは、身につけている首飾りから帽子――と、一式揃った上等のドレスだ。
 スカート部分が、形よく たくし上げられ、後ろ腰に十分なボリュームが出されている。鹿鳴館にいる令嬢達は、殆んどがバッスルドレスなのだから、自ずと色合いや宝飾品が似合っているか?というのが、目についた。

「とてもお似合いです。駒子さん」

 光留は、微笑み手を差し出した。前もって教え込まれているのだろう、躊躇いなく「ありがとう」という言葉と共に、細い指先が重なった。

「宮内省の田中光留と申します。こちらの滝沢男爵夫人と共に介添えを致したいと思うのですが、夫人は生憎、ご子息も参加されておりましてね、僕としては、大切なご子息のお相手探しに専念させてあげたいと思います。もし駒子さんがよろしければ、僕が泰臣君にお引き合わせ致しますが……どうでしょうか?」

 滝沢夫人が、あからさまにホッとする。今まで対応に苦慮していたのだろうと、光留は軽く目配せした。察した夫人は「光留様は、泰臣様のご学友でいらっしゃいますので、私よりは適任ですよ」と、遠回しな光留の案に乗ってきた。

「それでは、よろしくお願い致します」
「こちらこそ」

 光留は、駒子の指先に唇を落とし、夫人は安堵の表情を浮かべ何度も頷いた。すると駒子は「あは!」と瑞々しい声を上げ

「まあ、夫人って浅草で見かけた首振り人形みたい!」

 ギョッとなり、慌てて顔を上げた光留の目には「ま、まあ!! 」と、声を上げた夫人の真っ赤な顔と、天真爛漫を絵に描いたような駒子の笑顔が、見慣れた陳腐な風刺画のように映った。

 ―― これは、面白いご婚約者だ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく

星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。 穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。 送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。 守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。 ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。 やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。 ――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる―― (完結済ー本編10話+後日談2話)

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました

由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。 そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。 手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。 それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。 やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。 「お前に触れていいのは俺だけだ」 逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。 これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。

「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛
恋愛
【婚約破棄から始まる、不器用なライオン(冷徹社長)の猛烈な求愛!】 「俺の妻になるなら覚悟しろ。……もう、指一本逃がすつもりはない」 ★あらすじ★ 「美月は完璧すぎて、可愛げがないんだよ」 28歳の誕生日。 一流ホテルのウエディングプランナーである相沢美月(あいざわ みつき)は、婚約者の裏切りにより、結婚目前ですべてを失った。 雨の降る路地裏。 ヒールも折れ、心も折れてうずくまっていた美月の前に現れたのは、かつての高校時代の天敵であり、現在は勤務先の冷徹な社長 一条蓮(いちじょう れん)だった。 「捨て猫以下だな」 そう憎まれ口を叩きながらも、彼は泥だらけの美月を躊躇なく抱き上げ、最高級ペントハウスへと連れ帰る。 そして、彼が突きつけたのは、あまりにも強引な提案だった。 「住む場所がないなら、俺の家に来い。その代わり――俺の『婚約者』役を演じろ」 利害の一致した契約関係。 条件は「お互いに干渉しないこと」、そして「決して手を出さないこと」。 ……のはずだったのに。 「髪、濡れたままだと風邪を引く」 「あんな男のために泣くな。顔が台無しだ」 同居生活で見えてきたのは、冷徹な仮面の下に隠された、不器用すぎるほどの優しさと独占欲。 美月が作った手料理を誰よりも美味しそうに食べ、元婚約者が復縁を迫ってくれば「俺の女に触れるな」と徹底的に排除する。 天敵だったはずの彼に守られ、凍っていた美月の心は次第に溶かされていく。 しかし、ある雷雨の夜。 美月が不用意に彼に触れた瞬間、一条の理性のタガが外れてしまい――。 「……手を出さない約束? 撤回だ」 「そんな無防備な顔で見つめて、何もしないでいられるほど、俺は聖人君子じゃない」 10年越しの片思いをこじらせたハイスペック社長 × 仕事熱心で恋愛に臆病なプランナー。 契約から始まった二人の関係が、本物の愛(溺愛)に変わるまで。 元婚約者への痛快な「ざまぁ」も収録した、極上の大人のシンデレラストーリー! 【登場人物】 ◆相沢 美月(28) ホテルの敏腕ウエディングプランナー。真面目でお人好しな性格が災いし、「つまらない女」と婚約破棄される。実は家事万能で、酔うと少しだけ甘えん坊になる(本人は無自覚)。 ◆一条 蓮(28) ホテルグループの社長。美貌と才覚を併せ持つが、他人に興味を示さないため「氷の貴公子」と呼ばれる。実は高校時代から美月を一途に想い続けており、彼女のこととなると冷静さを失う。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)