29 / 96
貴賓室にて
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「まあ!素敵!! 」
「これは、なかなか準備万端ではないですか」
貴賓室に案内された泰臣の横で、目を輝かせるのは、大宮伯爵家の駒子であり、その瞳いっぱいに広がる光景は、ヨーロッパから取り寄せられた美しい絵画でもなく、スズランを思わせる卓上ランプに輝く菊の御紋でもないのは、明白だった。
駒子の視線は、給仕が次々と並べていく銀食器であり、ナイフで切り分けられる香しい七面鳥でもある。まあ!――と、両手を重ね、感嘆の声を上げる様子は とても可愛らしいのだが、小さな唇を引き結び、ゴクリと喉を鳴らすのは、少々いただけない。
「さあ、突っ立ってないで席につきましょう。この席には、我々3人以外 立ち入りませんので、お気楽に。改めまして、司法省奏任官の近衛と申します」
「尾井坂泰臣です。よろしくお願いします」
「大宮駒子です」
近衛は、右手を差し出し「お掛けください」と言うなり、隅に控える給仕に対して「勝手にやるので下がりなさい」と、早々に追い出してしまった。
切り分けられた七面鳥は、数切れだ。
残りは、誰が切り分けるのだろうか?そんな疑問が、顔に出たのだろう。シルクのベルベッドに深々と腰を掛ける近衛は、淡々と言ってのけた「こういうのは、自分勝手にやった方が楽なのですよ」と。
泰臣は、状況が飲み込めていなかった。
鹿鳴館に到着すると光留は姿を消し、入れ違いに近衛が現れたのだが、先程と同じように淡々と名乗ると、有無を言わさず案内されたのが、貴賓室だった。
鹿鳴館の貴賓室など、数年前だったら足も踏み入れられなかっただろう。
尻に敷く椅子張り地も、金糸銀糸が使われていることから、ただの紋ベルベットではない。金華山織りと呼ばれる、特殊技法で織られた代物だ。
国の威信を掛けた外交の拠点は、ハリボテに成り果てたが、質の良さは疑いようがない。
そんな貴賓室にて、慣れた様子でワインボトルを片手に持ち、駒子、泰臣の順に注ぐ近衛は、最後に自分のグラスへ、ボトルを傾けた。グラスから浮かし、注がれる葡萄色は底に沈むとクルリと跳ね上がる。
「綺麗ですね、踊っているみたい」
初めて見る美しい飲み物に、駒子は目を輝かせた。
「最近では、山梨でワインが作られていますが、蜂蜜などを加えているらしく、甘いらしい。これは、フランスから取り寄せられた物なので大丈夫かと。駒子さん、初めにコチラに慣れておきなさい。甘い偽物に慣れてしまうと、本場を味わえない。あと、作法など関係ありません。見ているのは私達だけ。普段通り、気兼ねなくお食事を楽しまれて下さい」
「ありがとうございます」
駒子が、フォークを取るのを見届けると、近衛の視線が泰臣を見定め、次に床へ落ちた。
「あ、ナプキンを落としてしまいました」
「え?」
見るが、何も落ちていない。不思議に思い、顔を上げると、既に立ち上がった近衛が、真横に膝を折っていた。
「光留さんからの言伝てです。普段の駒子さんを見ておきなさい――と」
声に動きがあるとすれば、近衛の放ったものは、俊敏と例える以外なかった。凄まじく早口のように思えたが、ハッキリと聞き取れるのは、普段からこういう話し方をしているのだろうか――と、思うほどだ。
何事もなかったように、ゆっくりと席についた近衛は、ボソボソと語りだした。
「まあ、独り言と思って聞いてください。冷やかしの参加者だったんですが、先程、鹿鳴館に到着した馬車を見るなり、宮内省の者が駆けてきましてね。こういうんです……」
近衛は、チラリと駒子を眺めるとフォークをおもむろに掴み取り、ブスッと七面鳥へ突き立てた。
―― !?
泰臣は、ギョッと目を剥き、近衛と七面鳥を交互に見る。テーブルマナーを知らない訳がない、無論わざとだろう。肉を頬張る駒子と同じように、近衛まで給仕が切った状態の肉を咥え込むと、フォークで引っ張り、歯で食いちぎる。
「駒子さんを良く見て。後日どんな講師をつければ良いのか……あと出来るだけ同じように。私達が揃って、フォークとナイフを使えば要らぬ恥をかかせることになる」
近衛は、辛うじて噛みきった鶏肉を呑み込み、口を開いた。
目敏く、近衛を見つけた光留は こう言ったという「介添え人が必要なんです!信頼できる人じゃないと頼めません」と。
「何事かと思えば、貴方達の介添えと言うじゃないですか。大袈裟な――と、よくよく話を聞いてみたら、慣れない駒子さんを人目に触れさせたくない、その為に貴賓室を押さえてあると。しかし密室に2人にしては、後々マズイ噂を立てられるかもしれない。だからお願いしますと言うんですよ。あの人、なかなか気が回りますからね」
「すみません……ご迷惑をおかけして。それより、アイツが同席すれば良いのに」
「聞けば貴賓室には、食堂に並ばない物を用意させていると言うじゃないですか、それなら……と便乗したまで。気にしないで下さい。まさか、食いちぎることになるとは思いませんでしたが……駒子さん、お味はどうです?」
「こんなに美味しい物、初めて食べました!」
幸せそうに笑う駒子に、それは良かったと頷く近衛は、小さく囁いた。
「あの人なら平然と、恥ずかしいこと言ってのけそうですね」
「確かに……」
貴女の顔を見るだけで、お腹いっぱいだ――など、反応に困る言葉を囁くだろう。
「しかし今頃は、手が震えているかも知れません。見てみたい気もしますが、貸しを作るのも大事と……え、そうきましたか」
柔らかい七面鳥に舌鼓をうつ駒子は、スープ皿を両手で持ち上げ、煽り飲んでいた。
「泰臣様、近衛様、とても美味しいです!」
「それは良かった、ですよね?尾井坂さん」
近衛は、言うなり両手で皿を持ち上げた。
まさか!やるのか!? と 驚愕したが、まるで大盃を飲み干すように近衛は、やってのけた。
―― 司法省の奏任官……、この人は出世しそうだ。
泰臣は 躊躇う指先を叱咤し、菊の御紋入りの銀食器を掴み上げた。
「まあ!素敵!! 」
「これは、なかなか準備万端ではないですか」
貴賓室に案内された泰臣の横で、目を輝かせるのは、大宮伯爵家の駒子であり、その瞳いっぱいに広がる光景は、ヨーロッパから取り寄せられた美しい絵画でもなく、スズランを思わせる卓上ランプに輝く菊の御紋でもないのは、明白だった。
駒子の視線は、給仕が次々と並べていく銀食器であり、ナイフで切り分けられる香しい七面鳥でもある。まあ!――と、両手を重ね、感嘆の声を上げる様子は とても可愛らしいのだが、小さな唇を引き結び、ゴクリと喉を鳴らすのは、少々いただけない。
「さあ、突っ立ってないで席につきましょう。この席には、我々3人以外 立ち入りませんので、お気楽に。改めまして、司法省奏任官の近衛と申します」
「尾井坂泰臣です。よろしくお願いします」
「大宮駒子です」
近衛は、右手を差し出し「お掛けください」と言うなり、隅に控える給仕に対して「勝手にやるので下がりなさい」と、早々に追い出してしまった。
切り分けられた七面鳥は、数切れだ。
残りは、誰が切り分けるのだろうか?そんな疑問が、顔に出たのだろう。シルクのベルベッドに深々と腰を掛ける近衛は、淡々と言ってのけた「こういうのは、自分勝手にやった方が楽なのですよ」と。
泰臣は、状況が飲み込めていなかった。
鹿鳴館に到着すると光留は姿を消し、入れ違いに近衛が現れたのだが、先程と同じように淡々と名乗ると、有無を言わさず案内されたのが、貴賓室だった。
鹿鳴館の貴賓室など、数年前だったら足も踏み入れられなかっただろう。
尻に敷く椅子張り地も、金糸銀糸が使われていることから、ただの紋ベルベットではない。金華山織りと呼ばれる、特殊技法で織られた代物だ。
国の威信を掛けた外交の拠点は、ハリボテに成り果てたが、質の良さは疑いようがない。
そんな貴賓室にて、慣れた様子でワインボトルを片手に持ち、駒子、泰臣の順に注ぐ近衛は、最後に自分のグラスへ、ボトルを傾けた。グラスから浮かし、注がれる葡萄色は底に沈むとクルリと跳ね上がる。
「綺麗ですね、踊っているみたい」
初めて見る美しい飲み物に、駒子は目を輝かせた。
「最近では、山梨でワインが作られていますが、蜂蜜などを加えているらしく、甘いらしい。これは、フランスから取り寄せられた物なので大丈夫かと。駒子さん、初めにコチラに慣れておきなさい。甘い偽物に慣れてしまうと、本場を味わえない。あと、作法など関係ありません。見ているのは私達だけ。普段通り、気兼ねなくお食事を楽しまれて下さい」
「ありがとうございます」
駒子が、フォークを取るのを見届けると、近衛の視線が泰臣を見定め、次に床へ落ちた。
「あ、ナプキンを落としてしまいました」
「え?」
見るが、何も落ちていない。不思議に思い、顔を上げると、既に立ち上がった近衛が、真横に膝を折っていた。
「光留さんからの言伝てです。普段の駒子さんを見ておきなさい――と」
声に動きがあるとすれば、近衛の放ったものは、俊敏と例える以外なかった。凄まじく早口のように思えたが、ハッキリと聞き取れるのは、普段からこういう話し方をしているのだろうか――と、思うほどだ。
何事もなかったように、ゆっくりと席についた近衛は、ボソボソと語りだした。
「まあ、独り言と思って聞いてください。冷やかしの参加者だったんですが、先程、鹿鳴館に到着した馬車を見るなり、宮内省の者が駆けてきましてね。こういうんです……」
近衛は、チラリと駒子を眺めるとフォークをおもむろに掴み取り、ブスッと七面鳥へ突き立てた。
―― !?
泰臣は、ギョッと目を剥き、近衛と七面鳥を交互に見る。テーブルマナーを知らない訳がない、無論わざとだろう。肉を頬張る駒子と同じように、近衛まで給仕が切った状態の肉を咥え込むと、フォークで引っ張り、歯で食いちぎる。
「駒子さんを良く見て。後日どんな講師をつければ良いのか……あと出来るだけ同じように。私達が揃って、フォークとナイフを使えば要らぬ恥をかかせることになる」
近衛は、辛うじて噛みきった鶏肉を呑み込み、口を開いた。
目敏く、近衛を見つけた光留は こう言ったという「介添え人が必要なんです!信頼できる人じゃないと頼めません」と。
「何事かと思えば、貴方達の介添えと言うじゃないですか。大袈裟な――と、よくよく話を聞いてみたら、慣れない駒子さんを人目に触れさせたくない、その為に貴賓室を押さえてあると。しかし密室に2人にしては、後々マズイ噂を立てられるかもしれない。だからお願いしますと言うんですよ。あの人、なかなか気が回りますからね」
「すみません……ご迷惑をおかけして。それより、アイツが同席すれば良いのに」
「聞けば貴賓室には、食堂に並ばない物を用意させていると言うじゃないですか、それなら……と便乗したまで。気にしないで下さい。まさか、食いちぎることになるとは思いませんでしたが……駒子さん、お味はどうです?」
「こんなに美味しい物、初めて食べました!」
幸せそうに笑う駒子に、それは良かったと頷く近衛は、小さく囁いた。
「あの人なら平然と、恥ずかしいこと言ってのけそうですね」
「確かに……」
貴女の顔を見るだけで、お腹いっぱいだ――など、反応に困る言葉を囁くだろう。
「しかし今頃は、手が震えているかも知れません。見てみたい気もしますが、貸しを作るのも大事と……え、そうきましたか」
柔らかい七面鳥に舌鼓をうつ駒子は、スープ皿を両手で持ち上げ、煽り飲んでいた。
「泰臣様、近衛様、とても美味しいです!」
「それは良かった、ですよね?尾井坂さん」
近衛は、言うなり両手で皿を持ち上げた。
まさか!やるのか!? と 驚愕したが、まるで大盃を飲み干すように近衛は、やってのけた。
―― 司法省の奏任官……、この人は出世しそうだ。
泰臣は 躊躇う指先を叱咤し、菊の御紋入りの銀食器を掴み上げた。
0
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
不器用な大富豪社長は、闇オクで買った花嫁を寵愛する
獅月@体調不良
恋愛
「 御前を幸せにする為に、俺は買ったんだ 」
〜 闇オク花嫁 〜
毒親である母親の為だけに生きてきた彼女は、
借金を得た母の言葉を聞き、
闇オークションへ売られる事になった。
どんな形にしろ借金は返済出来るし、
母の今後の生活面も確保出来る。
そう、彼女自身が生きていなくとも…。
生きる希望を無くし、
闇オークションに出品された彼女は
100億で落札された。
人食を好む大富豪か、
それとも肉体を求めてか…。
どちらにしろ、借金返済に、
安堵した彼女だが…。
いざ、落札した大富豪に引き渡されると、
その容姿端麗の美しい男は、
タワマンの最上階から5階部分、全てが自宅であり、
毎日30万のお小遣いですら渡し、
一流シェフによる三食デザート付きの食事、
なにより、彼のいない時間は好きにしていいという自由時間を言い渡した。
何一つ手を出して来ない男に疑問と不満を抱く日々……だが……?
表紙 ニジジャーニーから作成
エブリスタ同時公開
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
Pomegranate I
Uta Katagi
恋愛
婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?
古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。
*本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
本日は桜・恋日和 ーツアーコンダクター 紫都の慕情の旅
光月海愛(こうつきみあ)
恋愛
旅は好きですか?
派遣添乗員(ツアーコンダクター)の桑崎紫都32歳。
もう、仕事がらみの恋愛はしないと思っていたのに…ーー
切ない過去を持つ男女四人の二泊三日の恋慕情。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる