紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

文字の大きさ
40 / 96

美醜

しおりを挟む
 羽倉崎は、仕事柄いろいろな人間と会うが、目の前の男以上に、顔形が整った者を見たことがない。もちろん、男限定だが。
 本来ならば、ブロンドの髪は悪目立ちし、後ろ指を差されるのだろうが、それさえも気にならないほどだ。おそらく、そう考えるのは、羽倉崎だけではないだろう。
 初対面の折りも、ただの役人ではないと見当を付けていが、さきの話から名を知り、それが田中子爵家の従五位であり、義弟になる泰臣とは学友であることを知った時は、思わぬ幸運が転がってきたと思ったほどだ。
 何せ、清浦が親しげに連れていたのだ、お近づきになっていて、損などあるわけがないと。しかし、なかなか上手くいかない。
 そんな折、山寺から妙な話が飛び出した。それは、春先に帰国した欧州視察の一行の噂話――。

 上品で深いと表現するのが、ピタリとはまる目の前の男の微笑は、ケチのつけようがない。故に、何を考えているのかサッパリわからない。商売には駆け引きも必要だが、ここはハッキリと尋ねた方が、賢いやり方だと羽倉崎は、不敬を承知で口を開いた。

「ご無礼を承知で……よろしいでしょうか?」
「ええ」

「山寺という者を覚えておいででしょうか?」
「承知しております」

「その山寺が、妙な噂話をするのです」
「噂……?何でしょう。僕に関することでしょうか?構わず、一気に語ってください」

 羽倉崎は「失礼を承知で申します」と断ると、淀みなく語る。

「先日、清浦様の話に至りまして。司法次官とは大したものだと。そこで先頃の欧州視察の話が飛び出しました。同行した田中様の噂話が……」

 チラリと目の前の男を窺うが、別段驚く様子もない。普通、自分の噂話が飛び交っていると聞いたら、気になり声をあげるものだが。

「田中様には、宮家との縁談が上がっていたが視察が決まり破談になったと」
「ええ、本当のことですよ」

 ここで初めて目の前の男は、肩を揺らし笑う。漏らした言葉は「何だ、そんなことか」と。羽倉崎は、慌てて「まだ続きがあります!」と身を乗り出した。

「食事をしながら聞きましょう。給仕を困らせてしまいます」
「あ、そうですね……」

「しかし、僕は美食家でも食通でもありませんので、気の利いた御託を並べることは出来ませんが」
「いえ。聞きたいことは、他のことですので」

「どうぞ」

 何でも聞いて構わないと、澄ました顔でナイフを手にする。切り分ける動作も、全てが整っているのが癪に障る。これから口にする内容は、羽倉崎にとって一大事なのだ。
 しかし、声を荒らげることができる相手ではない。落ち着け――と、乾いた口内に水を含んだ。

「何故、破談に?」
「欧州に行くことになったからです。娘より視察を優先するとは、けしからんと思われたのでしょう。潮が引くように……」

「何故、相手方の意向に沿わなかったのですか?」
「何故、僕が相手に合わせなければならないのです?」

「失礼、それでは世間の噂をご存じで?」
「ええ、存じております」

 貼り付けられた微笑が、華やかな笑みに変わったことに羽倉崎は、内心驚いた。これは本当に、ただの噂なのかもしれない――と。

「噂では僕が、宮家との縁談を蹴ったことになっております。理由は、想い人の存在であり、縁談を蹴る為に欧州に行ったと」
「はい。その想い人にお心当たりは?」

「全くありませんね」
「晃子さんと囁かれております」

 肝心なのは、ここなのだ。噂が他の令嬢だったら、気にもしないだろう。ただ、晃子だったら話は違うと羽倉崎は、テーブルクロスで隠れた拳を握りしめた。

「根も葉もない噂ですね」
「証拠は?」
 
 追及する悪い癖が出た。しかし、目の前の男は落ち着いている。

「……羽倉崎さん、根も葉もないものの証拠をどう証明しろっていうのです」

 少々、間があったが当然の返答を返してきた。

「……確かに、申し訳ありません」
「しかし、そうですね。証拠となるか微妙ですが晃子さんは、昔から評判の美人でしてね。学友の間でも、そのお心を射止めたいと願う者は多かったのです」

 チッ……小さな舌打ちは、館内で奏でられるピアノのしらべに紛れたが、寄せた眉は くっきりと不快感を露にする。聞きたくもない話だが、今 聞かねば今後、好機は訪れないだろう。

「そして、僕は晃子さんと少々面識がありましてね。元々のやっかみも相まって、何者かが妙な噂を流したのです」
「どういうことです?」

「先程の噂と似たようなものです。子爵家の従五位は、男爵令嬢に懸想しているが、なかなか思い通りにできないらしい。情けない……まあ、こんな類いです」
「それでは、やはり……ただの噂で?」

「少なくとも僕は、学友に晃子さんを慕っているなど申したことはありません。それに、視察に赴くにあたり、縁談を壊す為だ――などと、失礼なことも申していないのです」
「それでは、本当に噂だと? 田中様は、晃子さんのことを何とも思っておられないと?」

 我ながらクドイと思うが、勝手に口から念を押す言葉が出てしまった。遠慮ぎみに視線を這わせると、案の定、拳を口元に寄せ、肩を震わせている。揺れるブロンドは、シャンデリアの明かりにキラキラと輝き、白鼈甲を彷彿とさせる凛とした気品を放っていた。

「羽倉崎さん、何とも思っていないなど口が裂けても申し上げられません。女性に対して失礼です。ただ、僕は女の美醜には、それほど拘りがありません。あとね、格なども興味がないのですよ。吉原の遊女でも品川の飯盛女でも、大して変わりませんよ」

 おそらく、自分が持つ特権のような物が、他の者から見たら ヨダレが出るほど羨ましいという認識がないのだろう。羽倉崎は納得した。
 美醜に拘らないのは、細工のように繊細で美しい顔を持つ為であり、財に興味を示さないのも子爵家の資産があってこそだろう。
 羽倉崎は、過去にあった晃子の縁談を把握している。全て、華族からのものであり財政的なものや、晃子の容姿に惹かれた類いのものと思われた。当然ながら、田中子爵家からの申し出はなかった。男爵家の資産にも、晃子の美貌にも興味がないと、目の前の男は言っているのだ。

 ―― やはり、ただの噂か……。

 羽倉崎は、微かに笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

不器用な大富豪社長は、闇オクで買った花嫁を寵愛する

獅月@体調不良
恋愛
「 御前を幸せにする為に、俺は買ったんだ 」 〜 闇オク花嫁 〜 毒親である母親の為だけに生きてきた彼女は、 借金を得た母の言葉を聞き、 闇オークションへ売られる事になった。 どんな形にしろ借金は返済出来るし、 母の今後の生活面も確保出来る。 そう、彼女自身が生きていなくとも…。  生きる希望を無くし、 闇オークションに出品された彼女は 100億で落札された。 人食を好む大富豪か、 それとも肉体を求めてか…。 どちらにしろ、借金返済に、 安堵した彼女だが…。 いざ、落札した大富豪に引き渡されると、 その容姿端麗の美しい男は、 タワマンの最上階から5階部分、全てが自宅であり、 毎日30万のお小遣いですら渡し、 一流シェフによる三食デザート付きの食事、 なにより、彼のいない時間は好きにしていいという自由時間を言い渡した。 何一つ手を出して来ない男に疑問と不満を抱く日々……だが……? 表紙 ニジジャーニーから作成 エブリスタ同時公開

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

Pomegranate I

Uta Katagi
恋愛
 婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?  古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。 *本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

本日は桜・恋日和 ーツアーコンダクター 紫都の慕情の旅

光月海愛(こうつきみあ)
恋愛
旅は好きですか? 派遣添乗員(ツアーコンダクター)の桑崎紫都32歳。 もう、仕事がらみの恋愛はしないと思っていたのに…ーー 切ない過去を持つ男女四人の二泊三日の恋慕情。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...