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恫喝
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◆◆◆◆◆
「本当ですかね? 晃子さんが、宮内省を訪ねるとは、思えないのですが」
晃子の性格を、熟知していると自負する羽倉崎は、涼しげな目元に怪訝な色を宿した。志賀の口上を鵜呑みにすれば、当然 疑問に思うことだ。
世間体を気にする性質の晃子が、怒りに任せて宮内省に乗り込み、婚約案件を進めないように――など、訴えるとは思えないと、ギシッと軋む ベルベットの背もたれに腕を掛ける羽倉崎は、悩ましげに頬杖をつく。
「羽倉崎さんが、悩まれるとは珍しいですね」
「当然でしょう?晃子さんは、私の大切な人です」
「咲と子供よりも? 正直、それを打ち捨てれば、仲直りできるでしょう?」
「出来ませんよ、きっと一生疑いの目を向けられます」
「後悔していますか?」
「全くしておりません。咲さんも大切ですので」
泰臣は、フッと鼻から抜ける笑いを漏らした。その清々しい程の言い分に。だが、それが可笑しいとは思わない。むしろ、晃子の考えが可笑しいのだ。
「羽倉崎さん、百歩譲って、本人が談判するとしても二重橋を渡ることは、考えられません。……となると、可能性はひとつ」
「何です?」
「光留ですよ」
「まさか、田中様に?あの晃子さんが、弟の学友に恥を晒しますかね?」
それもあり得ないのでは?と、言いたげに頬杖から顔を上げると、深く考えるように腕組みをする。
「……まあ、背に腹は代えられないと」
「なるほど」
羽倉崎が、大きく頷くのを視界に捉え、泰臣はカップに指を掛けた。
あの日と同じように、深い榛摺色は、ゆらゆらと揺れ、覗き込む泰臣の顔を、ぼんやりと映す。
ありがとう、光留君――
そう言い、握手を求めた泰臣の手を払いのけた光留は、強い眼差しを向けてきた。褐色の瞳に映る姿が、今の珈琲に落ちる姿と重なって思い出された。
―― あの時、光留は確かに言った……。
パシッ! と、空気を割く音と鈍い痛み。
仕方ないか――と、手のひらに落とした視線を、目の前の学友へ戻した。さぞかし、怒りを露にしているだろう……と思いきや、予想に反して光留は、平然としていた。
否、一瞬で感情を消したと表現した方が、状況に合致するだろう。
「学友として申し上げます。これは、警告と受け取って欲しいのです」
いつもの笑みを浮かべる光留の唇が、静かに音を継いだ。
「勲功で爵位を授かった……。南北朝の勲功をでっち上げるのが、簡単か 難しいのか知りませんが、崩すのは簡単なのですよ」
「へえ、脅しか?」
「脅し? 警告と申し上げているでしょう? 男爵が いくら金を使ったのか、君は知ったことではないでしょう。爵位なども必要と思っていないかもしれません……が、考えてみなさい。君は、先程、生母の死に疑念を口にしました。母を犠牲にした爵位の継承を投げ出せますか?ああ、失敬、これは余計なお世話ですね」
光留は、拳を口許へ引き寄せ、忍び笑いを漏らすと、立ち上がった。
「まあ、卑劣な手で爵位を得たとなると本業の方も、大変な打撃を受けるでしょうね。授爵は、陛下の印を頂くものです。謀った相手が陛下とは……」
「お前は、実行できるのか? うちがそうなれば、姉もろともだぞ?」
「甘いですね」
光留は、踵を返し歩きだす。話すことは、もうないと言うことだろうが、ドアの前でピタリと足を止めると、振り返った。
「僕は、晃子さんが男爵家だからという理由で、求愛しているわけではありません。下駄屋の娘でも、変わることはありません。もちろん非国民と罵られる父親をもっていようとも、迎える気概くらい持ち合わせています。どうしても無理となったら、久我侯爵家でも、近衛子爵家でも何処かの養女で迎えれば良いのです。それでは、ごきげんよう」
光留は、廊下の緋毛氈へ片足を乗せたが「あ、そうそう」と再度、振り返った。
「泰臣君、君は僕の学友です。かけがえのない……ね、余計なことは仰らず、見てらっしゃい」
言い終わるや、バタン――と、焦げ茶色のドアは閉じられた。
これは、昨日の話だ。
丁寧な口止めをしたものだと思う。
それほど、羽倉崎に漏らされたくないのだろう。こちらとしても、資金などを隠すには準備が足りない。痛い所を突いてきたと、正直思った。
―― クソ!
泰臣は顔を上げ、羽倉崎に念を押す。
「背に腹は代えられない。必ずお姉様は、光留に願うでしょう。そして光留は、不憫に思い、意を汲む可能性があります」
「そうですね、念には念を……2人を会わせないようにしなければ」
泰臣は、頷いた。
光留と晃子の関係を、伝えることが出来ないと云うのなら、別の言葉で会わせないようにすれば良い。出立当日まで、あと3日だ。どうとでもなると。
「本当ですかね? 晃子さんが、宮内省を訪ねるとは、思えないのですが」
晃子の性格を、熟知していると自負する羽倉崎は、涼しげな目元に怪訝な色を宿した。志賀の口上を鵜呑みにすれば、当然 疑問に思うことだ。
世間体を気にする性質の晃子が、怒りに任せて宮内省に乗り込み、婚約案件を進めないように――など、訴えるとは思えないと、ギシッと軋む ベルベットの背もたれに腕を掛ける羽倉崎は、悩ましげに頬杖をつく。
「羽倉崎さんが、悩まれるとは珍しいですね」
「当然でしょう?晃子さんは、私の大切な人です」
「咲と子供よりも? 正直、それを打ち捨てれば、仲直りできるでしょう?」
「出来ませんよ、きっと一生疑いの目を向けられます」
「後悔していますか?」
「全くしておりません。咲さんも大切ですので」
泰臣は、フッと鼻から抜ける笑いを漏らした。その清々しい程の言い分に。だが、それが可笑しいとは思わない。むしろ、晃子の考えが可笑しいのだ。
「羽倉崎さん、百歩譲って、本人が談判するとしても二重橋を渡ることは、考えられません。……となると、可能性はひとつ」
「何です?」
「光留ですよ」
「まさか、田中様に?あの晃子さんが、弟の学友に恥を晒しますかね?」
それもあり得ないのでは?と、言いたげに頬杖から顔を上げると、深く考えるように腕組みをする。
「……まあ、背に腹は代えられないと」
「なるほど」
羽倉崎が、大きく頷くのを視界に捉え、泰臣はカップに指を掛けた。
あの日と同じように、深い榛摺色は、ゆらゆらと揺れ、覗き込む泰臣の顔を、ぼんやりと映す。
ありがとう、光留君――
そう言い、握手を求めた泰臣の手を払いのけた光留は、強い眼差しを向けてきた。褐色の瞳に映る姿が、今の珈琲に落ちる姿と重なって思い出された。
―― あの時、光留は確かに言った……。
パシッ! と、空気を割く音と鈍い痛み。
仕方ないか――と、手のひらに落とした視線を、目の前の学友へ戻した。さぞかし、怒りを露にしているだろう……と思いきや、予想に反して光留は、平然としていた。
否、一瞬で感情を消したと表現した方が、状況に合致するだろう。
「学友として申し上げます。これは、警告と受け取って欲しいのです」
いつもの笑みを浮かべる光留の唇が、静かに音を継いだ。
「勲功で爵位を授かった……。南北朝の勲功をでっち上げるのが、簡単か 難しいのか知りませんが、崩すのは簡単なのですよ」
「へえ、脅しか?」
「脅し? 警告と申し上げているでしょう? 男爵が いくら金を使ったのか、君は知ったことではないでしょう。爵位なども必要と思っていないかもしれません……が、考えてみなさい。君は、先程、生母の死に疑念を口にしました。母を犠牲にした爵位の継承を投げ出せますか?ああ、失敬、これは余計なお世話ですね」
光留は、拳を口許へ引き寄せ、忍び笑いを漏らすと、立ち上がった。
「まあ、卑劣な手で爵位を得たとなると本業の方も、大変な打撃を受けるでしょうね。授爵は、陛下の印を頂くものです。謀った相手が陛下とは……」
「お前は、実行できるのか? うちがそうなれば、姉もろともだぞ?」
「甘いですね」
光留は、踵を返し歩きだす。話すことは、もうないと言うことだろうが、ドアの前でピタリと足を止めると、振り返った。
「僕は、晃子さんが男爵家だからという理由で、求愛しているわけではありません。下駄屋の娘でも、変わることはありません。もちろん非国民と罵られる父親をもっていようとも、迎える気概くらい持ち合わせています。どうしても無理となったら、久我侯爵家でも、近衛子爵家でも何処かの養女で迎えれば良いのです。それでは、ごきげんよう」
光留は、廊下の緋毛氈へ片足を乗せたが「あ、そうそう」と再度、振り返った。
「泰臣君、君は僕の学友です。かけがえのない……ね、余計なことは仰らず、見てらっしゃい」
言い終わるや、バタン――と、焦げ茶色のドアは閉じられた。
これは、昨日の話だ。
丁寧な口止めをしたものだと思う。
それほど、羽倉崎に漏らされたくないのだろう。こちらとしても、資金などを隠すには準備が足りない。痛い所を突いてきたと、正直思った。
―― クソ!
泰臣は顔を上げ、羽倉崎に念を押す。
「背に腹は代えられない。必ずお姉様は、光留に願うでしょう。そして光留は、不憫に思い、意を汲む可能性があります」
「そうですね、念には念を……2人を会わせないようにしなければ」
泰臣は、頷いた。
光留と晃子の関係を、伝えることが出来ないと云うのなら、別の言葉で会わせないようにすれば良い。出立当日まで、あと3日だ。どうとでもなると。
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