紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

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問答

「あれ?近さん、もう少し良いじゃないですか」

 玄関に現れた近衛の様子から、出迎えに来た訳ではないことを察した光留は、引き留める言葉を吐く。

「どうせ暇でしょう?熱燗、どうです?」

 ニッと、唇を引き上げ、お猪口を傾ける仕草をしてみせることから、ご機嫌な様子が垣間見えた。きっと、尾井坂男爵との会談が上手く運んだのだろうと思いつつも、近衛は、横に2度ほど首を振る。

「いえ、甘いものを頂いて吐きそうです。また今度」
「夕飯に、甘いもの? フランス料理じゃあるまいし、dessertデセールなんて出ないでしょ」

「いえいえ。晃子さんに、と、お伝えください」
「晃子さん?」

「ええ、ご一緒にお食事をしたのですが、とんでもなく甘い言葉を口にされるので、私はどうしたら良いのか、戸惑ってしまいました」
「……」

「そんな顔しないでください。貴方のことを、立派だと誉められていました」
「……」

「分かりやすい人ですね。晃子さんが関わると、ポンコツ具合が表に現れるからお気をつけ下さい」
「失礼な……」

 否定にも似た言葉を漏らすが、端正な顔立ちは 微かにバツが悪いと色に出す。自分でも分かっているのだろう。

「ところで近さん、近いうちに羽倉崎さんと会おうと思っています」
「それが良いでしょう」

 近衛は、当然とばかりに返答をし、玄関先に控える下男から提灯を受け取った。

「場合によっては、立会人をお願いしたいのです。貴方ほどの適任者は、いないと思っています」
「お安いご用です。ああ、そうだ一つ忠告を……」

 近衛は、使用人らを避けるように光留の腕を引き、寒椿の生垣へ寄る。余程周りに聞かれたくないのか、皆が控える唐破風からはふからは離れ、低く音を発した。

「話は、まとまったのでしょう? 晃子さんを離れに呼んだらどうですか?貴方達は、2人して言葉が足りないような気がします」
「馬鹿を仰い。正式に結婚が決まっていないのに、離れに住まうなんて……世間の口に上ったらどうするのです」

「箝口令を敷くでしょう?」
「噂というものは、止めても流れ出ることもあります。晃子さんが、後ろ指をさされるようなことは嫌です」

「……そうですか。それなら仕方ありませんね」
「何です? 気になる物の言い方をしますね?」

 思えば近衛が、居住について口を挟むには何かある。隠し事や含みは、やめろと光留は促すが、明後日の方向を向く男の中では、すでに結論は出たのだろう。口元に寄せた左手に、はぁ――と 白い息を吐きかける様子は、早く帰りたいと物申す。

「寒いでしょう?近さん、ゆっくり聞きますから、どうぞ」
「いえ……、出過ぎたことを言ったのは婚礼について、ふと思ったのです」

「婚礼? 僕の?」
「ええ。離れに住んで貴方達は、いろいろ話し合うべきだと」

「何を話し合うというのです? 必要ないでしょう」
「話もまとまるという時期に、貴方の婚礼の儀は、どのような流れをとるのかと思ったのです 」

 右手に持つ提灯を、光留の鼻先へ向けた。
 案の定、流れも何も古来より伝わる田中家のやり方だろう――と、浮かび上がる顔は 苦言を呈するかのようだ。
 これは、近衛の作戦だった。
 さすがに「晃子さんは、初めて会った時から貴方のことを想われていて、側に寄せ付けないことを不審がっています」など、言えたものではない。
 言葉足らずならば、2人で少しずつ解決するべきと、近衛は考えている為、上手いこと気を逸らせることが出来たと、上げた提灯を下ろした。

「分かっていますよ。田中家のやり方でしょう? しかし、床入りはどうするのです? まさか、隣の間に誰か控えているのですか?」
「……え?」

「考えてみてください。そもそも尾伊坂家って何なんですか? 成り上がりって、どんな慣わしです? もし、何処ぞの田舎のように障子に穴をボスボスあけて、覗き見る風習の家だったら?」
「まさか!! 」

 暗くて良く見えないが、驚愕しているようで、近衛は内心 ホッとした。
 明るかったら光留のことだ、何か隠していると見抜かれたかもしれないと。

「何でも障子に空けられた穴が、多ければ多いほど良いとされるらしいじゃないですか。もし、晃子さんがが良いと思われていたら? むしろ、それしか考えられないと。婚礼の不手際で、一生根に持たれでもしたら大変ですよ。だからホラ、話し合いは大切だってことです。いいですか? それとなく確認することをお忘れなく」
「いやいや、まさか……はは!」

「笑ってる場合ですか。数十年前まで、何をしていたのか分からない家ですよ? 床入り問答とか、やってたらどうするのです? 別に貴方がやる必要はないと思いますが、それによって晃子さんが 嫌だわ……と仰るかもしれませんよ? 」
「嫌だわって、僕が これから食べていいですか? 何て言う方が嫌でしょう!! 」

「ご存知でしたか。失敬」

 提灯を持つ手は、寒さに震えているのか、あり得ない問答を想像し、笑っているのか小刻みに揺れている。

「それでは、又 後日」

 きっと、この後、晃子の女中に確認するのだろう――。
 背を向け、そんなことを考える近衛の耳に、初冬の凛とした空気を打つ、光留の声が響いた。

「宵さん!あとで志賀さんに、僕の部屋へ来るように言ってください!」

 普段ならば人に指摘されても、しっかりとした考えの元、気にも止めないだろう。
 儀式の流れなど、お家の慣わしに合わせておけば、親類縁者からも苦情など出ないのだから。

「問答? ――な、わけないのに……」

 はぁ~と、長く吐かれた息は 溜め息か?はたまた、冬の訪れを告げる寒夜を確かめる為か? 近衛の眼前を白妙に染めた。
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