紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ

文字の大きさ
85 / 96

若奥様

しおりを挟む
 突拍子もない提案に気を落ち着かせ、尋ねた事の流れ。ストンと、腑に落ちた晃子の開口一番は「羽倉崎さんらしい……」という、しみじみとした言葉だった。

「羽倉崎さんの気持ちも分かるのですよ。僕なら何年かかっても、貴女を取り戻そうとするでしょう。逆に、商売を優先させる考えと咲さんの存在を利用させて貰い、後々に変な行動を出来ないようにしたかったのです。正直、咲さんを男爵の実子として届けるのは簡単です。泰臣君を届け出たように、咲さんも同じく届ければ良いのですから」

 華族の庶子を本当に、実子かどうかなんて調べる訳もないし、調べようもない。本人の申告で通る話だ。ただ、問題はその後――

「私が、認める言葉を言わなければならないと」
「断腸の思いと分かっております。屈辱的な感情もあられると、なので晃子さんに無理強いは致しません」

「羽倉崎さんは、もし無理ならと交換条件を出されたのでは?」
「よくお分かりで」

「これでも、羽倉崎さんのご性格は多少存じております」
「何です? それ、妬けますね」

「そんなこと言っている場合ですか」
「まあ、羽倉崎さんらしいと言えば、それまでですが……新橋あたりの座敷をあげて、僕が頭を下げると」

「何て無礼な……!」
「僕は、頭を下げるのが嫌だから、認める言葉を言って欲しいとは、思っておりません。恐れているのは、晃子さんへ好奇の目が向く。それが嫌なのです」

 光留は、わかりやすく言葉にする。
 尾井坂家から飛び出し、子爵家へ駆け込んだこと、許嫁ある身で何とも破廉恥極まりないなど、面白おかしく書き立てられるばかりではなく、社交界でも身の置き所がなくなると。

「所詮、噂と思われるかもしれませんが、そうは ならないでしょう。事実、晃子さんは こちらにいらっしゃる。貴女に傷をつけずに――と、考えると……」
「わかりました。私が、認めます」

 二つ返事と云っても良い程の快諾に思えた。

「良いのですか?」
「ええ、父が認め、官が受理するのです。私が認めることは、当然でしょう? それに夫となる方に、頭を下げさせるなど……そちらの方が我慢なりません……少々、失礼」

 髪に櫛を通していない為か、艶のあるブロンドは 要らぬ方向へ向いていると、あわせから櫛を取り出し、あてた。

「晃子さん?」

 予想だにしない流れに、戸惑う感情を孕み、名を呼ぶが、落ちる細縦縞の袖から 垣間見える肌が、制止する言葉を呑み込ませた。

「光留様は、以前 Opheliaの色合いを白い頬が、ほんのり染まるのに似ていると仰いました。色合いが堪らなく可愛らしい……と」
「確かに言いました」

 晃子は、クスリと肩を竦めると、目の前の褐色の瞳を覗き込んだ。

「貴女のようだと仰いましたが、お言葉をお返し致します。のようですね?とても 
「可愛……!? 僕の頬が染まるのは貴女の腕……いや、何でもありません」
 
 垣間見える細腕の白さに、うぶな学生のように頬を染める方が、と云うものだろう。ごほん!と咳払いをし「貴女が、夫などと言うから……」と、うそぶいてみせる。

「光留様にお願いがあるのです。これは、羽倉崎さんの条件を呑むのに必ず、そうありたいと思っています」
「何でしょう?」

 つげの半月櫛を懐にしまうと、晃子は指を突き、頭を下げた。

「私を、この離れに置いてください」
「それは……」

「お聞きください」

 間違いなく、渋る言葉を述べそうな光留を制止すると、背筋を伸ばし淡々と理由を述べる。言い分は こうだ――
 羽倉崎と咲に、認める言葉を告げるのは構わないが、未だに子爵家において客人扱いされていることを、勝ち誇ったように指摘されるのだけは、我慢できない。
 せめて、離れに置いてもらい子爵家では、光留の許嫁扱いであるという立場を明確にしておきたいと。

「わかります、仰ることは……しかし」
「いえ、お聞き届けくださいませ。こちらでは、私を押し掛けてきた厄介者と見る者もおります」

「申し訳ありません! それは、当家の躾がなっておらず、言い訳のしようもありません」
「言い訳など必要ないのです。羽倉崎さんと あの女を認めれば、私は光留様の許嫁と名乗っても問題ないではありませんか」

「それは結構なことです。大いに……」
「まだ、渋られるのですか?」

 首を縦に振らない様子は、頑ななようにも見え、とうとう黙り込んでしまった。
 そんなに難しいことなのか?と 逆に不安にもなったが、引くわけにもいかない。
 妾に勝ち誇られでもしたら、怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。
 薄紅が引かれた唇を、グッ――と 引き結び、決意を固めた。

「もう、わかりました。それならば、私が此所に住まう理由もありません。話は進んでいるのですもの。羽倉崎さんも、無体な真似はされないでしょう。私、帰ります」
「お待ち下さい!」

 慌てたのは、光留だ。
 しかし、当然の流れだと、腰を浮かせた晃子は、ツンとそっぽを向く。

「何故です? 此所にいては、妾から男爵家の娘になり、羽倉崎さんの正妻になる、あの女……咲でしたっけ? あれの、立派なお披露目で私は、恥をかく可能性があるのです。それならば、家に帰っていた方が 良いと云うもの」

 本当に荷物をまとめそうな勢いに、呆然と見つめていた光留は、瞼を閉じると、大きく息を吐き、離れにいる唯一の使用人の名を呼んだ。
 すぐに、顔を覗かせた宵に告げたのは「が、お部屋へお入りになります」
 これが、光留の答えだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

不器用な大富豪社長は、闇オクで買った花嫁を寵愛する

獅月@体調不良
恋愛
「 御前を幸せにする為に、俺は買ったんだ 」 〜 闇オク花嫁 〜 毒親である母親の為だけに生きてきた彼女は、 借金を得た母の言葉を聞き、 闇オークションへ売られる事になった。 どんな形にしろ借金は返済出来るし、 母の今後の生活面も確保出来る。 そう、彼女自身が生きていなくとも…。  生きる希望を無くし、 闇オークションに出品された彼女は 100億で落札された。 人食を好む大富豪か、 それとも肉体を求めてか…。 どちらにしろ、借金返済に、 安堵した彼女だが…。 いざ、落札した大富豪に引き渡されると、 その容姿端麗の美しい男は、 タワマンの最上階から5階部分、全てが自宅であり、 毎日30万のお小遣いですら渡し、 一流シェフによる三食デザート付きの食事、 なにより、彼のいない時間は好きにしていいという自由時間を言い渡した。 何一つ手を出して来ない男に疑問と不満を抱く日々……だが……? 表紙 ニジジャーニーから作成 エブリスタ同時公開

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

Pomegranate I

Uta Katagi
恋愛
 婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?  古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。 *本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

本日は桜・恋日和 ーツアーコンダクター 紫都の慕情の旅

光月海愛(こうつきみあ)
恋愛
旅は好きですか? 派遣添乗員(ツアーコンダクター)の桑崎紫都32歳。 もう、仕事がらみの恋愛はしないと思っていたのに…ーー 切ない過去を持つ男女四人の二泊三日の恋慕情。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...