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若奥様
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突拍子もない提案に気を落ち着かせ、尋ねた事の流れ。ストンと、腑に落ちた晃子の開口一番は「羽倉崎さんらしい……」という、しみじみとした言葉だった。
「羽倉崎さんの気持ちも分かるのですよ。僕なら何年かかっても、貴女を取り戻そうとするでしょう。逆に、商売を優先させる考えと咲さんの存在を利用させて貰い、後々に変な行動を出来ないようにしたかったのです。正直、咲さんを男爵の実子として届けるのは簡単です。泰臣君を届け出たように、咲さんも同じく届ければ良いのですから」
華族の庶子を本当に、実子かどうかなんて調べる訳もないし、調べようもない。本人の申告で通る話だ。ただ、問題はその後――
「私が、認める言葉を言わなければならないと」
「断腸の思いと分かっております。屈辱的な感情もあられると、なので晃子さんに無理強いは致しません」
「羽倉崎さんは、もし無理ならと交換条件を出されたのでは?」
「よくお分かりで」
「これでも、羽倉崎さんのご性格は多少存じております」
「何です? それ、妬けますね」
「そんなこと言っている場合ですか」
「まあ、羽倉崎さんらしいと言えば、それまでですが……新橋あたりの座敷をあげて、僕が頭を下げると」
「何て無礼な……!」
「僕は、頭を下げるのが嫌だから、認める言葉を言って欲しいとは、思っておりません。恐れているのは、晃子さんへ好奇の目が向く。それが嫌なのです」
光留は、わかりやすく言葉にする。
尾井坂家から飛び出し、子爵家へ駆け込んだこと、許嫁ある身で何とも破廉恥極まりないなど、面白おかしく書き立てられるばかりではなく、社交界でも身の置き所がなくなると。
「所詮、噂と思われるかもしれませんが、そうは ならないでしょう。事実、晃子さんは こちらにいらっしゃる。貴女に傷をつけずに――と、考えると……」
「わかりました。私が、認めます」
二つ返事と云っても良い程の快諾に思えた。
「良いのですか?」
「ええ、父が認め、官が受理するのです。私が認めることは、当然でしょう? それに夫となる方に、頭を下げさせるなど……そちらの方が我慢なりません……少々、失礼」
髪に櫛を通していない為か、艶のあるブロンドは 要らぬ方向へ向いていると、袷から櫛を取り出し、あてた。
「晃子さん?」
予想だにしない流れに、戸惑う感情を孕み、名を呼ぶが、落ちる細縦縞の袖から 垣間見える肌が、制止する言葉を呑み込ませた。
「光留様は、以前 Opheliaの色合いを白い頬が、ほんのり染まるのに似ていると仰いました。色合いが堪らなく可愛らしい……と」
「確かに言いました」
晃子は、クスリと肩を竦めると、目の前の褐色の瞳を覗き込んだ。
「貴女のようだと仰いましたが、お言葉をお返し致します。貴方のようですね?とても 可愛らしい」
「可愛……!? 僕の頬が染まるのは貴女の腕……いや、何でもありません」
垣間見える細腕の白さに、うぶな学生のように頬を染める方が、可愛らしいと云うものだろう。ごほん!と咳払いをし「貴女が、夫などと言うから……」と、嘯いてみせる。
「光留様にお願いがあるのです。これは、羽倉崎さんの条件を呑むのに必ず、そうありたいと思っています」
「何でしょう?」
つげの半月櫛を懐にしまうと、晃子は指を突き、頭を下げた。
「私を、この離れに置いてください」
「それは……」
「お聞きください」
間違いなく、渋る言葉を述べそうな光留を制止すると、背筋を伸ばし淡々と理由を述べる。言い分は こうだ――
羽倉崎と咲に、認める言葉を告げるのは構わないが、未だに子爵家において客人扱いされていることを、勝ち誇ったように指摘されるのだけは、我慢できない。
せめて、離れに置いてもらい子爵家では、光留の許嫁扱いであるという立場を明確にしておきたいと。
「わかります、仰ることは……しかし」
「いえ、お聞き届けくださいませ。こちらでは、私を押し掛けてきた厄介者と見る者もおります」
「申し訳ありません! それは、当家の躾がなっておらず、言い訳のしようもありません」
「言い訳など必要ないのです。羽倉崎さんと あの女を認めれば、私は光留様の許嫁と名乗っても問題ないではありませんか」
「それは結構なことです。大いに……」
「まだ、渋られるのですか?」
首を縦に振らない様子は、頑ななようにも見え、とうとう黙り込んでしまった。
そんなに難しいことなのか?と 逆に不安にもなったが、引くわけにもいかない。
妾に勝ち誇られでもしたら、怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。
薄紅が引かれた唇を、グッ――と 引き結び、決意を固めた。
「もう、わかりました。それならば、私が此所に住まう理由もありません。話は進んでいるのですもの。羽倉崎さんも、無体な真似はされないでしょう。私、帰ります」
「お待ち下さい!」
慌てたのは、光留だ。
しかし、当然の流れだと、腰を浮かせた晃子は、ツンとそっぽを向く。
「何故です? 此所にいては、妾から男爵家の娘になり、羽倉崎さんの正妻になる、あの女……咲でしたっけ? あれの、立派なお披露目で私は、恥をかく可能性があるのです。それならば、家に帰っていた方が 良いと云うもの」
本当に荷物をまとめそうな勢いに、呆然と見つめていた光留は、瞼を閉じると、大きく息を吐き、離れにいる唯一の使用人の名を呼んだ。
すぐに、顔を覗かせた宵に告げたのは「若奥様が、お部屋へお入りになります」
これが、光留の答えだった。
「羽倉崎さんの気持ちも分かるのですよ。僕なら何年かかっても、貴女を取り戻そうとするでしょう。逆に、商売を優先させる考えと咲さんの存在を利用させて貰い、後々に変な行動を出来ないようにしたかったのです。正直、咲さんを男爵の実子として届けるのは簡単です。泰臣君を届け出たように、咲さんも同じく届ければ良いのですから」
華族の庶子を本当に、実子かどうかなんて調べる訳もないし、調べようもない。本人の申告で通る話だ。ただ、問題はその後――
「私が、認める言葉を言わなければならないと」
「断腸の思いと分かっております。屈辱的な感情もあられると、なので晃子さんに無理強いは致しません」
「羽倉崎さんは、もし無理ならと交換条件を出されたのでは?」
「よくお分かりで」
「これでも、羽倉崎さんのご性格は多少存じております」
「何です? それ、妬けますね」
「そんなこと言っている場合ですか」
「まあ、羽倉崎さんらしいと言えば、それまでですが……新橋あたりの座敷をあげて、僕が頭を下げると」
「何て無礼な……!」
「僕は、頭を下げるのが嫌だから、認める言葉を言って欲しいとは、思っておりません。恐れているのは、晃子さんへ好奇の目が向く。それが嫌なのです」
光留は、わかりやすく言葉にする。
尾井坂家から飛び出し、子爵家へ駆け込んだこと、許嫁ある身で何とも破廉恥極まりないなど、面白おかしく書き立てられるばかりではなく、社交界でも身の置き所がなくなると。
「所詮、噂と思われるかもしれませんが、そうは ならないでしょう。事実、晃子さんは こちらにいらっしゃる。貴女に傷をつけずに――と、考えると……」
「わかりました。私が、認めます」
二つ返事と云っても良い程の快諾に思えた。
「良いのですか?」
「ええ、父が認め、官が受理するのです。私が認めることは、当然でしょう? それに夫となる方に、頭を下げさせるなど……そちらの方が我慢なりません……少々、失礼」
髪に櫛を通していない為か、艶のあるブロンドは 要らぬ方向へ向いていると、袷から櫛を取り出し、あてた。
「晃子さん?」
予想だにしない流れに、戸惑う感情を孕み、名を呼ぶが、落ちる細縦縞の袖から 垣間見える肌が、制止する言葉を呑み込ませた。
「光留様は、以前 Opheliaの色合いを白い頬が、ほんのり染まるのに似ていると仰いました。色合いが堪らなく可愛らしい……と」
「確かに言いました」
晃子は、クスリと肩を竦めると、目の前の褐色の瞳を覗き込んだ。
「貴女のようだと仰いましたが、お言葉をお返し致します。貴方のようですね?とても 可愛らしい」
「可愛……!? 僕の頬が染まるのは貴女の腕……いや、何でもありません」
垣間見える細腕の白さに、うぶな学生のように頬を染める方が、可愛らしいと云うものだろう。ごほん!と咳払いをし「貴女が、夫などと言うから……」と、嘯いてみせる。
「光留様にお願いがあるのです。これは、羽倉崎さんの条件を呑むのに必ず、そうありたいと思っています」
「何でしょう?」
つげの半月櫛を懐にしまうと、晃子は指を突き、頭を下げた。
「私を、この離れに置いてください」
「それは……」
「お聞きください」
間違いなく、渋る言葉を述べそうな光留を制止すると、背筋を伸ばし淡々と理由を述べる。言い分は こうだ――
羽倉崎と咲に、認める言葉を告げるのは構わないが、未だに子爵家において客人扱いされていることを、勝ち誇ったように指摘されるのだけは、我慢できない。
せめて、離れに置いてもらい子爵家では、光留の許嫁扱いであるという立場を明確にしておきたいと。
「わかります、仰ることは……しかし」
「いえ、お聞き届けくださいませ。こちらでは、私を押し掛けてきた厄介者と見る者もおります」
「申し訳ありません! それは、当家の躾がなっておらず、言い訳のしようもありません」
「言い訳など必要ないのです。羽倉崎さんと あの女を認めれば、私は光留様の許嫁と名乗っても問題ないではありませんか」
「それは結構なことです。大いに……」
「まだ、渋られるのですか?」
首を縦に振らない様子は、頑ななようにも見え、とうとう黙り込んでしまった。
そんなに難しいことなのか?と 逆に不安にもなったが、引くわけにもいかない。
妾に勝ち誇られでもしたら、怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。
薄紅が引かれた唇を、グッ――と 引き結び、決意を固めた。
「もう、わかりました。それならば、私が此所に住まう理由もありません。話は進んでいるのですもの。羽倉崎さんも、無体な真似はされないでしょう。私、帰ります」
「お待ち下さい!」
慌てたのは、光留だ。
しかし、当然の流れだと、腰を浮かせた晃子は、ツンとそっぽを向く。
「何故です? 此所にいては、妾から男爵家の娘になり、羽倉崎さんの正妻になる、あの女……咲でしたっけ? あれの、立派なお披露目で私は、恥をかく可能性があるのです。それならば、家に帰っていた方が 良いと云うもの」
本当に荷物をまとめそうな勢いに、呆然と見つめていた光留は、瞼を閉じると、大きく息を吐き、離れにいる唯一の使用人の名を呼んだ。
すぐに、顔を覗かせた宵に告げたのは「若奥様が、お部屋へお入りになります」
これが、光留の答えだった。
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