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ねつこ草
ご親戚
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夢語る、夢を追う、夢破れる――
儚く散った、あの女の夢と命は指先から溢れ落ちた瞬間、どんな色をしていたのか?
自分の夢を容易く叶えた学友に、どんな心情だったのか?
今生の別れとなった秋の夕暮れ
本家の若奥様は、微笑み言った。
「惟前さん、貴方は簡単に海を渡るのね? 」
優秀な人材を集めた政府は、明治二十四年欧州へ向け一行を出国させた――
◆
明治二十六年二月
来月公布される法律準備の為、下っ端官吏に至るまで、猫の手も借りたい司法省――
その窓辺に立つ司法次官清浦は、疲れをおくびにも出さず、部下を呼ぶ。
「近衛惟前君」
「なんでしょう? 清浦閣下」
重ねられた書類を端に寄せ、椅子を鳴らし立ち上がるのは公家の名門、近衛公爵家の分家にあたる子爵家の三男。
帝大の法科を出た、将来性豊かな青年だ。そんな部下に、飄々と言う。
「最近、妙な噂を聞いたよ」
「どのような? 」
「侯爵家の刃傷沙汰」
―― 侯爵……?
二十程ある侯爵家を思い浮かべるが、どの家か見当がつかない。小首をかしげる様子に清浦は、すかさず助け舟を出した。
「君のご親戚、久我侯爵」
「え⁉︎ 」
何かの間違いでは? と、口を突きそうになったが、遣り手の司法次官が不確かなことを言うわけがない。
どっち付かずの感情に、言葉が詰まる部下の顔が面白かったのか? ガラス越しに視線を向ける清浦は、煙草を唇から離し、クスリと喉を鳴らす。
「百聞は一見に如かずかな? ご親戚だろう? 」
「ええ……その関係で少々行き来がありますが私、個人としては、久我の従五位が同窓であり、幼馴染です」
「ふーん、跡取りと……ま、近々、侯爵家に行くことになると思うよ。その時は、上手い事やるんだよ」
惟前が呼ばれるなら、この件は裁判に発展するということだろう。
司法官吏が、根掘り葉掘り聞きづらい。
刃傷という宜しくない出来事を語る上で、惟前が相手なら、侯爵の口の動きも違うと思われた。
―― なるほど、聴取か。
そんな結論に達したが、この話題を次に口走ったのは清浦でも、司法官吏でもなく毎日顔を突き合わせる母、近衛子爵夫人の薄い唇だった。
「光雅さんが、お外でお怪我をされたそうなのよ。お見舞いに行ってらっしゃい」
「外⁉︎ 」
侯爵邸での事件。しかも、侯爵が関わっていると思いきゃ、全く違った。
確認をしないのは、自身の考えを過信する惟前の悪い所だと、驚愕と反省が波のように押し寄せたと同時に、清浦がいち早くこの件を握っていたことが、ストンと腑に落ちた。
司法次官の清浦は、前内務省警保局長だ。外での問題が、警察を通じ耳に入ったのだろう。
警察と司法省が動く事態に、妙な胸騒ぎを覚え、俥に飛び乗る。行き先は、牛込神楽坂。
ずいぶん急いでもらったが到着したのは、カラス鳴く夕暮れ時。
日が暮れてしまうと、急ぎ門を潜る惟前を待ち構えていたのは今年、十七になる久我侯爵の一人娘、宮津子だった。
「ようこそお越しくださいました。惟前さん」
柔らかい栗色の髪が、白い顔にかかるのを指先で払う姿が、品の良さを醸し出す。
「ああ……鹿鳴館以来ですね」
「その節は。緋色の西陣、皆様にお褒めいただきましたのよ」
「それは良かった。しかし……私も歳をとるはずです。あの宮ちゃんが舞踏会の華なんですから」
「まあ、歳だなんて。私達、七つしか離れていませんわ」
頬を微かに膨らませる宮津子は、指先で毛先を弄ぶ。不服がある時や、言いたいことを呑み込む時に見せる仕草だ。
近衛子爵家の末っ子である惟前にとって、宮津子の誕生は、記憶にある出来事で一番の慶事だった。
常々、妹が欲しいと思っていたのだから親戚筋の姫様を実妹のように可愛がり、言葉も作法も基本的な教養には、指南役として一通り携わった。
宮津子もよく懐いていたのだが、年頃になれば疎遠になるのは世の習い。
何処となくぎこちない関係が、会えば会話をするようになったのは、一年間の欧州視察から帰国した昨年からだ。
夜会で着るドレスを相談された時は正直、もうそんな歳なのか――と、驚いたものだ。
「貴女は、色が白くて緋色がよく映えますからね。お似合いでした」
「ありがとう……」
素直な褒め言葉に、宮津子の頬が染まる。
嘘ではない。夏の夜の鹿鳴館で、一際輝いていたのは、目の前の令嬢だと本気で思っていたのだから。
そんな本音に、微かな自嘲混じりの笑みを浮かべ、本題を切り出す。
「……光雅君のお加減は? 」
儚く散った、あの女の夢と命は指先から溢れ落ちた瞬間、どんな色をしていたのか?
自分の夢を容易く叶えた学友に、どんな心情だったのか?
今生の別れとなった秋の夕暮れ
本家の若奥様は、微笑み言った。
「惟前さん、貴方は簡単に海を渡るのね? 」
優秀な人材を集めた政府は、明治二十四年欧州へ向け一行を出国させた――
◆
明治二十六年二月
来月公布される法律準備の為、下っ端官吏に至るまで、猫の手も借りたい司法省――
その窓辺に立つ司法次官清浦は、疲れをおくびにも出さず、部下を呼ぶ。
「近衛惟前君」
「なんでしょう? 清浦閣下」
重ねられた書類を端に寄せ、椅子を鳴らし立ち上がるのは公家の名門、近衛公爵家の分家にあたる子爵家の三男。
帝大の法科を出た、将来性豊かな青年だ。そんな部下に、飄々と言う。
「最近、妙な噂を聞いたよ」
「どのような? 」
「侯爵家の刃傷沙汰」
―― 侯爵……?
二十程ある侯爵家を思い浮かべるが、どの家か見当がつかない。小首をかしげる様子に清浦は、すかさず助け舟を出した。
「君のご親戚、久我侯爵」
「え⁉︎ 」
何かの間違いでは? と、口を突きそうになったが、遣り手の司法次官が不確かなことを言うわけがない。
どっち付かずの感情に、言葉が詰まる部下の顔が面白かったのか? ガラス越しに視線を向ける清浦は、煙草を唇から離し、クスリと喉を鳴らす。
「百聞は一見に如かずかな? ご親戚だろう? 」
「ええ……その関係で少々行き来がありますが私、個人としては、久我の従五位が同窓であり、幼馴染です」
「ふーん、跡取りと……ま、近々、侯爵家に行くことになると思うよ。その時は、上手い事やるんだよ」
惟前が呼ばれるなら、この件は裁判に発展するということだろう。
司法官吏が、根掘り葉掘り聞きづらい。
刃傷という宜しくない出来事を語る上で、惟前が相手なら、侯爵の口の動きも違うと思われた。
―― なるほど、聴取か。
そんな結論に達したが、この話題を次に口走ったのは清浦でも、司法官吏でもなく毎日顔を突き合わせる母、近衛子爵夫人の薄い唇だった。
「光雅さんが、お外でお怪我をされたそうなのよ。お見舞いに行ってらっしゃい」
「外⁉︎ 」
侯爵邸での事件。しかも、侯爵が関わっていると思いきゃ、全く違った。
確認をしないのは、自身の考えを過信する惟前の悪い所だと、驚愕と反省が波のように押し寄せたと同時に、清浦がいち早くこの件を握っていたことが、ストンと腑に落ちた。
司法次官の清浦は、前内務省警保局長だ。外での問題が、警察を通じ耳に入ったのだろう。
警察と司法省が動く事態に、妙な胸騒ぎを覚え、俥に飛び乗る。行き先は、牛込神楽坂。
ずいぶん急いでもらったが到着したのは、カラス鳴く夕暮れ時。
日が暮れてしまうと、急ぎ門を潜る惟前を待ち構えていたのは今年、十七になる久我侯爵の一人娘、宮津子だった。
「ようこそお越しくださいました。惟前さん」
柔らかい栗色の髪が、白い顔にかかるのを指先で払う姿が、品の良さを醸し出す。
「ああ……鹿鳴館以来ですね」
「その節は。緋色の西陣、皆様にお褒めいただきましたのよ」
「それは良かった。しかし……私も歳をとるはずです。あの宮ちゃんが舞踏会の華なんですから」
「まあ、歳だなんて。私達、七つしか離れていませんわ」
頬を微かに膨らませる宮津子は、指先で毛先を弄ぶ。不服がある時や、言いたいことを呑み込む時に見せる仕草だ。
近衛子爵家の末っ子である惟前にとって、宮津子の誕生は、記憶にある出来事で一番の慶事だった。
常々、妹が欲しいと思っていたのだから親戚筋の姫様を実妹のように可愛がり、言葉も作法も基本的な教養には、指南役として一通り携わった。
宮津子もよく懐いていたのだが、年頃になれば疎遠になるのは世の習い。
何処となくぎこちない関係が、会えば会話をするようになったのは、一年間の欧州視察から帰国した昨年からだ。
夜会で着るドレスを相談された時は正直、もうそんな歳なのか――と、驚いたものだ。
「貴女は、色が白くて緋色がよく映えますからね。お似合いでした」
「ありがとう……」
素直な褒め言葉に、宮津子の頬が染まる。
嘘ではない。夏の夜の鹿鳴館で、一際輝いていたのは、目の前の令嬢だと本気で思っていたのだから。
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