神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

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ねつこ草

シャボン玉

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 皿のように目を見開くとは、このことだろう。
 惟前たださきの睫毛は、肌を打つことを忘れ微動だにしない。

桔梗ききょう? 」

 絞り出した声に弾かれ、瞬きをした。
 間違いを正すように繰り返すが、何度見ても顔が変わることはない。紛れもなく桔梗だ。

「ああ、名は違うがな。当然ながら桔梗は源氏名だ。あれは、さわちゃんの学友だった」
「どういうことだ? 」
「ここで話しても又、食い違うだろう。桔梗を連れてきてくれないか? 皆で話そう」
「いや! 無理だろう!? 芸者に敷居を跨がせる気か!? 」
「そこを何とかしなきゃ片付かないぞ? 司法省の近衛このえ様」
「ぐ……! 」

 その通りだ。早く片付けないと代言人の思う壺。「遅かったね」などと、嘲り笑われたら怒りで頭がどうにかなってしまう。
 
「わかった。ところでコレは、何処から入手した?」
「さわちゃんの葬式の後に、形見分けとしてもらったよ。あまり屋敷に残したくなかったのだろう、止められることもなく何品か譲り受けた」

 惟前は、もう一度モノクロの写真を見つめた。
 微笑む女学生は、育ちの良さが滲み出る程、上品なひとだった。
 柔らかい声は、今も耳朶じだに残る。法学校へ入学することが決まったことを受け、衍子さわこは言った。

「法学校だなんて凄いわね。将来は外務省かしら? いいえ、違うわね。きっと司法省! ね、司法省の近衛様」

 眼前が滲んだ。
 みるみるうちに何もかも見えなくなり、頬を伝う涙が握りしめる拳を濡らす。
 光雅てるまさは、どんな顔をして泣く友を見ているのか? いや、見ないでいてくれているのか? 
 確かめることを諦める程の涙を情けなく思う。

「海を渡りたいと願ったさわちゃんは、結婚によって道を断たれた。それを横目に私は、留学したんだ。どんな気持ちだったのか……」
「喜んだに決まっているだろう? さわちゃんは、君の夢を知っていたんだから。叶える為にはベストな選択だ」

 盆に置かれた真っさらな手拭いを惟前に投げやると、衍子へ視線を落とした。

「ああすれば、こうすれば……誰しも後悔はある。僕は、何故もっと早く前田侯爵へ縁談を持ち込まなかったのか……」
「君の優しさだろう。さわちゃんの夢を知っていたから」
「ああ、馬鹿な優しさだった」
「私は、そういう優しさが好きだよ。自分より相手を想い、身を引くことも素晴らしいだろう? 」
「慰めか? それとも身に覚えでもあるのか? 」
「さぁね……」

 思わせぶりな態度だが光雅は、追求しなかった。二つの額を眼前の友へ向ける。

「形見分け。この写真でもいいし、手鏡もある」
「いや。出国時に着物一揃え頂いたんだ。それで十分だよ」

 一針一針、無事を祈り、縫い上げたと言う衍子は「一緒に海を渡らせて」と、押し付けてきた。
 近衛本家の若奥様となっが、一人の学友として一生懸命、餞別を考えてくれたようだ。
 若かりし頃、互いに語った夢は大きく、シャボンのように弾ける淡いものだったが、天を突き抜けるほど高く、広く、そして青い春を謳歌する日々は、三人にとって、かけがえのないものだった。
 道別れたのは、十五の年。
 惟前は司法省法学校へ、光雅は学習院に残った。そして衍子は、海外どころか学ぶ権利も取り上げられ、嫁ぐことが決まった――。
 桃の節句、白い顔のお雛様と同様、指先まで真っ白のお嫁様は、綿帽子の下でどんな顔をしていたのか。
 記憶を辿っても、シャボン玉のように不確かに揺れ、朧気な光の屈折が邪魔をする。

「さわちゃんが夢を諦めたのは、近衛との縁談だったろ? そこに欧州視察の話が決まった。罪悪感に押し潰されそうだったよ。さわちゃんの夢を取り上げて私が、横取りしたような錯覚を覚えた」
「そんな馬鹿な……我が事のように喜んでいただろう? 」
「ああ、とても。帰国したら一番に駆けつけて、土産話をすると約束したんだ。まさか、いなくなるとは思わなかった。しかも、新しい若奥様がすでにいて……言葉も出なかったよ」

 光雅も、すぐに再婚した近衛公爵に怒りを覚えたはずだ。夢を捨てた結果がこれか――と。
 一年程前から塞ぎ込んで、軍にも顔を出さない光雅は、その死を受け入れるのが、難しかったのだろう。

 ―― 桔梗が、光雅君の心を支えてくれる存在ならば、この件は穏便に収めるのが得策かもしれない……。

 久我くが侯爵家のの兄が、開拓地で農業をやっているというのは、問題だ。
 先の目的が定まれば、そこに至るまでの計画は瞬時に思いつく。惟前は、桔梗を預かる羽倉崎はぐらざきに、電話を掛けた。



 
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