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赤レンガの学舎にて
弐
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「私、巾着や半衿に値札をつけました。売上は全額寄付となります。また、雅楽や書を嗜む方も多いので、そちらの披露なども」
満面の笑みで、侯爵家の下心を噯にも出さない。
「ああ! 欧州で似たようなものを見ましたよ」
「そう言えば昨日、光留さんとお話しましたのよ。学校も視察されたのでしょう? そこで、このような催しの祭りを見たと。皆が大声で笑い、手を繋ぎ踊る……何とも滑稽で騒がしい学生の祭りだったと」
宮津子は、従兄弟にあたる田中子爵家の従五位の名を出した。
「はは! 滑稽? 嘘、嘘! 汽船で死んだ目をしていたのに、現金なことで女性を見れば、機嫌良く手を握っていましたよ」
学舎を見上げ、呵々とする惟前は、遠巻きに見ている御夫人や、女学生の視線を気にする事なく、ズンズン進む。
「待って! 惟前さん、腕をお貸し下さらない? この人混み、はぐれてしまいそう」
「ああ、気が利きませんで。どうぞ」
差し出された腕に指を絡めると、女達の探る視線に微笑みを返す。
司法省の近衛様と言えば、本人が思っているより女学生の間では有名だ。
そして、今日は父兄まで揃っているのだから惟前を見知る者は、多いだろう。
昨晩、電話口で光留は言った。
「恋を成就させるには、なりふり構っている場合ではないのですよ。特に高嶺なんてね」
先頃、初恋を実らせたこの男、本当になりふり構っていなかった。
婚約者がいた令嬢を掠め取ったのだ。
本来なら宮内省を巻き込み、大騒ぎになるはずだが、そこを穏便に収めたのだから大したものだ。
そんな経験者が語る話は、グサリと刺さる。
「近衛さんって優秀なんですよ? 清浦閣下が目を掛けているだけある。ここだけの話、宮内省には間を取り持って欲しいと、いくつも打診がきています。従五位じゃなくても あの人は、実力で爵位を得るでしょうからね。堅苦しい養子に収まりたいと思うでしょうかねぇ? なかなか難しい……」
難しいと言われたら、本当にダメな気もしてくる。言葉に詰まるのがわかったのか、受話器越しに含み笑いが伝わってきた。
「外堀を埋めなさい。ニブイ近衛さんです、容易いでしょう。蚊遣り火になったつもりで、他の虫など追っ払ってしまいなさい」
宮津子の耳朶を震わせたのは、何とも卑怯なアドバイスだった。
しかし、効果覿面のようだ。遠巻きに見る女学生には悲壮感が漂い、父兄はガッカリした表情を隠そうともしない。
このまま仲睦まじく学舎を歩けば、他の令嬢など寄ってこないだろう。
「へぇ~、興味深いですね」
「な、何がです!! 」
ギョッとなり、顔を上げた。
「え? いや、この催しですよ?」
「あ、あ……そう? 」
考えが読まれたと焦る宮津子は、怪訝な視線をかわし、髪を撫でる。
はしたない考えに気付かれては、居たたまれないと思うが、そこは杞憂のようだ。
惟前は、神妙な顔つきで琴を演奏する学生を眺めていた。
「欧州では、単に騒いでいるような印象を受けました。学びを発表するというより祭りです。しかし、こちらは学びの点が押し出されているのではないでしょうか? 」
興味深いのか、小難しいことを言い出した。
「そう? 」
「口承文芸、言語、造形などの美術、ひとくくりに人間の持つ教養を高め、それを披露するのは向上心にも繋がり、良い刺激となるでしょう。そういえば文化という言葉がありますが、このような意味かもしれませんね」
ますます難しいことを言い出した。
「……よくわかりません」
本当に分からなかった。
惟前も自覚があったのだろう、優しく唇を引き上げる。
「失敬、簡単な話、井上閣下 は 現状の教育に不満があるとかで、改革に力を入れる気なのでしょう。手始めに宮内省と協力し、女学校で文化のお披露目をしたのかも? と考えただけです。それで? 何処を案内してくれるんですか? 」
「写真館です」
ギュッと、指先に力がこもる。光雅から写真を見せられて以来、二人のものが欲しかったのだ。
そんな本音を知らない惟前は、出店として写真館がある事に驚いたようだ。目を丸々と見開いている。
「 写真館があるのですか? 」
「日本寫眞會ってご存じ?」
「ああ、榎本さんの写真同好会?」
「ええ、そこが協力して下さって人数は制限されていますが、撮ってもらえるの」
前もって用意していた番号札を、館員に扮した女学生に見せ、するりと中へ入る。
「さすが宮内省ですね」
感嘆の声を上げた惟前は、正直学生の祭りと期待はしていなかったのだが、ここにきて考えを改める。
当然ながら保護者たる者が、すべて華族であり教壇に立つ者も、官との繋がりが強いのは当然であるのだから、先の外相である榎本が趣味の会を派遣するのも頷けた。
満面の笑みで、侯爵家の下心を噯にも出さない。
「ああ! 欧州で似たようなものを見ましたよ」
「そう言えば昨日、光留さんとお話しましたのよ。学校も視察されたのでしょう? そこで、このような催しの祭りを見たと。皆が大声で笑い、手を繋ぎ踊る……何とも滑稽で騒がしい学生の祭りだったと」
宮津子は、従兄弟にあたる田中子爵家の従五位の名を出した。
「はは! 滑稽? 嘘、嘘! 汽船で死んだ目をしていたのに、現金なことで女性を見れば、機嫌良く手を握っていましたよ」
学舎を見上げ、呵々とする惟前は、遠巻きに見ている御夫人や、女学生の視線を気にする事なく、ズンズン進む。
「待って! 惟前さん、腕をお貸し下さらない? この人混み、はぐれてしまいそう」
「ああ、気が利きませんで。どうぞ」
差し出された腕に指を絡めると、女達の探る視線に微笑みを返す。
司法省の近衛様と言えば、本人が思っているより女学生の間では有名だ。
そして、今日は父兄まで揃っているのだから惟前を見知る者は、多いだろう。
昨晩、電話口で光留は言った。
「恋を成就させるには、なりふり構っている場合ではないのですよ。特に高嶺なんてね」
先頃、初恋を実らせたこの男、本当になりふり構っていなかった。
婚約者がいた令嬢を掠め取ったのだ。
本来なら宮内省を巻き込み、大騒ぎになるはずだが、そこを穏便に収めたのだから大したものだ。
そんな経験者が語る話は、グサリと刺さる。
「近衛さんって優秀なんですよ? 清浦閣下が目を掛けているだけある。ここだけの話、宮内省には間を取り持って欲しいと、いくつも打診がきています。従五位じゃなくても あの人は、実力で爵位を得るでしょうからね。堅苦しい養子に収まりたいと思うでしょうかねぇ? なかなか難しい……」
難しいと言われたら、本当にダメな気もしてくる。言葉に詰まるのがわかったのか、受話器越しに含み笑いが伝わってきた。
「外堀を埋めなさい。ニブイ近衛さんです、容易いでしょう。蚊遣り火になったつもりで、他の虫など追っ払ってしまいなさい」
宮津子の耳朶を震わせたのは、何とも卑怯なアドバイスだった。
しかし、効果覿面のようだ。遠巻きに見る女学生には悲壮感が漂い、父兄はガッカリした表情を隠そうともしない。
このまま仲睦まじく学舎を歩けば、他の令嬢など寄ってこないだろう。
「へぇ~、興味深いですね」
「な、何がです!! 」
ギョッとなり、顔を上げた。
「え? いや、この催しですよ?」
「あ、あ……そう? 」
考えが読まれたと焦る宮津子は、怪訝な視線をかわし、髪を撫でる。
はしたない考えに気付かれては、居たたまれないと思うが、そこは杞憂のようだ。
惟前は、神妙な顔つきで琴を演奏する学生を眺めていた。
「欧州では、単に騒いでいるような印象を受けました。学びを発表するというより祭りです。しかし、こちらは学びの点が押し出されているのではないでしょうか? 」
興味深いのか、小難しいことを言い出した。
「そう? 」
「口承文芸、言語、造形などの美術、ひとくくりに人間の持つ教養を高め、それを披露するのは向上心にも繋がり、良い刺激となるでしょう。そういえば文化という言葉がありますが、このような意味かもしれませんね」
ますます難しいことを言い出した。
「……よくわかりません」
本当に分からなかった。
惟前も自覚があったのだろう、優しく唇を引き上げる。
「失敬、簡単な話、井上閣下 は 現状の教育に不満があるとかで、改革に力を入れる気なのでしょう。手始めに宮内省と協力し、女学校で文化のお披露目をしたのかも? と考えただけです。それで? 何処を案内してくれるんですか? 」
「写真館です」
ギュッと、指先に力がこもる。光雅から写真を見せられて以来、二人のものが欲しかったのだ。
そんな本音を知らない惟前は、出店として写真館がある事に驚いたようだ。目を丸々と見開いている。
「 写真館があるのですか? 」
「日本寫眞會ってご存じ?」
「ああ、榎本さんの写真同好会?」
「ええ、そこが協力して下さって人数は制限されていますが、撮ってもらえるの」
前もって用意していた番号札を、館員に扮した女学生に見せ、するりと中へ入る。
「さすが宮内省ですね」
感嘆の声を上げた惟前は、正直学生の祭りと期待はしていなかったのだが、ここにきて考えを改める。
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