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神楽坂gimmick
一筆啓上仕候
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久我侯爵家に待望の女子が誕生したのは、今から十七年前となる。
跡取りである光雅より、七つ下となる娘は、宮津子と名付けられ、お七夜には摂関家、清華家、公家華族に盛大に御披露目された。明治九年のことだ。
常々 弟か妹が欲しいと思っていた惟前にとって、顔を覗き込むと キャッキャッと声を上げ、成長に伴い後をついて回る姿は、愛さずにはいられなかった。
蝶よ、花よ、と 育てられた娘であり、気位高い家格でもあることから、七つになる頃には少々、我が儘に育っていたが、可愛いことに代わりはない。しかし、所詮は他人。
『男女七歳にして席を同じゅうせず』
十四の惟前が配慮するのは当然で、帯解きの儀を区切りとするのも不思議ではなく。
何度も名を呼び 後を追う少女を避ける日々が続き、いつしか宮津子の足は、追うことを止め、代わりに悲しそうな双眸が惟前を追うようになっていた。
後ろめたかったが、屋敷の者達も察していたこともあり、配慮の言葉が掛けられていたのだろう、八つになった頃には 目が合っても、宮津子から逸らすようになっていた。
男女の在り方を学んだのだと、ホッとしたことを覚えているが、それでも喧嘩していた訳ではない。よそよそしさはあったが、最低限の言葉くらいは交わしていた。
そんな二人の仲が、会えば雑談をするまでに回復したのは、昨年の夏に行われた宮内省主催の夜会からだ。
ドレスのことで相談を受け、西陣を仕立て直すことを勧めた。何故なら、まだまだ慣れないご夫人、ご令嬢は、灰色のドレスを好んでいたからだ。
しかし、欧州を見てきた惟前は、色とりどりのドレスを纏うご夫人らが、美しいことを知っている。
だからと見慣れない柄のドレスは、眉をひそめられる可能性もある。
皆が知る、西陣の綾織り物を仕立て直せば、品位も保ちつつ、宮津子の美しさを引き立てるだろうと。
案の定、華族令息の視線を集めることになった。
「あぁ……そうか、欧州から帰国してから以前のように話すようになったのか」
はた、と気が付いた。
惟前は、明治二十四年の春 官の欧州視察に同行していた。現在の司法省事務方トップである清浦が、内務省警保局長を辞任してまで強行した視察団だ。
ドイツなどの警察組織や、法を学ぶ為のもので当時、法科に在籍していた惟前も一緒に海を渡ったのだが宮津子の態度は、この頃 変わったように見受けられた。
目を逸らすことなく、真っ直ぐ見つめてくるのは、年頃になり落ち着いた為だろう。
「しかし、可笑しい……手紙には前から想っていた風に書かれていたが……」
「何が可笑しいんだい? 近衛君」
「うわ!! 忍び寄って来ないで下さいよ! 」
「忍び寄っていないさ」
真横から覗き込む清浦は、怪訝な表情を浮かべ、黙り顎を上げる。見渡すと、誰もいなかった。
「あ……私も退省ます」
「そうかい、ご苦労様」
清浦は、そういうと次官執務室へ戻らず、先程まで座っていた机に寄りかかり、マッチを擦った。ぼんやりと煙草を咥えるのは、いつものことだ。
「執務室へは戻られないのですか? 」
「ん? ああ、私も帰るし……そういえば、久我侯爵の従五位は帰ってこないのかい?」
「ええ……今のところ」
宮津子の兄である久我光雅は先月、家を飛び出し行方知れずだ。
「それじゃ、君が令嬢の入婿かね。上手いことやったな……侯爵か、久我惟前君? 」
「止めてくださいよ、私にその気はありません。それに宮津子さんだって」
煙草を浮かせ、ニヤニヤと口許を緩ます清浦は「ま、見極めるこったね」と、呟き、手を上げた。
遠ざかる足音に合点がいく。
一人勝手に動揺したが、蓋を開けたら単純な、からくりじゃないか――と。
宮津子は、両親から責っ付かれ書いたのだろう。跡取り不在となると、夫妻が婿養子を念頭に置くのは当然だ。
親戚筋であり、昔馴染みの惟前以上の候補はいないだろう。
「成る程、成る程、そうか……手紙を書くのに手が震えるという下りは、侯爵の怒りが恐ろしかったのだろう。さしずめ、昔から想っていたという下りも、指示されて書いたのか」
惟前は、羽ペンを手に取ると便箋に走らせた。無視するつもりだったが、放置すれば宮津子は両親の叱責から逃れられないだろう。
妙な内容は、こっちから断ってくれという強い意思の表れだ。
―― 良かった、気付いてあげられて。
白い紙の中央には、単純な一文。
一筆啓上仕候
心に決めし 人がおります。
惟前
跡取りである光雅より、七つ下となる娘は、宮津子と名付けられ、お七夜には摂関家、清華家、公家華族に盛大に御披露目された。明治九年のことだ。
常々 弟か妹が欲しいと思っていた惟前にとって、顔を覗き込むと キャッキャッと声を上げ、成長に伴い後をついて回る姿は、愛さずにはいられなかった。
蝶よ、花よ、と 育てられた娘であり、気位高い家格でもあることから、七つになる頃には少々、我が儘に育っていたが、可愛いことに代わりはない。しかし、所詮は他人。
『男女七歳にして席を同じゅうせず』
十四の惟前が配慮するのは当然で、帯解きの儀を区切りとするのも不思議ではなく。
何度も名を呼び 後を追う少女を避ける日々が続き、いつしか宮津子の足は、追うことを止め、代わりに悲しそうな双眸が惟前を追うようになっていた。
後ろめたかったが、屋敷の者達も察していたこともあり、配慮の言葉が掛けられていたのだろう、八つになった頃には 目が合っても、宮津子から逸らすようになっていた。
男女の在り方を学んだのだと、ホッとしたことを覚えているが、それでも喧嘩していた訳ではない。よそよそしさはあったが、最低限の言葉くらいは交わしていた。
そんな二人の仲が、会えば雑談をするまでに回復したのは、昨年の夏に行われた宮内省主催の夜会からだ。
ドレスのことで相談を受け、西陣を仕立て直すことを勧めた。何故なら、まだまだ慣れないご夫人、ご令嬢は、灰色のドレスを好んでいたからだ。
しかし、欧州を見てきた惟前は、色とりどりのドレスを纏うご夫人らが、美しいことを知っている。
だからと見慣れない柄のドレスは、眉をひそめられる可能性もある。
皆が知る、西陣の綾織り物を仕立て直せば、品位も保ちつつ、宮津子の美しさを引き立てるだろうと。
案の定、華族令息の視線を集めることになった。
「あぁ……そうか、欧州から帰国してから以前のように話すようになったのか」
はた、と気が付いた。
惟前は、明治二十四年の春 官の欧州視察に同行していた。現在の司法省事務方トップである清浦が、内務省警保局長を辞任してまで強行した視察団だ。
ドイツなどの警察組織や、法を学ぶ為のもので当時、法科に在籍していた惟前も一緒に海を渡ったのだが宮津子の態度は、この頃 変わったように見受けられた。
目を逸らすことなく、真っ直ぐ見つめてくるのは、年頃になり落ち着いた為だろう。
「しかし、可笑しい……手紙には前から想っていた風に書かれていたが……」
「何が可笑しいんだい? 近衛君」
「うわ!! 忍び寄って来ないで下さいよ! 」
「忍び寄っていないさ」
真横から覗き込む清浦は、怪訝な表情を浮かべ、黙り顎を上げる。見渡すと、誰もいなかった。
「あ……私も退省ます」
「そうかい、ご苦労様」
清浦は、そういうと次官執務室へ戻らず、先程まで座っていた机に寄りかかり、マッチを擦った。ぼんやりと煙草を咥えるのは、いつものことだ。
「執務室へは戻られないのですか? 」
「ん? ああ、私も帰るし……そういえば、久我侯爵の従五位は帰ってこないのかい?」
「ええ……今のところ」
宮津子の兄である久我光雅は先月、家を飛び出し行方知れずだ。
「それじゃ、君が令嬢の入婿かね。上手いことやったな……侯爵か、久我惟前君? 」
「止めてくださいよ、私にその気はありません。それに宮津子さんだって」
煙草を浮かせ、ニヤニヤと口許を緩ます清浦は「ま、見極めるこったね」と、呟き、手を上げた。
遠ざかる足音に合点がいく。
一人勝手に動揺したが、蓋を開けたら単純な、からくりじゃないか――と。
宮津子は、両親から責っ付かれ書いたのだろう。跡取り不在となると、夫妻が婿養子を念頭に置くのは当然だ。
親戚筋であり、昔馴染みの惟前以上の候補はいないだろう。
「成る程、成る程、そうか……手紙を書くのに手が震えるという下りは、侯爵の怒りが恐ろしかったのだろう。さしずめ、昔から想っていたという下りも、指示されて書いたのか」
惟前は、羽ペンを手に取ると便箋に走らせた。無視するつもりだったが、放置すれば宮津子は両親の叱責から逃れられないだろう。
妙な内容は、こっちから断ってくれという強い意思の表れだ。
―― 良かった、気付いてあげられて。
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惟前
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