神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

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神楽坂gimmick

敗戦の弁

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 人の記憶の中で一番 古いものは、どの年頃だろうか?
 宮津子は、暮雨ぼうに燻る庭先を眺めた。
 じんわりと、色を変える灯籠は黒い感情が、心を侵食していく様子を表しているように思える。
 手にするのは一通の手紙。
 女学校から帰宅する途中、近衛家の女中とバッタリ会った。聞けば、手紙を申しつかっているという。返事だと直感し、受けとると案の定 宮津子さまとあった。

「確かに」

 高鳴る鼓動を悟られないように、直ぐ様 袂に潜ませ、自室へ滑り込んだのは言うまでもない。
 思えば、物心ついた頃から惟前を見ていた。とても可愛がられ、兄である光雅より大好きだった。

「七つは、離れ過ぎかしら? いえ、そんなことはないわね。惟前さんは、よいお相手になるのではないかしら?」

 侯爵夫人は、早くから縁談を念頭においた発言をしており「惟前様のお嫁さま」と、屋敷の者達も呼んでいたほどだ。
 それなのに肝心の惟前は、帯解きの儀以降 急によそよそしくなった。

「どうなさったの? 宮は、悪いことをしたかしら? 」

 すがり付いて尋ねたこともあったが、困った顔をするだけで、理由も教えてくれなかった。

「七つになられたからですよ? 十年もすれば……いえ、きっとお嬢様が 十五程になられればご婚約となるでしょう」

 乳母は言うが、俄には信じられなかった。
 歳で線引きされる理屈が、わからなかったのだ。
 そんな頃だった、光雅が一枚の写真を見せてきたのは。額に入ったソレを上機嫌で母である侯爵夫人へ差し出す。

「よく撮れているでしょう? 」
「あら! 本当に。最近流行っているのでしょう? こちらの方は? 」
「前田侯爵家のさわちゃん」
「ああ、子沢山の加賀様……」

 お兄様のお友達は、さわちゃんと言うのか――、そんな何気ないことを思いながら、夫人が手にする写真を覗き込んだ。
 この時の衝撃は、忘れたくても忘れられない。中央の椅子に腰を掛けるのは、柔らかく微笑む女学生。美人ではない、それでも身から放たれる気品が勝る人だった。左右には、光雅と惟前。
 とても良く撮れていた、だからこそ悲しかった。自分が隣にいないことが、無性に腹立たしくもあり、他の女と写真に収まる惟前が許せなかった。

 ――  嫉妬、便利な言葉ね。感情は一言で表すことなんて出来ないのに。

 宮津子は、女中から受け取った手紙を開く。何度読み返しても、文字が変化するワケがない。破り捨てたい衝動に駆られるが、惟前から貰った手紙と思えば、捨てるのが惜しい。

「心に決めた? 誰よ、嘘ばっかり」

 伊達に追いかけ回していたワケではない、疎遠になっても情報は入る。惟前と親しい女は存在しない――。唯一、過去に存在した以外は。
 惟前に避けられ、姿を目で追っていた宮津子は、ある日を境に自分から関わりを絶つようになった。
 理由は、さわちゃん。
 目を見ることもせず、稀に視線が合っても逸らす、どうしても許せなかったのだ。
 自分を避けるのに、さわちゃんとは仲良く並び、その姿を永遠のものにしたのが。
 その反面、もし結婚に至ったらどうしょうと不安に駆られたのも事実。
 そんな矢先、思わぬ話が光雅の口から飛び出した。

「さわちゃん、近衛家に嫁ぐことが決まったそうだ」

 落ちる声音に、兄の想い人が誰であったのか知る、心臓を鷲掴みにされたような強い締め付けに、呼吸を忘れた宮津子は真っ青な顔をしていたであろう。
 全てが遅かったのだ、情けないヤキモチなど妬かず、恥も捨て婚約を両親に願い出れば良かったと。目頭が熱をもつ――と、光雅と目があった。
 
公爵きみこうしゃくの近衛だよ」

 何とも複雑な顔をした兄は、こう言うと宮津子の頭を乱暴に掻き撫でる。あまりに強く撫でるものだから、グシャグシャと髪が乱れ、身体がよろめいた。
 畳に倒れ込む姿を見「まあ、まあ、光雅さん! 悪ふざけはおよしなさい! 」
 嗜める夫人の声に、兄のものが重なった。

「出会った順番なんて関係ないのさ。モタモタしてると誰かに盗られる。近衛公爵と話が出てしまえば、もうおしまい。取り返しのつかないことになってしまったなぁ……」

 敗戦の弁とも取れる言葉は、宮津子に向けられたものに感じた。
 先程 味わった一瞬の絶望は、誰かに盗られた時に、間違いなく感じる感情であり、永遠に続く後悔となると兄は、教えているのだ。
 しかし、喉元過ぎればなんとやら。
 絶望も恐怖も吹き飛び、目先の吉報に歓喜した宮津子は、頑是がんぜ無い子供と言える。
 よそよそしくなったのは、さわちゃんのせいだ! 邪魔者がいなくなるのだ、また宮津子の惟前になると。
 明治十八年 惟前は十六歳、世間では婚約者が存在しても可笑しな年頃ではなかった。前々から、惟前の相手にどうか? と考えていた両親であった為、婚約を打診するのは簡単ではあったのだが、前年に法学校へ入学した惟前は、多忙を極めており、近衛子爵家からの返事は思わしくなかった。
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