神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

文字の大きさ
41 / 65
神楽坂gimmick

紐解く

しおりを挟む
「若様なんて止めましょう。私は、一縷の望みを持ち、欧州視察の件を報告しました。おめでとう!と 喜ぶ侯爵夫妻の口からは、ついぞ未来に向けた約束事の話は出ませんでした。この時ばかりは、宮津子さんの視線が逸らされることはなかった。お別れを告げる時、私は尋ねました、お土産は何がいい?と」

 答えは、単純なものだったという。

「ご無事ならばそれで――、そうですか――。こんな別れでした」

 出立の朝、雨占いのように足を振り上げ、下駄を飛ばす。裏なら一年後も侯爵令嬢で、表ならどこかの夫人。
 気休めにやってみた占いは、どちらでもなかったと惟前は笑う。

「下駄が立ったんですよ。幸先が良いとモヤモヤが晴れました。これは余計なことを考えず励めと云う天の言葉でしょう。帰国後、官に乞われ出仕する、そんな男になろうと心に誓いました。それが出来ればもう貧乏クジとは言わせないと」

 満足げに笑う惟前を横目に、光留は天を仰ぐ。

「馬鹿馬鹿しい」

 言い終わるや否や、ケラケラと愉快露な声を響かせた。

「で? 帰国後こんな状況なのは何故でしょう? 司法省の近衛様」
「何でしょうね? さわちゃんが死んだからかな。共に夢を語らい、追いかけた同志でもある衍子さわこ様は、何一つ夢を叶えることが出来なかった。薬石効やくせきこうなくと聞かされた時は、ドッと後悔が押し寄せて潰されそうだった。何か出来ることなかったのかなぁと……」

 ポツリ、ポツリと語る惟前の唇は、亡き友の名を口にした。

「欧州を見、さわちゃんの考えに共感したのです。しかし、死んでしまった。思えば何の為にさわちゃんは生を受けたのか。学びの意思は確かにあった。しかし、関係なしに嫁がされた。それが幸せだったならまだいい……知ってます? さわちゃんの夫は、結婚するとすぐ留学したのです。婚礼から 1ヶ月ほどで。それがあるから急いで嫁を迎えたのでしょう。数年留守の夫を婚家で一人待つ、やっと帰って来た夫、懐妊、無事に身二つと思いきゃ、さわちゃんは死んでしまいました。夫婦水入らずの時期は、2年足らず……帰国後、線香を上げに行きましたが、すでに新しい奥様がお出迎えですよ」

 うなだれた顔に、どんな心情が浮かんでいるのか伺い知ることは出来なかった。
 ――が、友の死が 宮津子を拒むことになっているのだろうと、光留は感じた。

「あ~、何だろう? 一生、亡き妻を想えとは言いませんが、1年もたたない内に……。さわちゃんの夢を知っていただけに辛かったのです。それと同時に、想わぬ相手に恋心を抱かれ求婚されたら? 断れないとなったら? 宮津子さんが浮かびました。私は、宮津子さんが大事です。だからこそ不味いと思いました」

 衍子の死を聞かされた惟前が、宮津子への求婚の意思を投げ捨てるのは当然の流れともいえた。
 善き兄であろうと決意し、用意した土産は 引き出しにし舞い込むと、帰国の挨拶に留める。
 ドレスへのアドバイスも深入りすることもなく、輝くシャンデリアの下、華やぐ姿を見かけても声はかけない。どこぞの令息と楽しげに話す様子も眺めるだけ。

「そうこうしている内に、光雅君が女を追いかけ出奔しゅっぽんしてしまいました。ここで婿養子の話です。いえ、これは当然でしょう、他にご兄弟がいませんから。相手は、私と……まさか嫌われているのに? そう思うのは不思議ではないでしょう? ピンときました。私が一番便利なんですよ」

 光雅の学友であり、遠縁である惟前は これ以上ない相手だ。迎えた養子が光雅に理解がなかったら、支援などをしない可能性がある。侯爵夫人は、それを心配したのだろう。
 そして、気心知れている惟前ならば安心出来ると。

「そこには宮津子さんの意志がない。私は、学友の中から立派な男を探し、それとなく場を設け、宮津子さんが納得する相手を探してあげたかった。目も合わせたくない男と結婚だなんて可哀想だと……そこに、変な手紙が届いたのです」
「変な? 何です? 」
「驚いて捨ててしまったけど、私を想う内容で求婚しろと。両親に書かされたものと考えました……このように数日前まで嫌われていると本気で思っていたのです。しかし、光留さんの仰る通り、今では互いの感情が一致していると理解しています」
「難解な問題は紐解かれた、あとは模範解答をしてあげるべきですね。それにしても羨ましい」

 羨む言葉を妙に思い、光留を振り返った。普段と代わりない優美な微笑を浮かべる唇が、羨望の理由を口にする。

「愛しいひとが、この世に生を受けた時から ずっと見ていられたなんて。そう考えれば僕は、二十年程 損をしていますね。悔しい」
「はは! もし、貴方が晃子さんと昔馴染みなら逆じゃないですか! お年が上の晃子さんに、抱っこされ、お召し替えをしてもらうなんて、丸見え……歯の浮くような口説き文句なんて言えませんよ! 」

 光留は、意味ありげに目を細めた。

「いやらしいな、見たんですか? 」
「失敬な……見えたんです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

Pomegranate I

Uta Katagi
恋愛
 婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?  古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。 *本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...