神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

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神楽坂gimmick

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 敷居を跨ぐなと言われたが、光雅を連れ戻す為に箱根へ向かうとなると、律儀に守っている場合ではない。惟前は、牛込の久我邸を訪ねていた。
 門前払いの押し問答になっても仕方がないと思ったが、すんなり奥へ通された。
 光雅の件でと、告げたことが良かったのだろう。

「まあ、まあ! 惟前さんが迎えに行って下さるの?」

 仏頂面の侯爵とは対照的に、ニコニコと恵比寿のような顔を見せるのは夫人だ。
 光雅に限りなく甘い母親として知れ渡っているが、それ故に春先の大怪我から出奔、現在に至るまで、気苦労が耐えないのは想像に難くない。
 夫と息子の板挟みで辛い立場であることからか、髪には白いものが目立つ。

「迎えに行くと言うより、話し合いに出向くとお考え下さい」

 光雅の徹底した態度から面談したからと「はい、帰ります」とはならないだろう。ぬか喜びの予防線は、きっちり引いておく。そんな二人のやり取りに、侯爵の低く掠れた声が掛けられる。

「放っておけば良いものを……で? ダラダラと待つつもりもないのだよ。光雅が説得に応じなかった場合のことを決めようじゃないか」
「何故、お急ぎなのです? 」
「アイツが廃嫡などないと、たかを括っているのではないか? と考えると腹立たしいんだ」
「なるほど、理解できます」

 侯爵が、顎をしゃくると横に座る夫人が立ち上がり、客間を後にした。暫くすると戻ってきたが後ろに黒盆を持つ家令を従えている。
 前もって話は決まっていたのだろう、戸惑うこともなく畳に置き、そこから紙を取り出すと机に広げ、文鎮で止める。硯には墨まで準備されているようだ。

「覚書ですか?」
「ああ、これから縁談に絡んでくる可能性があるからな。ある程度、約束しておいた方が後腐れがない」
「結構なことですね」

 答えつつも、手回しの良さに少々疑念が過った。だが、断る理由もないことから拒否もしない。
 立ち合い人がいないことから、両名の署名を書き込むことになるのだろう。
 下手なことは口走れない。軽く唇を引き結び、にこりと微笑んで見せる。

「まあ、言ったことをすぐ書きつけると失敗してしまうので、一つ一つ片付けて書きつけましょう」

 誰の反論もない。元々、互いの目的はハッキリしているのだから、それに添い進めるだけだ。
 久我侯爵の望みは、惟前を養子とし宮津子と娶せる。惟前の望みは、光雅を屋敷へ戻し、宮津子を嫁に貰うこと。
 しかし、先だっての口論から妥協案も提示されていないのに、すんなり決まる訳もない。
 案の定、互いの言い分を確認しているだけなのに、意固地になった侯爵が文句をつけ、話が進まない。呆れる惟前だったが、ここで夫人の援護射撃が火を噴いた。

「家は貴方だけのものではありません! 五体満足な跡取りがいますのに、反省を促すこともせず諦めるなど、近衛のご隠居が何と申されるか! 」

 おちょぼ口から放たれる音は、金切り声に近かった。あまりの剣幕に、マゴマゴと口元を動かす侯爵だったが、夫人の言うように口煩い近衛のご隠居が出てきては、堪らないと思ったのだろう。

「わかった」

 了承の言葉を絞り出すと、苦々しい顔つきで惟前を見た。

「ひと月でどうだ? 君が箱根から戻って来て、ひと月内に光雅が敷居を跨ぐ……それ以上は待てない」
「ひと月の間に屋敷へ戻るのは無理でしょう。妻となる人を連れて戻るとしたら、あちらは教職についております。ひと月の内に手紙、電話など何らかの方法で帰宅する旨を告げてくることで良いでしょうか? 」

 少し考えた風の侯爵だったが、もっともな言い分に頷いた。

「良いだろう」
「それでは私から……もし連絡も無く、又ハッキリと廃嫡やむを得ずとの返答があった場合、私は養子となります。必ず宮津子さんを下さい」
「願ったりだ」
「その場合の光雅君の処遇ですが、廃嫡されたとはいえ、何の支援もしない訳にはいきません。毎月少しばかりの金は仕送りしますが、これは侯爵家の財産からさせて頂きます。私の手当てなどはビタ一文、渡しません」

 夫人が、ホッと肩を撫で下ろす。最低の生活は保証されたと安堵したのだろう。侯爵も不服はないようだ。

「侯爵家の財産から仕送りをするのですから、分家は認めません。久我の籍から出た者を養う謂れはありませんので。もし、私が養子に入った後 コチラの反対を押し切り、自分で家を起こすような真似をした場合、仕送りは止め、どんな手を使ってでも路頭に迷わせます」
「ま、まあ!何ですって‼︎ 」

 甲高い叫びは夫人のものだ。驚愕露に見開かれた目は、人でなしを見るようだ。ブルブルと小刻みに震える指先は口元に寄せられ、それ以上の文句は継がれることはなかったが、おそらく驚きで声も出ないのだろう。

「もしもの場合です。コチラも人生を賭けているのです、一人好き勝手にされては理不尽です」
「確かに一理ある。そうしょう」

 トントン拍子に話が進む。家令の右手は忙しく流れ、最後に付け加えられたのは、結婚後のことだった。
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