神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

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神楽坂gimmick

I love you

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 侯爵は、筆を滑らせる家令を一瞥すると「君が妾を囲った場合だ。どちらに転んでも本宅の敷居は跨がせないこと」そう言った。
 黙り見上げた惟前に、言葉の意味を噛み砕く。

「宮津子に子が出来なかった場合、妾の子を久我の後継としないこと……養子に来てもらうのに可笑しな条件だが、娘可愛さの親バカと思ってもらっても構わない」
「私が養子になる前提ですね。まぁ、お約束しましょう。宮津子さんの目に触れる事がないように又、久我侯爵家の跡目順については宮津子さんの子、光雅君の子、次に光留さんの子、その後は近衛から。それで結構、ただし! の跡目は、私の実子です」
「了承した、あともう一つ」

 まだあるのか……と思うが、後出しされるよりは、この場で出尽くした方が良い。

「光雅の返答を待つひと月の間に宮内省、もしくは別の縁故で良き相手が見つかった場合、君との話は無かったことにしても問題はないだろう? 」
「そちらから話を持ってきて、無礼ではありませんか? 」
「無礼はお互い様、君も渋っているではないか。二つ返事で承諾する男が現れた場合、ウチにとっても好ましい」

 ―― 何を馬鹿なことを。

 誰が、好き好んで財政難の侯爵家へ婿養子に入るというのだ。いるのならば、実家が豊かで身分が欲しい者だけだろう。
 早く片付けろと、発破をかけているのだろうが、調子に乗るなと言いたい。論破してやりたいが、宮津子を貰う立場上、首を縦に振るしかなかった。
 家令によって書き出された覚書を、素早く流し読み、問題がないことを確認すると筆先から名を記す。
 話さえつけば遠慮することはない。
 夫妻に頭を下げると宮津子の部屋へ向かうが、山水の風景が描かれた襖は、ピタリと閉じられていた。

「惟前様でございますよ! 」

 慌てた様子で来訪を告げるセキの様子から、宮津子の意思で閉ざされているのだろう。
 乳母の肩に指を添え、後方へ引く。

「開けてくれませんかね? 大事なお話があるのですが」
「……」

 ダンマリだ。
 先日のことを根に持っているのだろうが「それでは、さようなら」と、踵を返す訳にもいかない。

「まるで天岩戸ですね? どうすれば良いのでしょうか? 光留さんでも連れてきて踊らせますか? 」

 わざと怒りそうなことを言ってみるが、返事はない。

「それとも恋人を連れてきたと、貴女の気を引けば良いのでしょうか? それなら探してきますが」

 ほんの少し襖が滑った、覗く瞳に「開けなさい」と命じると、すんなり開かれ目の前に不貞腐れた顔が現れる。

「全く、余計な時間を使わせて……セキさん、呼ぶまで下がって」

 返事を聞くこともなく、ピシャリと襖を閉めると宮津子を追い越し、上座にある座布団を下座に滑らせポンポンと叩く。座れと――
 惟前自身は、上座に腰を下ろした。

「私は、貴女にとても甘いと思います」
「何処がです? 酷いことばかり仰るくせに」

 渋々座布団に座る宮津子は、やはり拗ねているようだ。目を合わせようとしない。

「そう感じることがあれば、私の人となりでしょう。誰にでもそうなのです、だけど無条件で望みを叶えてやりたいと思うのは、貴女だけなんですよ」
「叶えて下さらないじゃないの! あの日、思わぬ恥をかかされて毎日毎日、顔から火がでる思いよ!あのような目にあうなんて……」

 イヤイヤと首を振る姿は、駄々をこねる幼女のようだ。

「仕方ないでしょう? 本当のことなんだから。でも、諦めて離れを引き払ったワケではありませんよ? あそこに居ても、打つ手なく無駄に時間が過ぎるだけですからね、仕切り直しが必要でした。諦めが悪い男ですし、貴女も諦められないでしょう? 」
「仰っている意味が分かりません」

 そっぽを向く顔を覗き込んだが、ツンと顎を上げる宮津子は、厳しい声で突っぱねた。
 噛み砕き言い含めても、なかなか機嫌は治らないだろう。昔馴染みだ、手に取るようにわかる惟前は、悠々と腕を組む。

「分からない? を諦められないでしょう? と、聞いているのです」
「何ですって⁉︎ 」

 勢いよく振り返る宮津子の頬を、柔らかい巻き毛が打つ。けしきばむ顔にある目が、惟前を映したことに、満面の笑みを溢す。

「まあ、まあ、そんなに恐ろしい顔をしないで。私が指輪を渡した時、口にした言葉を覚えていますか? 」
「……覚えております」
「I love you……こう言いました。意味わかります? 」
「いいえ、怒りで震えて土御門つちみかどさんを、訪ねる気力もありませんでした」

 鼻息荒く答える宮津子は、告白を魔除けの呪文や呪詛とでも思っているようだ。かつて陰陽寮を統括していた陰陽師の名を出した。
 もし、土御門家を訪ねていたら更に恥をかくことになっただろうと、震える肩を必死で堪える。

「宮津子さんをお慕いしています、そんな意味です」

 絹に朱を落としたような頬が、見る見るうちに濃くなった。それが恥じらいからではなく、怒りからくるものだとわかったのは、甲高い否定の言葉。

「騙されないわ!」
「騙してなんか……」
「嘘! 笑ってらっしゃるじゃないの! 」
「それは、貴女が……あぁ、もう……」

 はたと気がついた。
 少年時代の恋心を、ただの一度も打ち明けていなかったと。
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