神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

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神楽坂gimmick

箱根八里

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 〽箱根八里は馬でも越すが
 越すに越されぬ大井川
 めでためでたのこの盃は、鶴が酌して亀が飲む
 関所通ればまた関所 せめて関所の茶屋迄も
 お前百までわしゃ九十九まで 共に白髪の生えるまで

「めでたい盃かぁ……私は、何でこんな目に合っているのだろう? 」

 視察建前、久我光雅くが てるまさを東京へ連れ戻すのが今回の任務という惟前たださきに、清浦きようらは言った。

「こっちは好きにやるから、君も勝手にやるがいいさ」

 さすがにそれは不味い。お供しますと申し出るが「優先順位は大事だよ」と、白煙と共に口ずさむ声は、断固拒否と言わんばかりだ。
 片付いたら合流すれば良いという考えは、もっともだが、先方は変に思うだろう。
 司法次官が単身山奥に来るとは、どう考えても可笑しい。そんな考えに

「馬鹿正直だねぇ、まぁ……それなら、こういうことにしよう。君は別行動で学校を視察するってね」
「学校? 申し訳ありません、学校について調べてきておりません」
「いいよ別に、建前なんだから。ま、少し話して聞かせるとお江戸の頃、藩校があって明治に入り形が変わった。県学校文武館となったが官費学校廃止により、旧藩主の屋敷で英学が中心の学校が開校したそうだ」

 ふぅっと、息をつき眼前の緑に目を向ける。

「ただ、財政が持たなくてね? 結局閉校したらしい。ま、その後も色々学びの場を設けようとしたらしいが、暫くすると財政難だ。去年、尋常中学校を小田原に設置しようと提案したらしいが、東京の中学校へ通えば良いとなってね」

 鉄道馬車の準備が出来たと、声をかけられた清浦は、立ち上がった。

「で、頓挫。だから君は、久我の従五位と共にいるに意見を聞いてきなさい。学校というより、寺子屋だろうがね」

 それならば――と、馬車に乗り込んだ清浦を見送り、徒歩でゆかりの家を目指した。
 ――が、似たような景色が広がり、目印となる物もない。
 誰か案内人をつけるべきだったと思い至ったが、駅まで戻るには時が惜しい。
 さっさと東京に帰りたい惟前は、勘を頼り進むことを選ぶ。
 そんな時、前方から軽子かりこを背負う女がやってきた。右手に持つ、棒っきれを振り回しながら生い茂る草を払い、払い、近づいてくる。
 この辺りの者か? 見ていると、女は足を止めた。

「旦那さん、湯治におこしか?」
「いや、人を訪ねて……ここらに青山さんというお宅はない? 」

 これ幸いと尋ねた。青山とは紫の苗字になる。
 転がり込んだのは、光雅なのだから「久我さんのお宅」でないことは確かだ。
 
「アンタ、コレかい? 」

 ハッと吐き捨て、立てたのは親指。

「兄です」
「そ、あっち」

 言葉少なく完結するのは好む流れだと、惟前は立ち上がり先を見た。
 木々を抜ける小道の先に、小ぢんまりとした藁葺きが確認できたことから「どうも」と歩き出す。

「自称、紫先生に何の御用? 」
「……妹が男と居ると聞いてね、心配で様子を見に来たんだ」
「へっ! 恋敵に出し抜かれたってとこか。でもね、三人だよ。私もいるから」

 女は、棒っきれを藪の中へ放り投げ、小走りでついてくる。並んだ軽子に「……使用人? 」と尋ねてはみたが、雇えるほどの金銭的余裕はないだろう。

「馬鹿言っちゃ嫌ですよ!」

 カラカラと天を仰いだ目は、そのまま惟前へ流される。上目遣いで覗き込む表情は、何とも思わせぶりなモノだが、すぐに手のひらを差し出してきた。
 ヒラヒラと要求するのは金だろう。
 懐の財布から、幾許いくばくかの金を握らせた。

「ま、恋敵を出し抜くには情報は大事だよね」
「ええ、何事も下調べはね」

 女は頷くと、機嫌良く語り出した。
 元々、空き家だった所に東京から少し勉学の出来る女が、教師として迎えられたのは、春だったと。
 庄屋の話では、学校がないことを憂いた役人の夫人が推薦したという。

「それが紫先生だよ」

 ただ、学校といっても何度も財政難で閉校しているのだから、給金などスズメの涙。
 それでも紫は、この地から逃げ出すこともなく毎日、生き生きと教鞭に立っていた。
 そうする内に、箱根の湯に外国人が多く訪れていることを知り、芸者として座敷へ立ち入り、独学で英学を身につけ始めたと言う。

「素晴らしい」

 過剰ではない、心底そう思った。

「そうだね、とても偉いよ。そして夏頃、男が来たんだよ。テルさんと呼んでるんだけど……それが恋敵だろう? 」
「……」
「いいよ、あんたの方がまともそうだしね。紫先生が、幸せになれるなら協力もするよ」
「そうだね、私も紫さんの幸せを願っている」

 女は、丸々と目を見開き、ジッと惟前を眺めてきたが、暫くすると苦笑いを漏らした。

「あの男……どうしょうもない穀潰しだよ」

 鋭い光を宿す目は、小ぢんまりとした家の木戸へ向けられていた。
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