神楽坂gimmick

涼寺みすゞ

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神楽坂gimmick

ノーるすさん

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「先生、結婚する気なんかなくてさぁ……いや、当然なんだけど。日がな一日ゴロゴロして炊事、洗濯などもやりゃしない、いや、出来ない。お大臣でもあるまいし! 一体、今までどうしてたんだか」

 朝は家事に追われ、昼は教鞭を執る。
 夕刻になれば晩飯の支度をし、峠を登るというが光雅は、送り迎えもせずにゴロゴロと過ごし、たまに出掛けたかと思えば、女を買っていると言う。
 惟前は、目眩を覚えた。これでは、夢を叶えようとする紫の邪魔をしているようなものだと。

「で、君は? 下働きではないのか? 」
「まさか! まあ、お手伝いはしますよ。住んでいるんですからね。元々は、あの家を庄屋さんが準備した時に世話係を仰せつかって……で? お兄さんは数日滞在? 」
「そうなるだろうな」
「ふぅ~ん、安くしとくよ? 」

 ズイッと、右手を突き出した。
 方便だが、兄に対して無遠慮過ぎる女にギョッと、目を見張った。

「宿賃とるのか⁉︎  」
「テルさん、家に金を入れないんだよ。カツカツの生活は、先生のお手当と私が世話代として庄屋から貰う手間賃なんだ。互いに出し合うけれど正直……」
「あぁぁ‼︎ あの穀潰し!! 」

 我慢の限界に達した惟前は一声叫ぶと、そのまま年季の入った戸を開け放った。
 蝋を塗ったように滑ったソレは、けたたましい音を響かせ、その勢いにより立て掛けてあった心張り棒まで、固い土間に叩きつけられた。
 物音たるや、戸を打ち壊すような凄まじいものだったのだが、当の本人はそれらに目もくれず、湿った空間にもう一度叫ぶ。

「出てこい! ボンクラ従五位じゅごい! 」

 炊事も手伝わないのだから、土間にいるわけがない。言い終わるや否や、靴を脱ぎ板敷に上がろうとした時、土間の奥から戸惑う顔が覗いた。

「……近衛様? 」

 カマドで火を起こしていたのか、姉さん被りで火吹竹を手にする紫は、最後に会った時よりやつれたように見える。
 上品な着物が、くたびれた物に変わっているせいもあるだろうが、一目で楽な生活ではないと察っせられた。

「紫さん、ごきげんよう……と言うのは、気が利きませんかね? 頬がこけた気がします」
「最後の一言……そんなことを言っては女性に嫌われてしまいますよ」
「知ったことではありません。それより私は、謝らなければならないようです。こんなことなら光雅君を、是が非でも止めるべきだった」
「仕方ありませんわ。私もここまで駄目な人とは思いませんでしたもの」

 口元に炭のついた指先をあて、コロコロと笑う姿は昔のままだ。

「話を聞かせて下さい、貴女の望むようにしたいと思います」

 火吹竹を荒れた指先から奪い取り、釜の蓋へのせた時、背後からギシギシと鳴る軋みと共に、みっともない下男が姿を現した。

「あれ~、惟前君? 」

 あくび混じりの気の抜けた声が、名を呼んだことで、それが下男ではなく光雅と気づく。
 昼寝でもしていたのか髪もハネ、無精髭を生やした姿は、久我侯爵の従五位とは思えない。
 帯も緩く、右足で左脛を掻きながら立つ姿など、女が下した穀潰しという評価にピッタリと合致している。
 惟前の脳裏に、今までの経緯が走馬灯のように駆け抜けたのは言うまでもない。
 紫を付け狙い、その兄に乱暴を働かれ大怪我を負ったと思ったら、三百代言さんびゃくだいげんに脅される。
 久我侯爵家の不名誉と不利益を止めたのは、全部惟前だ。本来なら光雅がやるべきことをだ。
 それも、これも、宮津子の為だと箱根までやってきたのに本人は、金も入れずに上げ膳据え膳。

 ――  人様に迷惑ばかりかけている。

 このままにしておいたら、また侯爵家に問題を持ち込むだろう。宮津子を嫁に貰ったとして縁が切れるわけでもない。
 瞬時に算盤を弾いた惟前は、喉元まで出かかった罵倒を呑み込み、笑顔を作る。

「ご機嫌よう……脳留守のうるすさん……」

 想像していたよりドスの効いた声に、自分でも驚いたが、それ以上に驚いたのは光雅だったようで――

「いらっしゃいませ! 」

 飛び上がったかと思えば、そのまま土下座した。
 惟前は、それを無視し後ろの女を振り返ると財布から金を渡す。

「置屋なのか、旅館なのか知りませんが紫さんは暫く、お座敷には上がらないと伝えて来て」

 頷き駆け出した後ろ姿を見送ると、次に下げられた頭に金を突き出す。
 恐る恐る顔を上げる光雅に、軽蔑の眼差しを向けると「ひとっ走りお願いします」と、冷ややかに言う。

「仕出しでも、手配して来てください」
「僕が⁉︎ 」
「他に誰が? まさか客人の私に行けと? それとも、朝晩忙しく働く愛しいひとに行かせる気ですか? 昼まで寝てるような適任者がいるのに?」

 グッと唇を引き結ぶ光雅の顔は、怒りからか? 羞恥からか? 真っ赤に染まり、乱暴に振り下ろされた右手は、突き出された金を引ったくる。

「お気をつけて」

 冷ややかな見送りの言葉を無視し、裸足で土間に飛び降りると下駄を引っ掛け、そのまま出て行った。

「想像以上です……もちろん悪い意味で」

 その背を見送り、呟かれた惟前の声は心底呆れを滲ませていた。
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