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神楽坂gimmick
綻びのきっかけ
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茶の準備をする紫を眺めつつ、板間に腰掛ける惟前は、時が惜しいと喋り出す。
「光雅君と所帯を持つ気は? 」
「あの人と結婚などありえません」
「これっぽっちも? 」
「全くです」
清々しいほどの振られっぷりだ。
「それでは東京へ連れ帰っても? 」
「むしろお願いします」
紫ならば、だらしのない光雅の手綱をしっかりと握れると思うが、この様子では何を言っても無駄だろう。それでは……と、邪魔者がいない内に今後の計画を口にした。
「ひと月以内に侯爵家へ戻したい。そして、居場所が知れている君を、別の場所に移すことも。これで綺麗さっぱり縁が切れるでしょう……寂しいですか? 」
「女学校を辞めた時に、全ての人達と縁を切った者です。大切なさわちゃんとも……それが良かったのかは、分かりませんが」
「後悔があるのも、それが正しかったのか? と悩むのも人間の特権ですよ。さわちゃんは君を探していたが、互いに別の人生を歩み始めたのですから良いも悪いもない」
惟前の言葉に救われた気がすると紫は、微かな笑みを溢した。
「君が侯爵夫人になるつもりなら、力になろうと思った。でも望まなければ、光雅君を引き離すのみです」
「何故、そこまでして下さるのかしら? 」
「……自分の為」
呟く声は、湿りっ気のある土に消えた。
全てをまるっと解決したいのは、宮津子との将来を確実にしたい欲と言えるが、正直に言えば他にもある、衍子の願いだからだ。
きっと現状を知ったら上品な顔を歪め、食ってかかるだろう。何せ、Sと呼ばれた親愛なるお友達なのだから。
でも、それを言う必要はないと思う。真っ新な状態での再出発に過去など不要。
そんな思いを知ってか知らずか、紫は姉さん被りをスルリと解き、カマドの方角を指す。
「あっちにお寺があって、子供達に手習を教えているの。その間、萌映さん……さっきの女の人、あの人が家の事を。昼過ぎに2人で峠を登るの、1人じゃ危ないからって。帰りも一緒……。でもね、お座敷も毎日ではないわ。私、今が一番貧乏かもしれない……どうぞ」
差し出されたお茶は、辛うじて緑を保つものだ。葉を変えても、この程度の粗末な物しか出すことが出来ないと笑う。
紫の擦り切れた前掛けを見つつ、一体どこで間違ったのか? と首を捻る。
清浦の計らいで箱根へ来たところか?
否、東京を離れなければ、ろくでなしの兄と三百代言から金の無心をされていただろう。
それでは、清浦が光雅に居所を教えたことか?
否、金を注ぎ込み、闇雲に探し回っていた光雅を止めるには、教えるしかない。
そうしなければ、金は減るわ、光雅の評判も地に落ちるだろう。
その過程で乱暴狼藉も、三百代言に脅されたことも露見するかもしれない。
それでは、何が間違ったか? ピタリと、口に寄せた湯呑みを止めた。
―― まてよ? 私か?
紫を探している光雅に「箱根」と教えたのは、清浦だ。わざわざ司法省で惟前が同席している時。
何故、教えたのだと突っかかると「当たって砕けろ」「廃嫡にはならないだろう」と言った。
これは、敢えて話し合いの場を設け、綺麗さっぱり忘れるか、侯爵家へ迎えろと云うことだったのではないか?
だから、廃嫡はないと――。
ジゴロのような男に成り下がるとは、想定外だったはずだ。
―― いや、違う。
清浦は、想定外ではなく妙なことにならないように、面前で言ったのではないか?
釘を刺す、もしくは同行していれば穏便な話し合いの元、決着がついたかもしれない。
少なくとも、ひと月程で様子を気に掛けていれば、紫はこれほどの苦労を味わうことはなかったと。
「……」
げんなりと沈む気分に頭を抱えた。
「どうされました? 」
「あ……いえ、上司が君のせいだよと言っている気がして……ああ、頭が痛くなってきた。ハッキリ言ってくれれば良いのに……」
生まれて初めて口にする味のない茶を、一気に飲み干す惟前の耳に、ガラガラと荷を引く音が入った。見ると、大八車に布団が積んである。
「萌映さんか。あの人にも、今後のことを話しておきましょうか?」
「そうね、私だけが逃げたら可哀想」
二人して肩をすくませた。あんな男を置いて行かれたら、萌映は気が狂わんばかりだろう。
「然るべく」
多忙の清浦が、ここまでお膳立てしてくれたのだ。何日も掛けるわけにはいかない。
玄関先へ出ると、大八車の横に立つ男に歩み寄った。
「庄屋さんですか? 」
「はい! 萌映さんからお聞きして……もしかして、清浦閣下の? 」
「はい。学校の誘致の件で、紫先生のお宅に滞在します。申し遅れました、司法省の近衛と申します」
「へ、へへー! 」
土下座でもする勢いの腰の低さに、背後から紫が囁いた。
「さすがですわね? 司法省の近衛様」
「こういう時の近衛は、大変便利なのですよ」
「光雅君と所帯を持つ気は? 」
「あの人と結婚などありえません」
「これっぽっちも? 」
「全くです」
清々しいほどの振られっぷりだ。
「それでは東京へ連れ帰っても? 」
「むしろお願いします」
紫ならば、だらしのない光雅の手綱をしっかりと握れると思うが、この様子では何を言っても無駄だろう。それでは……と、邪魔者がいない内に今後の計画を口にした。
「ひと月以内に侯爵家へ戻したい。そして、居場所が知れている君を、別の場所に移すことも。これで綺麗さっぱり縁が切れるでしょう……寂しいですか? 」
「女学校を辞めた時に、全ての人達と縁を切った者です。大切なさわちゃんとも……それが良かったのかは、分かりませんが」
「後悔があるのも、それが正しかったのか? と悩むのも人間の特権ですよ。さわちゃんは君を探していたが、互いに別の人生を歩み始めたのですから良いも悪いもない」
惟前の言葉に救われた気がすると紫は、微かな笑みを溢した。
「君が侯爵夫人になるつもりなら、力になろうと思った。でも望まなければ、光雅君を引き離すのみです」
「何故、そこまでして下さるのかしら? 」
「……自分の為」
呟く声は、湿りっ気のある土に消えた。
全てをまるっと解決したいのは、宮津子との将来を確実にしたい欲と言えるが、正直に言えば他にもある、衍子の願いだからだ。
きっと現状を知ったら上品な顔を歪め、食ってかかるだろう。何せ、Sと呼ばれた親愛なるお友達なのだから。
でも、それを言う必要はないと思う。真っ新な状態での再出発に過去など不要。
そんな思いを知ってか知らずか、紫は姉さん被りをスルリと解き、カマドの方角を指す。
「あっちにお寺があって、子供達に手習を教えているの。その間、萌映さん……さっきの女の人、あの人が家の事を。昼過ぎに2人で峠を登るの、1人じゃ危ないからって。帰りも一緒……。でもね、お座敷も毎日ではないわ。私、今が一番貧乏かもしれない……どうぞ」
差し出されたお茶は、辛うじて緑を保つものだ。葉を変えても、この程度の粗末な物しか出すことが出来ないと笑う。
紫の擦り切れた前掛けを見つつ、一体どこで間違ったのか? と首を捻る。
清浦の計らいで箱根へ来たところか?
否、東京を離れなければ、ろくでなしの兄と三百代言から金の無心をされていただろう。
それでは、清浦が光雅に居所を教えたことか?
否、金を注ぎ込み、闇雲に探し回っていた光雅を止めるには、教えるしかない。
そうしなければ、金は減るわ、光雅の評判も地に落ちるだろう。
その過程で乱暴狼藉も、三百代言に脅されたことも露見するかもしれない。
それでは、何が間違ったか? ピタリと、口に寄せた湯呑みを止めた。
―― まてよ? 私か?
紫を探している光雅に「箱根」と教えたのは、清浦だ。わざわざ司法省で惟前が同席している時。
何故、教えたのだと突っかかると「当たって砕けろ」「廃嫡にはならないだろう」と言った。
これは、敢えて話し合いの場を設け、綺麗さっぱり忘れるか、侯爵家へ迎えろと云うことだったのではないか?
だから、廃嫡はないと――。
ジゴロのような男に成り下がるとは、想定外だったはずだ。
―― いや、違う。
清浦は、想定外ではなく妙なことにならないように、面前で言ったのではないか?
釘を刺す、もしくは同行していれば穏便な話し合いの元、決着がついたかもしれない。
少なくとも、ひと月程で様子を気に掛けていれば、紫はこれほどの苦労を味わうことはなかったと。
「……」
げんなりと沈む気分に頭を抱えた。
「どうされました? 」
「あ……いえ、上司が君のせいだよと言っている気がして……ああ、頭が痛くなってきた。ハッキリ言ってくれれば良いのに……」
生まれて初めて口にする味のない茶を、一気に飲み干す惟前の耳に、ガラガラと荷を引く音が入った。見ると、大八車に布団が積んである。
「萌映さんか。あの人にも、今後のことを話しておきましょうか?」
「そうね、私だけが逃げたら可哀想」
二人して肩をすくませた。あんな男を置いて行かれたら、萌映は気が狂わんばかりだろう。
「然るべく」
多忙の清浦が、ここまでお膳立てしてくれたのだ。何日も掛けるわけにはいかない。
玄関先へ出ると、大八車の横に立つ男に歩み寄った。
「庄屋さんですか? 」
「はい! 萌映さんからお聞きして……もしかして、清浦閣下の? 」
「はい。学校の誘致の件で、紫先生のお宅に滞在します。申し遅れました、司法省の近衛と申します」
「へ、へへー! 」
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