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5章 全世界にバレた僕の顔
54話 全世界に顔がバレた 幼女な僕が
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「ん……最近お酒飲みすぎたせいか、それとも……や、鏡とか見ないからだな、うん……」
いくら思い出そうとしても、「僕の人生の中で最も見てきたはずの人の顔――僕自身の顔が、ぼんやりとしか浮かんでこない」。
なんだかちょっと怖いけども、この体になってからそれなりに経ってるし、いろいろあったし。
女の子の体とか体とか体とか。
そのインパクトで印象の薄かった顔の記憶が吹き飛んだのかもしれない。
【誰か……誰か……】
【い、妹ちゃんは!?】
【※たぶん授業中です】
【もうだめだ……】
【立ち絵ソフトの不具合……なんでよりにもよってこのタイミングで】
【あー、リアルタイムで追ってたけど、バグったって言ってる人ぽつぽつ出てきてるわ、本当に今このタイミングで こはねちゃんだけじゃないっぽいな】
【えっ】
【こはねちゃんはそれに巻き込まれか】
【あっ……女の子Vって思われてた子が男バレして阿鼻叫喚になってる……】
【あっ……バ美肉Vって思われてた子が男バレして狂喜乱舞になってる……】
【あっ……男Vって思われてた子が女の子バレして阿鼻叫喚になってる……】
【草】
【草】
【やべー祭りで草】
【これはやばいな……】
【性癖がしっちゃかめっちゃかで草】
【で、こはねちゃんまでか】
【トラッキングソフトでいきなりカメラの向こうが全世界にとか、次のアプデまで使用不可能なレベルじゃねーか!!】
【開発元が気づくまで何時間かかるんだろうねぇ……】
【こはねちゃんも、もう……】
【け、けど、まだ下向いてるし……】
【そうそう、このままげろげろに移行してるあいだにソフト終了させれば……】
【まだ頭頂部だけだし……】
【また毛の話してる……】
【こはねちゃんのつむじぺろぺろ】
【くせっ毛がかわいいね】
【吸いたい】
【分かる】
【草】
【今! そんな! 場合!!】
【事態が事態なせいで笑っちゃう】
【やばすぎると反転して笑っちゃうバグが】
【ああ、この前のギャン泣きでママさんパパさんが言ってたやつ……】
【繋がっちゃったね♥】
【ま、まだ配信時はカツラ……ウィッグって言うんだっけ?で女装してるって言い張れる余地は残ってるから……】
【※イスの背もたれとの比較で座高的に成人男性とは……】
【あっ】
【あーあ】
【やっぱ小さいよねぇ……】
【少なくとも成人男性の座高では……】
【げ、げろげろのために足元まで屈んで……たら背中だよなぁ、見えるの】
【そうだよなぁ……屈んだらこうはならないよなぁ……】
【す、すっごい低身長だったってことなら……】
【でも本人は平均身長って言ってたんだ】
【あーあ】
【草】
【このコメントをスマホとかで見るために下向いてくれてるんなら、良さげな言い訳を使ってくれたらまだなんとか……】
【※下向いてるので気づいてすらいません】
【だよねぇ!!】
【おろろろろろろ】
【はらはらする】
【吐きそう】
【こはねちゃん……どうして……】
「んー……」
さんざん考えて、僕は諦めた。
……人ってのは、頑固に思えても案外に柔軟だっていう。
きっと女の子になっている時間がそこそこになってきたから、僕自身の記憶が歪められているんだろう。
人の認知は簡単に変わるって言うし。
「……ってことで、ごめん。僕のリアル顔はなんの変哲もない、どこにでも居る根暗なおと……こ……?」
僕が顔を上げる。
――なんだか右下が妙に暗くなっている気がする。
なんでだろう。
【ああああああ】
【ああああああああ】
【かわいいけどあああああ】
【すぐにカメラ! それか配信ソフト!】
【立ち絵ソフトでも良いから止めてぇぇぇぇ】
「?」
おかしい。
「こはねちゃん」な立ち絵はちゃんと表示されているのに、何か違和感がある。
なんでだろう。
【かわいい】
【くそかわいい】
【イラスト通りでびっくりするほどかわいい】
【二次元がそのまま三次元になったレベル】
【もしかして:やっぱひより先生とリア友】
【再現度高すぎっていうか本人見て描いたレベル】
【こんな美少女居るんだってレベルだけどやばいよぉぉ】
【だぼパーカーもかわいいけどそんな場合じゃない】
【立ち絵通り三つ編みにしてるのがかわいいけど下向いてぇぇぇ】
【そしてどうみても幼女】
【だけど机の上に酒瓶】
【終わった……】
【草】
【酒さえなければ……】
【そんなこと言ってる場合じゃないのぉぉぉぉ】
「?」
「………………………………」
………………………………。
「………………――――――――、え」
――平面的なはずの立ち絵ソフト、パステルカラーな「こはねちゃん」が居たはずの場所に、立体的に――暗がりの中、イラスト通りな見た目になっている僕が座ったイスから見上げる形で。
机の上も僕の上半身もイスの背もたれも周囲の床もちょっと映っていて。
暗いからはっきりとは映っていないけども――「僕自身」はこれ以上なく「配信画面」に「全世界」に映っていて。
「え」
「……え」
「……なに、これ……」
【この身長だとモニターの上?のカメラにはすぐには届かないか】
【よーし、ゆっくりマウスをクリックするんだ】
【深呼吸だぞ、こはねちゃん】
【今ならまだいける】
【こはねちゃん、落ち着いてね 大丈夫、今閉じれば無かったことにできる】
【いいぞ、そのきょとんとしたかわいすぎる顔のまま、マウスを……】
【草】
【そのまましゃがんで、コンセント引っこ抜こう それが最速だ】
――僕の、顔が。
この世界に存在しないはずの人間の、顔が。
「あ……あ……」
この世界に存在しちゃいけないはずの人間の、顔が。
流れるコメント。
歪む視界。
――ああ、これはつい最近にも経験した――――――――
「――――――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ――――っ!」
僕は、思いっ切り机を叩いた。
ばんっと飛び跳ねる、置いていたものたち。
「……いだいぃぃぃぃー……!?」
こういうときは、とりあえず痛すぎない「物」を叩くんだ。
それなら、誰も傷つけない。
僕以外が、なるべく傷つかないようにしないといけないから。
痛ければ痛いほどにもだえるから、しばらく静かになれるんだ。
でも――手のひらが、とても痛いんだ。
【!?】
【ひぇっ】
【こはねちゃん!?】
【あ、これ、パニックの発作】
「ぼくのばかぼくのばかなんでいきてるんだぼくなんか」
ぎゅーっ。
髪の毛を、思い切り引っ張る。
髪の毛は痛いくせにそこまで被害が無いから良いはずで――
――ぶちぶちっ。
え。
僕は、両手を見る。
――手のひらに巻きついた、数十本の髪の毛。
「こはねちゃん」の大切な髪の毛。
「僕のじゃない髪の毛」。
「僕のじゃないのに僕の体に生えてる髪の毛」が、僕の指に巻きついて――ああそうだ、髪の毛が長いから短いときだと思いっきりむしろうとしてもできないはずの髪の毛がこうも簡単に引っこ抜けて――
「……やだやだやだやだ、やだぁ――――っ!」
ぶんぶんっと手を振って、まるで手に虫が張り付いたような気持ち悪さを振りほどこうとして、
「あ゛――――っ!」
片手が、思いっ切り痛いものにぶつかって――
「ぴぅっ………………………………いだいぃ――――!?」
――がしゃあんっ。
普段使いのいろんな物を積み上げていたラックが、僕に降ってきて、
――ぱりんっ。
がちゃんっ。
そこに置いていた、飲みかけのお酒とか封を切ってないお酒の瓶が僕の頭や顔、体や床に当たって――落ちたのが、割れて。
大きな怖い大人に、思いっ切り殴られた気持ちになって、
「あ゛――――――ん!」
【あああああ】
【あああああああ】
【やめてぇぇぇぇ】
【いたいぃぃぃぃ】
【あ、これマジでやばい】
【身内に居るから分かる これ、発作だわ】
【パニックになっとる】
【どうしたら!?】
【通常は家族が落ち着けるのとお薬で鎮めるんだが】
【あの……こんだけ騒いでも、誰も……】
【あっ……話の中で妹ちゃんしか出てこない……】
【その妹ちゃんは学校……あっ……】
【もしかして:見てることしかできない】
【そんなぁ】
【こはねちゃん、ケガしてる!】
【あ、こめかみに血が】
【あああああ】
もう、だめだ。
全部、おしまい。
僕がダメなりに積み上げてきたもの、僕がダメなりに楽しんできたもの。
全部全部、
「ぜんぶぇあぁぁぁぁ――――っ!」
がしがしがしっと頭をかきむしって――
「ばかばかばかばかぁーっ!」
ぽかぽかと殴って。
「だめなのぉ――――!!」
「人様の体を傷つけちゃダメ」。
だから、やり場のない衝動を別のところに向けようとして――
「あ゛――――――――っ!!」
――思い切り振り下ろした拳が、キーボードのかくかくに思いっ切り痛めつけられて、キーボードも吹っ飛んでって、
「いだいよぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛――……」
【ひぇっ】
【誰か……誰か……】
【ああああああああ】
【痛そう過ぎてこっちまで痛くなってきた】
【どうしよう、これ……】
【俺たちにできることはないよ……】
【さ、さすがに警察に通報か?】
【命の危険……ありそうだしな……】
【でも通報ですぐになんとかなるのか?】
【分からないけど、しないよりは……】
【てかそもそも住所とか誰も分からないんじゃ……】
【けど、これでお巡りさんが駆けつけてくれても……それこそトラウマをもっと刺激するかもって思うと……】
【引きこもり……人見知り……自称成人男性で、「大人相手は怖いけど子供相手なら平気」って……あっ……】
両手が震える。
涙が止まらないし、何も分からない。
けども、頭もがんがん痛くって手も痛くって、みぞおちに何かがぶつかって痛くって、だからちょっとだけ衝動が収まってきて。
「……あ゛ーん……」
ちょっとだけ覗いた――『兄さん、止めてください……っ、大切な兄さんの体を、こんなにも痛めつけるのは……!』――声――ああ、優花だ、優花がそう泣きながら僕を見て言ってたんだ。
あのときに、そう言ってたんだ。
「だめ……ぐずっ……」
【お】
【イスから降りた!】
【自分から降りて……奥?】
そうだ、こういうときはベッドでじっとするんだ。
ぎしっ。
柔らかいベッドが、僕を包む。
「え゛ぇぇぇぇ……」
【カメラから離れてくれた】
【けどちょっとだけ横顔が】
【うずくまってる】
【ベッドか】
【セ、セーフ……?】
【ちょい収まったか】
【良かった……良かった……】
【心が潰れそうだったよ】
【こはねちゃん、そうだ、ゆっくりと呼吸をすれば】
ぼくのかおがおんなのこのかおがかくさなきゃいけないはずのかわいいかおがぼくのじゃない/ぼくの/ぼくじゃない/ぼくのだ/ちがう/ちがわない/やだ/ぼくはあやせ――――――「こはねちゃん」、
「――――――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――!?」
僕は困って――
「み゛ぃっ」
思いっ切り、壁に頭を打ち付ける。
そうだ、前はやりすぎて脳震盪になったんだ/すっ転んだから脳震盪になったんじゃなかったっけ?/違う、そう思い込もうとして思い込んでただけだ/だから優花が泣きながら僕に言ってきて、
「ぼぐばばが゛……ぼぐばばが゛……」
――ごん、ごんっ。
脳震盪にならないように――つまりはただの癇癪を、体に影響のない範囲で鎮めるように。
そうだ、僕自身に何かがないように。
じゃないと、「明日からも独りで引きこもっていられなくなるから」。
【自傷行為がやばいな】
【この音……もしかして、頭を壁か何かに……】
【刃物を取り出してないあたりはまだ無事か】
【でも、さっきビンが割れたっぽくて、顔に血が】
【どうして、ここまで……】
【躁と鬱が、ハイとローが反転するときは動けちゃうからな……】
【ひより先生……他の人……誰でも良いから、こはねちゃんをリアルで知ってる人が居たらお願い……こはねちゃんを助けて……】
【ひより「ごめんなさい」】
【ひより「本当に、知り合いじゃないんです」】
【ひより「……でも」】
【ひより「こっちで伝えても? 分かりました、では」】
【ひより先生……?】
【伝手が何かあるのか……?】
【ひよりママ……お願い……】
【ひより「――『介護班』の、みなさん」】
【ひより「準備ができたみたいなので――お願いします」】
【ひより「こはねちゃんさんを……助けて」】
いくら思い出そうとしても、「僕の人生の中で最も見てきたはずの人の顔――僕自身の顔が、ぼんやりとしか浮かんでこない」。
なんだかちょっと怖いけども、この体になってからそれなりに経ってるし、いろいろあったし。
女の子の体とか体とか体とか。
そのインパクトで印象の薄かった顔の記憶が吹き飛んだのかもしれない。
【誰か……誰か……】
【い、妹ちゃんは!?】
【※たぶん授業中です】
【もうだめだ……】
【立ち絵ソフトの不具合……なんでよりにもよってこのタイミングで】
【あー、リアルタイムで追ってたけど、バグったって言ってる人ぽつぽつ出てきてるわ、本当に今このタイミングで こはねちゃんだけじゃないっぽいな】
【えっ】
【こはねちゃんはそれに巻き込まれか】
【あっ……女の子Vって思われてた子が男バレして阿鼻叫喚になってる……】
【あっ……バ美肉Vって思われてた子が男バレして狂喜乱舞になってる……】
【あっ……男Vって思われてた子が女の子バレして阿鼻叫喚になってる……】
【草】
【草】
【やべー祭りで草】
【これはやばいな……】
【性癖がしっちゃかめっちゃかで草】
【で、こはねちゃんまでか】
【トラッキングソフトでいきなりカメラの向こうが全世界にとか、次のアプデまで使用不可能なレベルじゃねーか!!】
【開発元が気づくまで何時間かかるんだろうねぇ……】
【こはねちゃんも、もう……】
【け、けど、まだ下向いてるし……】
【そうそう、このままげろげろに移行してるあいだにソフト終了させれば……】
【まだ頭頂部だけだし……】
【また毛の話してる……】
【こはねちゃんのつむじぺろぺろ】
【くせっ毛がかわいいね】
【吸いたい】
【分かる】
【草】
【今! そんな! 場合!!】
【事態が事態なせいで笑っちゃう】
【やばすぎると反転して笑っちゃうバグが】
【ああ、この前のギャン泣きでママさんパパさんが言ってたやつ……】
【繋がっちゃったね♥】
【ま、まだ配信時はカツラ……ウィッグって言うんだっけ?で女装してるって言い張れる余地は残ってるから……】
【※イスの背もたれとの比較で座高的に成人男性とは……】
【あっ】
【あーあ】
【やっぱ小さいよねぇ……】
【少なくとも成人男性の座高では……】
【げ、げろげろのために足元まで屈んで……たら背中だよなぁ、見えるの】
【そうだよなぁ……屈んだらこうはならないよなぁ……】
【す、すっごい低身長だったってことなら……】
【でも本人は平均身長って言ってたんだ】
【あーあ】
【草】
【このコメントをスマホとかで見るために下向いてくれてるんなら、良さげな言い訳を使ってくれたらまだなんとか……】
【※下向いてるので気づいてすらいません】
【だよねぇ!!】
【おろろろろろろ】
【はらはらする】
【吐きそう】
【こはねちゃん……どうして……】
「んー……」
さんざん考えて、僕は諦めた。
……人ってのは、頑固に思えても案外に柔軟だっていう。
きっと女の子になっている時間がそこそこになってきたから、僕自身の記憶が歪められているんだろう。
人の認知は簡単に変わるって言うし。
「……ってことで、ごめん。僕のリアル顔はなんの変哲もない、どこにでも居る根暗なおと……こ……?」
僕が顔を上げる。
――なんだか右下が妙に暗くなっている気がする。
なんでだろう。
【ああああああ】
【ああああああああ】
【かわいいけどあああああ】
【すぐにカメラ! それか配信ソフト!】
【立ち絵ソフトでも良いから止めてぇぇぇぇ】
「?」
おかしい。
「こはねちゃん」な立ち絵はちゃんと表示されているのに、何か違和感がある。
なんでだろう。
【かわいい】
【くそかわいい】
【イラスト通りでびっくりするほどかわいい】
【二次元がそのまま三次元になったレベル】
【もしかして:やっぱひより先生とリア友】
【再現度高すぎっていうか本人見て描いたレベル】
【こんな美少女居るんだってレベルだけどやばいよぉぉ】
【だぼパーカーもかわいいけどそんな場合じゃない】
【立ち絵通り三つ編みにしてるのがかわいいけど下向いてぇぇぇ】
【そしてどうみても幼女】
【だけど机の上に酒瓶】
【終わった……】
【草】
【酒さえなければ……】
【そんなこと言ってる場合じゃないのぉぉぉぉ】
「?」
「………………………………」
………………………………。
「………………――――――――、え」
――平面的なはずの立ち絵ソフト、パステルカラーな「こはねちゃん」が居たはずの場所に、立体的に――暗がりの中、イラスト通りな見た目になっている僕が座ったイスから見上げる形で。
机の上も僕の上半身もイスの背もたれも周囲の床もちょっと映っていて。
暗いからはっきりとは映っていないけども――「僕自身」はこれ以上なく「配信画面」に「全世界」に映っていて。
「え」
「……え」
「……なに、これ……」
【この身長だとモニターの上?のカメラにはすぐには届かないか】
【よーし、ゆっくりマウスをクリックするんだ】
【深呼吸だぞ、こはねちゃん】
【今ならまだいける】
【こはねちゃん、落ち着いてね 大丈夫、今閉じれば無かったことにできる】
【いいぞ、そのきょとんとしたかわいすぎる顔のまま、マウスを……】
【草】
【そのまましゃがんで、コンセント引っこ抜こう それが最速だ】
――僕の、顔が。
この世界に存在しないはずの人間の、顔が。
「あ……あ……」
この世界に存在しちゃいけないはずの人間の、顔が。
流れるコメント。
歪む視界。
――ああ、これはつい最近にも経験した――――――――
「――――――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ――――っ!」
僕は、思いっ切り机を叩いた。
ばんっと飛び跳ねる、置いていたものたち。
「……いだいぃぃぃぃー……!?」
こういうときは、とりあえず痛すぎない「物」を叩くんだ。
それなら、誰も傷つけない。
僕以外が、なるべく傷つかないようにしないといけないから。
痛ければ痛いほどにもだえるから、しばらく静かになれるんだ。
でも――手のひらが、とても痛いんだ。
【!?】
【ひぇっ】
【こはねちゃん!?】
【あ、これ、パニックの発作】
「ぼくのばかぼくのばかなんでいきてるんだぼくなんか」
ぎゅーっ。
髪の毛を、思い切り引っ張る。
髪の毛は痛いくせにそこまで被害が無いから良いはずで――
――ぶちぶちっ。
え。
僕は、両手を見る。
――手のひらに巻きついた、数十本の髪の毛。
「こはねちゃん」の大切な髪の毛。
「僕のじゃない髪の毛」。
「僕のじゃないのに僕の体に生えてる髪の毛」が、僕の指に巻きついて――ああそうだ、髪の毛が長いから短いときだと思いっきりむしろうとしてもできないはずの髪の毛がこうも簡単に引っこ抜けて――
「……やだやだやだやだ、やだぁ――――っ!」
ぶんぶんっと手を振って、まるで手に虫が張り付いたような気持ち悪さを振りほどこうとして、
「あ゛――――っ!」
片手が、思いっ切り痛いものにぶつかって――
「ぴぅっ………………………………いだいぃ――――!?」
――がしゃあんっ。
普段使いのいろんな物を積み上げていたラックが、僕に降ってきて、
――ぱりんっ。
がちゃんっ。
そこに置いていた、飲みかけのお酒とか封を切ってないお酒の瓶が僕の頭や顔、体や床に当たって――落ちたのが、割れて。
大きな怖い大人に、思いっ切り殴られた気持ちになって、
「あ゛――――――ん!」
【あああああ】
【あああああああ】
【やめてぇぇぇぇ】
【いたいぃぃぃぃ】
【あ、これマジでやばい】
【身内に居るから分かる これ、発作だわ】
【パニックになっとる】
【どうしたら!?】
【通常は家族が落ち着けるのとお薬で鎮めるんだが】
【あの……こんだけ騒いでも、誰も……】
【あっ……話の中で妹ちゃんしか出てこない……】
【その妹ちゃんは学校……あっ……】
【もしかして:見てることしかできない】
【そんなぁ】
【こはねちゃん、ケガしてる!】
【あ、こめかみに血が】
【あああああ】
もう、だめだ。
全部、おしまい。
僕がダメなりに積み上げてきたもの、僕がダメなりに楽しんできたもの。
全部全部、
「ぜんぶぇあぁぁぁぁ――――っ!」
がしがしがしっと頭をかきむしって――
「ばかばかばかばかぁーっ!」
ぽかぽかと殴って。
「だめなのぉ――――!!」
「人様の体を傷つけちゃダメ」。
だから、やり場のない衝動を別のところに向けようとして――
「あ゛――――――――っ!!」
――思い切り振り下ろした拳が、キーボードのかくかくに思いっ切り痛めつけられて、キーボードも吹っ飛んでって、
「いだいよぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛――……」
【ひぇっ】
【誰か……誰か……】
【ああああああああ】
【痛そう過ぎてこっちまで痛くなってきた】
【どうしよう、これ……】
【俺たちにできることはないよ……】
【さ、さすがに警察に通報か?】
【命の危険……ありそうだしな……】
【でも通報ですぐになんとかなるのか?】
【分からないけど、しないよりは……】
【てかそもそも住所とか誰も分からないんじゃ……】
【けど、これでお巡りさんが駆けつけてくれても……それこそトラウマをもっと刺激するかもって思うと……】
【引きこもり……人見知り……自称成人男性で、「大人相手は怖いけど子供相手なら平気」って……あっ……】
両手が震える。
涙が止まらないし、何も分からない。
けども、頭もがんがん痛くって手も痛くって、みぞおちに何かがぶつかって痛くって、だからちょっとだけ衝動が収まってきて。
「……あ゛ーん……」
ちょっとだけ覗いた――『兄さん、止めてください……っ、大切な兄さんの体を、こんなにも痛めつけるのは……!』――声――ああ、優花だ、優花がそう泣きながら僕を見て言ってたんだ。
あのときに、そう言ってたんだ。
「だめ……ぐずっ……」
【お】
【イスから降りた!】
【自分から降りて……奥?】
そうだ、こういうときはベッドでじっとするんだ。
ぎしっ。
柔らかいベッドが、僕を包む。
「え゛ぇぇぇぇ……」
【カメラから離れてくれた】
【けどちょっとだけ横顔が】
【うずくまってる】
【ベッドか】
【セ、セーフ……?】
【ちょい収まったか】
【良かった……良かった……】
【心が潰れそうだったよ】
【こはねちゃん、そうだ、ゆっくりと呼吸をすれば】
ぼくのかおがおんなのこのかおがかくさなきゃいけないはずのかわいいかおがぼくのじゃない/ぼくの/ぼくじゃない/ぼくのだ/ちがう/ちがわない/やだ/ぼくはあやせ――――――「こはねちゃん」、
「――――――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――!?」
僕は困って――
「み゛ぃっ」
思いっ切り、壁に頭を打ち付ける。
そうだ、前はやりすぎて脳震盪になったんだ/すっ転んだから脳震盪になったんじゃなかったっけ?/違う、そう思い込もうとして思い込んでただけだ/だから優花が泣きながら僕に言ってきて、
「ぼぐばばが゛……ぼぐばばが゛……」
――ごん、ごんっ。
脳震盪にならないように――つまりはただの癇癪を、体に影響のない範囲で鎮めるように。
そうだ、僕自身に何かがないように。
じゃないと、「明日からも独りで引きこもっていられなくなるから」。
【自傷行為がやばいな】
【この音……もしかして、頭を壁か何かに……】
【刃物を取り出してないあたりはまだ無事か】
【でも、さっきビンが割れたっぽくて、顔に血が】
【どうして、ここまで……】
【躁と鬱が、ハイとローが反転するときは動けちゃうからな……】
【ひより先生……他の人……誰でも良いから、こはねちゃんをリアルで知ってる人が居たらお願い……こはねちゃんを助けて……】
【ひより「ごめんなさい」】
【ひより「本当に、知り合いじゃないんです」】
【ひより「……でも」】
【ひより「こっちで伝えても? 分かりました、では」】
【ひより先生……?】
【伝手が何かあるのか……?】
【ひよりママ……お願い……】
【ひより「――『介護班』の、みなさん」】
【ひより「準備ができたみたいなので――お願いします」】
【ひより「こはねちゃんさんを……助けて」】
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