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10章 「綾瀬直羽/こはね」
129話 託されたバトンを
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【大の男が束になってるのに脱出されてて草】
【くそ雑魚で草】
【――さん、小学生?の女の子にすら追いつけてなくって草】
【あの子の靴、――――のやつでしょ? あれめっちゃ走りにくいはずなのにすごくない?】
【たったの1人の女の子が、100人を超えてる配信者たちの目の前を縫って突破して、まだ逃げ続けてる……え? これ、そういう企画じゃなくって?】
【――の配信で映ってたダイブ、やっぱすげーわ】
【Vtuberなんでしょ? 事務所とかでダンスとかのレッスンえぐそう】
【個人勢らしいぞ】
【え、うそ】
【え、レッスンなしであの動き?】
【……こはねちゃんって言うんだ そっちの枠の方行くわ】
【どう考えてもあの子の方が応援しがいあるしな】
【それな】
【あ、――さんたち最後尾は普通に警察に取り囲まれてて草】
【そりゃあいい歳した男がたった1人の小さな女の子目がけて迷惑行為してたらね】
【あ、手が当たって公務執行妨害だって】
【あーあ】
【草】
駅前の商業ビル――こはねの挑発に急いで出ようとする先行組、ビルには入れず情報が追いついていなかった後発組――「外に逃げたこはねと中に居るはずのこはね」を巡って彼らはもみ合いとなり、「Vtuberの顔を暴く凸」から「ただの喧嘩」へとターゲットが変わっていく。
それに伴い、今までは「炎上系配信者の迷惑行為」程度だった警察への通報が「数十人規模の殴り合いの喧嘩」へと発展したことで、さらに広域の警察車両のサイレンが迫りつつある駅前。
「はぁ……はぁ……」
――こはねは、挑発して引きつけながら1キロ近くを走り抜け、200メートルほど追跡者を引き離していた。
「どこだ!?」
「居た! あっちだ!」
「足速すぎ……うげぇ」
「クソっ……わき腹痛ぇ」
「なんだよ、話が違うぞ……引きこもりのよわよわなガキを捕まえるって話じゃ……」
「配信者を暴いて炎上させるつもりが、俺たちのアカウントが炎上……なんだよ、これ……」
「……ははっ……僕、小さいころだけは走るの、得意だったんだから……」
――だが、もう体じゅうが汗だくで息も荒く、ふらふらと左右によろめきながらと体力が切れ、歩く程度の力しか残っていない。
「……でも――」
彼女は、目の前に迫った集団を見上げ、にやりと口を上げる。
「――無事、送り届けた。あとは、がんばってね」
◇
「はぁ……はぁ……」
頭が真っ白。
体も真っ白。
何も分からない。
分かっているのは――僕を「外/中」から見ていた時間のこと。
こんな小さな体であんな無茶をしたもんだから、左腕はまだまだ動かない。
脚も震えてるし、足は靴ずれで痛いし、何回か転んだりぶつかったりしてせっかくの服は台無し。
――――――でも。
僕は、たくさんの腕に――優しく、抱き留められる。
「――妹様」
「私たちは、優花様の学友です」
「ずっと、観ていました。すごかったです」
たくさんの、学生の人たち。
その人たちはそろってジャージ姿で――優花のそれと同じもので。
「こはね様、酸素スプレーです」
「スポーツドリンクをどうぞ」
「アイシング、よろしいですか?」
「失礼します……肩は脱臼などではなさそうですが、せめて服の上から……」
次々と差し出されるものを摂取すると、もうだめだと思っていた体が再生していく。
冷たくて、ひんやりして、すっとする。
熱暴走していた僕の体が、落ち着いていく。
「……ビルの5階から1階までのパルクール、その後は1キロ以上全力疾走――こんなおしゃれ着で」
「聞けば、普段はインドア――引きこもりで、あそこまでの活躍を」
「今からでもうちの学校へ来て我が陸上部へはどうですか?」
「待て、うちの水泳部に」
「ダメよ、こはね様の美しさは美術部ですべての角度から記録に取るべきよ」
「ともかく高校はうちへ……! 大丈夫、校長も籠絡します!」
「反射神経がすさまじい……ここは卓球部へ」
「テニス部へ」
「マネージャーとして来てくれたら我が野球部は甲子園でも優勝できます」
「洋裁部で1年中服を作らせてください!!」
「……ふぅ」
なんだか無茶苦茶なことを言う人たち。
初めて会った、優花の学校の人たち。
だから本当は怖くなってなんにも言えなくなるはずなのに。
「――ありがと。でも、ごめん」
僕は――なぜか笑顔を浮かべることができて。
「僕は、家でのんびりしてる方が、好きだから」
「 」
「 」
「 」
「アッ……天使の笑み……」
「あっあっあっ」
「ショタっ子口調のロリっ子……」
「ぼくっこ ゜▼」
……うん。
体に、力が戻ってる。
「――どこだ!?」
「クソ、見失ったか!」
大人のくせに――いや、大人になったからこそ不摂生と運動不足で体がよわよわになった彼らが、もうすぐそこまで来ている。
うん、分かるよ。
学生じゃなくなると運動量が極端に落ちるしお酒も飲むしで、体、疲れやすくなるよね。
学生じゃなくなると自分の意志で夜更かしとか昼夜逆転とかできるようになっちゃって、コンディションは良い日の方が少なくなるよね。
僕も経験してきたことだから、その辛さは良く分かる。
――だから、こそ。
「行かなきゃ」
「妹様……?」
ずきずきと痛む足の裏で、ぐっと地面を押して――立ち上がる。
「みんな、ありがとう。本当に……来てくれて」
僕は――初めてなのに怖くない、高校生くらいの、優花と同い年だろう彼らを――僕のためにしゃがんでお水をくれたりおでこや首筋をタオルで拭いたりアイシングしてくれたりしていた彼らへ、お礼を言う。
「けど、もうちょっとは引き離さないと――優花たちが、確実に安全って安心できないから」
本来は、僕の着せ替えのためだけのメンバー限定撮影会。
それが、こんなことになっちゃったんだ。
この集団を、確実にビルから引き離さないとね。
――こんなところまでお膳立てしてもらったんだ、せめて最後のとこくらいは自力でやり遂げないと――男として、恥ずかしいから。
「! あそこだ!」
「学生……? 構うな、こっちはジャーナリストなんだぞ!」
「もっと近づけば、今度こそこはねたんの顔を最初にはっきりと……!」
大声とともに走ってくる――カメラも持っている集団に対し、ゆらりと立ち上がる学生たち。
「……私たちで妨害できますが」
「タックルなら任せてください」
「あと半分がもうじきに来ますから、なんなら通りを人垣で封鎖すれば――」
とっても、頼もしい。
けども。
「ううん、それだと問題になる。……受験も、近いはずだ。相手は集団ヒステリー的なのを起こしている……君たちも彼らも、事故で怪我をする危険がある」
がるると唸る彼らを、どうどうとなだめる。
「君たちには、未来がある。こんなことで万が一を起こしてほしくは、ないんだ。優花の友達の、優しい君たちには」
――うん、怖くない。
新しく知り合ったばかりの何十人が――怖く、ないんだ。
「こはね様……!」
「これが、お屋敷に住まわれている優花様の妹様……!」
「なんとお美しい……」
「お顔も精神も……!」
……なぜか半分くらいは真顔で涙を流してるしもう半分は白目を剥いてるけども、きっと優花の友達だからちょっと変なところがあるんだろう。
「僕は、もう少し引きつける。引きつけて――迎えと一緒に逃げます。だから……んー」
僕は、しばし考えて。
「……この格好で、優花とのツーショットとかでご褒美に――」
ひらり。
スカートの裾をつまんで首をかしげ――撮影会の最中、へろへろになりながら気がついたら体に染みついていたポーズだ――をしてみると、
「「「なります!!」」」
「あ、そ、そう……うん、そっかぁ……」
優花ぁ……友達付き合いはちょっと考えた方が良いと思うよ?
や、友達の家族だからって理由だけで来てくれる、良い人たちではあるんだけど……ほら、むせび泣いてる人も居て、ちょっと怖いし……?
「――すぅっ」
僕は、再度に駆け出す。
ずっと何年も止まっていた足を、今度は僕自身の意思で、前へ動かして。
「――あははっ! お兄さんたち、ざーこ♥ ざーこ♥」
「僕」がやってくれていた挑発を――「優花の敵」って思ったら怖くなんてない、悪いやつらへ。
「……メスガキな妹様も……」
「いい……」
「ふぅ……これで第1志望は確実だ……」
――最後に変な言葉が聞こえた気がしたのは……気にしないでおこう。
うん。
優花も変なとこあるし、人間、ひとつやふたつ変なとこはあるのが良いはずだから。
「悔しかったら捕まえてみな! ……まぁどうせ」
僕は、走り出す。
数年ぶり――いや、こんなに本気で走るのは小学生以来に。
こんな大声を出すのも笑顔を振りまくのも、数年ぶりに。
「――無駄に歳だけ重ねて大人になっちゃった、君たち/僕には、ぜーったい追いつけないだろうけどね!」
【くそ雑魚で草】
【――さん、小学生?の女の子にすら追いつけてなくって草】
【あの子の靴、――――のやつでしょ? あれめっちゃ走りにくいはずなのにすごくない?】
【たったの1人の女の子が、100人を超えてる配信者たちの目の前を縫って突破して、まだ逃げ続けてる……え? これ、そういう企画じゃなくって?】
【――の配信で映ってたダイブ、やっぱすげーわ】
【Vtuberなんでしょ? 事務所とかでダンスとかのレッスンえぐそう】
【個人勢らしいぞ】
【え、うそ】
【え、レッスンなしであの動き?】
【……こはねちゃんって言うんだ そっちの枠の方行くわ】
【どう考えてもあの子の方が応援しがいあるしな】
【それな】
【あ、――さんたち最後尾は普通に警察に取り囲まれてて草】
【そりゃあいい歳した男がたった1人の小さな女の子目がけて迷惑行為してたらね】
【あ、手が当たって公務執行妨害だって】
【あーあ】
【草】
駅前の商業ビル――こはねの挑発に急いで出ようとする先行組、ビルには入れず情報が追いついていなかった後発組――「外に逃げたこはねと中に居るはずのこはね」を巡って彼らはもみ合いとなり、「Vtuberの顔を暴く凸」から「ただの喧嘩」へとターゲットが変わっていく。
それに伴い、今までは「炎上系配信者の迷惑行為」程度だった警察への通報が「数十人規模の殴り合いの喧嘩」へと発展したことで、さらに広域の警察車両のサイレンが迫りつつある駅前。
「はぁ……はぁ……」
――こはねは、挑発して引きつけながら1キロ近くを走り抜け、200メートルほど追跡者を引き離していた。
「どこだ!?」
「居た! あっちだ!」
「足速すぎ……うげぇ」
「クソっ……わき腹痛ぇ」
「なんだよ、話が違うぞ……引きこもりのよわよわなガキを捕まえるって話じゃ……」
「配信者を暴いて炎上させるつもりが、俺たちのアカウントが炎上……なんだよ、これ……」
「……ははっ……僕、小さいころだけは走るの、得意だったんだから……」
――だが、もう体じゅうが汗だくで息も荒く、ふらふらと左右によろめきながらと体力が切れ、歩く程度の力しか残っていない。
「……でも――」
彼女は、目の前に迫った集団を見上げ、にやりと口を上げる。
「――無事、送り届けた。あとは、がんばってね」
◇
「はぁ……はぁ……」
頭が真っ白。
体も真っ白。
何も分からない。
分かっているのは――僕を「外/中」から見ていた時間のこと。
こんな小さな体であんな無茶をしたもんだから、左腕はまだまだ動かない。
脚も震えてるし、足は靴ずれで痛いし、何回か転んだりぶつかったりしてせっかくの服は台無し。
――――――でも。
僕は、たくさんの腕に――優しく、抱き留められる。
「――妹様」
「私たちは、優花様の学友です」
「ずっと、観ていました。すごかったです」
たくさんの、学生の人たち。
その人たちはそろってジャージ姿で――優花のそれと同じもので。
「こはね様、酸素スプレーです」
「スポーツドリンクをどうぞ」
「アイシング、よろしいですか?」
「失礼します……肩は脱臼などではなさそうですが、せめて服の上から……」
次々と差し出されるものを摂取すると、もうだめだと思っていた体が再生していく。
冷たくて、ひんやりして、すっとする。
熱暴走していた僕の体が、落ち着いていく。
「……ビルの5階から1階までのパルクール、その後は1キロ以上全力疾走――こんなおしゃれ着で」
「聞けば、普段はインドア――引きこもりで、あそこまでの活躍を」
「今からでもうちの学校へ来て我が陸上部へはどうですか?」
「待て、うちの水泳部に」
「ダメよ、こはね様の美しさは美術部ですべての角度から記録に取るべきよ」
「ともかく高校はうちへ……! 大丈夫、校長も籠絡します!」
「反射神経がすさまじい……ここは卓球部へ」
「テニス部へ」
「マネージャーとして来てくれたら我が野球部は甲子園でも優勝できます」
「洋裁部で1年中服を作らせてください!!」
「……ふぅ」
なんだか無茶苦茶なことを言う人たち。
初めて会った、優花の学校の人たち。
だから本当は怖くなってなんにも言えなくなるはずなのに。
「――ありがと。でも、ごめん」
僕は――なぜか笑顔を浮かべることができて。
「僕は、家でのんびりしてる方が、好きだから」
「 」
「 」
「 」
「アッ……天使の笑み……」
「あっあっあっ」
「ショタっ子口調のロリっ子……」
「ぼくっこ ゜▼」
……うん。
体に、力が戻ってる。
「――どこだ!?」
「クソ、見失ったか!」
大人のくせに――いや、大人になったからこそ不摂生と運動不足で体がよわよわになった彼らが、もうすぐそこまで来ている。
うん、分かるよ。
学生じゃなくなると運動量が極端に落ちるしお酒も飲むしで、体、疲れやすくなるよね。
学生じゃなくなると自分の意志で夜更かしとか昼夜逆転とかできるようになっちゃって、コンディションは良い日の方が少なくなるよね。
僕も経験してきたことだから、その辛さは良く分かる。
――だから、こそ。
「行かなきゃ」
「妹様……?」
ずきずきと痛む足の裏で、ぐっと地面を押して――立ち上がる。
「みんな、ありがとう。本当に……来てくれて」
僕は――初めてなのに怖くない、高校生くらいの、優花と同い年だろう彼らを――僕のためにしゃがんでお水をくれたりおでこや首筋をタオルで拭いたりアイシングしてくれたりしていた彼らへ、お礼を言う。
「けど、もうちょっとは引き離さないと――優花たちが、確実に安全って安心できないから」
本来は、僕の着せ替えのためだけのメンバー限定撮影会。
それが、こんなことになっちゃったんだ。
この集団を、確実にビルから引き離さないとね。
――こんなところまでお膳立てしてもらったんだ、せめて最後のとこくらいは自力でやり遂げないと――男として、恥ずかしいから。
「! あそこだ!」
「学生……? 構うな、こっちはジャーナリストなんだぞ!」
「もっと近づけば、今度こそこはねたんの顔を最初にはっきりと……!」
大声とともに走ってくる――カメラも持っている集団に対し、ゆらりと立ち上がる学生たち。
「……私たちで妨害できますが」
「タックルなら任せてください」
「あと半分がもうじきに来ますから、なんなら通りを人垣で封鎖すれば――」
とっても、頼もしい。
けども。
「ううん、それだと問題になる。……受験も、近いはずだ。相手は集団ヒステリー的なのを起こしている……君たちも彼らも、事故で怪我をする危険がある」
がるると唸る彼らを、どうどうとなだめる。
「君たちには、未来がある。こんなことで万が一を起こしてほしくは、ないんだ。優花の友達の、優しい君たちには」
――うん、怖くない。
新しく知り合ったばかりの何十人が――怖く、ないんだ。
「こはね様……!」
「これが、お屋敷に住まわれている優花様の妹様……!」
「なんとお美しい……」
「お顔も精神も……!」
……なぜか半分くらいは真顔で涙を流してるしもう半分は白目を剥いてるけども、きっと優花の友達だからちょっと変なところがあるんだろう。
「僕は、もう少し引きつける。引きつけて――迎えと一緒に逃げます。だから……んー」
僕は、しばし考えて。
「……この格好で、優花とのツーショットとかでご褒美に――」
ひらり。
スカートの裾をつまんで首をかしげ――撮影会の最中、へろへろになりながら気がついたら体に染みついていたポーズだ――をしてみると、
「「「なります!!」」」
「あ、そ、そう……うん、そっかぁ……」
優花ぁ……友達付き合いはちょっと考えた方が良いと思うよ?
や、友達の家族だからって理由だけで来てくれる、良い人たちではあるんだけど……ほら、むせび泣いてる人も居て、ちょっと怖いし……?
「――すぅっ」
僕は、再度に駆け出す。
ずっと何年も止まっていた足を、今度は僕自身の意思で、前へ動かして。
「――あははっ! お兄さんたち、ざーこ♥ ざーこ♥」
「僕」がやってくれていた挑発を――「優花の敵」って思ったら怖くなんてない、悪いやつらへ。
「……メスガキな妹様も……」
「いい……」
「ふぅ……これで第1志望は確実だ……」
――最後に変な言葉が聞こえた気がしたのは……気にしないでおこう。
うん。
優花も変なとこあるし、人間、ひとつやふたつ変なとこはあるのが良いはずだから。
「悔しかったら捕まえてみな! ……まぁどうせ」
僕は、走り出す。
数年ぶり――いや、こんなに本気で走るのは小学生以来に。
こんな大声を出すのも笑顔を振りまくのも、数年ぶりに。
「――無駄に歳だけ重ねて大人になっちゃった、君たち/僕には、ぜーったい追いつけないだろうけどね!」
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