29 / 41
29話 僕の知らない、僕のあやまち<すべてのおわり>
しおりを挟む「私たちのおっぱいとおなかとふとももとくちびるにサンドイッチされる夜を過ごさない?(正:今日こそは一緒に寝ないの?)」
そのおことばに、僕は……しばらく体も頭の中もフリーズする程度には、シルヴィーさまたってのお願いの誘惑から逃れるのに困難を極めた。
だって、最初はほんとにこう聞こえたんだもん。
ほんとに。
それで僕の頭が勝手に都合のいいように……あ、いや、内容は合ってはいたんだけど。
9割方は。
だって………………………………ほら。
おふたりもパジャマの下はものすごく柔らかい下着しかお付けになっていらっしゃらないから。
つまりはほぼ全裸も同然で、つまりは同衾ってやつも、男ひとりにうら若き乙女おふたりもどうぜんってやつで。
だから、やっぱり、そのサンドイッチを……って思いたいけどお仕事があるんだもんなちくしょう。
せっかくのあちらからのごほうびをお断りせねばならないなんて、なんて世の中だ。
……しょうがない、ここは涙を飲んでまたの機会を待つとしよう。
なあに、またすぐにその機会は来るさ。
そう、ジュリーさまがお望みになっている以上には半月後くらいには、きっと。
「明日の準備もありますから、僕はもう少ししてから寝ることになるかと。 睡眠をお邪魔しては、申し訳ないですゆえ」
「そうなの」
「ねえ――……りーらぁ――……たまにはぁー、寝起きだけじゃなくて一緒にお話ししながら眠りにつきたいわぁ――……」
「………………………………またの機会をお待ちください」
「……ざーんねーんですわぁ――……」
あああああ疲れでの眠気とお酒でかんっぜんにふわっふわされていらしてちょっとダダこねる感じのジュリーさますごくかわいらしい天使だ女神だこれ以上の存在がいらっしゃるだろうかいやいらっしゃらないだろうそんなジュリーさまのお背中を押していたつもりがいつの間にか抱きつかれる感じでよろよろ歩くしかないんだけどだけどだけどあああああああ全身のやーらかいとこが僕に密着してきていてあああああああ………………………………………………………………。
………………………………………………………………………………………………。
ふぅ。
お嬢さまの体重で押しつぶされそうになっていた僕を見かねてくれた他のメイドさんたちと一緒に……それはそれで本望だったんだけど……眠くてぐずられている、ものすっごくレアな状態のお嬢さまの支度を済ませた僕は、悲しいことにこの部屋を去らなければならない。
とても残念だ。
残念極まりない。
痛恨の極み。
地獄とは、まさにこのことだ。
「……それではお嬢さま方。 僕はこれにて。 …………することが終わって、おふたりのお邪魔にならないようであれば、こちらへ戻ってきますので」
「あら、ほんとうに戻ってきてくれるのかしら? 昨日もそう言って、結局別の部屋で寝ていたのでしょう? ……なら、今日こそは私とジュリーの間で寝てちょうだいよ? 疲れているからぐっすり眠れるはずだし、少しくらい毛布に潜り込まれる程度のジャマくらいされても平気なんだから」
「善処します。 それではジュリーさま、シルヴィーさま。 お休み下さいませ」
……なぜかはよく分からないけど、なんかシルヴィーさまが乗り気だし、それに乗らない手はない。
早めにお仕事片づけて、おふたりのあいだに包まれなければ。
後はお任せしますって他の方々に言い残して、暖炉の熱で温まったお部屋から冷たい廊下へと、外へ出て。
ぶるっと身震いして、メイドさんにあったかいのを着せられる。
うむ、いい匂いが付着している。
……けど、やっぱり夜は冷えるよなー。
特に石造りの建物だから、そりゃーもー余計に。
「……あのー、シルヴィ――……? 私、今日はもう溶けそうに眠いからぁ、昨日の夜みたいにおはなしできそうにないと思いますぅ……」
「そうねぇ。 私だって眠いし、さっさと寝ましょうか。 ……ところでジュリー、今日は昨日みたいにくっついて寝てくれないの? 私、あれ、意外と寝心地良かったんだけれど」
「……、あのー、シルヴィ――……? 自覚がないのかもしれませんが、寝相が。 その、あまりよろしくないんですよぅ……。 毛布だって引っ張られますしぃ、それで目が覚めたんですからぁ……。 だから今日は、少しだけ離れて。 ……ええそう、リラが入ってくる隙間を作っておきませんと――……」
「あら、そうなの? 私が? 私、朝起きてもそんなに服とか乱れていない気がしているんだけれど」
「寝ている間のことだから、寝相というのですよぉ……分かりますかぁ? 寒かったんですからねぇ――……」
あーあー、いいないいなー。
ぱたんと扉が完全に閉まるまでに聞こえただけでも、耳が喜ぶ会話をなされていらっしゃるもんなー。
あーあー、お仕事さえなけりゃなぁ――……。
もったいないことしたよなぁ――……。
☆☆☆
窓の外……木々の生い茂る公爵の邸宅の庭という名の手入れされた森は、わずかな月の光以外、すべてが暗闇に包まれている。
それはその広い屋敷の中でも同様であり……しかし、その窓辺を貫く広く長い廊下を、曲がっては登り、登っては降り、降りては曲がり……を繰り返し、窓からの月光に合わせ、揺れるふたつのランタンの光が移動する。
さらにその後ろには、そのふたつに付き従うようにいくつかの光がゆらめく。
そのようにして闇が迫ってきそうな空間を歩いているふたつの光の正体は……先ほどのように着ていた薄いパジャマの上に、冬用といえども軽く羽織っただけの姿の、すらりとした金髪の少女と豊満な肉体を持つ銀色の少女。
その後ろには夜間の担当の警護や世話役の使用人たちが付き添ってはいるものの、ふたりの邪魔をしないようにと距離を保ちつつ、足音もほとんど立てず、ただただついてきている。
ふたりの「お嬢さま」の邪魔をしないように、闇に紛れるように。
そのひとり、金髪の少女ジュリーは……ただでさえ遠出をしてはしゃいで疲れたところを……ふだんの睡眠の半分くらいの時間で叩き起こされたからか、たまらずにひとつ大きなあくびをした……かと思うとそれに気づいて恥ずかしさで目が冷めたらしく、軽く頬が紅潮している。
そんな彼女は恥ずかしいのを紛らわすかのように、彼女の少し前を斜め前を歩いている銀髪の少女シルヴィーに話しかける。
「……あの、シルヴィー? なぜこのような真夜中に……、いえ、あの月の位置からするともう明け方近いのではないでしょうか? 先ほどは眠くてなにも分かりませんでしたからただ着いて来ましたけれど、こんな時間にどこへ行くのですか? そもそもあなたはなぜ、こんなに家の中の古い場所の道にも詳しくて……私だってこんなに暗いものだから、ここが使用人の方々の寝泊まりしていらっしゃるあたりということしかわからないのに」
目を擦り擦り、先ほどシルヴィーと呼ばれた少女に、繰り返しにはなるものの……半ば無理やりに起こされた少女は抗議の声を上げる。
心地よい睡眠をジャマされたという、当然の抗議を。
……しかしその先の相手からの反応がなく、銀髪の少女はただただ彼女の少し先を歩き続ける。
「……シルヴィー、聞いていますか? いえ、聞いているの?」
「………………………………あら。 ええと、なにかしら?」
「………………………………。 こんなときまで話し方を崩さないと無視をするのは酷いのではないでしょうか、いえ、ないかしら」
「あ、今のは違うのよ。 ただ単に気が逸れていただけ。 ごめんなさいね?」
先ほどまでの、光と足音しかしなかった空間に、ようやく人の気配が生まれた。
「それは、この状況と関係あるのでしょうか。 あ、いえ、あるのかしら」
「少ーし、ね。 ……この先にはね? ジュリー。 あなたにも。 ……いえ、あなたにこそ来てもらって確かめたいことがあるの」
「この場所に、こんな時間に……ですか」
「そ。 言付けておいた子から起こしてもらって、やっぱりって感じでベッドには私たちふたりしかいなかった以上、今でないと、駄目なの。 ……これを逃したら次はいつになるか、わからないのだもの」
「……そうなのですか?」
振り返ることもなく、ただただ暗闇の先を見据えて返事をするだけのシルヴィーに向かい、ジュリーは首を傾げる。
前を行くシルヴィーにも見えてはいないし、ジュリー自身も自覚しておらず、後ろに控える使用人たちだけが目撃者だ。
それは……ここにいない、ある小さい少女がよく知っている癖であって、それを見る度に頭の中で悶えているものなのであるが……残念なことに、ここにはいない。
「ええと……あなたは考えなしにこういうことをする性格でないというのは知っていますから、別にいいのですけれども。 それなら早く終わらせましょう? これではまるで……そうですね。 劇場で、恐ろしいシーンを見ているときのように感じてしまいますわ」
「あなた、怖いもの嫌いなものねぇ、くすっ」
「ひっ、……え、ええ、ですけれども、だ、大丈夫ですっ。 この先は別に恐ろしいものは……ええ、ないのですからっ。 ええ、もちろん? 使用人の方たちがいらっしゃる以上は別に恐いものでないことは存じておりますけれど? ……ですが、この先はもう行き止まりです。 もちろん出入り口もありますけれども、外に出る用意もしていませんよね? それに、この格好では外へなど」
「………………………………いいのよ、これで。 これで、合っているの」
何かが分かったような顔をしている銀髪の少女……もちろんその後ろにいる少女には見えていない……と、いちど少しだけ引いたものの、手元の光を見ている内にぶり返してきた眠気で頭がうまく働いておらず、いまいち要領を得ていない金髪の少女。
そのふたりは話をしながらも、その先へとどんどんと……廊下の角をいくつも曲がりつつ進んでいく。
「……なにせ、この先は。 今から行くのはね? あなたも知っていると思うけれど、リラが。 あなたの義理の妹になったあの娘が。 仕事で使うために使わせてほしいって、あなたのお父さまに頼んで頂いたらしいお部屋。 かつては先代の侍従長の使っていたっていう、この古い方の建物のいちばんにすみっこのいちばんに大きなお部屋。 あなたもよく入り浸っていたらしいじゃない。 そこへ、行くの」
「え、ええ……まあそうなのだけれど……、でも今はもう夜も遅いですし、リラはそこには」
「いるのよ」
「……え?」
「リラは、たしかにあなたの寝室の正面のお部屋にいるはずよね? だって、ベッドはそこにしかないのだし。 そのお部屋も、あなたが小さいころに使っていたお部屋には……あの子の私物こそ置いてはいるものの、あなたの家の仕事を手伝うには外との連絡が取りやすい……そう、使用人にとって都合のいい部屋の方が便利だからって、寝起きする以外はあんまり使っていないっていう」
「……あの、待って待って、待ってくださいシルヴィー? ……あの、なぜそのようなことまで知っているのですか? いえ、たしかにそれは正しいですし、そうなのですけれど、でも私、そんなことあなたにおはなししたでしょうか」
「ええ。 もちろん、聞いていないわね」
カツ、と足を止めて振り向く銀髪の少女。手に持ったランタンの光で、下から照らされてるその顔は……美しいせいで、余計に恐ろしいもの。
「ひっ!? ……あ、あら、失礼」
「いいの、だって私は勝手に調べたのだし勝手に報告を受けたから。 それが機嫌を損ねるっていうことは、よーく理解しているわ」
「い、いえ、そうではなかったのですけれども……けれど、その、誰からですか。 報告って、……あ、お父さまたちから」
「いーえ、ちがうわ……っと、着いていたのね」
少し腰が引けている金髪の少女がその声につられて灯りを掲げると、そこは廊下の終点。
曲がりくねるし何回か渡り廊下という外へも出るし、さらには何回も枝分かれしては合流するものの、結果的には一本道で公爵夫妻の寝室から使用人のそれまでを貫いている廊下の、その……終着点だった。
突き当たりにある、最後の大きな扉の部屋……通用口の扉の横に位置するその部屋は、簡素ながらも執務をするには十分の広さを持っている場所で、ジュリーが……一時期、自室からはかなり離れているのにも関わらず1日に何回も往復することさえあったその部屋の、その扉の下からは……かすかな光が漏れていた。
何か聞こうとするジュリーを、手で遮るだけでシルヴィーが黙らせ。
そして……しばらく耳を澄ませていた彼女は、おもむろにその扉を軽く叩く。
こん、こんと。
……しかし、返ってくるのは静寂のみ。
そうして返事がないということを確認した彼女は、その手に力を入れ、扉をゆっくりと開いた。
「ノックはしたわ、今日も勝手にお邪魔するわね――……っと、やっぱり寝ているわね。 入るわよ、リラ。 まあぐっすりと寝ているでしょうけれど。 ええ。 今夜も、ね」
1
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる