神堕ち白蛇の恋の贄 ~あやかし一家の若当主様は恋物語で縁を紡ぐ~

龍田たると

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06.

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「う、ん……」

 障子越しの柔らかな陽の光に照らされて、灯里は目を覚ました。
 布団から起き上がり、少しの間、覚醒を待つ。
 用意してもらった寝間着から自分の服に着替え、布団をたたむ。
 すがすがしい朝の、さわやかな空気。
 まるで昨日の騒動が嘘のようだ。

(でも、全部本当のことだったのよね……。あやかしの存在も、さらわれそうになったことも……)

 改めて今までの状況を振り返り、息をつく。
 現実感のない出来事が立て続けに起こったせいで、もしかしてすべてが夢なのではという気さえしていた。
 しかし、こうして静かな部屋で我が身を顧みて、本当なのだと思い知る。

 あやかしの住まう山。何も知らないこの場所で暮らすことに、少しばかりの不安がないわけではない。
 けれど、自分を助けてくれた白怜のことを思い返すと、それも不思議と薄らいでいくように思えた。

 誰かに身をゆだねることのできる安心感。今まで抱くことがなかった感覚を、灯里は戸惑いながらも受け入れる。

(白怜さん……白蛇のあやかし……。私と文を交わしてくれた、「怜」さん……)

 ただ安心できるだけではない。流れるような白銀の髪、赤い目をした彼の顔を思い浮かべると、何故だか胸の奥が熱くなるようだった。

「灯里様。お目覚めでいらっしゃいますか」

 その時、部屋の外で灯里を呼ぶ声がする。

「は、はい。どうぞ」

 灯里が答えると、しずという名の女中姿のあやかしが、正座の状態でふすまを開けた。

 静は鶴のあやかしであり、この屋敷での炊事を担当している。
 しっとりと濡れたような黒髪が美しい女性で、人の姿になっている時は三十代くらいの外見。服装は地味なのに、どこかあでやかな印象だ。

「朝食の準備が出来ました。皆さま揃っておりますので、灯里様もどうぞいらして下さい」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

 そんなふうにかしこまられたことなどなかったため、むず痒い感覚を覚えながら、彼女に続いて食事の場に向かう。
 向かった先の居間には、六人分の銘々膳が置かれ、白怜を含めた四人の男たちが各々の膳の前に座っていた。
 残り二つは、灯里と静の分。静は一番端の下座に座り、灯里は各人と会釈を交わしながら、白怜の対面の席につく。
 屋敷にはもっとたくさんの人員がいるのだが、活動する時間帯も異なり、また、まずは人に近い者をという白怜の配慮から、灯里はその五人と食事を摂ることになっていた。

「おはようございます、灯里さん。昨晩は休めましたか?」

「はい、ありがとうございます。おかげさまでよく眠ることが出来ました」

「それは良かった」

 灯里が白怜と挨拶を交わすと、年若い少年の姿のあやかしが、しびれを切らしたように声を上げた。

「ねぇ、お腹空いた。早く食べようよー」

 その少年は人の姿をしているが、実は昨晩灯里とも会話した、鎌鼬の霧矢の変化である。
 大きな瞳に元気よく跳ねた毛先。あどけない顔つきが昨夜の小動物姿に重なるようだ。
 彼を駄々を耳にして、隣の青年が「行儀悪ぃぞ」とたしなめると、その向かいの男性が無言でうなずく。
 彼らもまた、あやかし。たしなめた十代ほどの青年は、火十郎かじゅうろうという名の妖狐の変化。彼は色素の薄い髪を肩まで垂らし、右目には眼帯を着けている。
 同じく向かいでうなずいた着流し姿の男性は、カラス天狗の飛丸とびまる。こちらは短髪で黒髪黒目の落ち着きある風貌だが、その左頬から口にかけて、大きな傷痕がはしっていた。
 
 白怜は「では、いただきましょうか」と皆に声をかける。その後、全員が同時に手を合わせ、箸を手に取った。

「! おいしい……」

「ありがとうございます。灯里様のお口に合って、ようございました」

 思わず口を突いて出た感想に、静が柔らかに微笑む。
 静だけではない、白怜も、他の三人も、口元をほころばせた灯里の様子に、ふっと表情を緩ませる。
 誰が何を言わずとも、和やかな空気が辺りに満ちるようだった。
 灯里だけが人間、つまりこの中では異物といっていいのだが、にもかかわらず皆が自然体で彼女を受け入れている。
 火十郎や飛丸なども、見た目は怖いがその実は穏やかで、昨晩白怜に紹介された時から礼儀正しく彼女に接してくれていた。
 おそらくそれは、灯里が白怜の客人だからというだけではない。彼らの所作は自然で、それはきっと人の社会に溶け込むために努力して身につけたのだろう。灯里には不思議とそんなふうに感じられた。

「火十郎にーちゃん、その鮎一匹ちょーだいっ」

「ダメ。やらねー」

「いいじゃん。ちょーだいよ」

「ダメだっての」

「えー、ケチ。なんでさ」

「あのなぁ霧矢、お前食べ盛りってことで皆より多くもらってんだろ。俺から取ったら、俺の魚が一匹になっちまうだろうが」

 その一方で、身内に対する態度も微笑ましく、灯里は彼らの会話にクスリと微笑んだのだった。




 食事が終わると、各々がそれぞれの仕事場へと出かけて行く。
 屋敷での炊事を担当する静以外は、町の人間のところで働いていると白怜が教えてくれた。
 ただ、この日は静も外出着に着替えて、飛丸とともに外に行くらしい。
 というのも、彼らは白怜の指示で、灯里が巽一家の保護下に入ったことを灯里の女学校に伝えに行くそうなのだ。

「灯里さんが学校を出たことの正当性は、対外的に示しておく必要があるでしょう。少なくとも、お父上の行いが人道にもとること、それを受け入れられないことは、女学校側にも伝えておくべきかと」

 女学校の学校長があやかしや研究所の実態についてどこまで知っているか定かではないので、とりあえずそこはぼかして伝達し(ただし、灯里への扱いが非人道的であることはきちんと主張する)、昨日のいざこざも、寮外に逃げ出した灯里が偶然知り合いの白怜に会って保護された──ということにするらしい。

 灯里の処遇は休学か中退か、どうなるかはわからない。
 また、学校長は親である壮馬の意向を優先するか、あるいは権力によって壮馬の言いなりになる可能性もある。
 しかし、それでもちゃんと連絡はして筋を通す。そんな白怜の誠実さを、彼の方針から見て取ることができた。

 なお、屋敷のあやかしたちも、灯里が保護された経緯については昨日のうちに白怜から聞かされている。
 静たちもそれを承知で、けれど腫れ物扱いすることもなく、灯里に接してくれていた。

「灯里様の私物も、その時いっしょに持ち帰らせていただきますね」

 ただ、玄関口で静からそう言われて、灯里は最初、遠慮の言葉で返してしまう。

「あの、それでしたら私、自分で行って取ってきます。先生たちへの報告も……」

「いけません」

 すると、白怜が灯里の申し出を却下する。

「昨日の今日ではありますが、お父上が学校関係者に手を回して、あなたを捕らえさせようとする可能性もあります。ここは万全を期して、お静さんたちに行ってもらうべきです」

「で、でも、もしそうなら、お二人にも危険なのでは……」

「灯里様、気遣って下さってありがとうございます。ですが、わたくしたちはあやかし。多少のことではびくともしませんので、どうぞご安心下さい」

 静はたおやかに微笑んで、灯里に言った。

「それに、そういう時のために、飛丸さんが護衛としてついていくのです。彼は強いですから、大丈夫ですよ」

 彼女はそう続けて、隣にいた飛丸を視線で示す。
 飛丸は表情を変えず、無言で小さく会釈をした。
 顔に大きな傷痕のある飛丸。灯里には強さはわからないが、なるほど強面こわもての彼は、そこにいるだけで抑止力になりそうだ。
 しかも、静も含めて二人はあやかし。常人とは違う。
 
(……それなら、お任せしてもいいのかしら)

 そんな思いで灯里が白怜を見やると、彼も灯里を安心させるようにうなずく。
 ただ、そこで飛丸が申し訳なさそうに口を開いた。

「……あの、でも、いいんですかね、若」

「何がだい、飛丸」

「その……俺がついて行って、学校のお嬢さん方を怖がらせやしないかと。怖いだけならまだしも、俺のせいでまた『極道一家』だの、変な評判が立ったりしたら……」

「ご……極道」

 あまりにもその言葉が風貌に似合いすぎていたため、灯里は思わず復唱してしまう。
 白怜は少しばかり苦笑して、それから飛丸に言った。

「……まあ、いいんじゃないのかな。今回もし怖がられるとしたら、それは研究所への牽制にもなる。灯里さんの安全につながるなら、少しくらいはね」

「えっ」

「なるほど、承知しました」

 自分なんかのために、と思う灯里だが、むしろ飛丸は乗り気になったようで、口元を吊り上げる。
 だが、その笑みの凶悪さに、灯里だけでなく白怜も少し顔を引きつらせる。

「……ええと、飛丸。一応言っておくけど……無理に怖がらせる必要はないからね」

「……いえ、若。これが俺の素なんですが……」

 続く二人のそんなやり取りに、思わず灯里は吹き出してしまうのだった。

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