神堕ち白蛇の恋の贄 ~あやかし一家の若当主様は恋物語で縁を紡ぐ~

龍田たると

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「灯里さん、今日は一日、お疲れさんでした」

 彫屋からの帰り道、どこかすっきりした表情の火十郎は、灯里にねぎらいの言葉をかけた。

「いえ、火十郎さんこそ、お疲れさまでした」

 おそらく彫り仕事が一段落ついて解放感を得ているのだろう。灯里は言葉には出さず、彼の心情を推し量る。

「それにしても、社会見学って……。色々と仕事を見るのはいいとしても、やっぱ俺んところは参考にならなかったんじゃないですかね」

「うーん……どうでしょう……。興味深く拝見できて、そこは良かったと思いますけど……」

 白怜が灯里に各所の見学を提案した意図、それは普通に考えれば、各々の職場を通じて『外の世界』を見せるため──というのが素直な結論のように思われた。
 ずっと女学校にいた灯里は、まだ世間を知らない。そのため、今後働くのが白怜の屋敷内であろうと、少しでも彼女の知らない世界に触れる機会を作った方がいい。だから白怜は今回の社会見学を提案したのだと灯里はおぼろげに考えていた。
 ただ、それでも彫屋のようなところで灯里が働くことはないだろうし、柄の悪い世界にまで慣れさせるというのも違う気がする。
 では、白怜の真意とは何なのか──灯里と火十郎が悩みながら歩いていると、不意に後ろから声がかけられる。

「多分、好きな道を選べるってことを言いたいんだと思うぞ、若は」

「ひゃっ」

「って、とび兄さん! 驚かさないで下さいよ!」

 二人がびっくりして振り返ると、そこには同じく仕事帰りの飛丸がいた。
 彼の肩には小動物形態の霧矢も乗っている。

「お、お疲れ様です。飛丸さん、霧矢君」

「どもっす、灯里さん」

「わぁ、みんなでいっしょに帰りだね!」

 灯里が挨拶すると、飛丸は会釈し、霧矢は尻尾をはためかせる。
 四人そろって屋敷に帰る道のりの中、火十郎は飛丸に尋ねた。

「兄さん、さっき言った『好きな道を選べる』って……どういうことですか?」

「いや、普通にそのままの意味だが」

 飛丸はそう答えると、今度は灯里へと話しかける。

「……灯里さん。俺が思うに、若が灯里さんを見学に行かせたのは……要するに、俺たちが働いてるところを見せたかったんだと思うんです」

「皆さんが働いているところを……ですか?」

「ええ」とうなずき、飛丸は言葉を続けた。

「俺たちみたいなワケありのあやかしでも、こうしてやりたいことを仕事に出来ている。だから、灯里さんもあせらずに、自分の好きな道を選べばいい──そんな感じのことを、若は言いたかったんじゃないかと」

「訳あり……なんですか? 皆さん……」

 なるほどと思える答えだったが、灯里は飛丸が自分たちのことを下げて評したことの方が気になってしまった。

「訳ありというか、はぐれというか……。まあ、少なくとも俺は、天狗としてやっていける身体じゃなくなっちまってるんで」

 飛丸は自嘲気味な笑みとともに言って、顔の傷に手をやった。

「この顔の傷もですが……俺はカラス天狗のくせに、背中の羽根をもがれちまってるんですよ。昔色々ありまして、それで、故郷の里を出ることになって……。その後、若に助けられて、この山に居つくことになったんです」

「……そう……なんですか……」

 飛丸は多くを語らず、また、ことさら大仰に話すこともなかったが、その静かな口調が彼の苦難の大きさを逆に想像させた。

「そういえば、俺も昔、若様にそんなこと言われたなあ」

 と、今度は火十郎が昔を懐かしむように言った。

「妖狐としては出来損ないの俺を、若様はずっと励ましてくれたっけ。『君に価値がないなんてことはない』『どう生きるかは君が自分で決めていいんだ』って……。彫り仕事で初めて金を稼げた時は、俺以上に喜んでくれて……。それと同じことを、灯里さんにもしてあげてるってことなのかな」

 妖狐の火十郎。彼も飛丸と同じく、同族からつまはじきにされた存在だったらしい。
 火十郎の場合は、狐火という種族固有の能力が普通よりも劣っていることで、周囲から見下されていた。
 妖狐の狐火は通常は両目に宿るものだが、火十郎は右目でしか狐火を扱えない。
 しかも、その右目も完全に制御することはできず、常に発動する状態だったという。
 だが、白怜に保護され、彼がそれを抑える眼帯を作ってくれて、それで自分は普通になれたのだと──火十郎は誇らしげに灯里に語ってくれた。

「俺や火十郎だけじゃありません。山のあやかしたちは皆、若の存在が生きる上での支えになってるんですよ」

 飛丸が灯里にそう言うと、火十郎も霧矢も大きくうなずいて同意した。

(ああ、そうか……。白怜さんのお屋敷は、あやかしたちの駆け込み寺になっているのね……)

 灯里は二人の話を聞き、彼がどれだけ慕われているかを、そして、白怜の意図がおそらくは飛丸の言った通りであろうことをそれとなく理解した。
 白怜は優しい。だからこそ、自分のような何もない人間を助けてくれたのだろうし、他のあやかしたちにするように、穏やかに見守ってくれているのだろう。
 しかし、そうであるならなおのこと、その優しさに報いたい。自分のためではなく、彼のために力を尽くすことはできないだろうか。言葉には出さなかったが、灯里はますますそんな思いを募らせていた。

(……でも、どうしたらいいのかしら……白怜さんの役に立つためには……)

「ま、何にせよ、灯里さんの社会見学も明日で最後ですかね。一足早いけど、お疲れさんでした」

 そんなことを考えていると、火十郎が改めて灯里にねぎらいの言葉をかける。
 だが、灯里はその言葉に戸惑った。

「え、明日って……今日で終わりじゃないんですか?」

「いや、灯里さん、若様の仕事場にも見学に行かれるでしょう? 最終日はそっちだと思ってたんですが……」

「白怜さんの……仕事場?」

「えーと、なんていったかな。便利人じゃなくて、便宜士……いや違う……。そうそう、弁護士だ、弁護士。若様、表の世界じゃその名前の仕事をやってるんですよ」

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