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第五話
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「間もなくラリッサ嬢がいらっしゃいます。エーデル殿下はこちらでお待ちください。」
ユウェルはエーデルを部屋の片隅の衝立の後ろに案内した。
「わざわざ隠れる必要があるのか?」
「ラリッサ嬢が授業に集中できるようにするためです。どうぞご理解ください。」
エーデルに静かに見守ることを約束してもらい、ユウェルは授業の準備へと戻った。
程なくしてラリッサがやってきて授業が始まったのだが、彼女は今日もやる気のなさを隠そうともしなかった。
「どうしてこんなこと覚えなきゃいけないの?」
「ねぇ、休憩はまだ?喉が乾いたんだけど。」
相変わらずの態度に腹立たしさを覚えながらも、さすがにこの姿を見ればこれまでのラリッサの訴えが不当なものであったとエーデルも気付いてくれるだろう。そう思い、衝立の後ろを覗けば、その後もダラダラと不満を言い続けるラリッサを見て呆然としていた。
「いかがですか?」
「ラリッサは・・・彼女はいつも・・・?」
「いつもあのような態度なのかということでしたら、そうです。」
「だが・・・まさかそんな・・・。」
ラリッサは確かに貴族令嬢にしては奔放で、言葉を飾らず口にするところがあったが、決して意図して人を傷つけるようなことはなかった。彼女の飾らぬ性格と天真爛漫な笑顔に惹かれていたエーデルは、目の前の光景を信じられない思いで見ていた。
結局授業が進まないまま休憩時間となり、だらしなくソファーにもたれて座るラリッサは、エーデルに見られていることなど気付くはずもなく給仕をしてくれた侍女にお茶やお菓子の文句を言い、嗜める教師に悪態をつく。
「何よ、偉そうに。王宮の教師だかなんだか知らないけど、私にそんな態度取って良いと思ってるの?私が王妃になったらアンタたちなんて全員首にしてやるから!」
あまりの言葉にユウェルは怒りが湧いてきたが、努めて冷静な声でエーデルに訴えかけた。
「殿下、私はまだ王宮専属教師に就任したばかりの新人です。そんな私でも、この仕事に対する責任と覚悟、そして誇りを持って臨んでいます。長年勤めていらっしゃるみなさんは、きっとそれ以上の想いをお持ちでしょう。」
エーデルがラリッサからどのような話を聞いているのかは知らないが、教師たちはラリッサが怯えるほどの叱責をしたことなど一度もない。
「みなさんはおふたりのために誠心誠意、全力を尽くしていらっしゃいます。それなのに、何故、あんなことを言われねばならないのでしょうか。」
ユウェルの言葉にエーデルが苦しげな表情をしたのを見て、ユウェルは頭を下げた。
「感情的になって言葉が過ぎました。申し訳ありません。」
「謝らなくていい。君は何も間違ったことは言っていないだろう。すべては私の責任だ。彼女が変わってしまったのは・・・何でも自分の思い通りになると勘違いさせてしまったのは、私だ。」
エーデルは俯いてひとつ大きく息を吐き、顔を上げた時にはその瞳に王太子らしい冷静さと厳しさを取り戻していた。
「一方の訴えだけを聞いて判断するなど、王太子としてあるまじきことだった。そのせいで君たちにも要らぬ苦労をさせてしまったようだ。申し訳なかった。」
まさか謝罪までされるとは思っていなかったが、これで無茶な改善要求もなくなるだろうとひとまずユウェルは胸を撫で下ろした。
あとは、真面目に授業に取り組むよう注意をしてもらえれば、多少は王妃教育を進めやすくなるだろうかと考えていたら、止める間も無くエーデルが衝立の向こうへと出て行ってしまった。
「エーデル様?嬉しい、私に会いに来てくれたんですね!こっちに来て座ってください、一緒にお茶しましょう!」
ラリッサは急に現れた愛しの王子様に一気に上機嫌になり、自分の隣をポンポンと叩いて誘っているが、エーデルはそんな彼女に冷たい視線を返すだけだった。
「休憩はもう終わりです。次の授業を始めますよ。」
「えぇ~せっかくエーデル様が来てくれたのに~!」
「授業はしなくていい。」
「えっ?」
「もうこれ以上は必要ない。王妃教育は今この時をもって終了とする。」
「ですが、それでは王妃陛下の出された条件が・・・。」
「いいんだ。母上には私から説明しておく。」
エーデルの言葉にラリッサは素直に喜んだ。
「もう授業受けなくていいんですか?!良かった~私、すっごく辛かったんですよ~。」
「辛かった、ね・・・。」
「エーデル様?どうしたんですか?そんな難しい顔して。」
「ラリッサ・リンデン。君との婚約の話は無かったことにさせてもらう。」
「なっ、どうして?!」
「私の責任によるところも大きいが、王太子妃となるには君自身の資質にも大いに問題があるとわかったからだ。」
「そんな、毎日王妃教育だって頑張ってたのに、酷いです!!」
「そうか?私の目にはとても頑張っているようには見えなかったがな。」
「酷い!いつもあんなに褒めてくれてたじゃないですか!」
「そうだな・・・君の言葉を鵜呑みにしていた私が間違っていた。今日初めて授業の様子を見て、私が如何に愚かだったかを思い知ったよ。」
エーデルの急な冷たい態度に顔を真っ赤にさせて怒っていたラリッサは、授業を見ていたというエーデルの言葉に今度は顔を青くし、教師にぶつけた不平不満の数々を全て聞かれていたということに思い至り必死に謝り縋り付いた。
「ごめんなさい、エーデル様!今日はちょっと気分が悪くてつい八つ当たりのような真似を・・・でも次からはちゃんと頑張りますから・・・!」
泣きながら腕に縋ってくるラリッサに、それでもエーデルの態度は変わらなかった。
「必要ない。明日からはもう来なくていい。男爵へ使いを出すからその者と共に帰るように。」
翌日、エーデルは王宮専属教師の事務室へやってきて、ユウェルにしたように教師たちにも謝罪をした。そして両陛下との話も済んでおり、正式にラリッサの王妃教育の終了が決まったとのことだった。
ユウェルはエーデルを部屋の片隅の衝立の後ろに案内した。
「わざわざ隠れる必要があるのか?」
「ラリッサ嬢が授業に集中できるようにするためです。どうぞご理解ください。」
エーデルに静かに見守ることを約束してもらい、ユウェルは授業の準備へと戻った。
程なくしてラリッサがやってきて授業が始まったのだが、彼女は今日もやる気のなさを隠そうともしなかった。
「どうしてこんなこと覚えなきゃいけないの?」
「ねぇ、休憩はまだ?喉が乾いたんだけど。」
相変わらずの態度に腹立たしさを覚えながらも、さすがにこの姿を見ればこれまでのラリッサの訴えが不当なものであったとエーデルも気付いてくれるだろう。そう思い、衝立の後ろを覗けば、その後もダラダラと不満を言い続けるラリッサを見て呆然としていた。
「いかがですか?」
「ラリッサは・・・彼女はいつも・・・?」
「いつもあのような態度なのかということでしたら、そうです。」
「だが・・・まさかそんな・・・。」
ラリッサは確かに貴族令嬢にしては奔放で、言葉を飾らず口にするところがあったが、決して意図して人を傷つけるようなことはなかった。彼女の飾らぬ性格と天真爛漫な笑顔に惹かれていたエーデルは、目の前の光景を信じられない思いで見ていた。
結局授業が進まないまま休憩時間となり、だらしなくソファーにもたれて座るラリッサは、エーデルに見られていることなど気付くはずもなく給仕をしてくれた侍女にお茶やお菓子の文句を言い、嗜める教師に悪態をつく。
「何よ、偉そうに。王宮の教師だかなんだか知らないけど、私にそんな態度取って良いと思ってるの?私が王妃になったらアンタたちなんて全員首にしてやるから!」
あまりの言葉にユウェルは怒りが湧いてきたが、努めて冷静な声でエーデルに訴えかけた。
「殿下、私はまだ王宮専属教師に就任したばかりの新人です。そんな私でも、この仕事に対する責任と覚悟、そして誇りを持って臨んでいます。長年勤めていらっしゃるみなさんは、きっとそれ以上の想いをお持ちでしょう。」
エーデルがラリッサからどのような話を聞いているのかは知らないが、教師たちはラリッサが怯えるほどの叱責をしたことなど一度もない。
「みなさんはおふたりのために誠心誠意、全力を尽くしていらっしゃいます。それなのに、何故、あんなことを言われねばならないのでしょうか。」
ユウェルの言葉にエーデルが苦しげな表情をしたのを見て、ユウェルは頭を下げた。
「感情的になって言葉が過ぎました。申し訳ありません。」
「謝らなくていい。君は何も間違ったことは言っていないだろう。すべては私の責任だ。彼女が変わってしまったのは・・・何でも自分の思い通りになると勘違いさせてしまったのは、私だ。」
エーデルは俯いてひとつ大きく息を吐き、顔を上げた時にはその瞳に王太子らしい冷静さと厳しさを取り戻していた。
「一方の訴えだけを聞いて判断するなど、王太子としてあるまじきことだった。そのせいで君たちにも要らぬ苦労をさせてしまったようだ。申し訳なかった。」
まさか謝罪までされるとは思っていなかったが、これで無茶な改善要求もなくなるだろうとひとまずユウェルは胸を撫で下ろした。
あとは、真面目に授業に取り組むよう注意をしてもらえれば、多少は王妃教育を進めやすくなるだろうかと考えていたら、止める間も無くエーデルが衝立の向こうへと出て行ってしまった。
「エーデル様?嬉しい、私に会いに来てくれたんですね!こっちに来て座ってください、一緒にお茶しましょう!」
ラリッサは急に現れた愛しの王子様に一気に上機嫌になり、自分の隣をポンポンと叩いて誘っているが、エーデルはそんな彼女に冷たい視線を返すだけだった。
「休憩はもう終わりです。次の授業を始めますよ。」
「えぇ~せっかくエーデル様が来てくれたのに~!」
「授業はしなくていい。」
「えっ?」
「もうこれ以上は必要ない。王妃教育は今この時をもって終了とする。」
「ですが、それでは王妃陛下の出された条件が・・・。」
「いいんだ。母上には私から説明しておく。」
エーデルの言葉にラリッサは素直に喜んだ。
「もう授業受けなくていいんですか?!良かった~私、すっごく辛かったんですよ~。」
「辛かった、ね・・・。」
「エーデル様?どうしたんですか?そんな難しい顔して。」
「ラリッサ・リンデン。君との婚約の話は無かったことにさせてもらう。」
「なっ、どうして?!」
「私の責任によるところも大きいが、王太子妃となるには君自身の資質にも大いに問題があるとわかったからだ。」
「そんな、毎日王妃教育だって頑張ってたのに、酷いです!!」
「そうか?私の目にはとても頑張っているようには見えなかったがな。」
「酷い!いつもあんなに褒めてくれてたじゃないですか!」
「そうだな・・・君の言葉を鵜呑みにしていた私が間違っていた。今日初めて授業の様子を見て、私が如何に愚かだったかを思い知ったよ。」
エーデルの急な冷たい態度に顔を真っ赤にさせて怒っていたラリッサは、授業を見ていたというエーデルの言葉に今度は顔を青くし、教師にぶつけた不平不満の数々を全て聞かれていたということに思い至り必死に謝り縋り付いた。
「ごめんなさい、エーデル様!今日はちょっと気分が悪くてつい八つ当たりのような真似を・・・でも次からはちゃんと頑張りますから・・・!」
泣きながら腕に縋ってくるラリッサに、それでもエーデルの態度は変わらなかった。
「必要ない。明日からはもう来なくていい。男爵へ使いを出すからその者と共に帰るように。」
翌日、エーデルは王宮専属教師の事務室へやってきて、ユウェルにしたように教師たちにも謝罪をした。そして両陛下との話も済んでおり、正式にラリッサの王妃教育の終了が決まったとのことだった。
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