新たな道の行く先に

常盤桜

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第七話

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王太子妃に内定してから1週間後、王宮の一室で婚姻式が行われた。

婚姻式とは、結婚式に先だって行なわれるもので、国内外にお披露目するための結婚式とは違い、王家と貴族家の間に確かに婚姻が結ばれたという所謂契約を取り交わすものだ。
昔、王家と縁ができたことを盾に取って私服を肥やそうとする者がいたため、王妃の生家といえども行き過ぎた越権行為は処罰の対象とする旨を明記した契約が交わされるようになったらしい。

ただ、やはり王妃を輩出したとなればそれだけで箔が付く。契約さえ守れば充分貴族家にとってメリットがあるのだ。

国王、エーデル、メイソン、ユウェル、全員の署名が済んだところで立会人の宰相が婚姻の成立を宣言した。

「これでエーデル王太子殿下とユウェル・アムスベルク嬢の婚姻が成りました。互いに支え合い、良き伴侶であるよう努め、どうか末長くお幸せに。」

宰相が退室したところで、国王が口を開いた。

「ユウェル嬢。王太子妃にと急な申し出にもかかわらず受けてくれてありがとう。教師の仕事を辞めることになってしまったのは・・・本当にすまなかった。」

「ユウェルさん、無理を強いてごめんなさいね。」

「そんな、とんでもないことでございます!」

「おふたりとも、ユウェルが萎縮してしまいます、やめてください。それに、おふたりが謝ることではないでしょう。」

そう言ってメイソンはエーデルにチラと視線を向けた。メイソンのその態度に苛立ちを覚えたが、今回の一連の元凶が己にあると自覚しているエーデルは両親に倣って頭を下げた。

「ユウェル嬢、すまなかった。」

「そんな・・・殿下、どうか頭を上げてください。」

「ユウェル、私は少しエーデル殿下にお伝えしておきたいことがあるから、図書室で待っていてくれるかい?」

「えっ、でも・・・。」

「なに、長くは待たせないさ。話が済んだら迎えに行くから。」

「わかりました・・・では、陛下、王妃陛下、エーデル殿下、御前失礼いたします。」

父の、エーデルに対する不敬とも取られかねない態度に不安を感じつつも、有無を言わさぬ様子におとなしく言うことを聞いて部屋を出た。

「さて、殿下。少しよろしいでしょうか。」

「・・・なんだ。」

「娘が王宮専属教師として勤めていたのはご存知ですね?」

「あぁ、授業の様子を見に行った時に会っているからな。」

「10年です。」

「10年・・・?なんのことだ。」

「あの子が王宮専属教師になるという夢を叶えるために努力を重ねてきた年月です。」

「そうだったのか・・・それは、すまなかった・・・。」

「私に謝罪されても困りますが。この度の殿下との婚姻で、娘は叶えたばかりの夢を失うことになりました。それがどれほど酷なことか、わかりますか?王太子妃に内定したと伝えた時、あの子は不安そうにしてはいたものの、なんの不満も言わずに引き受けてくれた。そんな覚悟をさせてしまったことを、あの子の10年間を、殿下にはしっかり背負っていただきたい。もう二度とあなたの勝手な都合で人生を狂わされる者が出ないよう、王太子としてもっと自覚を持っていただきたい。あの子の父親として、そして臣下として私が申し上げたいのはそれだけです。」

厳しい言葉をぶつけられても返事ができずにいるエーデルに構いもせず、言いたいことは言ったとばかりにメイソンは静かに席を立ち、図書室で待つユウェルのもとへ向かった。



「アムスベルク侯爵の言う通り、おまえは3人もの女性の人生を変えてしまったのだ。アンジェラ嬢は結果的に留学という本人の望みが叶ったから良かったものの・・・おまえが安易に寵愛したせいでラリッサ嬢は不相応な権力に溺れそうになった。そしてユウェル嬢は大切な夢を失った。すべてはおまえが招いたことだ。」

「私は・・・彼女たちにどう報いれば・・・。」

「アンジェラ嬢にもラリッサ嬢にも、おまえがしてやれることなど何も無い。残念ながらな。だが、ユウェル嬢は違う。この先ともに過ごす中でおまえに何が出来るのか、今後はよく考えて行動に移すことだ。そして王太子としても。これ以上失望させてくれるなよ。」

「はい・・・申し訳ありませんでした・・・。」

そう謝罪の言葉を口にして、それでも項垂れて動けない息子を見てアンドレアスは苛立たしげに声を荒げた。

「顔をあげろ!罪悪感に浸っている暇があったら己のなすべきことをせんか!」

それはエーデルが父親から初めて受けた叱責だった。幼い頃から親子らしい会話などしたこともなく、言葉を交わすのは執務についてだけ。それを不満に思ったことは無かったが、これ以上失望させてくれるなということは、これまでは多少なりとも期待を寄せていてくれたということだろうか。そして今、己の愚かさのせいで失いかけている。いや、もうとっくに失ってしまっているのかもしれない。

そうだ、自分には罪悪感に浸る暇も無ければ、そもそもそんな権利も無い。今の自分にできることは、執務に励み、王太子としての信頼を取り戻すこと。そうでなければ王太子妃となったユウェルにも更に迷惑をかけてしまうだろう。それだけは避けなくてはならない。

エーデルは、今度こそ顔を上げ、真っ直ぐに両親と向き合った。

「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。失った信頼は、きっと取り戻してみせます。」

そう宣言するエーデルの目の奥には確かに強い意志が宿っていた。


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