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第1話 異世界で侯爵になりました
① 異世界への転生
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村山秀文 享年33歳。
死因――過労死。
それが、前の世界における私の最期。
仕事に生き、仕事に捧げた人生だった。
思い返して、仕事以外の記憶が驚くほどに少ない。
……そのような生活を送った結果が、過労死という情けない結果だったのだが。
親を早くに亡くし、妻子も持たなかったため、死んだ後の心配が無かっただけは幸いだ。
いや、弟には迷惑をかけたか。
しかしそれなりに生命保険にも入っていたことだし、葬式代に苦労はしなかっただろう。
それに兄馬鹿かもしれないが、あいつは私に似ずなかなか出来た男だ。
唯一の肉親であった私が居なくなったところで、彼の人生に影が差すようなことは無いはず。
――さて。
『前の世界』と言った。
前の世界がある以上、当然『今の世界』というのもあるわけだ。
今の世界――つまり、私が現在生きている世界。
理由は分からない。
理由なんて無いのかもしれない。
とにもかくにも、私は“転生”した。
正確には、以前の人生をしっかりと記憶したまま、新たな生を得た。
或いは『前世の記憶を持っていると思い込んでいるだけ』なのかもしれないが、それにしては思い出が余りに生々しい。
“転生した”と表現することに問題は無いだろう。
ここからが本題だ。
私はいったい、“どこに”“何者として”転生したか。
それは――
「坊ちゃま、朝でございます」
突如、若い女性の声がかかる。
いつもの声だ。
と同時に、部屋が明るくなる。
カーテンが開かれたのだろう。
「――ああ、分かっている」
私はその声へと手短に返す。
目は覚めていた。
単に、起きるタイミングを計っていただけだ。
「しかし、いい加減“坊ちゃま”は止めてくれ。
私はもう成年して三年も経つ」
「そうでございましたね。
しかし、私にとって坊ちゃまはいつまでも坊ちゃまなのでございます」
非難の視線を送るが、相手も慣れたもの。
あっさりと流してくれた。
私としても本気で文句が言いたいわけでは無いので、これでいい。
「――うん。
いい天気だな、今日は」
「はい、雲一つない快晴でございます」
窓から外を見る。
上方には爽やかな青い空、そして下方には石畳の街並みが広がっていた。
朝食の支度でもしているのだろう、街のあちこちから白い煙が上がっている。
まるでヨーロッパでも思わせる風景だが、今私が居る場所はそこではない。
そも、ここは地球ですらない。
何故そう断言できるか。
簡単な証拠がある。
空を見上げてみればいい。
地球には無い存在がある。
「このような空には、“銀月”が映えますね」
私の傍らに立つ相手が、丁度良いタイミングで補足してくれた。
銀月。
その名の通り、銀色に輝く月。
地球の月とはその色が全く異なる。
それだけでは無い。
この“月”は移動しない。
昼も夜も、常に天頂に位置する場所に固定されている。
現代風に言えば、今私が住む“星”の自転と同じ速度で公転しているわけだ。
しかも。
この月、自ら発光している。
地球では太陽光に照らされることで月は満ち欠けするわけだが、この銀月は太陽がどの位置にあってもその形を変えない。
いつでも真円を保ち続けている。
こちらはどういう理屈なのか、私には知る由も無い。
なお、敢えて“銀月”と呼称していることからも分かる通り、普通の“月”もまた存在する。
こちらも地球での月に比べるとやや大きい形状をしているのだが、“銀月”の異様さに比べれば誤差のようなものだろう。
……話がそれてしまった。
この世界の“特徴”については、また追々紹介することとしよう。
ともかく、この場所は地球ではないということを言いたかったのだ。
ではどこなのか、と尋ねられても私には答えられない。
地球ではない異星、異世界なのだろうとしか。
この世界についてアレコレ調べる程、私の知的探求心は旺盛ではない。
ただ、この“街”の住人ならば誰でも言える答えは持っている。
ここは“ライナール大陸”南方に位置する“ヴァルファス帝国”の一領、“ウィンシュタット侯爵領”の中心都市“シュタット”である、と。
それともう一つ、付け加えるならば――
「――どうされました、坊ちゃま。
先程から外をじっと眺めているようですが……」
「いや、今日から私がこの街を治めるのだと考えると、感慨深く思っただけだ」
ここは、“私の街”だということ。
別に比喩でも何でもない。
正真正銘、私はこの街の統治者なのだ。
……いや、正確には本日“当主”の座を受け継ぎ、街の統治者となるわけだが。
つまり、私は帝国の領主であり、帝国の貴族である。
そしてここが“侯爵領”である以上、その爵位は侯爵以外にあり得ない。
最初の本題に対し端的に答えるならば―――私は“地球とは違う異世界”で“帝国の侯爵”となったのだった。
「ふふふ。
坊ちゃま程のお方でも、そのような物思いにふけることがございますか」
「そんなにも不思議なことか?」
「ウィンシュタット家当主としての執務であれば、今までもしてきたではありませんか」
「“代理”の仕事と“正規”の仕事では重みが違う」
「そんなものでございますか。
では私もその心意気を汲み、“坊ちゃま”ではなく“当主様”とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「……いや、呼び名はそのままでいい。
長い付き合いの君から今更畏まった名前で呼ばれるのはどうにも違和感がある」
改めて、会話の相手へ向き直る。
目の前に居るのは、銀糸のようにキメ細かいプラチナヘアを短めに整えた、凛とした雰囲気を持つ少女。
切れ長の碧い瞳に人形を彷彿とさせる程整った容貌、そして陶器のように滑らかな白い肌を持つ、目も覚めるような美しさの持ち主だ。
黒と白を主色としたエプロンドレスに、頭にはレース付きのカチューシャ――つまり典型的なメイド服を着ているが、それも当然の話。
彼女は私付きの侍女なのだから。
侯爵という立場にある以上――昨日までは侯爵嫡男ではあったものの――メイドの一人や二人、所持していて当たり前だろう。
ヴァルファス帝国では、爵位は上から順に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士と定められている。
侯爵は上から二番目であり、平たく言えば非常に“偉い”身分なのだ。
実際にはここへ役職の上下なども絡んでくるため、侯爵より権力を持つ伯爵が居たりもするのだがそれはさておく。
“そういう人物”が登場したときに説明すればいいだろう。
――そして登場と言えば、今彼女が呼んだ名前“エイル”。
これこそが“この世界”での名前。
正式名にはエイル・ウィンシュタット。
異世界へ新たに産まれて十八年、私が共にしてきた名である。
「……どうされました、坊ちゃま。
私の顔に何かついてでもいますでしょうか?
先程からずっと眺めているようですが」
「いや、単にセシリアの顔に見惚れていただけだ。
深い意味は無い」
セシリア――今話しているメイドの名である。
ちょっとした事情があってこの少女に家名は無い。
まあそんな些末事はさておき、私の言葉にセシリアは軽く一礼すると、
「お世辞を賜り光栄です。
しかし坊ちゃまの美貌に比べれば私などただの凡婦にございます」
「……それは何かの皮肉か?」
単に素直な感想を述べただけなのだが、随分な言われようである。
これで彼女、年齢は私より一つ下――“こちらの世界”の私の肉体年齢より一つ下なのだ。
それ位の年頃の女性なら、男にこう言われれば顔の一つでも赤くしていいだろうに。
いや、決して鉄面皮というわけでもないのだが、どうにも感情の揺れ幅が少ないように感じる。
まあ、彼女は“以前の人生”で一度としてお目にかかれたことの無いレベルの美少女だ。
この上愛嬌まで求めるのは欲張りというものか。
「では坊ちゃま、朝食の用意はできております。
早速お召し物をお着替えいたしましょう」
「ああ、そうしよう」
死因――過労死。
それが、前の世界における私の最期。
仕事に生き、仕事に捧げた人生だった。
思い返して、仕事以外の記憶が驚くほどに少ない。
……そのような生活を送った結果が、過労死という情けない結果だったのだが。
親を早くに亡くし、妻子も持たなかったため、死んだ後の心配が無かっただけは幸いだ。
いや、弟には迷惑をかけたか。
しかしそれなりに生命保険にも入っていたことだし、葬式代に苦労はしなかっただろう。
それに兄馬鹿かもしれないが、あいつは私に似ずなかなか出来た男だ。
唯一の肉親であった私が居なくなったところで、彼の人生に影が差すようなことは無いはず。
――さて。
『前の世界』と言った。
前の世界がある以上、当然『今の世界』というのもあるわけだ。
今の世界――つまり、私が現在生きている世界。
理由は分からない。
理由なんて無いのかもしれない。
とにもかくにも、私は“転生”した。
正確には、以前の人生をしっかりと記憶したまま、新たな生を得た。
或いは『前世の記憶を持っていると思い込んでいるだけ』なのかもしれないが、それにしては思い出が余りに生々しい。
“転生した”と表現することに問題は無いだろう。
ここからが本題だ。
私はいったい、“どこに”“何者として”転生したか。
それは――
「坊ちゃま、朝でございます」
突如、若い女性の声がかかる。
いつもの声だ。
と同時に、部屋が明るくなる。
カーテンが開かれたのだろう。
「――ああ、分かっている」
私はその声へと手短に返す。
目は覚めていた。
単に、起きるタイミングを計っていただけだ。
「しかし、いい加減“坊ちゃま”は止めてくれ。
私はもう成年して三年も経つ」
「そうでございましたね。
しかし、私にとって坊ちゃまはいつまでも坊ちゃまなのでございます」
非難の視線を送るが、相手も慣れたもの。
あっさりと流してくれた。
私としても本気で文句が言いたいわけでは無いので、これでいい。
「――うん。
いい天気だな、今日は」
「はい、雲一つない快晴でございます」
窓から外を見る。
上方には爽やかな青い空、そして下方には石畳の街並みが広がっていた。
朝食の支度でもしているのだろう、街のあちこちから白い煙が上がっている。
まるでヨーロッパでも思わせる風景だが、今私が居る場所はそこではない。
そも、ここは地球ですらない。
何故そう断言できるか。
簡単な証拠がある。
空を見上げてみればいい。
地球には無い存在がある。
「このような空には、“銀月”が映えますね」
私の傍らに立つ相手が、丁度良いタイミングで補足してくれた。
銀月。
その名の通り、銀色に輝く月。
地球の月とはその色が全く異なる。
それだけでは無い。
この“月”は移動しない。
昼も夜も、常に天頂に位置する場所に固定されている。
現代風に言えば、今私が住む“星”の自転と同じ速度で公転しているわけだ。
しかも。
この月、自ら発光している。
地球では太陽光に照らされることで月は満ち欠けするわけだが、この銀月は太陽がどの位置にあってもその形を変えない。
いつでも真円を保ち続けている。
こちらはどういう理屈なのか、私には知る由も無い。
なお、敢えて“銀月”と呼称していることからも分かる通り、普通の“月”もまた存在する。
こちらも地球での月に比べるとやや大きい形状をしているのだが、“銀月”の異様さに比べれば誤差のようなものだろう。
……話がそれてしまった。
この世界の“特徴”については、また追々紹介することとしよう。
ともかく、この場所は地球ではないということを言いたかったのだ。
ではどこなのか、と尋ねられても私には答えられない。
地球ではない異星、異世界なのだろうとしか。
この世界についてアレコレ調べる程、私の知的探求心は旺盛ではない。
ただ、この“街”の住人ならば誰でも言える答えは持っている。
ここは“ライナール大陸”南方に位置する“ヴァルファス帝国”の一領、“ウィンシュタット侯爵領”の中心都市“シュタット”である、と。
それともう一つ、付け加えるならば――
「――どうされました、坊ちゃま。
先程から外をじっと眺めているようですが……」
「いや、今日から私がこの街を治めるのだと考えると、感慨深く思っただけだ」
ここは、“私の街”だということ。
別に比喩でも何でもない。
正真正銘、私はこの街の統治者なのだ。
……いや、正確には本日“当主”の座を受け継ぎ、街の統治者となるわけだが。
つまり、私は帝国の領主であり、帝国の貴族である。
そしてここが“侯爵領”である以上、その爵位は侯爵以外にあり得ない。
最初の本題に対し端的に答えるならば―――私は“地球とは違う異世界”で“帝国の侯爵”となったのだった。
「ふふふ。
坊ちゃま程のお方でも、そのような物思いにふけることがございますか」
「そんなにも不思議なことか?」
「ウィンシュタット家当主としての執務であれば、今までもしてきたではありませんか」
「“代理”の仕事と“正規”の仕事では重みが違う」
「そんなものでございますか。
では私もその心意気を汲み、“坊ちゃま”ではなく“当主様”とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「……いや、呼び名はそのままでいい。
長い付き合いの君から今更畏まった名前で呼ばれるのはどうにも違和感がある」
改めて、会話の相手へ向き直る。
目の前に居るのは、銀糸のようにキメ細かいプラチナヘアを短めに整えた、凛とした雰囲気を持つ少女。
切れ長の碧い瞳に人形を彷彿とさせる程整った容貌、そして陶器のように滑らかな白い肌を持つ、目も覚めるような美しさの持ち主だ。
黒と白を主色としたエプロンドレスに、頭にはレース付きのカチューシャ――つまり典型的なメイド服を着ているが、それも当然の話。
彼女は私付きの侍女なのだから。
侯爵という立場にある以上――昨日までは侯爵嫡男ではあったものの――メイドの一人や二人、所持していて当たり前だろう。
ヴァルファス帝国では、爵位は上から順に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士と定められている。
侯爵は上から二番目であり、平たく言えば非常に“偉い”身分なのだ。
実際にはここへ役職の上下なども絡んでくるため、侯爵より権力を持つ伯爵が居たりもするのだがそれはさておく。
“そういう人物”が登場したときに説明すればいいだろう。
――そして登場と言えば、今彼女が呼んだ名前“エイル”。
これこそが“この世界”での名前。
正式名にはエイル・ウィンシュタット。
異世界へ新たに産まれて十八年、私が共にしてきた名である。
「……どうされました、坊ちゃま。
私の顔に何かついてでもいますでしょうか?
先程からずっと眺めているようですが」
「いや、単にセシリアの顔に見惚れていただけだ。
深い意味は無い」
セシリア――今話しているメイドの名である。
ちょっとした事情があってこの少女に家名は無い。
まあそんな些末事はさておき、私の言葉にセシリアは軽く一礼すると、
「お世辞を賜り光栄です。
しかし坊ちゃまの美貌に比べれば私などただの凡婦にございます」
「……それは何かの皮肉か?」
単に素直な感想を述べただけなのだが、随分な言われようである。
これで彼女、年齢は私より一つ下――“こちらの世界”の私の肉体年齢より一つ下なのだ。
それ位の年頃の女性なら、男にこう言われれば顔の一つでも赤くしていいだろうに。
いや、決して鉄面皮というわけでもないのだが、どうにも感情の揺れ幅が少ないように感じる。
まあ、彼女は“以前の人生”で一度としてお目にかかれたことの無いレベルの美少女だ。
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