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第1話 異世界で侯爵になりました
② 新しい父親と朝食を
しおりを挟む「おはよう、エイル」
「おはようございます、父上。
今日はご加減よろしいのですか?」
「ああ、式を執り行うに支障はない」
屋敷の食堂に来てみれば、一人の男性が既に席についていた。
この老年に差し掛かった彼こそが現在の侯爵であり、私の父親でもあるフェデル・ウィンシュタットだ。
ここ数年体調を崩しており、一日中寝室に篭っていることも多かった。
実際、身体はやせ細っているし、顔色も決して芳しくない。
その体調不良が原因でまだ若い私へ爵位を譲るという話になったわけだが。
なお、朝の食事は父と二人きりですることが多い。
流石に配膳を行う使用人が出入りはするが、会話に加わってくることは稀である。
家族水入らずの時間を少しでも作りたいという、父の希望だ。
ならば他の家族は――という疑問を持たれるかもしれないが、他には居ないのである。
母は私が産まれてすぐに亡くなった。
一地方を支配する侯爵であるため縁談がすぐに湧いてきたそうだが、母を深く愛していた父は後妻を迎えなかったそうだ。
そういうわけで、兄弟もおらず、2人きりの朝食となるわけである。
もっとも、生前――日本で暮らしていた時、私は一人暮らしであった。
当然食事も独りでとっており、そのことを考えれば話し相手が居てくれる分遥かにマシな状態ともいえる。
そんな説明はさておき、朝食だ。
一流の上級貴族であるウィンシュタット家は、仕える料理人もまた一流。
高級ホテルもかくやという程の料理が用意されている。
“向こう”と“こちら”では技術レベルに大きな差があるのだが、それを思わせない美味さだ。
どの世界でも、名人というのは凡人の斜め上をいくものである。
私がテーブルに並べられた食事を口に運んでいると、
「――すまんな、エイルよ」
「何がですか?」
突然、父は頭を下げてきた。
「爵位の件だ。
まだ年若いお前にウィンシュタット家当主という重大な責務を課すことになってしまう。
私がこんな体でさえなければ――」
「お気になさらず。
自分でも承知していたことですので」
やはりというか、予想通りというか、爵位に関することだった。
この世界の一般で見て、私の年齢である18歳で爵位を継承することは珍しい。
爵位を持つ親が亡くなった際、その家の当主を引き継ぐと同時に爵位を授与されるケースが多いようだ。
そして正式に親から爵位を受け継ぐまでは、男爵など、階級の低い爵位を仮に拝領するのが通例となっている。
親から貰うまで爵位はお預けになることすらある。
私の場合、父の晩年の子であること、父が前述の通り身体が悪いこと、一人息子であり他に爵位を継げる適当な人物がいないこと等の理由が重なり、今の時期に爵位を受け取ることとなった。
とはいえ、病を患ったのは昨日今日の話では無い。
こうなるであろうことは前々から予想できていたし、そのための準備も行ってきた。
父が私を心配する必要は何もないのだ――が。
「お前は出来た子だ。
前々より私に代り領主の仕事をこなしてくれている。
領民からの評判も良いし、周辺の貴族も高く評価しているようだ。
何も問題はない、と頭では分かっているのだがな」
「心中お察しします。
しかし大丈夫です、父上。
私には私を支えてくれる多くの人達がおります。
それに――恥ずかしい話ですが、本当に厳しくなりましたら父上に泣きつく所存ですので」
「……ふ、そう言ってくれるとありがたい」
表面上安心したような素振りをしているが、内心不安がっているのが丸わかりだ。
だが、それに対して不満は無い。
いつまで経っても、親というのは子を心配するものなのだ。
“前の世界”で私に子供はいなかったが(姪はいたが)、そういう話はよく耳にした。
それに、これを“仕事の話”と考えれば私にも実感が湧く。
入社したての新人に大きな仕事を渡す時は、その新人がどれだけ有能な人物であっても不安は拭いきれないものだ。
ましてや今回の爵位授与の件、国を会社に置き換えれば新人社員をいきなり部長職へ引き上げるようなもの。
帝国の規模と侯爵の爵位の高さを考慮すれば、部長どころか役員と呼べるかもしれない。
そりゃ不安になる。
不安にならないわけが無い。
そしてこの手の案件に関し、幾ら言葉を尽くしたところで意味は無い。
実績を上げ、それをもって相手を納得させる以外に道は無いのだ。
十数年に及ぶ会社生活で、そのことは身に染みてよく分かっている。
ただ、ある程度は言葉を尽くしておかないとそもそも案件を任せてくれない、ということも注釈しておく。
「してエイルよ、今日は式までの時間、どう過ごすつもりだ?」
「普段通りです。
商工ギルド、冒険者ギルド長との打ち合わせ、各種申請の承認作業。
具体的なスケジュールまでは覚えていませんが、式には間に合うはずです。
詳細が必要であれば、セシリアを呼びますが?」
「いや、それには及ばん。
しかしこんな日でもいつものように執務をこなすか。
手を休めてもよいだろうに」
「常日頃と違うように過ごした方が、かえって緊張してしまうものですよ」
「そんなものかな」
「はい」
どちらかといえば、“手持無沙汰だから”という方が正しいが。
準備は使用人達がこなし、式の運営もとっくに頭へ叩き込んである。
となれば、私のすることなど何一つ無し。
ならば、仕事をするべきだろう。
何せ、私の侯爵就任なぞ、領民には何の関係もないのだから。
経営方針が大きく変わったのであればいざ知らず、上の人間が多少入れ替わったところで、下の人間がなすべきことは大きく変わらない。
これは“前の世界”でも“今の世界”でも同じだ。
そして当主業務のほとんどは様々な案件の“承認”である以上、私が休んだだけ領民達の仕事が遅れることになる。
そう簡単に惰眠を貪るわけにはいかない。
……急ぎの案件を片付けている日に部長が無責任にも早退してしまった時の焦り・怒り・悔しさは、今でも覚えている。
「あー、ところで先程、セシリアの名が出たが――」
父の露骨な話題転換。
もっとも、元々他愛ない雑談だ。
私もすぐに頭を切り替える。
「なんでしょう?」
「――私はあとどれだけ長生きすれば、孫の顔が見れるのかな?」
ニヤリ、と笑った。
この人にはこんな茶目っ気もある。
ムスコである私もそれへ応えないわけにはいかない。
「私ももう長くはない。
できることなら早く――」
「そうですね、あと4ヵ月程です」
「なにぃ!?」
父の顔が驚愕に歪んだ。
「セシリアのお腹が最近膨らんできていることに、気づいていなかったのですか?」
「嘘ぉ!?」
「嘘です」
「ぶっほっ!!」
盛大に噴いた。
大分オーバーなリアクションだ。
「すいません、場を和ませるためのジョークのつもりだったのですが」
「い、いや、私の方こそすまん。
だがな、大真面目な顔してそういう冗談を言うのは止めてくれ。
寿命が数年縮んだ気がする」
「それ程ですか」
「それ程だ。
お前は万事を器用にこなしてくれるが、ジョークのセンスは致命的だな」
ふむ。
小粋なトークを心掛けたつもりだったのだが。
父はお気に召さなかったらしい。
「あー、それと、だな。
別にお前を疑うわけでは無いし、これはちょっとした忠告と言うか心配事というか――まあ、なんにしても軽く聞き流してくれていいのだが」
ごほん、と一つ咳払いをしてから父上は続ける。
「私はお前がどんな結婚相手を選ぼうと、異を唱えるつもりは無い。
貴族でもよいし、平民から選んでも――お前がそれを望むのであれば――構いはしない。
ただな……くれぐれも、お相手は女性で頼むぞ」
「それは――ジョークと捉えてよいのでしょうか?」
人のことをジョークセンスが無いと言っておきながら、父のそれも大概だった。
血は争えない、ということか。
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