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第4話 黒幕現る 第一部 完
② 決意
しおりを挟むその“少女”の第一印象は、“人形”だった。
容姿そのものは美しく整っている。
造られたような印象すら持たせる美しさ。
しかし、どうにも生気が無く、意思も感じられない。
そんな女の子だった。
「――嘘。
ロアナ……?」
隣で、エルミアが小さく零した。
「知っているのか?」
「……一時期ですが、同じ修道院で暮らしていたことがあります」
「――そうか」
彼女の知己が、“犯人”として拘束されているわけか。
それは、複雑な気持ちになるだろう。
同行してきたグレッグが、エルミアへ話しかける。
「信じられない気持ちは分かるよ、エルミア。
私も同じ気持ちだ。
彼女もまた、優秀な聖女候補だったからね」
「――はい」
「だが、結局はそれが原因だったらしい。
ロアナは、嫉妬してしまったんだ。
自分よりも優秀で、聖女に選ばれた君に」
そういうことになっているらしい。
ヴィルは、案内された部屋の中、拘束着を着せられた少女をもう一度見る。
黒髪をボブカットにした、清潔感を漂わせた小柄な美少女だ。
(エルミアよりも小さいな。
彼女だって、決して大きい方じゃないが。
……いや、スタイルは良いんだけれども)
最後の一言が余計であることは自覚している。
ともあれ、そのロアナは瞳を閉ざし、ただじっと座っていた。
まるで微動だにしない。
それが、彼女の“人形らしさ”をより顕著にしている。
ヴィルは、司教に話しかける。
「あの子と、話をすることはできますか?」
「ええ、構いませんよ。
ただ、万一ということがありますから、これ以上近づくのはお止め下さい」
(……とてもそうは思えないが)
危害を加えてきそうな気配が、全く感知できない。
しかし敢えて司教に逆らう意味も見出せないため、言う通りにする。
青年はロアナへと向き、彼女へ語り掛けた。
「君が、エルミアを狙ったのか?」
「――はい、そうです」
消えそうな程にか細く、無感情な声だった。
「何故、そんなことを?」
「――エルミアが、憎かったのです。
――わたしを差し置いて、聖女となった彼女が。
――エルミアがいなくなれば、わたしが聖女になれると思いました」
「エルミアを襲った刺客は、どうやって雇った?」
「――教会に盗賊ギルドへ所属する男が懺悔に来たことがあります。
――その人に頼み込んで、紹介して貰いました」
「金は?
あれだけ腕のいい暗殺者だ。
相応の報酬が必要のはず。
それは、どうやって用意した」
「――わたしの、身体を使って」
ロアナは淀みなく答える。
横からグレッグが割り込んできた。
「その、盗賊ギルドの男にも接触し、確認を取りました。
彼女は『行方不明になった友人を探すため』と偽り、ギルドと交渉する場を設けて貰ったそうです。
その男自身は、暗殺者の手配について関知していないとのことで」
「……そうですか」
司教の言葉に頷く。
――ヴィルは確信した。
このロアナという少女は、実行犯にこそなれ、首謀者になれる類の人間ではない。
まるで台本でも読んでいるかのような応答にも、それが顕れていた。
司教はさらに、エルミアへと尋ねる。
「エルミア、君の方からは何か聞くことはあるかい?」
「……いえ。
質問したいことは、全てヴィルが聞いてくれました」
「そうか。
では、ヴィル様。
そろそろ――」
グレッグが退去を促す。
(……ロアナという少女から、有意義な発言は聞けないだろう)
ヴィルはそう判断した。
彼女は所詮、黒幕の操る傀儡に過ぎない。
「分かりました。
行きましょう」
司教の提案に従い、2人はロアナの前から立ち去る。
「そうだ、エルミア。
こんな時に言うのもなんだが――」
今夜、宿泊する部屋へと進む最中、司教が少女へ喋りかけた。
エルミアが返す。
「はい、何でしょうか?」
「君の“後見人”は、私が担当することになるだろう。
正式な認可はまだだが、数日のうちに大司教座下の名で通達があるはずだ」
「グレッグ司教座下が、ですか……!?」
「うむ。
私では不満かもしれないが――ギリー司祭の代わりとなれるよう、誠心誠意努めよう」
「……い、いえ、そんな!
グレッグ司教座下に後ろ盾となって頂けるのであれば、これ程頼もしいことはありません!」
「そう言って貰えると助かるよ」
にこやかの微笑むグレッグ。
(……本当に、用意のよろしいことで)
それを見て、ヴィルは胸中で毒つく。
これでこの司教は、聖女の後見人という名誉を得られるわけだ。
それに伴う、権力も一緒に。
(或いは、ギリーを排除すればそれで十分だったのかもしれないな)
元からあの刺客達は、少女を殺すつもりが無かったのかもしれない。
最早、ヴィルには預かり知らぬことではあるが。
そこでふと、エルミアが疑問を呈した。
「グレッグ司教座下、一つ質問がございます。
これから貴方が後見となって下さるとのことですが、その場合、これからの私の旅程はどうなりますでしょうか。
その――ヴィルには、王都までの護衛をお願いしたのです。
どのような形になるにせよ、できることなら、彼にも一緒に付いてきて貰いたいと――」
「ああ、そのことか。
それは――」
司教が一瞬、意味ありげにこちらを見やる。
「――私としても、同行して貰いたいね。
報告を聞く限り、非常に腕の立つ人物と聞く。
ああ、勿論、ヴィル様が納得頂けるということ前提ではありますが」
最後の台詞は、青年に対してのものだ。
本当に。
本当に、露骨な申し入れなのだが、残念ながら拒否する理由も無い。
ヴィルは首を縦に振ってから、
「願っても無いことです。
これで、俺もギリー司祭との約束を守ることができる」
「おや、ヴィル様がエルミアの護衛となったのは、ギリー司祭の頼みだったのですか?」
「はい、彼の今わの際に。
無論、エルミアをあんな場所で放っては置けないという思いもありましたが」
「……なるほど、なるほど。
故人との約束も反故にしないとは。
聞きしに勝る、ご立派な人物ですな」
どこで自分の話を聞いたというのか。
まあ、察することはできるので、追及はしない。
――その後も、グレッグはヴィルを褒め囃す台詞を続けてきたが、全て聞き流した。
「いやー、ラッキーラッキー!
まさかあのグレッグ司教に協力して貰えるとはねー」
部屋で、猫かぶりを止めたエルミアが、あっけらかんと喋る。
ご丁寧なことに、青年と少女は同室だった。
一応、2人が泊まっても十分な広さではあったが――思惑が透けすぎている。
「いいのか?
司教の思い通りに事が進んでいるようだが」
「何か悪いことでもある?
むしろ、ギリーより後見人としては優秀なくらいよ。
ぶっちゃけ、あの人の方が権力持ってるから」
「そうかもしれないが、しかし――」
ヴィルは、自分の推測をエルミアに言うかどうか迷った。
彼女の言う通り、この流れは少女にとっても有利なのだ。
青年の考えは、悪戯に不和の種を撒くことになりかねない。
そんなヴィルを見透かしてか、エルミアは口を開いた。
「……分かってるわよ、ヴィル。
あいつが、“黒幕”なんでしょ?」
「――気付いてたのか」
「そりゃねぇ。
グレッグ司教が担当する教区はここじゃないし?
ギリーとも仲悪かったからね。
なのに、いち早く私の救助に来ちゃってさ。
怪しさ満点すぎるって」
「……そうだったのか」
エルミアにこれだけ見抜かれているとは。
存外、グレッグという男、“抜けている”のかもしれなかった。
「それが分かっていて君は――」
「うん、いいんじゃないかと思う訳よ」
あっさりと少女は返してくる。
「だって、損する人誰もいないでしょ?
私は、より大きな後ろ盾が手に入る。
貴方は、私と一緒に旅が続けられる。
司教は、より大きな名声と権力が手に入る。
ロアナにしたって、被害者である私が――聖女である私が全力で助命を請えば、命までは取られないでしょ。
こっちが下手に出とけば、司教も敢えてロアナを消そうとは思わないだろうしね。
ほら、完璧にWin-Winってやつ」
「――エルミア」
「まあねー。
ギリーのことは、不幸だったと思うわよ。
丹念に育てた私が大成するのを見る前に、謀殺されちゃってね。
でも、あの人は私のことを何より大切にしてくれてたから。
結果として私が幸せになれるなら、許してくれるんじゃないかなーって」
「――エルミア」
「うん、これからもよろしくね、ヴィル。
一緒に王都を目指しましょう。
へっへっへ、もちろん、夜はちゃーんと相手してあげるから♪
ムラムラ来ちゃったら、お昼に襲ってもいいのよ?
こんな美少女に毎日ご奉仕されるなんて――よっ、幸せ者!」
「――エルミア!」
そこで我慢ができなくなった。
ヴィルは少女に詰め寄り、
「分かった。
分かったから。
――もう、泣くのを、止めてくれ」
「――――あれ?」
指摘を受けて。
ようやく、エルミアは理解したようだ。
さっきからずっと、自分が涙を流しているのを。
「あれ、あれ?
お、おかしいわね、何で、何で泣いてるんだろ、私。
あはははは、何もかも順調すぎて嬉しくなっちゃったのかな?
人って、嬉しい時にも泣いちゃうっていうし」
「…………」
ヴィルは、何も答えない。
エルミアの表情が、哀しみに満ちていることをよく分かっていたから。
「あー、もー、何で止まらないかなー!
待ってね、別に私、情緒不安定な女ってわけじゃないから。
こんなの、すぐに――すぐに、止められる」
自分の顔を抑えつけるエルミア。
しかし、泣き止む気配は無かった。
「止められる、はず、なのに――」
少女は、膝から崩れ落ちた。
床の上に、大粒の涙が零れる。
「なんで、なんで――」
「――エルミア」
身体を震わす少女の肩に、ヴィルは優しく手を置いた。
「――ヴィル」
エルミアが顔を上げる。
表情は泣き顔のままだ。
そのまま、少女は口を開く。
「ねえ、ヴィル。
少し、話を聞いて欲しいの」
「ああ、いいぞ。
聞かせてくれ」
ヴィルはゆっくり頷いた。
それを見てから、エルミアはぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「……私ね、孤児なの。
親は私が小さいとき死んじゃって、それで色々あって孤児院に預けられた。
その時に会ったのが、ギリー司祭――私は、先生って呼んでたけどね。
孤児たちに勉強を教えてたのが、ギリーだったから」
少女が、懐かしむような表情に変わる。
「自慢じゃないけど、私、子供の頃は結構な問題児でさ。
色々やんちゃしちゃって、その度に大人達から怒られて。
でも、先生は優しくて、なんだかんだ最後は私を許してくれた。
まあ、私にだけって訳でも無いんだけど。
子供達、皆に分け隔てなく優しい人だった」
少しずつ、涙が止まっていく。
「面倒もいっぱい見てくれたし、子供だからって軽んじることもしなかった。
私が“聖女になりたい”って言いだした時も、真剣にそのことを考えてくれた。
他の人達は、笑い話としか見てくれなかったのに。
聖女になるための勉強を教えてくれるようになったし、先生が教えられない分野については教師を探してくれた。
ロアナが居た修道院を勧めてくれたのも、先生。
私がそこで生活を始めてからも、心配になったとか言って、ちょくちょく会いに来てくれたの」
「いい人だったんだな」
「……うん。
私が聖女に認められた時も、我が事にように喜んでくれて。
“これからはエルミア様と呼ばなきゃいけないな”って言われた時は笑っちゃったけど、本当に私のこと様付けしだしたときは驚いたわ。
止めてって言ったのに、全然聞いてくれないの。
ギリーは聖女の後見人に指定されたんだから、私にへりくだる必要は無かったのにね」
エルミアの顔に、笑顔が戻っていた。
「王都に向けて旅を始めてからも、先生ってばずっとにこにこしちゃっててさ。
いい加減気持ち悪いって言っても止めなくてね。
“こんな幸せなことは無い”、“聖女の格好をしたエルミアを見るのが本当に楽しみだ”って。
あはは、私、変なとこで意固地になっちゃって、王様との謁見まで聖女のローブは着ません、とか言っちゃったのよねー」
(……ひょっとして、あのローブか?)
第2話④参照のこと。
そんな大事な衣装、自分に初お披露目しちゃ駄目だろう!――と考えたものの、状況にそぐわないためヴィルは沈黙を保つ。
「――ホントは、私だって嬉しかった。
これで、少しは恩返しできるって。
聖女になったら、ギリーの教会にでっかい寄付でもしてやろうって。
そんなこと考えてた」
少女の表情が曇る。
「……そうよ。
先生は、もっと幸せになれるはずだった。
もっと喜んでもらうつもりだった。
それを――あいつが――あいつが――!!」
初めて見る顔だった。
エルミアは本気で、ギリーを殺した“首謀者”を憎んでいる。
「こんなこと、聖女が考えちゃダメだけど。
神に仕える身で、考えちゃいけないことだけど!」
少女の視線が、青年に向けられる。
「私――先生の、仇を取りたい!
ギリーを殺しておいて、自分はそのお零れに預かろうだなんて、許せない……!!」
彼女の瞳には、再び涙が溜まっていた。
「ヴィル。
私、何でもする。
私にできることなら、何だってやる!
だから、だからお願い!!」
エルミアが、青年の手を握った。
強く、強く、握りしめてきた。
「――協力、して」
その懇願に。
悲しみに暮れる少女の願いに。
ただ一言、ヴィルは告げた。
「任せろ」
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