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つかまれたもの。
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「こんにちは、惺ちゃん。」
そう言った神影は私服ではなく、どこかの店の制服を着ていた。
「ね、お昼って食べた?」
「食ってない」
というか、俺はいつも昼は抜いている。朝と夜はいつも食べているのだが、昼は食べる必要がないからだ。まあ、それも神櫂さんがそうだっただけで、他の死神は人間と同じように一日三食食べている。
「それは丁度良かった。俺が働いてる店で食べてかない?そうすれば、俺は怒られないで済むし、ずっと惺ちゃんを見てられるから一石二鳥何だけど。」
俺の利益が無いが、気にしないでおくことにする。
……しかし、本当にコイツは俺に初めてのことばかりを与えてくる。
「いらっしゃいませー!って、こら、昊!勝手に抜け出しただろ?!忙しいのに…あれ、お客さん?」
「そ、抜け出したお詫び。だから店長、許して?」
「いらっしゃい、席空いてるよ。俺が案内してあげる。……ほら、昊。お前は他のお客さんの対応。この子は俺が担当するから。」
「え、ちょっと店長、惺ちゃんは俺が…」
「勝手に抜け出したやつの意見には耳を貸さん。ほら、あそこのテーブルの注文とってこい。」
「……はあい。」
「………」
「ごめんな、昊が。」
「いえ、別に」
神影が店長と言っていたこの男は人柄が良いのだろう。店に入ってきた客達全員が必ずこの男に挨拶をする。
おまけに、神影が悪いのに自分が謝ってくるのだ。
「しかし、珍しいもんだな。店に来てる女性客には目も向けないのに、君みたいな男の子に目を向けるなんて。」
「………」
「あ、いや!悪いって言ってるわけじゃないんだ。ただ、今まで仕事中に抜け出すなんてなかったから、少し驚いててな。」
はは、と人の良い笑いを俺に向ける。
まあ、確かに仕事中に抜け出すのは悪いことだが、それが初めてということは、あいつは本当は真面目な奴なのだろうか。
「やっぱ、用事があるって言ってたのに強く頼み込んでシフト入れちゃったからかな…」
「……?」
俺が反応を示したのが分かったのか、店長はその話を続ける。
「実は昊、毎週金曜は休みなんだ。だけど、昨日急に欠員が出ちまってな。昊に頼むしかなかった。」
ウチは従業員少ないから、と苦笑いを向けてくる。
そうか、 あいつはいつも金曜日が休みだから金曜日に会おうと言ってきたのか。
「…っと、話しすぎちゃったな。注文どうします?」
「……あんたの推してるやつ」
「はい、惺ちゃん。店長おすすめのパンケーキとコーヒー。」
なぜか店長ではなく神影が持ってきたそれを俺は黙々と食べ始めた。すると、カタン、と前の方で音がしたと思い見てみると、神影が前の椅子に腰を下ろしていた。
「はあ、やっと惺ちゃんと話せる。」
「店長だけずるい」と小言を付け加えると、神影は俺を見る。暫く俺も口を開かずその状態のままでいると、神影は眉を下げ、今まで見たことのない笑みを浮かべた。
「……美味しい?」
俺がどんな顔をしていたのか検討もつかないが、神影がそう聞いてくるということは、美味そうな顔をしていたのだろう。実際、美味いのだが。
俺が縦に首を振ると、神影は嬉しそうな顔になり言った。
「それ、俺が作ったの。店長が惺ちゃんの注文だって言うから。」
「そうか」
俺はそう答えると、ふたたび黙々と神影の作ったパンケーキを食べる。しかし、何か視線を感じそちらに目を向ける。すると、目線の先には俺をじっと見つめていた神影と目が合う。
なんだ、とそう問いかけると神影は優しく微笑んだ。
「あのね、俺今日シフト二時まで何だけどさ、それが終わったらどっか行かない?」
その神影の誘いに俺は少し考え、答える。
「五時までなら大丈夫だが。」
「ほんと?あは、やった。」
神影は嬉しそうな顔でそう言うと席を立つ。そして、そのまま仕事に戻ると思ったら手を机につき、俺の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、それまで俺のかっこいいとこ、見てて?」
「おかえり、惺。どうだった、昊君とのデート。」
「デートじゃありません。あいつの仕事が終わったあと、あいつが見たい映画があったとか言って、観に行っただけです。」
「それを世間体じゃデートって言うんだよ。」
「男と女だったらの話でしょう。」
「はは、まあ、そうだけど。……男女じゃなくても、デートっていえる関係があるってこと、忘れないように。」
「……?どんな関係ですか、それ。」
「来週にも昊君と会うんだろ?その時に聞きなよ。というか、俺の質問に対する回答を聞かせて。話が脱線した。」
「……質問……ああ、金を払ってまであんな映像を観る意味が分かりませんでした。」
「はっは、……惺、それ絶対誰にも言わないように。で、他には?ないの?」
今日は神影がどういう人間なのかを少し理解することができた。あんな変な笑顔を浮かべる奴だが、約束には忠実で、真面目。だが、自分の失敗を帳消しにしようという心情は理解できない。たとえそれが、俺との約束を守っていたとしても。
今日神影と会って思ったことはそれぐらいだ。神櫂さんがデートはどうだった、と言っていたものについては、本当に思ったことだ。何故人様の恋愛を大勢で観なければならない。神影は「これ作り話だよ、惺ちゃん」だのと言っていたが、作り話でも、だ。俺は人様の恋愛に興味は無い。自分のもだが。
「他、ですか。」
「そう。ない?」
「……ないです。」
強いて言うなら、あのパンケーキならまた食べても良い。
そう言った神影は私服ではなく、どこかの店の制服を着ていた。
「ね、お昼って食べた?」
「食ってない」
というか、俺はいつも昼は抜いている。朝と夜はいつも食べているのだが、昼は食べる必要がないからだ。まあ、それも神櫂さんがそうだっただけで、他の死神は人間と同じように一日三食食べている。
「それは丁度良かった。俺が働いてる店で食べてかない?そうすれば、俺は怒られないで済むし、ずっと惺ちゃんを見てられるから一石二鳥何だけど。」
俺の利益が無いが、気にしないでおくことにする。
……しかし、本当にコイツは俺に初めてのことばかりを与えてくる。
「いらっしゃいませー!って、こら、昊!勝手に抜け出しただろ?!忙しいのに…あれ、お客さん?」
「そ、抜け出したお詫び。だから店長、許して?」
「いらっしゃい、席空いてるよ。俺が案内してあげる。……ほら、昊。お前は他のお客さんの対応。この子は俺が担当するから。」
「え、ちょっと店長、惺ちゃんは俺が…」
「勝手に抜け出したやつの意見には耳を貸さん。ほら、あそこのテーブルの注文とってこい。」
「……はあい。」
「………」
「ごめんな、昊が。」
「いえ、別に」
神影が店長と言っていたこの男は人柄が良いのだろう。店に入ってきた客達全員が必ずこの男に挨拶をする。
おまけに、神影が悪いのに自分が謝ってくるのだ。
「しかし、珍しいもんだな。店に来てる女性客には目も向けないのに、君みたいな男の子に目を向けるなんて。」
「………」
「あ、いや!悪いって言ってるわけじゃないんだ。ただ、今まで仕事中に抜け出すなんてなかったから、少し驚いててな。」
はは、と人の良い笑いを俺に向ける。
まあ、確かに仕事中に抜け出すのは悪いことだが、それが初めてということは、あいつは本当は真面目な奴なのだろうか。
「やっぱ、用事があるって言ってたのに強く頼み込んでシフト入れちゃったからかな…」
「……?」
俺が反応を示したのが分かったのか、店長はその話を続ける。
「実は昊、毎週金曜は休みなんだ。だけど、昨日急に欠員が出ちまってな。昊に頼むしかなかった。」
ウチは従業員少ないから、と苦笑いを向けてくる。
そうか、 あいつはいつも金曜日が休みだから金曜日に会おうと言ってきたのか。
「…っと、話しすぎちゃったな。注文どうします?」
「……あんたの推してるやつ」
「はい、惺ちゃん。店長おすすめのパンケーキとコーヒー。」
なぜか店長ではなく神影が持ってきたそれを俺は黙々と食べ始めた。すると、カタン、と前の方で音がしたと思い見てみると、神影が前の椅子に腰を下ろしていた。
「はあ、やっと惺ちゃんと話せる。」
「店長だけずるい」と小言を付け加えると、神影は俺を見る。暫く俺も口を開かずその状態のままでいると、神影は眉を下げ、今まで見たことのない笑みを浮かべた。
「……美味しい?」
俺がどんな顔をしていたのか検討もつかないが、神影がそう聞いてくるということは、美味そうな顔をしていたのだろう。実際、美味いのだが。
俺が縦に首を振ると、神影は嬉しそうな顔になり言った。
「それ、俺が作ったの。店長が惺ちゃんの注文だって言うから。」
「そうか」
俺はそう答えると、ふたたび黙々と神影の作ったパンケーキを食べる。しかし、何か視線を感じそちらに目を向ける。すると、目線の先には俺をじっと見つめていた神影と目が合う。
なんだ、とそう問いかけると神影は優しく微笑んだ。
「あのね、俺今日シフト二時まで何だけどさ、それが終わったらどっか行かない?」
その神影の誘いに俺は少し考え、答える。
「五時までなら大丈夫だが。」
「ほんと?あは、やった。」
神影は嬉しそうな顔でそう言うと席を立つ。そして、そのまま仕事に戻ると思ったら手を机につき、俺の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、それまで俺のかっこいいとこ、見てて?」
「おかえり、惺。どうだった、昊君とのデート。」
「デートじゃありません。あいつの仕事が終わったあと、あいつが見たい映画があったとか言って、観に行っただけです。」
「それを世間体じゃデートって言うんだよ。」
「男と女だったらの話でしょう。」
「はは、まあ、そうだけど。……男女じゃなくても、デートっていえる関係があるってこと、忘れないように。」
「……?どんな関係ですか、それ。」
「来週にも昊君と会うんだろ?その時に聞きなよ。というか、俺の質問に対する回答を聞かせて。話が脱線した。」
「……質問……ああ、金を払ってまであんな映像を観る意味が分かりませんでした。」
「はっは、……惺、それ絶対誰にも言わないように。で、他には?ないの?」
今日は神影がどういう人間なのかを少し理解することができた。あんな変な笑顔を浮かべる奴だが、約束には忠実で、真面目。だが、自分の失敗を帳消しにしようという心情は理解できない。たとえそれが、俺との約束を守っていたとしても。
今日神影と会って思ったことはそれぐらいだ。神櫂さんがデートはどうだった、と言っていたものについては、本当に思ったことだ。何故人様の恋愛を大勢で観なければならない。神影は「これ作り話だよ、惺ちゃん」だのと言っていたが、作り話でも、だ。俺は人様の恋愛に興味は無い。自分のもだが。
「他、ですか。」
「そう。ない?」
「……ないです。」
強いて言うなら、あのパンケーキならまた食べても良い。
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