I want your soul.

ばどすけ

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うつったもの。

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「お、なんだ昊。今日は張り切ってるんだな」
 俺が働いているカフェの店長、深南さんが言う。
 おかしいな、俺はいつでも元気に働いているのに。
「そうですか?いつも通りだと思うんですけど」
 と、俺は笑いを含めた声で言う。すると深南さんは「はっはっは」と笑うと、その顔のまま俺に向けて言った。
「全く違うわ、浮かれ坊ちゃん」


 浮かれ坊ちゃんはないだろ、流石に。坊ちゃんは。
 信号待ちの時間、言われたことを思い出して、そう思う。
 ……でも、そうか。浮かれていたのか、俺は。
 何で?
 ………って、それはもう決まってるか。
 明日は、惺ちゃんに会える日なのだから。
 毎週金曜日は俺から取り付けた、惺ちゃんとの約束の日。俺は一ヶ月前からその日を楽しみに過ごしてきた。
 そう、一ヶ月前から。
 それが指し示すのは、俺の最期。
 今日、俺は死ぬ。
 死因は不明だって惺ちゃんは言ってたけど、多分普通に事故死とか……いや、殺されちゃうのかも。
 だって俺、結構恨まれちゃったりしてるんだよね。女の子に。
 男の方は相手も結構サバサバしてるというか、一夜限りっていう関係に慣れてる人としか関わってない。そういう所を見ると男相手の方が心が楽だった。……こんな言い方は失礼だけど。
 まあ、こんな話はどうでも良くて。
 本題は。

 まさに、今。


 背中に、強い衝撃を感じた。
 強い、怨念を持った掌によって。
 まだまだ通勤帰りの車や、配達物を届けに急ぐトラックが流れるように道路を走っている。
 そんな激しい荒波の中に、俺は飛び込み、溺れていった。
 視界の端には、いつぞやの。
 惺ちゃんとの初デートを邪魔した、女が立っていた。
 その顔は、とても怯えた顔で、焦っていて。
 そして、泣き崩れた。

 ……お前がやったのに、お前が泣くのか。
 


 せめて、最期に見る顔は想い人であって欲しかった。
 その人は、笑顔っていう言葉を知らないのではないかと思うくらいの無愛想で、素っ気なくて。
 でも、たまに見せてくれる驚いた顔は可愛くて。冗談が言えないところも可愛くて。ああ、そうだ。この前オレの作ったパンケーキを食べている顔はとても可愛かった。初めて、この子は年下なんだと思った。
 でも、やっぱり。
 俺は。

 あの左目が一番、大好きなんだ。

 ねぇ、惺ちゃん。俺、明日すごい楽しみにしてたんだよ。
 惺ちゃんの知らないようなところにいっぱい行って、君の驚いた顔を見て。
 もっと、君を好きになりたくて。
 好きになって欲しくて。
 惺ちゃん。一桁しか会ってないけど、俺に少しでも興味湧いてくれた?
 ねぇ惺ちゃん。俺、殺されるんだったら惺ちゃんに殺されたかったな。
 愛する人に殺されるなんて、俺は嫌いだけど。
 最期に目に映るモノは、君の顔だから。
 俺は、それだけで幸せで逝けるよ。


 未練があるとしたら、君の笑顔を見られなかったことかな。
 ……はは、我ながら気持ち悪い。





 ……血の味がする。
 なにこれ、凄い不味い。
 鉄の味。食べたことないけど、鉄の味。
 「……」
 「……ん?」
 あれ、俺死んだよね。さっき。
 なんで俺、意識あるんだろう。
 あと、なんで目の前に惺ちゃんがいるの?
 というか、なんで俺惺ちゃんの血を口の中に入れられてるの。
 「惺ちゃん」
 「……」
 「……惺ちゃん。」
 「……」
 「…………」
 「……」
 「……泣かないで?」
 「……」
 惺ちゃんの目尻に浮かんだ雫を指ですくう。
 惺ちゃん、死神でしょ?
 人の死なんか、見るの慣れてる癖に。
 俺が死ぬのは、悲しいんだね。
 それって、少しは俺のこと、好きだってことだよね。
 嬉しいな。


 「ねえ、惺ちゃん」
 「……何だよ」
 「俺のこと、どう思ってる?」
 「……」
 好きだ、って。言ってくれないかな。
 そうすれば、すぐに抱き締めて、慰めてあげるのに。
 好きな子は、守りたいものなんだから。



 「惺がそうしたいなら構わないよ。でも、反省文は書いてね。原因は君にあるんだから。」
 「……」
 「惺。返事。」
 「…………はい。」
 少し不貞腐れた顔でそう謝る惺ちゃん。
 謝っている相手は神櫂さん。
 ちなみに俺は、死神になったらしい。
 惺ちゃんの血を飲んだことでパートナー契約が結ばれた、と神櫂さんは言っていた。
 「契約をすることで昊君は死なずに済むけど、その代わりに死神になった訳だから、どっちにしても実際は死んでるんだよね。向こうに死体が出ないだけで。」
 「神櫂さん。」
 「惺が迷惑を掛けたようで、ごめんね。」
 「いえ、そんなことは。」
 「そう?優しいね。昊君の人生を無いものにされたのに。」
 「惺ちゃんと一緒にいられる代わり…代償なんでしょう。そう考えれば良い。 」
 「あはは。もしかして、録な人生歩んでなかった?」
 「まさか。順風満帆でしたよ。就職だってしてましたし。惺ちゃんに会えましたし。」
 「へえ。」
 「まあ、店長と会えないのは少し寂しいですけどね。あ、あとバーのママ。惺ちゃん紹介してないや。」
 「誰もお前のものになったとは言っていないが。神櫂さん、書けました。」
 「お、書けたか。どれ……。…………惺、お前上司が僕で良かったなあ。全部女の子への嫉妬と悪口の嵐って。」
 「……女の子?」
 「ああ、昊君を突き飛ばした子だよ。何か一波乱あったんだって?」
 「まあ、はい。俺のせいなんですけど……」
 それより、嫉妬と悪口の嵐って?
 「ほとんど理不尽極まりないでしょ、これ。特に何、この…『化粧分厚い詐欺師野郎』って。これ、他の女性にもあてはまっちゃうじゃない。女の人なんて大抵は化粧で自分を綺麗に見せてるんだから。」
 「俺が下界で見た女の誰よりも化粧濃かったので、理不尽ではないです。」
 「……理不尽って、そういう意味で言ったんじゃないんだけどね」
 「じゃあどう言う意味ですか」
 「辞書でも使って調べなさい。」
 神櫂さんはそう言うと席を立ち、俺たちに向かって言う。
 「じゃあ、僕は仕事があるから行くね。惺、ちゃんと説明するんだよ。仕事内容のこととか。」
 「はい」
 「仕事の事になると返事早いんだから」
 じゃあ、と別れの言葉を言い、部屋を出ていく。
 パタンと優しく閉められた扉の音が響いた。
 「……これ」
 「……ん?ああ、制服と……、えっと……何かな。」
 「拳銃。」
 「知ってた。」
 「安心しろ、ターゲット相手にしか撃てない。」
 「ああ、そうなんだ。」
 「……」
 「……惺ちゃん?」
 「すまなかった、勝手にこんな事して。」
 「別にいいよ。さっき言ったでしょ、惺ちゃんと一緒にいられるならそれでいいって。」
 「……」
 「それにさ、俺、未練は無いんだよね。」
 「……未練?」
 「そう。未練。」

 君の笑顔が、見られたから。
 まあ、本当のところ、最期じゃなくて最初だけど。
 俺のことどう思ってるか聞いた時、惺ちゃんは馬鹿なんじゃないかっていう顔して、下手な笑顔を俺に見せた。
 目は雫を落さないようにとつり上がっていて、眉間に皺がよっていて、口角が少しだけあげられている、そんな笑顔。
 下手くそ過ぎて、愛し過ぎる。
 俺の、死神様。
 俺を殺したのはあの女だけど、魂をとってくれたのは惺ちゃん。
 だから、俺を、人間の俺を終わらせたのは惺ちゃん。
 死神としての俺を始めてくれたのは惺ちゃん。
 最期も最初も、全て君。
 だから俺は、惺ちゃんの最期を貰いたい。
 ずっとずっとそばにいて、君の最期を看取りたい。
 君の魂をとりたい。
 欲しいんだよ、惺ちゃん。
 君の初めても、終わりも、全て。
 全部、俺に下さい。




 最初にうつったものは、下手くそな君の笑顔。



 それを見て、俺はまた君を好きになる。


 君のことを、まだまだ、全然、知らないから。


 もっと、見せて欲しい。


 これから、ずっと一緒にいるんだから。
 
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