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第2章

第七話 ⑩ ~詩織さんとの初めてのデート~ 悠斗視点

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 第七話 ⑩




『今日のことで話したいことがあるから、遅くなってしまったけど会えないかな?』
『うん。いいよ。私も悠斗に聞きたいことがたーーーーーくさん。あるからね』
『……わかってる。じゃあ、いつもの公園で。そっちに着いたら連絡するよ』


 そんなメッセージのやり取りを、詩織さんの家を後にしてから行った。

 詩織さんとは『セックス以外の全ての行為』をした。

 ……好きだと言われながら抱きしめ合って、キスをする。
 そんな行為を三時間。
 良くもまぁ最後の一線を超え無い程度の理性が残っていたものだと思う。
 だが、泥沼につま先から頭のてっぺんまで浸かってしまった。
 もう戻れない。
 ……まぁ戻るつもりなんかないんだけど。

 彼女に話した言葉は全て本当だ。

 詩織さんを他の男に渡すくらいなら、地獄に落ちたって構わない。誰になんと罵られようとも構わない。
 そんな、どうしようも無い覚悟くらいはしている。






『そろそろ帰ろうかと思うんだ』

 衣類の乱れを直しながら、俺は詩織さんに言う。

『そうですか。……あら、もうこんな時間だったんですね』

 時計の針は二十時を差していた。

 たっぷり三時間は彼女の部屋で楽しんでしまった。

『あまり遅いと雫が心配するからね』

 と、俺の言葉に詩織さんの目が細くなる。

『……私の前でほかの女の名前を出さない。まだ悠斗くんはわかってないみたいですね?』
『……ごめん』

 そう言う俺に、詩織さんがそっと近付いて来る。

『これはおしおきです』
『……っ!!』

 俺の首筋に、詩織さんが強く吸い付く。

 キスマーク。そんな単語が頭の中を過ぎった。

 ははは。こんな見える位置につけるなんて、可愛いところがあるじゃないか。

 そして、十分な満足を得た詩織さんは俺の首筋から唇を離す。

 そこにはくっきりと紅い印が着いていた。

『悠斗くんの身体は私のものです』
『そうだね。心以外は君にあげたからね』


 俺はそう言うと、詩織さんの家から帰る支度をする。

 借りたミステリー小説は、詩織さんが紙袋にいれてくれた。

『じゃあまた明日。教室で会おうか』

 その言葉に、詩織さんはふわりと笑う。

『そのうち。心も全て私のものにしてみせます』

 部屋を後にする俺の背中を、詩織さんがそう言って送り出した。





「こんばんは、悠斗。ごめんね、待ったかな?」

 公園のベンチに座りながら、さっきまでのことを思い出していた俺に、朱里の声が届いた。

「こんばんは、朱里。全然待ってないから平気だよ。こっちこそごめんね、こんな時間に呼び出して」

 俺のその言葉に、朱里は首を横に振る。

「うぅん。気にしないでいいよ。メッセージでも書いたけど、『聞きたいこと』はたーーーーーくさんあるからね」

 と、朱里は笑顔で俺に言った。

 あはは。俺は生きて家に帰れるかな?

「で、今日は『楽しかった』?」
「うん。そうだね。思いの外楽しめたと思うよ」

 そういう俺に、朱里はスマホの画面を見せつける。
 俺と詩織さんのツーショット写真の画像だ。

「こーんな写真をSNSにアップしちゃうくらいには楽しんだんだよね?」
「あはは。まぁね。こうして会いに来たのはそれの件もあるし」

 と俺は悪びれずに言う。

「はぁ……まぁこのくらいは良いけどね。クラスのみんなのグループRAINはお祭り騒ぎだよ?」
「明日はクラスメイトに色々と話さないとだね」
「そうだね。その派手に着けた頬の紅葉と、首筋のキスマークについてもね?」

 朱里は目を細めて俺の頬と首筋を見る。

「どうしてそうなったの?」
「詩織さんに告白された」

 俺のその言葉聞いて、朱里は大した驚きもしていなかったようだ。

「だろうね。告白するならそのタイミングしかないと思ってたし」
「俺も予想してたよ。そうなるだろうなって」
「なんて言われたの?」

「私を悠斗くんの彼女にしてください。そう言われた」

「へぇ。いい告白だね。で?なんて答えたの」

「彼女には出来ない。そう答えたよ」

 俺がそう言うと、朱里の目が細くなる。

「ふぅん……で、断ったのに、なんで首筋にキスマークなんかつけてるの?頬の紅葉ならわかるけど」

「詩織さんには、俺の『心』以外の全てをあげてきた」

 俺のその言葉に、朱里が笑った。

「なるほどね。悠斗の『心』は私だけのもの。身体だけはあの女にあげたんだ」
「そういう事だね」

 ひとしきり笑ったあと、朱里は言う。

「ねぇ……悠斗の『一番』は誰?」
「朱里だよ」

 俺は即答する。これは未来永劫。死ぬまで……いや、死んでも変わらないことだ。

「あはは。少しでも迷ったり遅れたりしてたら、私は悠人を刺してたよ?」
「まさか。俺の一番は絶対に変わらない」

 ねぇ、キスしよ?

 朱里に求められて、俺は彼女と唇を重ね合わせる。

 舌を入れ、彼女の奥まで……

 ガリッ!!

「……っ!!??」

 俺は思わず朱里から離れる。

 舌を……噛まれた……

 血が出るほどに強く噛まれた俺の舌。噛みちぎられたと言っても間違いでは無いかもしれない。

「……あ、朱里」
「……ん?なに、悠斗」

 目の前の朱里は、妖艶に微笑みながら、唇の端に着いた俺の血を真っ赤な舌で舐めている。

「私はね、悠斗に言ったよね。『私を一番の座から降ろさなければ何をしても構わない。私は悠斗を許せる』ってね」
「……うん」

 だけどさ、

 と言って朱里は続けた。

「……何も罰が無いわけじゃない」
「……だよね」

 俺はそう言って頷いた。

「……ほら、こっちに来て、悠斗『くん』」

 朱里は俺を『くん』付けで呼ぶと、甘く微笑む。

「痛かったよね。ごめんね」

 そう言って俺の身体を抱きしめる。

 そして、俺の耳元で囁く。

「……あの女が付けた場所とは逆の場所に付けるから」
「……うん」

 そう言って朱里は俺の首筋に唇を押し当てた。

 強く、強く、強く、痛いくらいに

 そして、しばらくすると朱里は俺から離れた。

 そこには詩織さんのより紅い印が刻み込まれていた。

「ねぇ、悠斗。この後、私の部屋に来て」

 今日はね、誰も家に居ないんだ。

「……わかった」

 あの女の匂いがする悠斗をそのまま帰したくないからね。

 そう言うと、朱里は妖艶な笑みを浮かべる。

「ねぇ、悠斗。あなたの一番は誰?」

「朱里だよ。それは死ぬまで……いや、死んでも変わらないかな」

 そして、俺は少しだけ笑いながら言う。

「こんな浮気者で最低な人間はさ、地獄に堕ちると思うんだ」
「あはは。そうだね。こんなに可愛くて一途な彼女が居るのに、ほかの女と楽しんでるような奴は地獄に堕ちるだろうね」

 でもさ、

 と俺は続ける。

「朱里も一緒に地獄に堕ちてくれないかな?」

 そう言った俺の言葉を、朱里は笑う。

 そして、

「いいよ。私も一緒に地獄に堕ちてあげる」
「ありがとう、朱里」

 そんな俺に、朱里は笑顔で言った。

「だって、一緒に地獄堕ちてあげないと、悠斗の事だから、地獄の鬼まで手を出しかねないからね!!」




 そう言って笑う彼女を俺は苦笑いで見つめていた。


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