七補士鶴姫は挟間を縫う

銀月

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第五話③・似たもの同志

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いつも同じ教室で、周囲の年相応の盛り上がりも騒動も一切気にかけない二人———。

逆夢はまさにその通りだったが、七補士の方は多少は意識を向けていたかもしれない。彼に比べれば、だが。
ふと息を抜いた時に目に入るのは、有像無像のテンプレクラスメイトではなく、自然と逆夢に目が向いていた。
どれだけ回りが騒いでいても、授業の担当教諭が授業を聞かないことに嫌味を言っても、逆夢は常にそんなものには社交辞令程度の反応しか示さず、頭の中にある世界をひたすらノートやルーズリーフに、今目の前にいるときのように瞳を輝かせて書き連ねている。

何を書いているのかは興味がなくても、そこには彼の、彼だけの世界が明確に存在して、彼はすっかりそこの住人になり、幸せの中に居るのだと思った。
そしてそれは、自分とも『同じ』なのだろうと感じていた。
思考に自分を遊ばせているときには、何にも代えがたい幸福感の中に、死海に浮くように…子供が夢見るシャボン玉の中に入って宙に浮いて、どこまでも青空を漂うような、そんな感覚になるのだ。

彼が『天災級の天才』と呼ばれるのは、七補士も知っている。
だがそれもしばらく考えて大げさで単一的な見方だと結論付けた。

数式も理論も、全ては後に利用する人間が悪に使用するから天災と成るのだ。
兵器に使えると言われる理論があっても、それには本来善悪などない。
活用方法を殺傷に使わなければ問題がないのに、だ。
逆夢がそんな悪用を考えていると思えない。彼は純粋に、ただ見つけていただけで公表する気も何もないのだから。

ルーズリーフを没収した教師が、逆夢は考察が終わると容赦なくシュレッダーにかけることを知って、その理論が書かれている用紙を一枚抜き、売ったと生徒の間でまことしやかに囁かれていた。

「あ。ごめん。僕に話しかけられて、気持ち悪いよね…」
瞳を輝かせていたのとはうって変わって、我に返った逆夢は今度は少し哀しそうな顔をした。
「???別に、なんとも思わないけど?寧ろ私は逆夢君がどんな人か知りたかったんだけど」
「僕がどんな人か、知りたい…?」
逆夢がその心境変化になるのが理解できない、という顔を本気ですると、逆夢はポカンと口を半開きにしていた。
「私よりもずっと一人で勉強してて、気にならない訳ないでしょ。しかも机に向かってる間、逆夢君てすごく楽しそうにしてるからさ」
そして、七補士はチラッと逆夢が読もうとしていた積み本のタイトルを見る。
物理、化学、生物、数学、古典、漢文、複数の文化学…等の専門書が積まれている。
難度は中級~上級まで幅広く、だ。
その中に、七補士が気になっていた『百竜災禍』もあった。
過去に存在したとされている竜たちに関しての伝聞を集めた、記録集だ。
「僕が、楽しそうか…。そういえば、七補士さんもノート書いてるとき、僕とおんなじ顔してたもんね。ヒヒッ」
顔と名前が一致していなかっただけで、逆夢も明らかにクラスメイトと行動が違う七補士のことを覚えていたようだった。

その日から七補士と逆夢は一緒に勉強をすることが多くなった。
向かい合ってひたすらそれぞれがやりたいことをやって、何か言葉を発して気づけば返し合う。
七補士は地元だったが、逆夢の実家は市外で学校へは親戚の叔母の家に下宿させてもらっていることもその時知った。
逆夢は集中力が切れることは少なかったが、七補士に心を開いた部分があるのか時々『今日の発見』や『体育での戦略』なんかを七補士に聞いてくることもあった。

そして一年が立つ頃には、二人は分かれ道まで他愛もない話をマイペースにするのが日課になっていたのだった。
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