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幼少期編
『僕の太陽』
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僕の名前はレオンハルト・アウグストゥス・フォン・エルヴェール。
セレスタリア王国の筆頭公爵家の嫡男として生まれた。
だけど、僕の世界は、生まれてからずっと灰色だった。
物心ついた時から、何もかもが物足りなかったのだ。
絵ばかりが描かれた本も、穴に同じ形のブロックを通すのも。
母上や父上が持ってきてくださるおもちゃはどれも単純すぎて楽しくない。それならと連れてこられた学友候補たちとは話が合わない。
誰も彼も、僕が何を言っているのかわからないと言って怒りだしてしまうのだ。
「お前といるとつまらないんだよ!!」
はじめはニコニコと楽しそうに笑っていたのに、顔を真っ赤にしてそう叫んだのはいったいどこの家の子供だったっけ。
幸い父も母も、子供の言葉に目くじらを立てるような人ではないからよかったけど。
結局その子は泣き出して自分の親に抱き着いた。その姿を見て、僕は絶対にああはなれないと感じたのだ。
それ以降も、母上たちはいろんな子を連れて来たけど、どのこもそう変わらない。
はじめはニコニコしていたのに、ちょっと話すと泣き出すか怒り出すのだ。
しょうがないから放っておいて本を読んでいるのに、その本を取り上げてくるような乱暴な子もいた。
そうしているうちに、人に会うことそのものが億劫になってきた。
父上も母上も、そんな僕のことを心配しているようだった。
「レオンハルト。王国騎士団統括団長の子息が今度のお茶会でいらっしゃるからあなたもいらっしゃいね」
あぁ、ほらまた。もう放っておいてほしいのに。もうやめてよ、母上。僕の気持ちなんて、全然わかってくれないんだから。
母上はどうして僕に話の合わない子供と会わせようとするんだろう。
どうせまた、何を言っているのか分からない。本なんて読んでておかしい。僕ばかり勝ってずるい。一緒にいてもつまらない。そんな風に言われるだけなのに。
考えるだけで、胸がきゅっと締めつけられる。心臓の上に、誰かが冷たい石を積み上げていくみたいに。
なんで、僕ばっかり文句を言われなくちゃいけないの?僕だって、君たちといると詰まらないって言いたいよ。
でも、そんなこと公爵子息として言っちゃダメって知ってるからグッと我慢してるのに。
ふつふつとたまるばかりの鬱憤は、誰にも言うことができずに少しずつ心の奥底に降り積もっていった。
そして運命の日、僕は唯一無二の存在になる子に出会ったんだ。
栗色のつんつんとした短い髪。鷹の目みたいに綺麗な金色の瞳。特徴的ではないけれど、顔のパーツ全てが整っている綺麗な男の子。
彼が俺を見る目には、今までの子供と違う知性の色が宿っていた。
じっと僕のことを観察するけど、不躾にならないようにと気を付けているのがわかる。
「カイル。こちらエルヴェール公爵夫人イレーネ様とご子息のレオンハルト様よ。ご挨拶をして」
ラジェルド侯爵夫人のメリッサ様に促された男の子が、ごく自然に紳士の礼をとる。
「ラジェルド侯爵家の長男、カイル・ロヴェリウス・ラジェルドと申します。本日はご招待いただき、誠にありがとうございます」
親に言われた言葉を繰り返すだけの挨拶ではないとすぐにわかった。だって、彼はちらりとも彼の母親を見てないんだもの。
今までの子供は、自分がうまくできたかどうか、まだ爵位が上の僕らが何も言っていないのにすぐに母親の顔を見上げてしまっていた。
それに比べると、今目の前にいる彼はしっかり僕たちの言葉を待てている。
「まぁ……お行儀の良い坊ちゃま。レオンハルト、仲良くできそうかしら?」
「エルヴェール公爵家が長男。レオンハルト・アウグストゥス・フォン・エルヴェールと申します。ラジェルド公子どうぞごゆっくりお過ごしください」
わざと公子と言ってみる。たいてい、子供は様などの簡単な敬称しか知らないけど、この子はどうだろう。
しかし、ラジェルド公子は焦った様子もなくにこりと笑みを返して来た。
「お気遣いありがとうございます。どうぞカイルとお呼びください、エルヴェール公子」
「……では、どうぞ私のこともレオンハルトとお呼びください」
「ありがとうございます」
すごいすごい!こんなに話がスムーズにできるなんて!
もしかしたら、初めて対等に言葉を交わせる相手かもしれない。
彼は、カイルはいったい何が好きだろう。本は?遊びは?挨拶以外でも僕の話についてこられるんだろうか。
「レオンハルト様、よろしければ書架を案内してくれませんか?私の家は騎士の家系なので軍略や武術についての本はあふれるほどにあるのですが、レオンハルト様が普段どのような本を読まれているのか興味があります」
メリッサ夫人に促された彼が、少し迷ってからそう切り出した。
なるほど。確か、王都の隣に領地を戴くラジェルド侯爵領の領都は、難攻不落として知られる軍都ヴァルデンだったはず。
彼も将来騎士団統括団長を引き継ぐんだろうか。
でも、そんな彼が精霊魔法に興味を持ってくれるかな?
「……私がよく読むのは精霊魔法に関してです」
「精霊魔法!興味があります」
僕の心配をよそに、カイルは目をキラキラさせてそう答えた。
初めて僕の好きなものに興味を示してくれた存在に、心をくすぐられたような心地になって落ち着かない。
「そ、そうですか。では、その……ぼくの部屋に来ますか?」
「いいんですか?ぜひ」
僕の部屋に着くと、カイルは目をぱっと輝かせ、すぐに「読んでもいいですか?」と本を吟味し始めた。
それを後ろから付いて行き、これはこういう本でと説明をすると、カイルはきちんと話を聞いて頷いている。
それから、一番体系的にまとめられている本を手に取った。僕の話す内容をちゃんと理解しているってことだ。
「レオンハルト様、ありがとうございます。レオンハルト様は何をお読みになられるんですか?」
「僕はこれかな」
最近盛んになりつつあり精霊魔法研究の本を手に取ると、カイルはなんなくタイトルを読み取った。
「……精霊の器について、ですか。人が持つとされている精霊と契約するのに必要な器官の話、ですよね」
「そう!臓器じゃないから実在するかの証明が難しいんだけど、確かになにかあるってことだけはわかってるんだ!」
「ははぁ。なるほど確かに面白い」
自分の好きなものを理解してくれる。それがこんなに嬉しいこととは思わなかった。
昔は僕が本を読むことを褒めてくれた母上や父上でさえ、最近では僕に「もっとお友達と遊びなさい」とか「お外で体を動かしてきなさい」とか。そんなことしか言ってくれないのに。
カイルは僕が話す言葉をいつまでも興味を持って聞いてくれたのだ。
その後は、二人並んで本を読んで、疲れたらお互いの本の内容を話し合う。
今まで感じたことのない楽しさが胸の内からこみ上げてくる。
「レオンハルト様は」
「レオンでいいよ」
だから、家族の間でしか呼ばれない呼び方を提案すると、カイルは一瞬きょとりとしたけどすぐに太陽みたいな笑顔で笑ってくれた。
「わかった!レオンな。あと、せっかくならさ、言葉遣いも普通にしていい?俺、レオンと仲良くなりたいんだ」
そんな普通の友達みたいな言葉に、心臓に降り積もった冷たい石がどんどん軽く暖かくなっていく。
「うん!よろしく、カイル!」
その日一日ですっかり好きになったカイルに引っ付いていると、それに気づいた母上が僕がラジェルド侯爵邸に滞在できるように取り計らってくださった。
ラジェルド侯爵邸の本棚には、カイルが言っていた通り軍略関係の書籍がずらりと並んでいた。
はじめはそれを二人で一緒に読んでいたのだが、ある時カイルがチェスという盤戯を持ってきた。
やったことはなかったけれど、その内ルールもわかるだろうと思っていたら、カイルは僕が初めてだと言うことにすぐに気づいて手取り足取り教えてくれた。
はじめはハンデを付けて、僕が駒の動かし方を学べるように。そこから徐々にハンデを減らしていく。
一戦終えれば、きちんとどこがよくてどこが悪かったのかの感想戦。
一つ覚えるとカイルが自分のことのように嬉しそうに笑ってくれるから、僕も心がふわふわするんだ。
いつもは、昼寝の時間になるとカイルと別の部屋に行かなくちゃいけない。
それが無性にさみしくて、カイルの手を少し引いて甘えると、カイルはいつもの太陽みたいな顔で笑って許してくれた。
カイルの匂いがする彼のベッドに二人でもぐりこみ、手を握ったまままどろんでいく。
一足先に眠りにおちたカイルの寝顔をぼんやりと眺めながら、トクトクといつもよりも早く脈打つ心臓を押さえる。
握った手の先から、いっそ一つに溶け合えてしまえたらいいのに。
そしたら、ずっとカイルは僕の側にいてくれるかな。
セレスタリア王国の筆頭公爵家の嫡男として生まれた。
だけど、僕の世界は、生まれてからずっと灰色だった。
物心ついた時から、何もかもが物足りなかったのだ。
絵ばかりが描かれた本も、穴に同じ形のブロックを通すのも。
母上や父上が持ってきてくださるおもちゃはどれも単純すぎて楽しくない。それならと連れてこられた学友候補たちとは話が合わない。
誰も彼も、僕が何を言っているのかわからないと言って怒りだしてしまうのだ。
「お前といるとつまらないんだよ!!」
はじめはニコニコと楽しそうに笑っていたのに、顔を真っ赤にしてそう叫んだのはいったいどこの家の子供だったっけ。
幸い父も母も、子供の言葉に目くじらを立てるような人ではないからよかったけど。
結局その子は泣き出して自分の親に抱き着いた。その姿を見て、僕は絶対にああはなれないと感じたのだ。
それ以降も、母上たちはいろんな子を連れて来たけど、どのこもそう変わらない。
はじめはニコニコしていたのに、ちょっと話すと泣き出すか怒り出すのだ。
しょうがないから放っておいて本を読んでいるのに、その本を取り上げてくるような乱暴な子もいた。
そうしているうちに、人に会うことそのものが億劫になってきた。
父上も母上も、そんな僕のことを心配しているようだった。
「レオンハルト。王国騎士団統括団長の子息が今度のお茶会でいらっしゃるからあなたもいらっしゃいね」
あぁ、ほらまた。もう放っておいてほしいのに。もうやめてよ、母上。僕の気持ちなんて、全然わかってくれないんだから。
母上はどうして僕に話の合わない子供と会わせようとするんだろう。
どうせまた、何を言っているのか分からない。本なんて読んでておかしい。僕ばかり勝ってずるい。一緒にいてもつまらない。そんな風に言われるだけなのに。
考えるだけで、胸がきゅっと締めつけられる。心臓の上に、誰かが冷たい石を積み上げていくみたいに。
なんで、僕ばっかり文句を言われなくちゃいけないの?僕だって、君たちといると詰まらないって言いたいよ。
でも、そんなこと公爵子息として言っちゃダメって知ってるからグッと我慢してるのに。
ふつふつとたまるばかりの鬱憤は、誰にも言うことができずに少しずつ心の奥底に降り積もっていった。
そして運命の日、僕は唯一無二の存在になる子に出会ったんだ。
栗色のつんつんとした短い髪。鷹の目みたいに綺麗な金色の瞳。特徴的ではないけれど、顔のパーツ全てが整っている綺麗な男の子。
彼が俺を見る目には、今までの子供と違う知性の色が宿っていた。
じっと僕のことを観察するけど、不躾にならないようにと気を付けているのがわかる。
「カイル。こちらエルヴェール公爵夫人イレーネ様とご子息のレオンハルト様よ。ご挨拶をして」
ラジェルド侯爵夫人のメリッサ様に促された男の子が、ごく自然に紳士の礼をとる。
「ラジェルド侯爵家の長男、カイル・ロヴェリウス・ラジェルドと申します。本日はご招待いただき、誠にありがとうございます」
親に言われた言葉を繰り返すだけの挨拶ではないとすぐにわかった。だって、彼はちらりとも彼の母親を見てないんだもの。
今までの子供は、自分がうまくできたかどうか、まだ爵位が上の僕らが何も言っていないのにすぐに母親の顔を見上げてしまっていた。
それに比べると、今目の前にいる彼はしっかり僕たちの言葉を待てている。
「まぁ……お行儀の良い坊ちゃま。レオンハルト、仲良くできそうかしら?」
「エルヴェール公爵家が長男。レオンハルト・アウグストゥス・フォン・エルヴェールと申します。ラジェルド公子どうぞごゆっくりお過ごしください」
わざと公子と言ってみる。たいてい、子供は様などの簡単な敬称しか知らないけど、この子はどうだろう。
しかし、ラジェルド公子は焦った様子もなくにこりと笑みを返して来た。
「お気遣いありがとうございます。どうぞカイルとお呼びください、エルヴェール公子」
「……では、どうぞ私のこともレオンハルトとお呼びください」
「ありがとうございます」
すごいすごい!こんなに話がスムーズにできるなんて!
もしかしたら、初めて対等に言葉を交わせる相手かもしれない。
彼は、カイルはいったい何が好きだろう。本は?遊びは?挨拶以外でも僕の話についてこられるんだろうか。
「レオンハルト様、よろしければ書架を案内してくれませんか?私の家は騎士の家系なので軍略や武術についての本はあふれるほどにあるのですが、レオンハルト様が普段どのような本を読まれているのか興味があります」
メリッサ夫人に促された彼が、少し迷ってからそう切り出した。
なるほど。確か、王都の隣に領地を戴くラジェルド侯爵領の領都は、難攻不落として知られる軍都ヴァルデンだったはず。
彼も将来騎士団統括団長を引き継ぐんだろうか。
でも、そんな彼が精霊魔法に興味を持ってくれるかな?
「……私がよく読むのは精霊魔法に関してです」
「精霊魔法!興味があります」
僕の心配をよそに、カイルは目をキラキラさせてそう答えた。
初めて僕の好きなものに興味を示してくれた存在に、心をくすぐられたような心地になって落ち着かない。
「そ、そうですか。では、その……ぼくの部屋に来ますか?」
「いいんですか?ぜひ」
僕の部屋に着くと、カイルは目をぱっと輝かせ、すぐに「読んでもいいですか?」と本を吟味し始めた。
それを後ろから付いて行き、これはこういう本でと説明をすると、カイルはきちんと話を聞いて頷いている。
それから、一番体系的にまとめられている本を手に取った。僕の話す内容をちゃんと理解しているってことだ。
「レオンハルト様、ありがとうございます。レオンハルト様は何をお読みになられるんですか?」
「僕はこれかな」
最近盛んになりつつあり精霊魔法研究の本を手に取ると、カイルはなんなくタイトルを読み取った。
「……精霊の器について、ですか。人が持つとされている精霊と契約するのに必要な器官の話、ですよね」
「そう!臓器じゃないから実在するかの証明が難しいんだけど、確かになにかあるってことだけはわかってるんだ!」
「ははぁ。なるほど確かに面白い」
自分の好きなものを理解してくれる。それがこんなに嬉しいこととは思わなかった。
昔は僕が本を読むことを褒めてくれた母上や父上でさえ、最近では僕に「もっとお友達と遊びなさい」とか「お外で体を動かしてきなさい」とか。そんなことしか言ってくれないのに。
カイルは僕が話す言葉をいつまでも興味を持って聞いてくれたのだ。
その後は、二人並んで本を読んで、疲れたらお互いの本の内容を話し合う。
今まで感じたことのない楽しさが胸の内からこみ上げてくる。
「レオンハルト様は」
「レオンでいいよ」
だから、家族の間でしか呼ばれない呼び方を提案すると、カイルは一瞬きょとりとしたけどすぐに太陽みたいな笑顔で笑ってくれた。
「わかった!レオンな。あと、せっかくならさ、言葉遣いも普通にしていい?俺、レオンと仲良くなりたいんだ」
そんな普通の友達みたいな言葉に、心臓に降り積もった冷たい石がどんどん軽く暖かくなっていく。
「うん!よろしく、カイル!」
その日一日ですっかり好きになったカイルに引っ付いていると、それに気づいた母上が僕がラジェルド侯爵邸に滞在できるように取り計らってくださった。
ラジェルド侯爵邸の本棚には、カイルが言っていた通り軍略関係の書籍がずらりと並んでいた。
はじめはそれを二人で一緒に読んでいたのだが、ある時カイルがチェスという盤戯を持ってきた。
やったことはなかったけれど、その内ルールもわかるだろうと思っていたら、カイルは僕が初めてだと言うことにすぐに気づいて手取り足取り教えてくれた。
はじめはハンデを付けて、僕が駒の動かし方を学べるように。そこから徐々にハンデを減らしていく。
一戦終えれば、きちんとどこがよくてどこが悪かったのかの感想戦。
一つ覚えるとカイルが自分のことのように嬉しそうに笑ってくれるから、僕も心がふわふわするんだ。
いつもは、昼寝の時間になるとカイルと別の部屋に行かなくちゃいけない。
それが無性にさみしくて、カイルの手を少し引いて甘えると、カイルはいつもの太陽みたいな顔で笑って許してくれた。
カイルの匂いがする彼のベッドに二人でもぐりこみ、手を握ったまままどろんでいく。
一足先に眠りにおちたカイルの寝顔をぼんやりと眺めながら、トクトクといつもよりも早く脈打つ心臓を押さえる。
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