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幼少期編
『黄金の目』
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その日は、朝からどうにも運が悪かった。
いつもは一緒に行動するカイルが体調を崩しており、暑苦しいがアルファに覚醒して間もない僕の盾になってくれるグレイフォード先輩が進路の相談で不在であった。
それでも、放課後まではエリオット先輩がサポートしてくれたけど、授業に関して先生に質問があるとかで、心配そうにしながらも僕の側を離れた。
結局、一日ずっと熱っぽかったカイルが保健室に行くというので、彼が帰ってくるまで校舎の玄関ホールで一人待っていた。
発現以降、僕にすり寄ろうとするオメガが多くなった。
前々から推定アルファだからと注目は浴びていたが、本格的に覚醒するともう遠慮する必要はないとでもいう勢いだ。
覚醒済みのオメガはみんな年上だから、ありもしない先輩権限で僕を個室に呼び出そうとする。
そういうのは僕と同じアルファのグレイフォード先輩がすべて跳ねのけてくれたし、偶然を装って近づこうとする不埒な奴はエリオット先輩が防いでくれた。
本当に、あの二人には頭が上がらない。
僕とカイルが、この学園で二人の庇護下にいることはもう知れ渡っている。
そのため、最近はこうやって一人でいてもオメガに絡まれることも少なくなっていた。
だからこそ、油断していた。
エルヴェール公爵家と敵対しかねないような強引な手段に出る者はいないと思っていたのものある。
「レオンさま」
「ハァ?」
家族以外にはカイルにしか許していない愛称で呼ばれ、そちらを睨みつけるように見る。
そこにいたのは、特に熱心に僕に付きまとってきた六年生のオメガだ。
「赦しもなく僕の名を呼ぶどころか、いきなり愛称か。浅ましいな」
「レオンさま、わたしはあなたのオメガです」
「僕が無礼な貴様をつがいに選ぶわけがないだろう。今ならば家に咎を問うことはない。去れ」
「あぁ!わたしたちは運命だったのですね!はじめてあなたをみたときから、こうなる予感がしていたのです!」
「聞こえないのか?僕は、去れ、と言ったんだ」
「あぁ、あぁ、ああ!!それなのに……、いつもいつもいつも!!なんにもわかっていない邪魔ものどもが!!」
言葉が通じない。頭がおかしいのか?
幼年学校での小さないざこざで家に対処を頼むことはないが、こいつの場合は度が過ぎている。散々の付きまといの末に、直接の不敬発言だ。
咎とまではいかないが、父からこいつの家に苦言ぐらいは呈さねば。
そんなことを思っていると、ぞわりと背筋を虫が這うような嫌な予感と共に、目の前のオメガからぶわりと濃密なヒートフェロモンをぶつけられた。
甘すぎる、果実が腐り落ちて発酵した後のような、そんなフェロモンに脳髄が揺さぶられてその場に崩れ落ちる。
咄嗟に鼻を押さえたが、遅かった。成熟しきったオメガのフェロモンにあてられたアルファの本能が暴走しだす。
血液がこれまでにないくらいに体を巡り、心臓がバクバクと大きく脈打つ。
先日成熟したばかりの下腹部に熱がこもり、思考が千々に乱される。
ヒートアタックだ……ッ!
これで、子供同士の諍いでは済まなくなった。エルヴェール公爵子息である僕への明確な加害である。
まさか、白昼堂々、他者がいるこんな場所で攻撃されると思っていなかった。
視界の端で、この濃ゆすぎるフェロモンの巻き添えをくらった生徒たちが僕と同じように倒れ込んでいるのが見えた。まさしくテロ行為だ。
目を三日月に細め、うっそりと笑ったオメガが、まるで見せつけるようにその首からチョーカーを外す。
アルファの本能が『首を噛め!』と叫ぶが、自分の唇を噛みしめて耐える。
こんなオメガをつがいに?たとえ一瞬のことだとしても、ごめんだ。一瞬たりとも僕のものになんかしたくない。
どうすればいいのか考える余地すらどんどんオメガのヒートフェロモンに削られていく。
いったい、どれほどオメガのフェロモンに中てられていたのだろうか。突如、オメガの比ではない重圧の威圧が僕の背後から放たれた。
アルファの、それも自分よりも強いアルファの威圧フェロモンだ。
オメガやベータどころではなく、己以外のアルファすらも屈服させる意思を持った威圧である。
オメガのヒートフェロモンによって強制的に高められていた全身からざっと血の気が引いて体が震える。
そんなアルファが僕の後ろから近づいてくる。体は危機を感じて震えているのに、不思議と心は恐怖を感じていなかった。
この気配が、僕を傷つけるはずがないとわかるのだ。
目の前で、ヒートアタックを起こしたオメガが悲鳴をあげて頽れるのをただ茫然と見ていた。
「レオン」
「か、いる……」
栗色の髪の隙間から覗く金の瞳がギラギラと光を放っているような錯覚に陥る。
その視線に縫い留められたように動けない。
そんな僕に何を思ったのか、カイルはしゃがんで視線を合わせてくると、そのままジッと僕の奥底をのぞき込んだ。
あぁ、綺麗だ。
いつもは、蜂蜜を溶かしたような甘くて優しい瞳なのに。今は獲物を捕らえた猛禽類の目みたいだ。
特徴的ではないけれど、バランスよく並んだ美しい顔。
これが彫刻だと言われても僕はきっと驚かない。そんな、誰もが整っていると言うであろう相貌だ。
鍛錬を欠かさないから同年代の中では引きしまった、けれどまだ子供特有の丸みを残したフェイスライン。がっしりとした首筋に、それを支える筋肉質な体。
これがアルファか。
まだ成長しきっていない未熟さはあるけれど、それでも隠しきれない圧倒的な強者の気配。
むしろ、子供の相貌だからこそのアンバランスさ。
本能的に、勝てないと悟る。カイルは僕よりも格上のアルファだ。
「レオン、医務室に行こう」
そう言うと、僕の膝裏に腕を通して軽々と持ち上げて運ぶカイル。
自分がまるで羽にでもなった気分だ。そのくらい軽々と持ち上げられた。
先ほどのオメガの鼻にまとわりつく甘ったるすぎる匂いとは違う。少しスパイシーな木の香りと、すこしばかり汗の交じったカイルの匂い。
恐ろしいほどに強いアルファの気配。それに庇護される心地よさ。
張りつめていた神経が緩んでいくのが如実にわかる。
それを意識した途端、ふっと意識が遠のいた。
いつもは一緒に行動するカイルが体調を崩しており、暑苦しいがアルファに覚醒して間もない僕の盾になってくれるグレイフォード先輩が進路の相談で不在であった。
それでも、放課後まではエリオット先輩がサポートしてくれたけど、授業に関して先生に質問があるとかで、心配そうにしながらも僕の側を離れた。
結局、一日ずっと熱っぽかったカイルが保健室に行くというので、彼が帰ってくるまで校舎の玄関ホールで一人待っていた。
発現以降、僕にすり寄ろうとするオメガが多くなった。
前々から推定アルファだからと注目は浴びていたが、本格的に覚醒するともう遠慮する必要はないとでもいう勢いだ。
覚醒済みのオメガはみんな年上だから、ありもしない先輩権限で僕を個室に呼び出そうとする。
そういうのは僕と同じアルファのグレイフォード先輩がすべて跳ねのけてくれたし、偶然を装って近づこうとする不埒な奴はエリオット先輩が防いでくれた。
本当に、あの二人には頭が上がらない。
僕とカイルが、この学園で二人の庇護下にいることはもう知れ渡っている。
そのため、最近はこうやって一人でいてもオメガに絡まれることも少なくなっていた。
だからこそ、油断していた。
エルヴェール公爵家と敵対しかねないような強引な手段に出る者はいないと思っていたのものある。
「レオンさま」
「ハァ?」
家族以外にはカイルにしか許していない愛称で呼ばれ、そちらを睨みつけるように見る。
そこにいたのは、特に熱心に僕に付きまとってきた六年生のオメガだ。
「赦しもなく僕の名を呼ぶどころか、いきなり愛称か。浅ましいな」
「レオンさま、わたしはあなたのオメガです」
「僕が無礼な貴様をつがいに選ぶわけがないだろう。今ならば家に咎を問うことはない。去れ」
「あぁ!わたしたちは運命だったのですね!はじめてあなたをみたときから、こうなる予感がしていたのです!」
「聞こえないのか?僕は、去れ、と言ったんだ」
「あぁ、あぁ、ああ!!それなのに……、いつもいつもいつも!!なんにもわかっていない邪魔ものどもが!!」
言葉が通じない。頭がおかしいのか?
幼年学校での小さないざこざで家に対処を頼むことはないが、こいつの場合は度が過ぎている。散々の付きまといの末に、直接の不敬発言だ。
咎とまではいかないが、父からこいつの家に苦言ぐらいは呈さねば。
そんなことを思っていると、ぞわりと背筋を虫が這うような嫌な予感と共に、目の前のオメガからぶわりと濃密なヒートフェロモンをぶつけられた。
甘すぎる、果実が腐り落ちて発酵した後のような、そんなフェロモンに脳髄が揺さぶられてその場に崩れ落ちる。
咄嗟に鼻を押さえたが、遅かった。成熟しきったオメガのフェロモンにあてられたアルファの本能が暴走しだす。
血液がこれまでにないくらいに体を巡り、心臓がバクバクと大きく脈打つ。
先日成熟したばかりの下腹部に熱がこもり、思考が千々に乱される。
ヒートアタックだ……ッ!
これで、子供同士の諍いでは済まなくなった。エルヴェール公爵子息である僕への明確な加害である。
まさか、白昼堂々、他者がいるこんな場所で攻撃されると思っていなかった。
視界の端で、この濃ゆすぎるフェロモンの巻き添えをくらった生徒たちが僕と同じように倒れ込んでいるのが見えた。まさしくテロ行為だ。
目を三日月に細め、うっそりと笑ったオメガが、まるで見せつけるようにその首からチョーカーを外す。
アルファの本能が『首を噛め!』と叫ぶが、自分の唇を噛みしめて耐える。
こんなオメガをつがいに?たとえ一瞬のことだとしても、ごめんだ。一瞬たりとも僕のものになんかしたくない。
どうすればいいのか考える余地すらどんどんオメガのヒートフェロモンに削られていく。
いったい、どれほどオメガのフェロモンに中てられていたのだろうか。突如、オメガの比ではない重圧の威圧が僕の背後から放たれた。
アルファの、それも自分よりも強いアルファの威圧フェロモンだ。
オメガやベータどころではなく、己以外のアルファすらも屈服させる意思を持った威圧である。
オメガのヒートフェロモンによって強制的に高められていた全身からざっと血の気が引いて体が震える。
そんなアルファが僕の後ろから近づいてくる。体は危機を感じて震えているのに、不思議と心は恐怖を感じていなかった。
この気配が、僕を傷つけるはずがないとわかるのだ。
目の前で、ヒートアタックを起こしたオメガが悲鳴をあげて頽れるのをただ茫然と見ていた。
「レオン」
「か、いる……」
栗色の髪の隙間から覗く金の瞳がギラギラと光を放っているような錯覚に陥る。
その視線に縫い留められたように動けない。
そんな僕に何を思ったのか、カイルはしゃがんで視線を合わせてくると、そのままジッと僕の奥底をのぞき込んだ。
あぁ、綺麗だ。
いつもは、蜂蜜を溶かしたような甘くて優しい瞳なのに。今は獲物を捕らえた猛禽類の目みたいだ。
特徴的ではないけれど、バランスよく並んだ美しい顔。
これが彫刻だと言われても僕はきっと驚かない。そんな、誰もが整っていると言うであろう相貌だ。
鍛錬を欠かさないから同年代の中では引きしまった、けれどまだ子供特有の丸みを残したフェイスライン。がっしりとした首筋に、それを支える筋肉質な体。
これがアルファか。
まだ成長しきっていない未熟さはあるけれど、それでも隠しきれない圧倒的な強者の気配。
むしろ、子供の相貌だからこそのアンバランスさ。
本能的に、勝てないと悟る。カイルは僕よりも格上のアルファだ。
「レオン、医務室に行こう」
そう言うと、僕の膝裏に腕を通して軽々と持ち上げて運ぶカイル。
自分がまるで羽にでもなった気分だ。そのくらい軽々と持ち上げられた。
先ほどのオメガの鼻にまとわりつく甘ったるすぎる匂いとは違う。少しスパイシーな木の香りと、すこしばかり汗の交じったカイルの匂い。
恐ろしいほどに強いアルファの気配。それに庇護される心地よさ。
張りつめていた神経が緩んでいくのが如実にわかる。
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