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第2話 廃墟のバレンタイン
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カメラマンの青木が病院の廊下で足を止めたのは、午後3時を過ぎた頃だった。
「瞬さん、この階はもう撮り終わりましたが」 「ああ」 「なぜまた戻ってきたんです?」
私は答えずに、薄暗い廊下の壁を見つめていた。かつて真っ白だったはずの壁には、今では無数のクラックが走っている。その亀裂の一つ一つが、15年の歳月を物語っていた。
私たちは都内某所にある廃病院の取材のために訪れていた。私は建築ライターとして、青木はカメラマンとして。しかし、この場所を選んだのは純粋な偶然ではない。
「ここが、最後に藍を見た場所なんです」
青木は目を丸くした。彼は藍のことを知らない。そもそも、彼女のことを知る人間は、もう殆ど残っていない。
「この病院が閉鎖される直前、藍は看護師として働いていました。2009年2月14日、彼女は突然姿を消した。防犯カメラにも映っていない。誰にも気付かれることなく、彼女は消えたんです」
話していると、スマートフォンが震えた。画面には「20:00」というカウントダウンが表示されている。先ほどで発見した懐中時計と同期しているようだ。
「上の階を見てみましょう」 私は階段を上がり始めた。足音が不気味に響く。
4階に着いた時、それは起きた。
突然の轟音と共に、天井が崩れ落ちてきたのだ。 「危ない!」 私は咄嗟に青木を押しのけた。埃と瓦礫が視界を覆う。
「大丈夫ですか?」 「ええ、なんとか」
崩落によって床に大きな穴が開いた。その底には、今まで誰も知らなかった空間が広がっていた。
「隠し部屋...ですか?」 青木が懐中電灯を取り出す。
私たちは慎重に降りていった。部屋の中央には木製の作業台があり、その上に見覚えのある木箱が置かれていた。先ほど見つけたものと同じデザインだ。
箱を開けると、中からまた新たなチョコレートと懐中時計が出てきた。チョコレートの包装紙には「私を探して」の文字。しかし今度は、その下に数式が書き込まれていた。
壁には巨大な歯車のような装置が設置されている。その周りには複雑な数式が刻まれていた。私の目に、それらは見覚えのある式に見えた。しかし、なぜだろう。私にそんな知識があったはずがない。
スマートフォンのカウントダウンは「19:30」を指していた。時間が歪み始めている。この部屋の温度は上昇しているのに、持っていたコーヒーは急速に熱くなっていく。
「青木さん、写真を」 「はい」 フラッシュが光る。その瞬間、私は壁に人影を見た。藍の影だった。
しかし振り返ると、そこには誰もいない。代わりに、床に何かが落ちていた。 古びた病院の職員証。 名前の欄には「如月藍」とある。写真の彼女は、確かに微笑んでいた。
職員証の裏には、手書きのメモが残されていた。
『時間の価値を知っていますか? 一秒の価値は、それを失った人にしかわからない。地下研究棟B-3にて』
「地下研究棟?」 青木が首を傾げる。 「この病院の図面には、そんな場所は記載されていませんでした」
私は職員証を握りしめた。汗ばんだ手のひらに、金属の冷たさが伝わる。
「探してみましょう」
私たちは地下への階段を探し始めた。スマートフォンのカウントダウンは「18:45」を指している。時間の感覚が狂い始めているのか、歩く度に廊下が長く感じられた。
そして、古びた非常口の扉の向こうに、私たちは見つけた。 下へと続く螺旋階段。手すりは錆び付き、コンクリートの壁には緑色の苔が生えていた。
「この先は危険かもしれません」 私は青木に言った。 「撮影は中止しても構いません」
しかし彼は首を振った。 「ここまで来て引き返すつもりはありません。それに...」 彼は一瞬言葉を詰まらせた。 「私にも、探している人がいるんです」
階段を降りていく。足元のライトが、湿った空気の中で不気味な影を作る。
B-1、B-2、そしてB-3。 扉の前で立ち止まった時、スマートフォンが再び震えた。画面には「18:00」の文字。同時に、持っていた懐中時計の針が狂ったように回り始めた。
扉を開けると、そこには予想もしなかった光景が広がっていた。
無数の時計が壁一面に並び、全てが異なる時を刻んでいた。部屋の中央には巨大な装置が設置されている。まるで、時間を研究するための実験室のようだった。
「これは...」
装置の操作パネルには、2009年当時の日付が表示されていた。その横には使用記録が残されていた。
最後の記録日時:2009年2月14日 23時59分 使用者:如月藍 実験内容:時間価値転換プロトコル
「藍は、この装置で何を...」
その時、部屋の電源が突如として入った。蛍光灯が明滅し、装置が唸りを上げる。 そして、監視モニターに映し出されたのは、15年前の藍の姿だった。
「瞬さん、この階はもう撮り終わりましたが」 「ああ」 「なぜまた戻ってきたんです?」
私は答えずに、薄暗い廊下の壁を見つめていた。かつて真っ白だったはずの壁には、今では無数のクラックが走っている。その亀裂の一つ一つが、15年の歳月を物語っていた。
私たちは都内某所にある廃病院の取材のために訪れていた。私は建築ライターとして、青木はカメラマンとして。しかし、この場所を選んだのは純粋な偶然ではない。
「ここが、最後に藍を見た場所なんです」
青木は目を丸くした。彼は藍のことを知らない。そもそも、彼女のことを知る人間は、もう殆ど残っていない。
「この病院が閉鎖される直前、藍は看護師として働いていました。2009年2月14日、彼女は突然姿を消した。防犯カメラにも映っていない。誰にも気付かれることなく、彼女は消えたんです」
話していると、スマートフォンが震えた。画面には「20:00」というカウントダウンが表示されている。先ほどで発見した懐中時計と同期しているようだ。
「上の階を見てみましょう」 私は階段を上がり始めた。足音が不気味に響く。
4階に着いた時、それは起きた。
突然の轟音と共に、天井が崩れ落ちてきたのだ。 「危ない!」 私は咄嗟に青木を押しのけた。埃と瓦礫が視界を覆う。
「大丈夫ですか?」 「ええ、なんとか」
崩落によって床に大きな穴が開いた。その底には、今まで誰も知らなかった空間が広がっていた。
「隠し部屋...ですか?」 青木が懐中電灯を取り出す。
私たちは慎重に降りていった。部屋の中央には木製の作業台があり、その上に見覚えのある木箱が置かれていた。先ほど見つけたものと同じデザインだ。
箱を開けると、中からまた新たなチョコレートと懐中時計が出てきた。チョコレートの包装紙には「私を探して」の文字。しかし今度は、その下に数式が書き込まれていた。
壁には巨大な歯車のような装置が設置されている。その周りには複雑な数式が刻まれていた。私の目に、それらは見覚えのある式に見えた。しかし、なぜだろう。私にそんな知識があったはずがない。
スマートフォンのカウントダウンは「19:30」を指していた。時間が歪み始めている。この部屋の温度は上昇しているのに、持っていたコーヒーは急速に熱くなっていく。
「青木さん、写真を」 「はい」 フラッシュが光る。その瞬間、私は壁に人影を見た。藍の影だった。
しかし振り返ると、そこには誰もいない。代わりに、床に何かが落ちていた。 古びた病院の職員証。 名前の欄には「如月藍」とある。写真の彼女は、確かに微笑んでいた。
職員証の裏には、手書きのメモが残されていた。
『時間の価値を知っていますか? 一秒の価値は、それを失った人にしかわからない。地下研究棟B-3にて』
「地下研究棟?」 青木が首を傾げる。 「この病院の図面には、そんな場所は記載されていませんでした」
私は職員証を握りしめた。汗ばんだ手のひらに、金属の冷たさが伝わる。
「探してみましょう」
私たちは地下への階段を探し始めた。スマートフォンのカウントダウンは「18:45」を指している。時間の感覚が狂い始めているのか、歩く度に廊下が長く感じられた。
そして、古びた非常口の扉の向こうに、私たちは見つけた。 下へと続く螺旋階段。手すりは錆び付き、コンクリートの壁には緑色の苔が生えていた。
「この先は危険かもしれません」 私は青木に言った。 「撮影は中止しても構いません」
しかし彼は首を振った。 「ここまで来て引き返すつもりはありません。それに...」 彼は一瞬言葉を詰まらせた。 「私にも、探している人がいるんです」
階段を降りていく。足元のライトが、湿った空気の中で不気味な影を作る。
B-1、B-2、そしてB-3。 扉の前で立ち止まった時、スマートフォンが再び震えた。画面には「18:00」の文字。同時に、持っていた懐中時計の針が狂ったように回り始めた。
扉を開けると、そこには予想もしなかった光景が広がっていた。
無数の時計が壁一面に並び、全てが異なる時を刻んでいた。部屋の中央には巨大な装置が設置されている。まるで、時間を研究するための実験室のようだった。
「これは...」
装置の操作パネルには、2009年当時の日付が表示されていた。その横には使用記録が残されていた。
最後の記録日時:2009年2月14日 23時59分 使用者:如月藍 実験内容:時間価値転換プロトコル
「藍は、この装置で何を...」
その時、部屋の電源が突如として入った。蛍光灯が明滅し、装置が唸りを上げる。 そして、監視モニターに映し出されたのは、15年前の藍の姿だった。
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