時詠みのチョコレート

鳴海 靉

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第3話 時を喰う甘噛み

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 モニターに映る藍の姿は、私の記憶よりも若かった。白衣を着た彼女は、カメラに向かって何かを話している。音声は途切れ途切れだが、かろうじて聞き取れた。

『これは、実験記録001。時間価値転換の検証を開始する。被験体は...私自身』

「瞬さん!」 青木の声で我に返る。部屋の温度が急激に低下し、壁一面の時計が一斉に逆回転を始めていた。

 スマートフォンは「17:30」を指している。しかし、窓の外は既に夜の闇に包まれていた。時間が逆行している。

『時詠みチョコレート。それは、時間を物質化する触媒』 藍の声が続く。 『このチョコレートを介することで、人は自身の時間を切り売りすることができる』

 私は木箱から取り出したチョコレートを見つめた。包装紙の裏には、複雑な化学式が書き込まれている。

 突然、ポケットの中の携帯電話が鳴った。ディスプレイには「非通知」の文字。

「もしもし」 『彼女は時間の檻の中にいる』 低い声が響く。 『如月藍は、自分の全ての時間を売った。そして、その代償として「時間の調停者」となった』

 通話は一方的に切れた。青木が資料を手に、私の元へ走ってきた。

「これを見てください」 それは、病院の古い会計記録だった。2009年、如月家は突然の経営危機に陥っていた。しかし翌日、謎の資金が入金され、危機を脱していた。

「時間を...売った?」 私は呟いた。

 その瞬間、部屋の隅にある暗室のドアが開いた。私たちが先ほど撮影した写真が、勝手に現像され始める。 写真には、私たちには見えなかった藍の姿が写っていた。彼女は悲しそうな表情で、何かを指さしている。

 部屋の壁に、新たな文字が浮かび上がる。

『時間の価値は、経済価値に換算できる。 1年=1億円 1日=27万3973円 1時間=1万1416円 1分=190円 1秒=3.17円』

「これが、時間の売買相場...?」 青木が震える声で言った。

 スマートフォンは「16:00」を指している。しかし、腕時計は23時を指していた。 時間の歪みが強まっている。

 突如、部屋の奥から機械音が響いた。巨大な装置が起動し始める。モニターには新たな映像が映し出された。

『時間取引所・記録映像』という文字の後、地下に広がる巨大な取引場が映し出される。そこでは、人々が自身の時間を売買していた。

 若さと引き換えに富を得る者。 寿命と引き換えに病気の子供を救う親。 記憶と引き換えに過去を消す者。

「まるで、闇市場のようだ...」 青木が呟く。

 モニターに藍が映る。彼女は取引所の中央で、白衣姿のまま立っていた。 『私は、全ての時間を売ることを決意しました』 藍の声が響く。 『しかし、それには代償が...』

 映像が乱れ、切れた。

 私のスマートフォンが再び鳴る。 今度は、メッセージだった。

『時詠みチョコレートの秘密を知りたければ、 病院の食堂へ来なさい。 —時間の管理人より』

 食堂に向かう途中、廊下の温度が急激に上昇した。持っていたペットボトルの水が沸騰を始める。時間の逆行現象が強まっているようだ。

 食堂に入ると、テーブルの上にチョコレートの箱が置かれていた。 開けると、中には一粒のチョコレートと、古ぼけた日記が入っていた。

 日記には藍の文字で、こう書かれていた:

『時詠みチョコレートの作り方: ・月光の下で熟成させたカカオ豆 ・時計の歯車から削り取った真鍮の粉 ・そして最後に、作り手の「時間」を注ぎ込む

 このチョコレートを食べた者は、時間を操る力を得る。 しかし、その代償として...』

 ページの続きは破り取られていた。

「瞬さん、これを」 青木が指さす先には、壁一面に描かれた複雑な図形。まるで、時間を管理するための装置の設計図のようだった。

 スマートフォンは「15:00」を指している。 時計の針は、更に激しく狂い始めていた。

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