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第十章 王都公認 案内人適性試験 最終試験 決勝戦編

160.酒場のマスター

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「え……スペンサー……。ってあの前回の大規模侵攻の功労者として名が挙げられていたあのスペンサーパーティーのスペンサーさんですか!?」

「あー昔はそんな呼ばれ方をしていたか、まぁそんな感じだ」

 ルナは驚きを隠せずあんぐりと口を開けていた。

「まぁ今じゃそれも引退してしがない酒場のしがないマスターをしているがな」

「なんで今は冒険者をやられていないのでしょうか?」

「え、あーんとそれはだなぁ。色々と理由が」

「ん、んん」
 眠っていたナヴィが目を覚ます。

「あれ、ナヴィさん? 起きちゃいましたか?」

「あたしはここで……はっ! もしかしてあたしの負け!?」

 ナヴィは垂らしていたよだれを拭きケビンの方を向いた。


「よしつぶれてる! 残念だったわねケビンあたしの勝ち!」

「いや、ナヴィちゃん。ルナちゃんはずーっと起きてたぞ」

「えへへ、すみませんナヴィさん。わたくしの独り勝ちです」

「そ、そんなぁ」

 再度机に突っ伏すナヴィ。

「あはは、今水出すから待っときな!」

「あの……スペンサーさ」

「しっ!」

 口元に人差し指を当てるスペンサー。

「マ、マスター?」

「この話はまたどこかで、そして二人には俺の名前も言わないように頼めるかい?」

「え? それはまぁ別に大丈夫ですけど、どうして……」

「今はひっそりと暮らしていたいんだ。冒険者はもう昔の職業。俺は今の仕事を続けていきたい」

 スペンサーは真剣な眼差しをルナに向ける。

「スペンサーさん……」

「そしてその時が来るまで、案内所本部にも言わないでほしい」

「その時が来るまで……?」

「あぁできれば深くは聞かないでほしい」

「……わかりました。ではわたくし達だけの秘密にしておきましょう」

「助かる。おっと、もういい時間だ。そろそろ店じまいだ。ケビンも起こしてくれ」

「う、うぅ」

 ナヴィとケビンを起こしたルナは二人を抱えながら扉の前に立った。

「では、マスター今日もありがとうございました」

「あぁ、また会おう。ルナ.マリオットさん」

「また……?」

「ルナー肩貸してくれてありがとー! もう大好きよぉ。すりすり」

「もう、ナヴィさんまだ酔っぱらって、顔をすりすりしないでください!」

「すまん、ルナ。袋とか持ってるか……?」

「ちょ、ケビンさん! ここで吐かないでくださいね! 今袋出しますから」

 スペンサー.バートンさん。確か情報では魔王軍幹部内最強のファーストシートと相打ちして消息不明ってなっていたはず。傷の量からしてあの人で間違いないんだろうけど、どうしてこんなところに。

 戦力的には本部に報告すべきだろうけど、せっかく今の仕事を続けていきたいと言っていたのだからそれを尊重するべきよね。

 でもほとんどが死亡か消息不明となっていた前回の大規模侵攻参加者がこんな風にばらばらだけどどこかで生きていたらそれってすごく心強いこと。

 うーんまだまだ分からないことだらけだけど、わたくしはわたくしでしっかりとレベルアップしていかないと。スペンサーさんクラスの冒険者がいつ来てもいいように!

「どうしたのルナァ。そんな真剣な顔しちゃって」

「ナヴィさん抱き着かないでください! そろそろ宿着きますから!」

「えぇ、もうちょっと飲もうよぉ!」

「ぼえぇぇ」

「だめです今日はもう宿に帰りますよ! ケビンさん、道の真ん中で横たわらないでください!」

 きっとここから先はわたくし達が思ってるよりもずっと早く環境が変わっていくはず。スーザンさんはあぁは言ってくれてたけど、わたくし達が成長するのを待ってくれるわけではない。

 ナヴィさん。
「ん? どうしたの手なんか取って」

 ケビンさん。
「急に引っ張るな」


「さぁ、二人とも、わたくし達も強くなりますよー!!」

「おー!」
「はっ?」

 この二人と一緒に前に進んでいくんだ!

「ルナもあった時とはずいぶん変わったわね、あの時は、わ、わわ、わたくしなんか……とか言ってたのに」

「や、やめてくださいナヴィさん。あの時はわたくしも不安で……」

「ルナ、次は絶対に負かす」

「ケ、ケビンさん。目がまじじゃないですか」
「もう、いいから二人とも帰りますよー!」


 こうして三人の長い一日が終わりを告げた。


 そして王都出発の日。

 ナヴィ、エンフィー、ハンナの三人は王都の出口の大門の前にいた。

「ナヴィーさーん! おはようございます!」

「あらルナ! おはよう!」

「ルナさん!」

 手を振りながらやってきたルナの前にエンフィーが立った。

「おはようエンフィーちゃん! どうしたのかしら?」

「昨日はお姉ちゃんがご迷惑おかけしました!」

「え、そんな全然大丈夫ですよ! そんな、め、迷惑なんて……」

「そうよ、エンフィーあなたが頭を下げる必要なんて」

「じゃあ、お姉ちゃんが下げようねー」

 エンフィーはナヴィの後頭部を押さえ無理やり頭を下げさせた。

「あはは、ごめんねルナ」

「いえ、大丈夫です。それより……」

 二人は大門を背中に向け王都を見渡した。

「いろいろありましたね」

「えぇ、本当に色々あったわ……」

「じゃあ帰りますか!」


「ちょーっと待ったー!!」

 ナヴィら四人の元に四人の子供が走って向かってきた。

「「え!?」」
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