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2章 猫の縄張りは案外広く、世間は意外と狭いもの
10話 猫は家族の一員である
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王宮の文官。
その制服を見た瞬間、私の毛並みがわずかに逆立った。
公爵家にいた頃、嫌というほど見てきた、あの「自分たちは中立です」という顔をした、無機質なエリートたちの服だ。
「……何の用だ。報告なら書面で十分だと言ったはずだが」
エリー様の声が、一瞬で「死神」のそれに変わった。
どうやらエリー様の言っていた大切な話とはこのことのようだ。
(まるで私には話を聞かせたくなかったみたい……)
膝に乗せていた私に向けていた柔らかな体温は消え失せ、冷徹な辺境伯としての威圧感が執務室を満たす。
レオがびくりと肩を震わせ、無意識に私の背中に手を置いた。大丈夫よレオ、私がついている。
「はっ。本日は王家より、フォレスティア辺境伯閣下へ……いえ。閣下が保護されている『リリ様』について、折り入ってご確認したいことがあり参上いたしました」
(……私!?)
文官の視線が、レオの傍らに座る私へと向けられる。
その目は、可愛い動物を見る目ではない。希少な資源を値踏みする、嫌な粘り気を帯びた視線だ。
「……確認だと?」
「はい。一部の者の話によれば、そちらのリリ様は、人の言葉を完全に解しておられると」
「………それが一体なんだというのだ?まさかうちの飼い猫に聖獣の血が流れているとでもいうつもりか?」
「そのまさかでございます」
重々しく頷き、ちらりと私に視線を向ける文官。
「辺境伯閣下がこちらのリリ様をお連れになったのは、月のはじめと伺っておりますが、実はその頃、王宮に自らの罪を告白したいと申すものが参りまして。
そのものが申すには、一ヶ月ほど前にとある公爵家の人間から頼まれ、紫の瞳に純白の毛皮をもつ美しい一匹の猫を、魔物の住む森へ捨てたと」
話しながらちらりとこちらへ向かって視線を投げられ、心臓が嫌な音を立てて軋む。
「実はその公爵家については以前から王家の内偵が入っておりまして。
不確定の情報ではありますが、令嬢が聖獣様の先祖返りとして覚醒した可能性が高いとの報告を受けておりました。
詳しく調査を行おうとした矢先の公爵本人の事故で……。
まずは令嬢の保護を行おうと領地へ手の者を使わせようとしたところ、入ってきたのがこの2つの情報でございます。
どうやら現在公爵家を仕切っているのは令嬢ではなく、古くからの公爵の愛人だった女のようでーーー」
ーーーここまで言えば、どんな馬鹿だって粗方の想像はつく。
「公爵の死後その女が人間が聖獣へと姿を変えた令嬢を魔の森に投棄させ、それが私のリリだと。そう言いたいのか」
「……………」
その言葉に、黙って頭を下げる文官。
「馬鹿な」
「…ですが、状況からして極めて疑わしいのは事実で」
「それだけの理由で我が家の家族(リリ)を私の元から取り上げようというのなら、辺境伯家として正式に抗議させてもらう」
「閣下……!」
エリー様が軽く机をたたけば、それだけですぐ近くに控えていたらしい騎士の一人が、うろたえる文官の腕を掴み、扉の外へと引きずり出す。
「王に伝えよ。
このエリオット・フォレスティアの懐から宝を奪おうと言うなら相応の絶望を王座へ献上する、と」
「………!!!」
その殺気ともとれる気迫に絶句し、はくはくと声にならない呻きをもらす文官。
そのままバタンと閉まる扉をみつめ、とんでもない展開に息を呑んでいた私に、レオが両腕を広げて抱きついてくる。
「リリちゃん!!」「み、みゃ~お??」
(な、何?)
「リリちゃん、リリちゃんは絶対どこにもやらないから!!ね、叔父上!! 」
「当然だ」
その言葉に少し表情を和らげつつも、これまでに見たことのない険しい様子で私にくっついて離れないレオ。
立ち上がったエリー様は、そんなレオごと私を抱き上げ、腕の中に閉じ込める。
「リリ」
耳元で囁かれる低い声に、思わずびくんと飛び上がりそうになる。
その首輪のついた首筋に顔を埋め、エリー様は言った。
「お前は私のものだ。――逃がしはしない」
その制服を見た瞬間、私の毛並みがわずかに逆立った。
公爵家にいた頃、嫌というほど見てきた、あの「自分たちは中立です」という顔をした、無機質なエリートたちの服だ。
「……何の用だ。報告なら書面で十分だと言ったはずだが」
エリー様の声が、一瞬で「死神」のそれに変わった。
どうやらエリー様の言っていた大切な話とはこのことのようだ。
(まるで私には話を聞かせたくなかったみたい……)
膝に乗せていた私に向けていた柔らかな体温は消え失せ、冷徹な辺境伯としての威圧感が執務室を満たす。
レオがびくりと肩を震わせ、無意識に私の背中に手を置いた。大丈夫よレオ、私がついている。
「はっ。本日は王家より、フォレスティア辺境伯閣下へ……いえ。閣下が保護されている『リリ様』について、折り入ってご確認したいことがあり参上いたしました」
(……私!?)
文官の視線が、レオの傍らに座る私へと向けられる。
その目は、可愛い動物を見る目ではない。希少な資源を値踏みする、嫌な粘り気を帯びた視線だ。
「……確認だと?」
「はい。一部の者の話によれば、そちらのリリ様は、人の言葉を完全に解しておられると」
「………それが一体なんだというのだ?まさかうちの飼い猫に聖獣の血が流れているとでもいうつもりか?」
「そのまさかでございます」
重々しく頷き、ちらりと私に視線を向ける文官。
「辺境伯閣下がこちらのリリ様をお連れになったのは、月のはじめと伺っておりますが、実はその頃、王宮に自らの罪を告白したいと申すものが参りまして。
そのものが申すには、一ヶ月ほど前にとある公爵家の人間から頼まれ、紫の瞳に純白の毛皮をもつ美しい一匹の猫を、魔物の住む森へ捨てたと」
話しながらちらりとこちらへ向かって視線を投げられ、心臓が嫌な音を立てて軋む。
「実はその公爵家については以前から王家の内偵が入っておりまして。
不確定の情報ではありますが、令嬢が聖獣様の先祖返りとして覚醒した可能性が高いとの報告を受けておりました。
詳しく調査を行おうとした矢先の公爵本人の事故で……。
まずは令嬢の保護を行おうと領地へ手の者を使わせようとしたところ、入ってきたのがこの2つの情報でございます。
どうやら現在公爵家を仕切っているのは令嬢ではなく、古くからの公爵の愛人だった女のようでーーー」
ーーーここまで言えば、どんな馬鹿だって粗方の想像はつく。
「公爵の死後その女が人間が聖獣へと姿を変えた令嬢を魔の森に投棄させ、それが私のリリだと。そう言いたいのか」
「……………」
その言葉に、黙って頭を下げる文官。
「馬鹿な」
「…ですが、状況からして極めて疑わしいのは事実で」
「それだけの理由で我が家の家族(リリ)を私の元から取り上げようというのなら、辺境伯家として正式に抗議させてもらう」
「閣下……!」
エリー様が軽く机をたたけば、それだけですぐ近くに控えていたらしい騎士の一人が、うろたえる文官の腕を掴み、扉の外へと引きずり出す。
「王に伝えよ。
このエリオット・フォレスティアの懐から宝を奪おうと言うなら相応の絶望を王座へ献上する、と」
「………!!!」
その殺気ともとれる気迫に絶句し、はくはくと声にならない呻きをもらす文官。
そのままバタンと閉まる扉をみつめ、とんでもない展開に息を呑んでいた私に、レオが両腕を広げて抱きついてくる。
「リリちゃん!!」「み、みゃ~お??」
(な、何?)
「リリちゃん、リリちゃんは絶対どこにもやらないから!!ね、叔父上!! 」
「当然だ」
その言葉に少し表情を和らげつつも、これまでに見たことのない険しい様子で私にくっついて離れないレオ。
立ち上がったエリー様は、そんなレオごと私を抱き上げ、腕の中に閉じ込める。
「リリ」
耳元で囁かれる低い声に、思わずびくんと飛び上がりそうになる。
その首輪のついた首筋に顔を埋め、エリー様は言った。
「お前は私のものだ。――逃がしはしない」
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