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第1章 すっごく嫌だけど我慢して一緒に住んであげる

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 走り去ったのを確認したコウスケは絶命を擬態する魔法を解除する。
 魔法は得意ではないのでこんないたずらに使うようなものしか使えない。
 だが、ものは使いようだ。などと悠長に思っていたのもつかの間、身体中を強烈な痛みが襲う。

「くうう、痛てえ」

 だいぶ距離が離れたのでスカーレットの尾行を開始する。
 尾行しながらポケットから魔法加熱パイプを取り出して吸いながらこれまでのことを整理し始めた。
 いつもなら見つけ次第自分を襲ってくるスカーレットが今日に限って遠目から自分を見てコソコソ伺っていることには違和感があった。
 おそらく本腰を入れて自分を殺しにきたのだろうと考えたが、あんなものまで持っていたことは予想外だった。
 あの剣は未だに人間との和解、共存を拒む魔族の原理主義者が粛清や自爆攻撃によく使う魔道具だ。
 標的の近くで剣を抜いて持っているとき、少しでも恐怖や罪悪感などのためらいの気持ちがあると大爆発を起こして標的と持ち主の両方をこの世から亡き者にする。
 状況から察するに、母親とかいう奴はスカーレットのそういう気持ちを理解した上で最初から2人とも爆死させるために剣を渡した可能性が高い。

 次に母親について考えてみる。
 まず自分は魔族との戦争中にレイプや、それと誤解されるようなことはしてない。
 そもそもスカーレットが自称していた年齢から逆算して、母親が身ごもったであろう年齢は魔族との戦後、コウスケが調子に乗っていた時期のはずである。
 コウスケへの恨みとやらは母親がスカーレットに嘘を吹き込んでいることは間違いない。
 もっと言ってしまえばあんな剣を渡している時点で実の母親であるかどうかすら疑わしい。
 とは言ってもどこかでその母親とは面識があったのかも知れないし、スカーレットが自分の子供である可能性は0ではない。

 次にこの件の背後にはなにがいるのかも考える。あんな魔道具を持ち出す時点で背後にいるのは魔族至上主義の過激派だろう。だが、一言に過激派と言っても規模はまばらで主義主張も微妙違う。どんな相手が背後にいるのかはまだ分からない。
 この後スカーレットはおそらく母親とやらのところに戻るだろう。
 だから、このまま遠くから尾行して母親を捕まえて情報を吐かせる。
 運が良ければ結構な組織にあたって高い報奨金がでるし、その中に賞金首が入れば懸賞金も出る。

 最後にどうしても腑に落ちないことが頭をよぎった。
 何故、自分を狙ったのかだ。
 アイツは口ばかりのただのゲス、強かったのは他の勇者パーティーのメンバーでアイツはそれに寄生していただけ、それが今のコウスケが社会から受けている評価だ。
 かつて自分を恐れた魔族たちもその例外ではない。
 過激派たちの間でもあんなゴミは殺す価値もないと言われていると聞いたことがある。
 わざわざ狙う理由が本当に分からない。

「ああ、めんどうくせえ」

 スカーレットは中流住居とスラム街の間にあるまだ開発されていない開けた場所に入る。
 ここは平らな場所で草が生い茂っている以外はなにもない。
 相手を見失うことは少ないがこちらに気づいてしまう可能性も高い。
 コウスケはもっと距離をとるために足をとめる。
 途端にスカーレットが心配になってきた。
 母親とやらは元々スカーレットをコウスケ共々爆殺するつもりだったのだ。
 距離を開けたせいで、かけつけるタイミングが遅くなればどうなってしまうか分からない。

「クソガキ、てめえを保護した報奨金ももらう予定なんだ。だから死ぬんじゃねえぞ」

 心の中は若い頃にスッカリ忘れてしまったはずの感情がうごめいていた。
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