婚約者である私を差し置いて殿下が平民の女とイチャコラしてる件について

一ノ瀬一

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婚約者である私を差し置いて殿下が平民の女とイチャコラしてる件について

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 最近アルバート殿下が私に冷たい気がする。パーティーのために侍女に華やかなドレスを着せてもらっているというのに、私の心の中はちっとも華やかじゃない。
私──カトリーヌ・ロシュフォールという婚約者がありながら、最近殿下は平民上がりの女子生徒と親しくしている。たしか名前はリナと言ったかしら。学園内では彼女は常に殿下と護衛を兼ねたご学友と一緒に行動している。
 彼女とはずっと一緒にいるくせに、殿下は私が昼食に誘おうとするといつも断る。最初はそういう気分の日もあるかと思っていたけど、毎日カフェテリアでリナと談笑しながら食べているのを見ていると否が応でも分からされる──殿下の心は私ではなくリナへと移ってしまったのだと。
 国民なら誰もが知っているあるおとぎ話に、魔法を使う平民の少女が王子と学園で愛を育み結婚するというものがある。幸せを夢見る少女が憧憬を抱きそうなよくある話ではあるけれど、物語に登場する少女はリナと同じ光属性の魔術を使うのだ。
だから、この物語のヒロインのようにリナは殿下と結婚するのではないかとそこかしこで噂されている。話半分で聞いているようだけど、平民である彼女が婚約者持ちの殿下とベタベタしている状況を静観しているのはこの噂があるからだと私は思う。
 物語の中の王子も婚約者持ちで、結ばれなかった婚約者はもちろん婚約破棄される。それもパーティーの最中、多くの貴族の子女が集まる中で。
 聡明な殿下に限ってそんな馬鹿げたことはしないと信じたいけど、今回のパーティーで殿下からエスコートの話は出てこなかった。婚約者をエスコートしないなど普通ではあり得ないので、私は物語が現実になるのではと戦々恐々としている。
「お嬢様、お着替えとメイク終わりましたよ」
「え、ええ。ありがとう」
 支度が終わったのに目を瞑ったままの私に侍女が声を掛けてくれる。ついつい考え込んでしまっていたみたい。考えても仕方がないことなのに。
「例の彼女のこと……気に病むのは分かりますが、所詮は絵空事ですからね。昔から頭の切れる殿下に限ってそんなことありませんよ」
「そう、よね。うん、行ってくるわ」
 私は無理やり口角を上げ、安心させるように笑ってみせた。


 パーティーの会場であるダンスホール前に着いた私は受付でコサージュを受け取とってその場で付ける。コサージュに使われているのは香りの良いバラで、学年ごとに色が違う。私や殿下、リナは皆一年生なのでピンクのバラだ。
心を落ち着けるように一度深呼吸をしてから扉を開けると、ホールにいる参加者たちが私の方をチラチラと見ながら何やら話している。
 向けられた視線の理由はすぐに分かった。ホールの中央で殿下とリナが歓談しているのだ。なんとなくそんな気はしていたけど、殿下は私ではなくリナをエスコートしてパーティーに来ていた。
 もういよいよ婚約破棄だと深いため息が漏れそうになったところで、二人も私に気付きこちらを見る──リナはいつもと変わらない笑顔で、そして殿下は覚悟を決めたような顔で。殿下を私から奪っておいてよくそんな顔できるな。
「聞いてくれ、皆に言いたいことがある!」
 賑やかだったホールに殿下のよく通る声が朗々と響き、一瞬で静寂が訪れる。優雅に流れていたピアノの音も止まり、壁に寄りかかっていた者も扇で口元を隠してヒソヒソと話していた者も皆、殿下に注目する。
「ここにいるリナ──」
 時間がゆっくり流れているような感覚。とうとう来てしまった。私は今から婚約破棄されるんだ。「賢い殿下も思春期の恋には勝てなかったか」とか「殿下ってああいうがタイプなんだ」とか小耳に挟んだ噂も信じないようにしていたのに。私は殿下を信じていたのに。
「──は隣国のスパイだ」
「へ?」
 予想だにしない言葉が殿下の口から飛び出し、私は困惑する。それはリナも同じだったようで、彼女は今まで見せたことのない身のこなしでシュタッと後ろに跳び、王子と距離を取る。ゆるふわで何もないところでこけそうな彼女がこんな動きをするとは。リナが本当にスパイなのかはまだ分からないけどただの平民ではないことは分かった。
「気付いてたとはね。いつから?」
「最初からだ。ただでさえ平民で魔術を使える者は珍しいのに都合よくおとぎ話と同じ属性の生徒が入ってくるわけがなかろう。入学後すぐに調査を入れた」
「さすがに殿下の目は欺けないか」
 普段の甘ったるい声とは別人のような低い声でリナが観念したように言う。
「でもあたしがスパイって分かってたならこっそり捕まえないと。こんな人質選び放題な場所で発表するなんてそこまでは頭が回らなかったのかな?」
 ニヤリ、と下卑た笑みを浮かべた彼女は近くにいた令嬢に向かって走り出そうとする。
「させるか!」
 殿下がそう言うとリナのコサージュから蔦が瞬時に伸びて彼女を拘束する。抵抗する間もなくホールの固い床に転がったリナは猿轡のようになった蔦で上手く喋れずにモゴモゴと言いながらビチビチ跳ねている。守衛の人がすぐにやってきて、彼女はそのまま引き渡されていった。
 彼女が引き摺られていって扉が閉まった後も、しばらく皆あっけに取られていた。同じ学園の生徒がスパイだったといきなり告げられ、どうやら本当にスパイだったらしく捕まって連れて行かれたのだ。無理もない。
 どうすればいいのか分からない様子の参加者たちが見守る中、殿下が真っ直ぐ私の方に歩いてくる。
「カトリーヌ」
「は、はい。殿下」
「すまなかった。リナを欺くためとはいえ、エスコートもなしに来させてしまって」
「いえ、いいんです。彼女を油断させるために必要だったんですから」
 実際、私は婚約破棄だと思い込んでいたくらいだから、リナは相当浮かれてたんじゃないかな。
「それだけではない。何度もお昼の誘いを断ってしまって──君にリナを近づけたくなかったんだ。彼女は危険人物でどんな行動を取るか分からなかったし、それに王妃の座を狙っていた彼女がもし君に手を出したらと思うと俺は……」
 照れ隠しで目線を逸らす殿下の顔は少し赤くなっていた。かわいい人──私は率直にそう思った。殿下を安心させるようにニコリと笑って私は返す。
「その気持ちだけで十分です。大事にされてるって分かりましたから。婚約破棄されるんじゃないか心配だったこととか、いつも一緒にいるリナが羨ましいと思ってたこととか、もう全部忘れました!」
「へぇ、カトリーヌ……リナにやきもち焼いてたんだ。俺のこと、好きなんだ?」
「いや、そ、そういうわけじゃ」
「俺、心配だったんだ。ずっと君を裏切るようなことをして君に嫌われたんじゃないかって。事情を知ったとしても、俺に冷たくされた君の心はもう戻ってこないんじゃないかって」
 いつもの自信に満ち溢れた殿下らしくない零すような口調でそう言った後に、引き締まった腕で私を強く抱きしめる。
 私も両手を殿下の背中へ回し、ゆっくりとさする。冷静を装っているけど、自分の体温がどんどん上がって心臓がバクバクしているのが分かる。このままずっと抱きしめられていると熱で倒れてしまいそう。
「もう絶対に離さないから」
 小さく耳元で言うと殿下は抱擁をやめ、私の前で微笑みを浮かべる。熱くなった頭で私が殿下の顔から目を離せないでいると、止んでいた音楽が再び流れだす。軽快なワルツだ。
 殿下はゆっくりと私の手を取り、口づけを落とす。そして悪戯っぽく笑う。
「私と踊っていただけますか?」
 満面の笑みで私は殿下の手を握る。
「よろこんで!」
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