きみ。

一ノ瀬一

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きみ

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 財布をしまいながらコンビニから出てくると、きみはスタンドを立てたままの自転車に乗って空を眺めていた。茜色に染まる空。天高く馬肥ゆる秋と昔の人が言ったように空気が澄んでいるのもあってとても綺麗だ。
 買ったばかりの紅茶の紙パックにストローを挿して吸っているきみはいつも通りだった。
「空、綺麗だね」
「うん。この時間の空、私好き」
「あたしも」
 そう言ってきみはニッと歯を見せて笑う。自然とこっちまで笑顔になってしまいそうな、そんな顔。
「ねえ、本当にできるかな。あんなこと」
「大丈夫だって。東京なんて人がうじゃうじゃいるんだからバレないって」
「そうだよね。うちの親、インターネットとか疎いし」
「そーそ。大丈夫大丈夫」
 不安を振り切ったような顔できみは自転車を押して歩きはじめる。さすがにずっとコンビニの前に停めておくのは悪いしね。
 角を曲がると夕日に照らされ、きみは目を瞑る。眩しそうに手で庇を作る仕草さえ可愛いらしい。
「そういえば小テストどうだった? 準備忘れてたって言ってたけど」
「なんとかなったよ。休み時間にパパッと教科書見て」
「ちぇっ、地頭がいいもんな」
「まあ山が当たりまくったってのもあるけどね」
「はいはい謙遜ね」
 じとりとこちらを見るきみ。本当だって。
「空──綺麗だね」
「ね~それさっきも言ったじゃん」
「そうだっけ? 最近忘れっぽくて」
「やば。まだ若いのに」
 駅が見えてきた。私は家までチャリで、きみは駅の駐輪場にチャリを停めて電車で帰る。
「んじゃ、バイバイ」
「また明日。遅刻するんじゃないぞ」
「二日連続はしないって」
 そう言って手を振るきみ。昨日のきみ。人身事故があったのは知ってたけどそうだとは思わなかった。
 今から通夜に行くのもどこか信じられなくて。今朝先生が言ってた、遺体の損傷が激しかったんだって。ねえ、目の前で飛び込んだ知らない人に自分のかばん持たせて親から逃げるために利用したって言って。そうしたらそのまま電車に乗って遠くの町に行ったんでしょ。一日乗り継いだら今頃東京に着いてるかな。バイトでお金貯まったって言ってたじゃん。でさ、私が東京の大学行ってさ、どこかで名前が載ったのをきっかけに私に会いに大学に来るの。お互い垢抜けたねーなんて言ってさ。近くのカフェ入って紅茶頼んで高校の頃リプトンのやつ買っていつも飲んでたよね懐かし~って盛り上がって近況報告しだすの。きみはいろいろあって今アパレル店員やっててそれから休みの日にちょくちょく遊ぶようになるの。そんでさ、私が就職してからちょっと経ってから結婚式の招待状が届くの。ほんとはいくらでもLINEで連絡取れるけど驚かせたくってとかきみは言うんだよ。「ずっと付き合ってたもんね。おめでとう」とか言って祝福するけど内心ちょっときみが離れて行ってしまうようで寂しくて。で、しばらくしたら元気な赤ちゃん産んでさ。うち来なよって言うから行ったら優しそうな旦那さんと可愛い赤ちゃんがいて、よかった、幸せになれたんだって私安心するの。それからもずっと付き合いは続いて──私の子ども連れていってきみの子どもと一緒に遊ばせて私たちはそれを眺めながらこれから反抗期来るとか信じらんないって話しながらお茶するんだ。それでお互い子どもが独り立ちした後もカラオケなんて行ってさ、「もう全然声出ないね」なんて笑ってさ。ずっとずっと生きて私の方が先に死んじゃって、喪服に身を包んだきみを空から見るんだ。きっときみの方が長生きするよ。明るくてよく笑うし。運動神経も私より全然いいし。
 ねえ、ねえ。そうだよね。何年かしたらどこかで会えるよね。早く会いに来ないと私、きみのこと忘れちゃうよ。人懐っこい笑顔も、何も考えてないような顔でちゅーちゅー紅茶飲んでたのも、購買で買ったパンに美味しそうにかぶりついてたのも、全部全部忘れちゃうよ。ねえ。
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