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500年後の世界でスローライフ
最愛の人との別れ
しおりを挟む「お嬢様にお仕えできたことは、私の一生の誇りです」
シルフィード・ヘイスティングスは、もうほとんど動かない表情筋を動かし、精一杯の微笑みを浮かべてそう言った。
身体の自由はとうの昔にない。呪いによって手足の先からじわじわと蝕まれた身体は、今では小指の先をわずかに曲げ伸ばしできる程度で、食事ものどを通らず、水を飲むことすら一苦労だ。
そんなシルフィードの嗄れた声をベッドのそばで聞いていた二人の男女は、必死に嗚咽をこらえながら、まるで慟哭するように叫んだ。
「なんで…なんでそんなことを言うのっ……!!まだこれからじゃないっ!!これからいっぱい自分の好きなことして遊んで、世界中の魔術書を読んで語り明かして、そうやって人生を楽しむの!!好きな場所に行きたいなら私たちが連れていくし、音楽が聴きたいなら演奏家を連れてくればいい。呪いだって、みんな必死に解呪方法を探しているんだから、諦めなければ見つかるはずだわ」
「そうだよ、シルフィ。まだ、たった5年だ。僕たちの人生はずっと長いんだから、解呪を待ちながら君自身の幸せを見つけることだってきっとできるはずだよ。だから何も、」
「確かに、今である必要はないのかもしれません」
何もかもを悟ったような表情をしたシルフィードは、フェリクスの言葉をさえぎって、言葉を紡ぐ。
「私だってもう少しだけ、生きていたいという気持ちもあります。これから先のみんなの行く末を見届けて、幸せになった姿を見て、聞いて、感じてから、死にたい。叶うならそうしたいって思います」
「だったら……!!」
「見えないんです。視界の半分くらいが」
「っ!!」
そういった瞬間。二人は信じられないとばかりに目を見開き、息をのんだ。その心中を絶望がじわりじわりと覆ってゆく。
「……聞いてないわよ、そんなこと」
「申し訳ありません。ご心配をおかけしたくなくて。身重の貴方に、これ以上精神的負担をかけるべきではないと思って。…それに、視覚だけではないんです。耳もあまり聞こえなくなりましたし、この間はオレンジジュースを飲んで、何の果物かわかりませんでした」
「…………。」
「きっと私はこれから先、全ての感覚を奪われていくのでしょう。ひょっとしたら、記憶やそれ以外のものも……。そうして何もわからなくなった感覚の中で500年を生きるくらいなら、自分自身を誇れる今のうちに、全てを終わらせたいのです」
「………………。」
部屋の中を重苦しい沈黙が包み込む。ミューゼリアは溢れ出る涙をぬぐう事すら忘れて、ひたすらたったひとりの親友を助けることすらできない己自信を呪った。
なぜ、どうして。そんな意味もない問いばかりが浮かんでは消えていく。そんなことはわかりきっている。だって親友の彼女を巻き込んだのは自分だ。危険だからと止めようとした彼女を「貴族に生まれた者の務めだから」と独りよがりの正義を振りかざした結果がこれだ。自分の意志を貫くために、のしかかる責任は覚悟の上だった。たとえ自分が死んだとしても悔いはなかったと言い切れるのに、この結果だけは全く想定も、望んでもいなかった。
一気に感情が振り切れた心を落ち着かせるために、いつもの癖で深呼吸をする。シルフィードと過ごした今までの出来事が頭を駆け巡っていく。これから先どんなことがあったとしても彼女と生きていくことを想像していたために、我が儘な自分が未だに現実を受け止めきれずにいる。
……でも、もうわかってもいる。今日でシルフィードと「お別れ」なんだと。
「フェリクス」
「……わかった」
フェリクスは自分の顔を乱暴に拭うと、静かに部屋を出ていった。その中で一番冷静だったシルフィードは、王国の第三王子そして未来の国王に雑用をさせてしまうことにわずかばかり申し訳なさを感じつつ、最後の時を敬愛する主と二人きりで過ごせることに喜びを感じていた。
「生涯おそばで仕えることを誓ったのに、不甲斐ない従者で申し訳なく思います」
「何言ってるの。貴方以上に優秀で、主思いの従者がいるもんですか。最初は従者としての立ち居振る舞いも、護身術も何も知らなかったのに、気が付けば完璧にこなせるようになっちゃって。セバスが驚いてたのよ?」
「そうなのですか?ですが、数ある中から私を選んでいただいたのですから、そのご厚意に報いるのは当然だと思います」
「そうかしら。貴方の方こそ、類まれな才をたくさん持ってるんだから、私じゃなくたってその素晴らしさを理解できたと思うけれど?……むしろ、私のせいで」
「それだけは絶対に違います。私が今まで頑張って結果を出すことができたのは、それがミューゼリア様のためになると分かっていたからです。ミューゼリア様の従者として従軍したのは、私がそうしたかったからですし、この呪いの件に至っては偶然私一人が被ることになっただけで、誰のせいでもない。そんなことを言ったら討伐隊全員に責任があることになってしまいます」
そう言って冗談であるかのように顔を緩めるシルフィードであったが、彼女の呪いの件について責任を感じているのは冗談でもなんでもなく討伐隊全員であり、国王夫妻も胸を痛めていることを彼女だけが知らない。龍災を鎮めた英雄の一人がおぞましい呪いに侵されていることは、それだけ多くの人のしこりとなっているのだった。
「それに他でもない私が敬愛する貴方を、そのように言ってほしくないです。先ほども言いましたが、貴方に仕えることができたことが私の一生の誇りであり、幸せなのですから」
「……そう。わかったわ。私は一生自分を許すことができないだろうけれど、それでも貴方がそう言ってくれた人間として胸を張って、そしてもっともっと誇りに思ってもらえるような主になれるよう、これから先、生きていくわね」
「…はい。遠い空から、見守らせていただきますね」
そう言って今日一番の笑みを浮かべたシルフィードに対し、ミューゼリアは急に物凄く真剣な瞳で。それでいて口調は少しくだけさせて、言った。
「そのことなんだけどね、シルフィ。敬愛する主である私が貴方のお願いを聞くんだから、ちょっとくらい貴方にも私の我が儘を聞いてほしいのよ」
「何でしょうか。今の私にできることであるなら、何でもしますよ」
そう言ったシルフィードはしかし、ミューゼリアの見たこともないような含みのある笑みに、自分が今言ったことをすぐさま撤回したくなった。
「そう。何でも、ね。従者たる者、主とする約束に二言はないわね」
「え、ええと……。ミューゼリア様?」
言質をとるかのような言い方に、シルフィードは戸惑いを隠せない。自分の主は最後に自分に何をさせるのかと、身構える。しかし当の本人は含みのある笑みを消して、まるで慈悲を与える女神のような穏やかな表情になった。
「貴方にかけられた不老と侵食の呪いは、確かに今の私たちでは解くことができない。そして呪い自体の効力が失われるのにかかる時間はおよそ500年。だから今から貴方は500年の眠りにつく。そして…」
ミューゼリアは自分の人生で最大の愛をこめて、シルフィードに自分の我が儘を伝える。悲しみや悔しさ、どうしようもない怒りで、胸の奥が張り裂けそうになりながら。
それは愛情を尽くして育てたヒナを、大空へと飛び立たせる親鳥のような。しかしそれよりもずっと不純な思いでヒナの翼をもいでしまいたくなる欲望を押さえつけて、ミューゼリアはただひたすら親友への餞の言葉を紡いでゆく。
「呪いが解けたら、眠りから覚める。そこからが貴方の第二の人生。誰かのためでない自分の幸せのために、生きて。それが私の、いえ私たちの我が儘よ」
カチャリ、と音がして、部屋の入り口からフェリクスが入ってくる。その手に握られているのは、細かく瀟洒な装飾が施されたガラス瓶。明らかに普通ではない雰囲気漂う小瓶の中には、明るい色の液体が入っていた。
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