500年眠りについた元賢者がスローライフを送っていたら、公爵閣下に気に入られた件について

ペンギン

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500年後の世界でスローライフ

目覚め

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「………!!うう、んん……、ううん?」


 優しい光を感じて、目を開ける。最初に感じたのは豊かな森の朝特有の澄んだ空気のにおいと、焦点の定まらない視界。ゆっくりと何度か瞬きを繰り返して、ぼやけた視界を鮮明にしていくと、見慣れない木目の天井が映った。
 シルフィードは目を開けてベッドに横たわったままの状態で、5分、あるいは10分。いや実際はそれより長くか、何も考えずぼんやりとしていた。


 やがてここはどこなのか、さっきまで自分は何をしていたのか、という事が気になり始めて、満足に働こうとない思考を巡らせていく。


 ふいに、とある声が記憶によみがえった。




『この秘薬の効果は二つ。眠らせることと、身体を健康な状態で保持すること。特に二つ目の方が重要でね。君は呪いによって不老になっているとはいえ、ベッドに横たわり続ければ身体機能に悪影響を及ぼすだろうから、秘薬の力で身体を保護するんだ。
 薬の効果は君にかけられた呪いの効力に準じることになっている。もし僕たちが生きているうちに解呪に成功できたならその時君は目覚めるし、できなければ呪いの効力が切れるまで、続くことになるだろう』


『いつの間に、って思ってるでしょ。貴方の考えてることなんて、こっちは5年も前からお見通しなのよ。自分一人で呪いを引き受けて、身体が不自由になって私たちに迷惑をかけそうになったら、さっさと死ぬつもりだったんだろうけど、そうはさせないんだから。貴方一人だけを残すことになってしまうけれど……。それでも私たちは貴方に、今度こそ自分の人生を生きてほしいの』


『眠っている間のことは、任せてほしい。すでに君の眠りを守るための場所の用意は整えてある。秘薬も隠れ家も、本当は使わないに越したことはなかったけれど、僕たちにできることはこれくらいしかないからね』


『これくらいっていうけど、結構大変だったのよ?呪いの解呪方法を探してもらう傍ら、各地の希少な素材を集めてもらったの。彼らが、他でもないパーティメンバーである貴方のためだからって、結構な無茶をしてくれたおかげで、情報も素材も技術者もすぐに集めることができたわ』


『申し訳ないって思うかい?でもこれは僕たちの罪滅ぼしでもあるんだよ。体を張って守ってくれたパーティメンバー一人救うことのできない、薄情で愚かな僕たちのね。だからあまり気に病まないで。……そして酷なことをするけれど、今度は僕たちが君に呪いをかける。

―僕たちのいない世界で幸せになってほしいという、願いという名の呪いを――』










「………そっか。じゃあここは、500年後の世界、なんですね」


 口に出して事実を確認してみるが、正直実感は湧かない。確かに身体の末端から凍り付くように動かなくなり、感覚もいつの間にか失っていたさっきまでの状態と比べて、明らかに身体の調子がよくなっているけれど――。ここは本当に、500年後の未来なんだろうか。


 シルフィードは起き上がって、周りの様子を観察した。今いるのは寝室のようで、大きな天蓋付きベッドと、どこか温かみのある品のいい調度品がバランスよく設えてある。部屋の大きさは貴族の家としては小さめで、もともと孤児院育ちで贅沢な暮らしに慣れていないシルフィードにとってはすごく落ち着く雰囲気だ。

 ふと目線をずらすと、サイドテーブルに何かが置いてあるのが目に入った。手前から医療鑑定の魔道具、何かの鍵、そして分厚い手記帳のようなものがそこに置いてあった。医療鑑定の魔道具は、簡易的ではあるが状態異常の有無を調べることができる。診断はきわめて正確で、シルフィードの受けた呪いのように強力なものであれば、間違いなく異常ありと鑑定されるはずだ。

 シルフィードは緊張に息を弾ませながら魔道具を手に取り、魔力を流し込んで起動させる。ふたを開けると中は無色透明なガラスの素材でできており、中央の注ぎ口から血液を一滴たらし、変化したガラスの色から鑑定することができる。状態異常の度合いが悪い方から黒、紫、赤、オレンジとなり、綺麗な緑色になった場合は異常なしとなる。

 魔道具の下部に収納されている使い捨ての医療針を一本取り出して、左手の人差し指を刺す。そして傷口からプクリと浮かび上がってきた血液をそっと注ぎ口から垂らして、静かに鑑定を待つ。


「結果は………、緑。……はあ。わかってはいたことですけど、すごく緊張しました」


 つぶやきながら、緊張にこわばっていた身体から力を抜く。すでに身体の自由を取り戻しているのは明白だったためわかりきっていたことではあったが、それでも目に見える形で示されることの重みは計り知れない。

 呪いを受けてから5年。その間、強烈な痛みとともに、徐々に身体の末端から力が失われていった。自分を心配してくれる彼らに対して平静を装いつつ、感覚すら遠ざかっていく恐怖と苦しみに必死に抗い、やがてすべてを受け入れる覚悟を決めたシルフィードにとって、それらが解かれた事実はあまりに大きく、去来するあらゆる感情を制御することは、とても難しかった。

 そして最大の懸念事項が一つ取り払われたことで、もう一つの考えたくない、できれば目をそらしたい事実が脳裏をよぎる。


 つまりこの世界が本当に500年後の世界であるのか。自分の知っている人々がすでに皆いなくなった世界であるのか、という事がだ。


 そこまで考えたところで、サイドテーブルの上の手記帳に目を止める。魔道具をサイドテーブルへ戻した手で、吸い寄せられるように手に取る。なにやら幾何学的な模様が施された表紙をめくると、最初のページに「親愛なるシルフィードへ」の文字。見間違えることなどありえない、誰よりも敬愛する主の文字だった。

 シルフィードは一度深呼吸をして、そっとページをめくった。

 
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