cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第二十六話 『氷』の想い

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洞窟の壁の中に埋まり、淡く黄緑色の光を放っている鉱石を覗き込み、ユーガはこの洞窟が『鏡窟』と呼ばれている理由がわかった気がした。まるで鏡のようにユーガの顔が反射していて、その鉱石は辺りを見渡すと無数にあるからだった。
「ここが・・・ラズフェア鏡窟か・・・」
ユーガは呟いて、もう一度辺りを見渡した。全体的に暗いが、鉱石が光を放っているおかげである程度目視ができる。ー恐らく、鉱石の光が無くともユーガには見る事ができるとは思うが。
「ここの最深部に行けば良いんだっけ?」
「ええ」
ネロの問いにルインが頷き、不意にその場にしゃがんで地面を指で撫でた。
「・・・比較的新しい土ですね。誰かが頻繁に出入りしていると見て間違いないでしょう」
「スウォーかな・・・?」
ルインの隣にユーガは立ち、尋ねた。それはわかりませんが、とルインは立ち上がり、薄暗く見える通路を指差した。
「とにかく行ってみましょう。行けばわかる事ですから」
「そうですね」とミナが頷く。「・・・スウォーさんには、聞きたい事もありますから」
「ええ。・・・さぁ、行きましょうか」
ルインの言葉にユーガ達は頷き、通路の奥へと進む。木で洞窟が崩れないように補強されており、そこも鉱石で照らされている。
「・・・薄暗いな」
ユーガの後ろを歩くトビが不機嫌そうな口調で呟いた。さらにその後ろを歩くシノがトビに視線を向けた。
「ライト・・・ありますけど、いりますか?」
「・・・いらね」
そう言ってシノの方を見ようともしないトビに、おいおい、とネロが腕を組んだ。
「お前が文句を言うからシノが気を利かせてくれたんだろ?」
「・・・お前らに気を遣って『いただける』とはね。とにかくいらねぇよ。誰も使ってねえのに、俺だけ使うのも癪に障るんだ」
トビはそう言って、腕を腰に当てた。やれやれ、とネロはトビには聞こえないように声を小さくして首を振った。
「何も変わらない、か?」
「・・・いえ」
ネロの呆れたような呟きに反して、シノはほんの少しだが微笑んだように、ネロには見えた。
「少し・・・変わりましたよ」
「・・・そうか?」
ネロは尋ねたが、シノは表情を戻してそれきり何も話さなかった。
(・・・変わってんなら良いけどさ・・・)
ネロは嘆息し、黙って歩くトビの背中を見た。ーと、ユーガよりも前を歩いていたルインが腕を横に出して立ち止まった。
「・・・ルイン?」
ユーガはルインに声をかけて、それ以上の言葉をつぐんだ。何かの、音が聞こえたのだ。甲冑が動くような音が、次第にユーガ達の耳に響いてくる。ユーガは目を凝らして暗闇の先を見た。
「・・・四人」
「四人だ」
「四人ですね」
ユーガとトビとルインのその声が重なり、ユーガ達はそれぞれ武器に手をかけた。恐らく、ユーガは『緋眼』による視力で、トビは『蒼眼』による聴力で、ルインは『元素感知』によって、それぞれ察知したのだろう、とネロ達にはわかった。
「そこにいるのは誰だっ!」
やはり、兵士だ。それも、ミヨジネアの。兵士達はユーガの顔を見てスウォー様、と呟いて一瞬固まったが、すぐにユーガだとわかると剣を振りかぶって斬りかかってきた。ネロは剣で受け止め、素早い剣技で首を斬り裂き、もう一人の体をルインの風の魔法が包み、体をずたずたに斬り裂く。トビの銃弾が兵士の喉を的確に捉え、冷静に引き金を引いた。喉から血飛沫が散り、三人の兵士は倒れた。残るは一人。ユーガはトビの横を駆け抜け、兵士に向かって走った。兵士は敵わないとみたか、ユーガに背を向けた。しかし、逃がさない。逃がせないのだ。仲間を呼ばれでもしたら、負ける事はないだろうが多くの命を手にかける事になってしまう。
「・・・だぁぁっ‼︎」
ユーガは横に剣を振り、兵士の脇腹に剣を入れた。がふ、という声にならない声がユーガの耳に響き、ユーガは固く眼を閉じて剣の血を振り払った。ーその直後、ユーガの背後で血を吐きながら兵が倒れた。ユーガは振り向いて倒れている兵達に祈りを捧げた。それは、トビとルインとユーガの三人で初めてミヨジネア兵に襲われた時に彼等を斬った時と同じように。
「・・・すみません。どうか安らかに・・・眠ってください・・・」
呟きが、その言葉が彼等の魂に少しでも届きますように、と願いながら。ユーガは剣を鞘に収めて仲間達を見た。
「・・・ユーガさん」
ミナが心配そうにユーガの顔を覗き込んでいる。ユーガは心苦しさを隠せず、ふぅ、と息を吐いた。
「こんな戦いも・・・早く終わらせたいな・・・」
「終わらせるためにも早くスウォーさんに会いましょう・・・?ね、ユーガさん」
「・・・うん、そうだな」
「ユーガ。死体を隠すぞ。手伝え」
トビの言葉にユーガは力なく頷き、ゆっくりと兵士のだらんとした腕を取った。

「んん?」
ユーガ達はさらにどれだけ進んだかもわからなくなるほど奥に進んでいると、ユーガ達の眼に広がったのは広々とした空間だった。ここで元々何か研究をしていたな、とトビが理解すると、リフィアがそんな素っ頓狂な声をあげた。どうした、とネロが近付くと、リフィアは手に何かを持っていた。
「何だろ、これ?」
「・・・何かの破片か?元素機械(フィアブロスト)の欠片とかではないみたいだな・・・?」
ネロがリフィアからそれを受け取り、くるくると回して眺めていると、シノがそれを凝視している事に気付いた。
「ん・・・?シノ、どした?」
ネロの問いかけには答えず、シノはゆっくりとネロの手からその欠片を受け取ってまじまじと眺め始めた。ユーガ達は顔を見合わせて首を傾げた。ーが、その中でトビだけがシノの横に立って腰に手を当てて欠片を見た。
「・・・おい、まさかとは思うが・・・」
「・・・はい。お母さんの・・・ペンダントの破片に間違いありません」
「・・・マジかよ」
トビの顔が引き攣り、シノの顔もまた固くなった。ユーガ達は訳が分からず、もう一度顔を見合わせた。それを見たトビは嘆息しシノから少し離れて、ちょっと来い、とユーガ達を呼んだ。
「厄介だな」
「どういう事だよ?わかりやすく説明してくれ」
ネロのその言葉にトビは大袈裟に嘆息し、舌打ちをして口をゆっくりと開いた。その話の内容は、こうだった。シノは幼い頃からフォルトの小屋で一人で過ごしていた。物心がついた頃には既に母親は仕事でほとんど家にはおらず、父親もシノが生まれた直後に死んだらしい。シノは幼いなりに本を読み、様々な知識を身につけた。元素(フィーア)の扱い方も学び、攻撃魔法と回復魔法の両方も使えるようになったという。毎日五百セルが机の上に置かれ、幼いシノは毎日の食費をそれでやりくりするようになった。しかし、歳を重ねるにつれて違和感に気付き始めていったらしく、なぜ自分には頼れる『親』がいないのか、という違和感がシノの胸を締め付けた。ある日、シノは毎日夜遅く帰ってくるシノの母親ーソニアにその事を尋ねたという。声を交わす事すらほとんど無かった親にその疑問をぶつける事はかなり勇気が必要だっただろうな、とユーガは思う。ーしかし、ソニアは答えてくれなかった。それどころか、シノを冷たい眼で見下してー。
「・・・殴った」
トビの言葉に、ユーガ達は驚愕した。それは、よく考えなくともー。
「・・・虐待・・・⁉︎」
ミナの言葉の通り、であった。トビによれば、それ以降も何度もシノはその疑問をソニアにぶつけたがその度、暴行は続いたという。酷い時は酒瓶を投げつけられた事も、産まなければ良かった、と言われた事もあったらしい。
「・・・そんな・・・」
ユーガは目線を下に落とし、拳を握りしめた。そんな過去が、シノにあったなんてー。ふと、ユーガはフォルトでシノと話した時の事を思い出した。
『後悔、しないでくださいね』
あの夜、去り際に確かにシノはそう言っていた。もしかしたら、シノは自身の過去の事を言っていたのかもしれない、と思うと、ユーガは心の中にソニアに対する怒りが渦巻くのを感じた。
「トビ。そのソニアさんって人、今どこに・・・?」
「さぁな。少なくともシノと初めて会った時・・・五年前くらいにはもう一緒には住んでいなかった。シノはその時からあんな感じだ。愛情を受けず育ったからこそ、あいつは感情を消した・・・いや、殺したんだ」
「そっか・・・それにしても、シノにそんな過去があったなんて・・・」
「・・・その状況でもシノはお前らを信じた。・・・本当によくわからねぇ奴だぜ」
「だけど」とミナが考え込みながら呟いた。「なぜここにそのソニアさんのペンダントの破片が・・・?もしかして、スウォーさんと繋がってたり・・・?」
「それは調べてみないとわかりません」
ルインは感情を隠すように左手で顔を覆い、ですが、と言葉を繋げた。
「ここにあったという事は何か関係はあるかもしれませんし、他にも手がかりはあるかもしれません。もう少しこの辺りを探索してみましょうか」
ユーガは頷いて、シノの方を振り返って心臓が止まりそうになった。目の前にシノが立っていて、相変わらずの無表情でユーガ達を見つめていたのだった。
「し、シノ・・・⁉︎」
「・・・聞いてたのか、シノ」
トビの嘆息しつつのその声にシノは頷く。
「・・・隠すような過去ではありませんし」
シノの声はいつも通りだったが、少し落ち込んだように、ユーガには聞こえた。
「・・・いいんです。お母様には、私は・・・望まれなかっただけですから」
「シノ・・・」
ユーガは再び、ソニアに対して怒りを覚えた。ーが、けど、とユーガは腕を組んだ。
「なぁ、シノ。今俺達と旅してて、楽しいか?」
突然の質問に、シノだけでなく仲間達も眼を瞬かせた。
「・・・え?え、はい・・・まぁ」
「なぜそのような事を聞いたのですか?ユーガ」
ルインの言葉に、ユーガは組んでいた腕を下ろして右手の人差し指を立てた。
「シノが今ここにいるのってさ、ソニアさんがシノをそういう環境にしたからって事だろ?逆にシノがソニアさんにちゃんと育てられてたら、俺達とは出会えなかったかもしれないじゃんか」
「・・・つまり、ユーガ君。キミはこう言いたいわけだね?『過去は辛いけど、今の関係があるから考え方によっては良かった』って事かい?」
「ああ!そうじゃなきゃ、俺達の『絆』も築けなかったかもしれないしな!」
ユーガのその言葉に、仲間達は呆れたようにユーガを見て、苦笑した。
「やれやれ」とルイン。「ユーガらしいというか、なんというか・・・」
「ですね・・・」
とミナも頷く。どういう事だよ、とユーガが頬を膨らませると、ユーガの隣にトビが立って嘆息した。
「・・・ものは考えよう、ってか?相変わらずだな」
その時、ユーガにはトビの横顔がちらりと見えた。その口元が微かに笑っていたように見えたが、それを確認するより前にトビはユーガの何歩か前に出てしまったためそれ以上は見えなくなった。
「・・・しかし、本当にソニアがスウォー達に関わってるんだとしたら・・・厄介だぜ。シノの顔はもちろん、俺の顔もソニアには知られてる。俺達がソニアに会わないのが得策だろうが、お前らにソニアを説得できるとも思わねぇ」
「・・・お母様は気難しいですから」
シノのその言葉には、様々な想いが込められていた、とユーガは思った。鈍感なユーガでもわかるのだから、仲間達もきっと感じ取ったに違いない。
「トビはソニアさんと会った事があるんですか?」
ルインの問いかけに、トビは鼻を鳴らしてぶっきらぼうに、ああ、と頷いた。
「・・・ソニアも研究者だ。シノも意図せずそんな感じの道に来ちまってたし、シレーフォに来る事もあったからな。その時に何度か顔は合わせた事がある」
「ソニアさんも・・・研究者だったのか・・・」
ユーガは何となく、目線をシノに向けた。『クィーリアの天才魔導士』と呼ばれたシノは、ルインのように固有能力(スキル)に恵まれた、とはとても言えなかった。シノの固有能力は『氷掌脚』だった筈だ、とユーガは思い出した。その固有能力は、氷を手や脚に纏わせて敵を攻撃する、といった物だ。しかし、『天才魔導士』と呼ばれるようになったのは、紛れもなくシノの努力だ。理由がどうであろうとも、シノは努力で『地位』を確立した。ーしかし、その代わりに彼女は『感情』を殺した。完璧でいられるように、人との関わりを避けていった。それは自分も似たようなものだったが、とトビは微かに自嘲したが、それを顔に出すような事はしなかった。
「・・・無駄話が長くなりました。調査を再開しましょうか」
「お、おい、シノ⁉︎」
ユーガは踵を返したシノを呼び止めたが、シノはそれきり口をつぐんで、何も話してくれなかった。これ以上の話は無駄です、と言わんばかりに。
「・・・当然だ。あいつの心の中にトラウマのようなものとして確立されてるんだからな」
「・・・なぁ、皆・・・ちょっと良いかな」
シノから視線を逸らし、ユーガは仲間達を見た。シノ以外の視線がユーガに集まり、ユーガはそれをまっすぐに受け止めた。
「この先、俺達はスウォーに会わなきゃいけない。戦争を止めて、スウォーの計画も止めなきゃいけないよな。・・・だけど、もしその途中でソニアさんに会う事があったら・・・ソニアさんと話をしてみたいんだ」
「話、ですか」とルインが興味深そうにユーガを見た。「それは構いませんが、何を話すのですか?」
「シノの事だよ」
ユーガがまっすぐに答えると、トビは怪訝そうにユーガを見た。
「お前・・・シノの家庭の問題にまで首を突っ込むつもりか?それは助ける、じゃなくて自己満足だぞ」
「それはわかってる。ただ・・・シノは俺達にとって必要なんだって少しでも伝えないと、俺の気がすまないんだ。だから、頼む」
ユーガは言って、頭を下げた。仲間達の眼が丸くなった事に気付いたが、それでも構わない。
「良いんじゃない?」
その声にユーガが顔を上げると、リフィアが八重歯を見せながら笑みを浮かべていた。
「シノちゃんはアタシ達の仲間だし。事実、シノちゃんに助けられた事なんて何回もあったしさ」
リフィアの言葉に、仲間達も頷く。ーその中で、トビは呆れたようにユーガを見ていたが。
「・・・どうなっても知らねえからな」
それは、許してくれた、という事だろう。ユーガは頷いて、ありがとう、と笑みを浮かべる。
「・・・さぁ、調査を再開しましょう」
既に調査を開始していたシノを見て、ミナは言った。

「・・・・・・」
調査の途中、ユーガ達はさらに奥の部屋がある事に気付き、マハが手分けして調査を提案したので先程の部屋はネロ、ルイン、リフィアに任せて、ユーガ、トビ、ミナ、シノはさらに奥の部屋へ進んだ。
「・・・空気が冷えてるな・・・」
トビの呟きに、ユーガも身を震わせた。
「うん・・・ミナ、大丈夫か?寒くないか?」
「あ、ありがとうございます・・・私なら大丈夫です」
「そっか、なら良いけど・・・」
ユーガはそこまで言って、剣を握った。トビも同様、銃を手にした。
「・・・ユーガ」
「・・・ああ。何か・・・いる・・・?」
その言葉に、ミナとシノがそれぞれ戦闘の構えを取った。ー直後、ユーガ達の辺りを包む空気が一気に冷えた。ユーガ達の背筋がぞくりと冷え、ユーガ達の体に鳥肌が立った。
「っ!ユーガ!防げ!」
トビの言葉にユーガは咄嗟に剣を立てて目の前に構えた。ーその刹那、その剣に氷の槍が無数に弾けて、火花が散った。
「な、何ですか⁉︎」
ミナがナイフを手に持ちながら動揺を隠せずに言った。その疑問に答えるかのように、『それ』は姿を現した。
「な、何だこいつ・・・⁉︎」
ユーガ達の目の前に現れたのは、魔物だった。しかし、それはあまりにもー。
「デカすぎんだろ・・・!」
見た目こそ確かに獣なのだが、あまりにも巨大だ。シレーフォの近くにいた巨大なミミズの魔物ーフォレスワームよりも、大きい。ライオンのような頭と体に、羽が生えて尻尾もある異形の魔物。ユーガは剣を構え直して、直後、自分の身に起きた現象に戦慄した。
「・・・がっ・・・⁉︎」
「ユーガさんっ⁉︎」
「ユーガッ!」
ユーガの体が吹き飛ばされ、高い天井に叩きつけられたのだ。
(見えなかった・・・!)
ユーガは落ちていく感覚を感じながらもう一度魔物を見た。右前足が上に突き出されている事から、目にも止まらぬ速さで打ち上げられたのだろう、とわかる。ユーガは咄嗟に壁を剣で突き、摩擦で落下スピードを落として地面に着地した。ーが、やはりダメージは大きく口の端から血が溢れ出た。
「ユーガさん、大丈夫ですか⁉︎」
「な、何とか・・・大丈夫・・・」
ユーガは言いながら膝が震えるのを抑えられなかった。ーその時、隣にトビが来てさりげなく肩を貸してくれた。ありがとう、と言ってユーガは魔物に視線を向けた。唸り声をあげながら、ゆっくり、ゆっくりとユーガ達に近付く。シノがユーガ達を守るように前に進み出て素早く視線を巡らせた。
(弱点は見たところない。氷の元素は効かないと判断)
とすれば、最も最適な答えは炎の元素の攻撃。シノはちらりとユーガに視線をやったが、ユーガはトビの肩を借りてふらつきながら立っている。その横でトビが呆れながら回復魔法をかけているが、すぐには回復しないだろう。トビなら少しは炎の攻撃魔法を使えるだろうが、それではとても太刀打ちなどできない、とシノは判断した、刹那。
『ー貴様達』
シノが考えを巡らせていると、不意にそんな声が頭の上から降ってきた。それは、聞き覚えのない女性の声で氷のように冷たい声が、辺りに響いた。その声が響いた瞬間、魔物の動きは止まり唸り声を上げる事も止めた。
「な、何だ・・・?」
『何者だ。このラズフェア鏡窟は我が祭壇のある場所』
「祭壇だと?」
トビがユーガを支えながらその声の主を探したが、声の主は全く見当たらない。
『そうだ。・・・む?そこにいるのは『絶対神』の固有能力の主か』
「・・・そ、そうですけど・・・あなたは・・・?」
『・・・我の祭壇はこの奥だ。詳しい話はそこでしよう。・・・そこまで来い』
「は・・・?何なんだ、勝手な奴・・・」
声の主はそう言い残し、気配を消し、トビは呆れて舌打ちをして呟いた。それと同時に、目の前にいた魔物は踵を返して闇の中へ消えていった。
「・・・祭壇・・・」
ミナが呟くと、ユーガ達の後ろから足音が聞こえた。それは、聞き慣れた靴音だったのでユーガ達は武器を構える事は、しなかった。
「皆、大丈夫か!」
その足音は、ネロ達だ。恐らく、先程の声の主をルインの固有能力、『元素感知』で感知し、自分達を心配してきてくれたのだろう、とわかる。
「何があったのですか、ユーガ」
「・・・それが・・・」
ユーガは今起こった事を溢れの無いように、仲間達に説明した。足りないところは、トビが嘆息しながら補足してくれて。
「・・・この奥の祭壇、ですか」
「うん。そこに来いって言ってた・・・」
「わかりました。こちらの調査も終わりましたから、奥に進んでみましょう」
ルインは、きっ、と広がる闇を見据えて言った。恐らく、まだ『元素感知』で何かを感じとっているのだろう。
「そうだな。ユーガ、立てるか?」
ネロの言葉に、ユーガは頷いて立ち上がった。ー回復魔法をトビがかけたおかげで見た目に怪我こそないが、痛みまでは完全に引いていないだろう、とネロは思ったが、何も言わなかった。
「大丈夫。行こう」
ユーガの体はやはり痛みに悲鳴をあげていたが、そんな事は言っていられない。先程の声の主は、ミナの固有能力、『絶対神』の事を知っていた。ユーガもミナも、もっと『絶対神』について知りたい事もあった。その機会を、逃すわけにはいかない。ユーガ達は闇の先にあるであろう祭壇を目指して、足を踏み出した。

「ネロ」
ユーガは通路を歩きながら、彼の名を呼んだ。すぐに、ん?とネロの体がユーガの横に並んだ。
「聞くの忘れてたんだけど、ガイアの人達はどうなったんだ?」
「ああ、その話か。どうやら、ガイアにいたサキュバスが誤ってでかい魔法陣を展開しちまったらしくて、それに巻き込まれて、って事らしいぜ」
「・・・はぁ・・・?」
それを聞いていたトビが、呆れたように嘆息した。つまり、事件などではなくただの事故だった、という事か。
「・・・お騒がせ野郎だな・・・」
「だけど」とミナがひょこ、とトビの後ろから顔を出した。「妙なんです。そのサキュバスの方、いつも通りに魔法陣を展開した筈なのに、元素の制御ができなかったそうでして・・・。ですよね、ルインさん」
「ええ。考えられるとすれば、ただのミスという可能性、もしくは・・・」
「もしくは?」
やけに勿体ぶって話すルインにトビは、早く言え、と急かした。ルインは一呼吸置き、足を止めて口を開いた。
「・・・元素の不安定化が進み、魔法陣などの扱いが難しくなっているのかもしれません」
「そりゃ・・・かなりやばいねぇ」
リフィアは口調こそいつも通りだった物の、どこか緊迫を含めた重みがあった。
「そしたら、元素機械(フィアブロスト)の扱いも難しくなるんじゃない?」
「ええ。このままではそう遠くない未来に、そうなるでしょうね」
ユーガはルインの言葉に、息を呑んだ。つまりは、世界そのものも既に緊迫状態、という事だ。
「なら」とトビが腕を組む。「スウォーを止めりゃいい話じゃねぇか」
「おいおい、トビ」とネロ。「それが今にでもできりゃそうしてるぜ?」
「わぁってる。だからとっととスウォーを見つけて倒しゃいいだろうが」
トビのその言葉に、ユーガ達は眼を見張った。トビがそんな事を言うとはー。
「・・・お、おいおい。トビ・・・お前、なんか変なもんでも食ったか?」
とネロが。
「あなたにしては珍しいですね」
とルインが。
「熱でもあるんですか?」
とミナが。
「ここで休んでく?」
とリフィアが。
「無理は・・・よくありません」
とシノが、それぞれ思い思いにトビに向かってそう言い放っていく。トビは、よし、と呟いて魔法の詠唱にとりかかった。
「てめぇら一回地獄に堕ちろ」
ユーガはそれを全力で止め、からかうなよ、と仲間達を宥めた。
「・・・と、とにかくガイアの人達は無事なんだよな?」
「そういう事。しばらくすれば戻って来れるだろうぜ」
良かった、とユーガは一息吐いた。ーだが、今はまだ安心できない。やるべき事は、まだたくさんあるのだ。
「・・・ごめん、足を止めちゃって。行こうぜ」
ユーガは言い、何となくシノを見た。どこか考え込んでいるように見えるが、気のせいではないだろう。少なくとも、ソニアの事を思い出させてしまったのだから。ーそれでも、前に進むしかない。ユーガが顔を上げてシノに声をかけようとすると、その前にトビがシノの横を歩いて、おい、とぶっきらぼうに言った。
「・・・行くぞ、『天才魔導士』」
ユーガにはその言葉に込められた意味はわからなかったが、恐らくトビなりの優しさがあったのだろう。そうでなければ、そもそも声すらかけないだろうな、とユーガは思った。

その部屋に入った瞬間、ユーガ達は先程同様のぞくりとした空気に包まれた。その部屋の中心には確かに祭壇のような台が置いてあり、それを包み込むように先程の魔物が、いた。
「ここが・・・祭壇?」
ユーガが息を吐くと、まるで冬の時期のように息が白くなって出た。そのようです、とシノが頷き、魔物を見据えた。ーと、魔物は小さく唸り声をあげて立ち上がり、ユーガ達はそれぞれの武器に手をかけた。
『止めよ』
先程ユーガ達の耳に響いた女性の声が部屋全体に声が反響した。ユーガ達は警戒を解かないまま、もう一度魔物を見て、眼を見張った。魔物は、冷気を口から放出していた。それも、次第にそれは人の形を模っていき、ユーガはさらに警戒を高めた。冷気は女性のような形に変化し、ユーガ達の前に降り立った。
『止めよと申しておろうが』
『女性』はユーガ達に苦笑しながら、魔物の頭を撫でた。魔物が気持ちがよさそうに、喉を揺らして喜んでいる。ユーガ達はそれを見て、呆気に取られた。
「あ、あの・・・?」
『・・・フェンリル、警戒を解けと申しておる』
魔物ーフェンリルは、少し視線を落とした。それが、落ち込んでいるようにユーガ達には見えた。
『さて、事情を説明しよう』
「・・・と、その前に」
とルインが左手を上げて言葉を遮った。『女性』の視線がルインに向き、何だ、と尋ねる。
「あなた、『精霊』ですよね」
「え⁉︎」
ユーガは目の前の『女性』を見た。見た目こそ女性だが、確かに言われてみると人間ではないように見える。手のひらからは常に冷気が漏れ出ているようで、それは人間では異常だ。
『・・・ほう・・・流石『ケインシルヴァの天才魔導士』だな。確かに、我は精霊だ。氷の精霊、セルシウスだ』
「セルシウス・・・?」
ユーガはその名を聞いた瞬間、あれ?と首を傾げた。
「なぁ、確か氷の『人工精霊』もいたよな?その状態で精霊を解放したらダメなんじゃなかったっけ?」
『・・・良い質問だな。しかし、我はまだ解放されておらぬ。今はまだ、な。解放されるためには、そこの『絶対神』の固有能力を持つ者の力が必要なのだ』
セルシウスはミナを指差して言った。私ですか?とミナは首を傾げる。
『・・・だが、今はできないだろうな。その『人工精霊』とやらが世界の楔を狂わせている故にな』
「おい、セルシウス」とトビがセルシウスを見上げて口を開いた。「ここにこの馬鹿と同じ顔をした奴がいなかったか?」
『・・・すまぬが、我が目覚めたのはつい先程だ。フェンリルも同様にな』
セルシウスは首を振ってそう言った。そうか、とトビは腕を組んで舌を打った。
「ユーガ。どうしますか?」
「うーん・・・手詰まりだよな・・・。レイフォルスに戻ってレイにもう一回聞くとか・・・?」
「それは無理じゃないかな?」
リフィアのその言葉に、なぜですか、とシノが尋ねる。だってさ、とリフィアは人差し指を頬に当ててしなを作った。
「ここが何も無い事を知っててレイちゃんがここを教えてくれたとしても、何も無いってわかったアタシ達は帰ってくる事くらいあの子は計算してると思うよ」
「確かに」とネロも頷く。「俺達を騙そうとしてたとしても回りくどすぎるよな」
「・・・同感ではある」
トビもまた頷き、ユーガを見た。ーと同時にミナが、あの、と声をあげた。
「私・・・フェルトラに行きたいです」
「・・・確かに、気になるもんな。ポルトスさん達の事も・・・。良いんじゃないか?皆はどうだ?」
ユーガが仲間達を見ると、全員構わない、と言うように頷いた。
「トビもそれで良いかな?」
「・・・勝手にしろ。何で俺に聞くんだよ」
「友達だからだよ。俺の気持ちを押し付けるような事はもうしたくないからな!」
「・・・さいですか。良いんじゃねぇの?」
トビは頭を掻いて顔を背けた。ユーガは笑みを浮かべて頷き、よし、と拳を握った。
「フェルトラに行ってみよう。・・・あ、セルシウス、いきなり来てごめん」
『・・・待て。貴殿らにこれを授けておこう』
セルシウスが人差し指を縦に振り下ろすと、ユーガの上空に氷の塊が現れ、それは次第に形を変えていき、ユーガの手の上に落ちてきた物はー。
「・・・これは・・・?笛・・・?」
『そうだ』
「もしかして、これを『絶対神』の固有能力を持つミナが吹けば、精霊を呼び出せるのか?」
『察しが良くて助かるぞ。今現在は我を封印から解放する事はできぬが、『人工精霊』とやらが消滅した暁に我の封印を解くが良い。他の精霊も同様にな。その時は、貴公らの力になると約束しよう。スウォーとやらがマキラ様を呼び出せないように、我らも気を付けておく』
セルシウスはユーガを、そして仲間達を見て言った。ユーガは、ありがとう、と言ってちらりとミナを見ると、少し俯いて何かを思案しているようにも見えた。
「・・・ミナ、大丈夫か?」
「・・・はい。けれど、私にそんな力が・・・」
「精霊を呼び出せる力、か・・・。スウォー達もそのためにミナを狙ってるのかな・・・?」
「そんなん」とトビが呆れたように言った。「今はわかんねぇんだ。行くならさっさと行こうぜ。そのフェルトラ、とやらによ」
それが良いでしょう、とルインもトビの言葉に同意した。
「フェルトラの状況も理解したいですし、早めに行くのが吉でしょうね」
「わかった」とユーガは頷く。「・・・ポルトスさん達、無事でいてくれよ・・・!」
ユーガは顔を引き締めて、セルシウスの祭壇を後にした。

『・・・フェンリルよ』
ユーガ達の消えた暗闇を見つめ、セルシウスはフェンリルの頭を撫でた。
『あの金髪の少女・・・ソニアの娘だと推測するのだが・・・』
フェンリルはその言葉に答えるように、小さく鳴いた。
『・・・ふむ・・・これもまた、運命という事なのだろうか・・・』
セルシウスはフェンリルの頭をもう一度撫でると、体が粉雪のように化して、風に舞ってその姿を消した。そして再び、フェンリルは祭壇を包み込むようにしてその眼を閉じたー。
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