cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第二十七話 それぞれの役目

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ユーガは久しぶりに眺める太陽に眼を細めながら、ラズフェア鏡窟の出口から外に出た。右手で眼の前に影を作り、空を見上げる。この鏡窟に入ってから何日が経ったのだろうか?確認する術もないのでわからなかったが、ユーガは手を下ろしてポケットから『エアボード』のカプセルを取り出して『エアボード』を目の前に出した。
「ユーガ」
『エアボード』に乗り込もうとしたユーガを、トビの声が引き止めた。
「ん?トビ、どした?」
「後で話があるんだが、いいか」
「え?あ、ああ。いいけど・・・」
ユーガは小さく頷いて、トビを見る。トビは確認したように頷き返し、ポケットから彼もカプセルを取り出して『エアボード』に乗り込んだ。ユーガも慌てて乗り込み、上昇を開始する。
『さて』
ユーガが仲間達と同じくらいの高度に来たあたりで、ルインがそう切り出した声がスピーカーから響いた。
『ここからフェルトラへと向かうわけですが・・・今度は竜巻に巻き込まれないように気をつけましょう』
『竜巻?』
トビの訝しむような声が聞こえ、ユーガは頷いてそれに答えた。
「トビを助けに行く時、制下の門からゼロニウスに向かったんだけどその時に竜巻に巻き込まれたんだ」
『・・・そりゃ災難ダッタナ』
「・・・思ってないだろ、トビ」
間違いなく棒読みだったトビにユーガは笑いながら言い、それに次いで仲間達の僅かな笑い声が聞こえた。ーしかし。
『・・・っ!』
ミナが、息を呑んで小さく悲鳴をあげたのが聞こえて、ユーガはミナの『エアボード』を見た。ミナはある方向を見て固まっている。ユーガもその方向を見て、目を見張った。そこには、信じがたい光景が広がっていて、他の仲間達もまた息を呑んだ事がわかった。『エアボード』の眼下に広がる光景はー、戦争だ。陸上戦艦や戦車などが火を吹き、爆発を起こしてそれに巻き込まれた兵士達が軽く吹き飛ばされる。剣と剣の響き合う音が、兵士達の雄叫びが、魔法が放たれる音が響き、それはまるで大地そのものが悲鳴をあげているようにも感じられた。見たところ、ミヨジネアの兵士達が争っているようで、ユーガはメレドルでルインが言っていた事を思い出した。
(これが・・・ミヨジネアの内乱・・・⁉︎)
『これは・・・まずいですよ。現在、元素(フィーア)は不安定です。そんな中で戦争などをしたら・・・』
ルインのその声に、ネロが継ぐ。
『余計に不安定になっちまうんじゃないか⁉︎』
おそらくそうでしょうね、とシノもこんな時でも冷淡に呟く。
『・・・なんとかして戦争を止めないとヤバげだね』
「ああ・・・!こんな戦争、早く止めないと!」
リフィアとユーガの言葉に、トビが嘆息する。
『馬鹿か。お前らが行ったところで何ができんだ?』
「けど、このままだと・・・」
『わかってる。・・・クィーリアとケインシルヴァのそれぞれの王に力を借りて止めるんだ。こんなでけぇ騒動、俺達だけでどうにかできるもんじゃねぇ。カヴィスとログシオン陛下に戦争停止を促させる』
となると、とミナがか細い声で言葉を発する。
『三手に分かれましょう。ガイアに行く組、シレーフォに行く組・・・』
『もう一組は?』
リフィアのその言葉に、ミナは小さく息を吐いてもう一度口を開く。
『メレドルに行って、直接ヘルトゥス陛下に促す組です』
『・・・だが、メレドルの兵士達が止まったとしてもスウォー達の軍勢が止まらないと意味がねぇぞ』
『でしたら』とシノが何かを思いついたかのように言った。『ヘルトゥス陛下に元素障壁(フィアガドス)をメレドルに張るように提案するのはいかがでしょうか。そうすれば、被害は少なくできるはずです』
うん、とユーガは頷いてその口を開く。
「それで良いんじゃないかな?」
『なら』とトビ。『クィーリアは俺が行く』
『じゃ』とネロ。『俺はガイアだな』
『それなら』とミナも。『私はメレドルに向かいます』
『ユーガ』と、今度はルインが口を開いた。『あなたはどうします?』
ユーガは少しの間考え、そうだな、と呟いて、
「・・・ガイアかな。俺もカヴィス王とは面識もあるし・・・何か役に立てるかもしれないから」
『わかりました。では、私はメレドルに行きます』
ルインの奴、多分それと一緒にレイに聞きたい事でもあるのだろう、とトビは思ったが、何も言わなかった。
『私は』とシノ。『トビさんについて行きます』
『けど』とネロの声が唸りをあげてスピーカーから聞こえた。『フェルトラに行くってのはどーすんだ?』
『それは』とリフィアがすかさず口を開く。『アタシに任せてよ』
『・・・リフィア一人で?大丈夫なのか?』
『信用ないなぁ』
拗ねたようなリフィアの言葉にネロは、そういう意味じゃねーよ、と呟いた。ふふ、とリフィアも笑う。
『しかし』とシノが口を開く。『私達もフェルトラが気になります。ですので、それぞれフェルトラに集合にしましょう』
「俺もポルトスさんに会いたいし・・・良いんじゃないか?」
ユーガはシノの言葉に頷き、また仲間達も同意の声をあげた。
『・・・ヘマすんなよ。特にユーガ』
「俺かよ⁉︎」
トビの言葉にユーガは苦笑して言ったが、確かに言われても仕方ないな、と少し自嘲した。わかっている。トビの信頼を得ていないのは、これまで自分の行いが物語っているのだ。しかし、それを顔や態度に出しはしない。
『では、気をつけて』
シノのその冷静な声が合図であったかのように、『エアボード』はそれぞれの方角を向いた。ー戦争の雄叫びが響く地を、後にしてー。

~ユーガサイド~
ガイアの正門を潜り抜け、街並みを眼にして、ユーガとネロは少しホッとした。それは、いつもと変わらないユーガのよく知るガイアだったからだ。しかし、ざわめきは起こっている。戦争による被害は大地だけではなく、『人の心』に巣食ってもいた。それに気付けないユーガとネロではなく、二人は顔を見合わせて頷き、街の最も奥にそびえ立つ城を見て走り出した。道中、何人か見知った顔もあったが今はそれどころではない。城の扉を開け、謁見の間へと直行する。
「ユーガ、それにネロ!無事であったか!」
カヴィスはユーガ達の姿を見据えると、良く通る声でユーガ達を迎えた。
「カヴィス様、今日は頼みがあってきました」
ユーガはそう切り出すと、ネロと共に一通りの経緯を説明した。カヴィスから、メレドル全域に戦争停止するように促してほしい、という事も。
「なるほど・・・。それはクィーリアの方も同様にという事か」
「はい。・・・祖父上、お願いします」
カヴィスはしばし考えた後、ゆっくりと威厳を感じさせる動きで頷いた。
「よかろう」
「・・・ホントですか、カヴィス様!」
「うむ。わしの方からミヨジネア全域に呼びかけをすれば良いのだな?」
「祖父上、ありがとうございます」
カヴィスは快く引き受けてくれたが、トビ達は大丈夫かな、とユーガは不安を少し覚えた。それに気付いたカヴィスは、不意に手を叩き、ケインシルヴァの兵士を呼んだ。その兵士は、手に資料のような物を持ち、それをユーガに手渡した。
「ほら」
「ありがとう」
互いの顔を知っていたユーガと兵士は、軽い言葉を交わす。ユーガは資料を開き、横からネロがそれを覗き込む。
「これは・・・フェルトラの記録・・・?」
「そうだ。わしらの方でもある程度は調べていた。この後はフェルトラに行くのだろう?ならば多少の情報は必要だろう」
「・・・・・・」
ユーガとネロはカヴィスの言葉を聞きながら資料に目を通していく。そして、ユーガが目を止めたところで、同じくネロもまた目を止めた。そして、ユーガ達は顔を見合わせて再び視線を戻す。
「こ、これ・・・」
「あ、ああ・・・」
その記録には、『元素の不安定化、』と書かれていた。氷の元素が不安定、という事は、まさかー。
「セルシウスの力が暴走したか、キアルの力のせいか・・・とにかく、『精霊』が関係してるのは間違いなさそうだな」
「難しい事は全然わかんねーけど、何となくわかった!」
ユーガは資料から眼を上げて言い、ネロは呆れたように肩をすくめた。
「・・・わからなかったのか?結構わかりやすく説明したつもりだったんだけど」
ネロの言葉に、ユーガは照れ隠しの笑みを浮かべた。
「それと、祖父上」
「何だ、ネロよ」
その報告はアルノウズにいるとネロ達が言っていたガイアの人々の事で、ユーガではそれを説明できないので今回は黙っていた。
「そうか・・・とにかく、民たちは無事なのだな?」
「はい」
ネロが頷くと、カヴィスは安堵したように深く息を吐いた。本当に、心から安堵しているのだろう、とユーガにはわかる。カヴィスとは、そういう人間だ。
「さて、そろそろ行くのだろう?」
「え、あ、はい」
少しぼーっとしていたユーガは、カヴィスのその言葉でハッと我に返る。そんなユーガとネロを見て、カヴィスは家族に向ける笑顔をユーガ達に見せた。
「気をつけて行くのだぞ」
「あ、ありがとうございます」
「・・・ありがとう、じいちゃん」
じいちゃん⁉︎とユーガは思わず叫んでしまったが、呼び方としては間違っていない。どうやらネロとカヴィスだけの時に話す時等にはネロはカヴィスをそう呼んでいるのだろう。それは、カヴィスが『王』としてではなく『家族』として接しているようで、ユーガは穏やかな笑みを浮かべてネロとカヴィスを見た。

~トビサイド~
見たところ、戦争の被害はない。トビは冷静にシレーフォの街並みを眺めた。だが、隠しきれない同様は溢れていた。それはシノも勘付いていたようだが、それ以外にも妙な事が起こっていた。
「・・・ミヨジネア兵・・・?」
トビの視線の先には、クィーリアの首都だというのにも関わらずミヨジネア兵が三人ほど見えた。
「・・・妙ですね」
「・・・何か嫌な予感がするな。とっととログシオン陛下に会うぞ、シノ」
「はい」
トビとシノは頷いて、ミヨジネア兵を横眼に城へと走る。ートビの嫌な予感が、的中してしまうとは思ってもおらずに。城の門が開かれ、トビは眉に皺を寄せた。そこには、ミヨジネア兵が彷徨いていたのだ。クィーリアの兵はトビ達を確認すると、慌ててトビ達に近付いてきた。
「と、トビ様・・・!シノ様・・・!ご無事で何よりでございます!」
「何があった?」
「そ、それが・・・いきなりミヨジネアの兵士達が・・・」
「・・・大元はどこにいる?」
「は、はっ。只今謁見の間に・・・」
トビはそれを聞いて、何だと、とクィーリア兵士を睨みつけた。
「てめぇ、危険かもしれない野郎と陛下を会わせたのか・・・⁉︎」
「も、申し訳ありません!」
「トビさん、落ち着いてください」とシノがトビを止めた。「・・・謁見の間にいるんですね?トビさん、謁見の間に向かいましょう」
「ああ」
トビはシノに頷き、兵士をその場に残して謁見の間の扉を開けた。扉は激しい音を立てて開き、トビはそこでログシオンと謁見している男を見て、眼を見張った。
「・・・ヤハルォーツ・・・⁉︎」
「トビ、それにシノ・・・!」
ログシオンに向けて頭を下げていたヤハルォーツは振り返って、二人を睨んだ。
「・・・これはこれは、謁見中に乱入とは・・・礼儀がなっておりませんなぁ?ナイラルツ様、メルト様」
「うるせぇ、黙ってろ」
トビはヤハルォーツの言葉を一蹴して、唖然とするヤハルォーツを押し退けてログシオンの前に立った。
「陛下。こいつから何を言われたんですか」
「へ、陛下!話す事はありませんぞ!」
「黙れ、と・・・言ったはずだ」
トビはヤハルォーツを睨むと、右手の銃をヤハルォーツに向けた。ひっ、と小さく悲鳴をあげ、ヤハルォーツは口を閉じる。トビはそのまま銃をヤハルォーツから逸らさず、口を開く。
「・・・で?」
「・・・そ、その者は・・・ミヨジネアの内乱を収めるために、メレドルの兵の力になってくれ、と・・・」
「・・・へぇ?」
トビは横眼でヤハルォーツを見た。ヤハルォーツは口を震わせながら口を開いて、
「わ、私は平和のために陛下に謁見を願ったのだ!」
と唾を飛ばしながら叫んだ。ーが、トビはその銃を下ろす事はしなかった。
「そいつはどうかな?てめぇは新しい世界の神・・・だったか?それになるとか言ってたよな?この後ガイアだかに向かって、今度はスウォー達の方に味方してほしい・・・とかとでも言うつもりだったんじゃねぇか?そうすりゃ、簡単にどちらか片方でも両方でも多数の兵を潰せるからな」
「・・・!」
ヤハルォーツは視線を泳がせて汗を垂らしたが、すぐに威厳を取り戻したかのように叫んだ。
「な、何を言うか・・・!私は・・・!」
「もういい、喋んな」
トビは右手に力を込めた。妙な真似をしたら、撃つーそう言わんばかりの感情が、トビの瞳から溢れ出ていた。
「陛下。、俺の頼みを聞いていただきたいのですが」
「・・・何だ、言ってみよ」
「まぁ、ミヨジネアの内乱に関してです。ただ、こいつのように味方になってください、とは言いません。ミヨジネアに戦争停止を促してください」
「・・・それだけ、か?」
「ええ」
トビは頷いて、ちらりとシノを見た。シノは、問題ありません、と言うように頷く。
「・・・わかった。貴殿の言う通りにしよう」
「ありがとうございます」
トビは内心、ヤハルォーツに舌を出した。
(ざまーみろだ)
けっ、と内心で毒付き、ログシオンから視線を逸らす。ーそしてトビは小さく嘆息して、さて、とトビは両手に銃を持ってヤハルォーツに向ける。
「話はこれで終わりだ。てめぇのそのくそったれな野望ごと撃ち抜いてやるよ」
「・・・ぐぐぐ・・・っ!」
ヤハルォーツは悔しそうに歯噛みした。シノもまた、戦闘体制に入る。ーが、ヤハルォーツはなぜか手を叩く。すると、トビの横から巨大な鎌が突き刺さり、トビは咄嗟に横に転がってそれを避けた。ーまたこの流れか、とトビは内心で舌を打つ。
「ローム・・・またてめぇか」
「ふははは!我が偉大なるヤハルォーツ様には手出しはさせぬ!」
てめぇはヤハルォーツを利用してるだけだろうが、とトビは口に出しそうになったが、止めた。ヤハルォーツがこっそりと謁見の間から出ていくのが視界の隅に見えたからだ。舌打ちをしてその方向に銃を向けるも、ヤハルォーツの姿は扉に隠れて見えなくなる。くそが、と呟いてトビはロームの方を見て、眼を見張った。そこには、初めから誰もいなかったかのように、ロームの姿は消えていた。
「・・・な、何だと・・・⁉︎陛下、ロームは・・・⁉︎」
「わ、わからぬ・・・わしもヤハルォーツの方を見ておったが、いつの間にか・・・」
「何だと・・・!・・・シノ、お前は見てないのか?」
少し冷静さを取り戻し、トビはシノに尋ねる。しかし、シノも小さく首を振るだけだった。つまり、ロームがどこに行ったのかは誰にもわからない、という事だ。トビは舌打ちをして銃をホルダーにしまい、小さく息を吐いた。
「・・・ちっ、逃がしたか・・・!」
今からヤハルォーツを追いかけても、恐らく見つけられないだろう。トビは嘆息して、ログシオンに向き直った。
「・・・仕方ねぇ。・・・陛下。ミヨジネアの件・・・頼みますよ」
「・・・う、うむ。それは構わぬのだが・・・トビよ」
「何ですか」
「貴公は・・・少し変わったか?」
「・・・は?」
思ってもみない言葉に、トビは思わず聞き返した。自身の目の前にいるのが、一国の国王である、という事も一瞬忘れるほど、思ってもなかった言葉だったのだ。
「どこか・・・雰囲気が丸くなったというか・・・」
「・・・褒め言葉、として受け取っときます」
「・・・サンエット家の末裔はどうだ?」
「・・・どうだ、とは?」
「・・・いいや、何でもない」
ログシオンは含みのある笑みを浮かべ、トビから顔を逸らした。トビは鼻を鳴らして、シノに眼だけを向けた。
「シノ。陛下は無事に済んだしフェルトラに向かうぞ」
「・・・了解しました」
トビとシノはログシオンに背を向けて足を前に出した。途中、ログシオンがトビの名を呼んだが、そちらの方向を向く事はしない。この呼び方は、からかう時の呼び方だ。トビはそのまま足を止めずに謁見の間を出て城の外へ行き、『エアボード』を出した。シノも何も言わずに『エアボード』を出したが、トビさん、と今にも『エアボード』に乗り込もうとしていたトビを呼び止めた。蒼色の気だるげな眼が、自分に向けられたのを確認してシノは自分の『エアボード』から離れてトビの胸に右手の人差し指を立てた。
「・・・何やってんだ」
「・・・いえ」
つつ、と胸の筋肉の形に指を沿わせ、シノは呟く。
(・・・もし、私の父親が生きていたら・・・トビさんのようながっちりとした体で・・・私を愛してくれたのでしょうか)
視線を落とし、指を止めたシノにトビは嘆息して自身の左手でシノの右手を掴んだ。
「・・・シノ」
「は、はい」
「・・・もう行くぞ」
トビはシノの右手を握った左手を返してシノの右手を上に向かせてその手を開かせた。その手にトビは、ほらよ、と呟いて蒼色の飴玉を乗せた。
「・・・辛気くせえ顔してんなよ」
踵を返して『エアボード』に向かうトビを見て、シノは右手に置かれた飴玉を見た。トビの眼の色と同じ、蒼色の飴玉。
(・・・本当に・・・変わったんですね・・・)
トビが他人に何かをあげる事ー特に甘い物ーは本当に珍しい。それも、ユーガや仲間達と出会って変わった、という事なのだろう。
(・・・そういうところ、本当に・・・ずるいです・・・)
「おい、何やってんだ。フェルトラに行くんだろ」
「・・・今行きます」
『エアボード』乗り込んだトビがシノに声をかけて今にも飛び立とうとしていた。シノは僅かに笑みを浮かべ、『エアボード』に乗り込んで、ふわり、と浮かび上がった。

~ミナサイド~
「陛下!」
メレドル城の謁見の間にノックもなくミナは飛び込んだ。礼儀正しくはない、とわかってはいるが、恐らくわざとだろう、とルインにはわかった。
「ミナ!これは一体何が起こっているのだ!」
「え・・・陛下が行った命令では・・・?」
「違う!防衛せよとも言っておらぬ!兵達は勝手に動いているのだ!」
「やはり」とルインがヘルトゥスの言葉に納得したように頷いた。「ヘルトゥス陛下は関係ありませんでしたか」
「ど、どういう事ですか⁉︎ルインさん!」
「簡単です。いくらミナを守るためとはいえ、こんな戦争を起こすほどヘルトゥス陛下は愚かではありませんよ」
それを聞いてミナは、じゃあ誰が、と誰にとは言わず呟いた。
「推測ですが・・・ヤハルォーツの仕業でしょう」
「え・・・?」
「陛下。ここ最近、城を離れませんでしたか?」
ルインの質問に、ヘルトゥスは驚いたようにマハを見た。
「う、うむ・・・実は最近、近くの平原の様子を見に来てほしい、という依頼が何者から届き・・・来ないと大切な人が死ぬ、と脅迫文まで届いたのだ・・・。わしは向かったが、結局何もなかった故・・・」
「おそらく、その時にヤハルォーツの命令で戦争が起こってしまったのでしょうね・・・やられました」
ルインの言葉を耳に入れながら、ミナは胸の前で手を組んだ。なぜ?なぜ、こんな事になってしまうのか。ただ、皆に平和に生きてほしい。その願いを込めて今まで生きてきたのに。なぜ、こんな風に内乱等起こってしまうのだろうかー?
「さて、これで問題が少し簡単になりました」
「・・・え?」
ルインの思いがけない言葉に、ヘルトゥスとミナは同時にルインを見た。
「なぜなら」とマハは笑みすら浮かべて二人を見た。「ヤハルォーツは陛下のいない隙を狙ったんですよね?でしたら、陛下。全力で戦争を停止させ、兵士達をメレドルへ戻してください」
その言葉に、ミナもハッとする。そうか、そうだった。ユーガ達と別れた時に、シノが言っていたのにー。
「陛下、ルインさんの言う通りにしてください。そして、兵士を全員メレドルの中に入れたら元素障壁を張って、安全の確保をしてください」
「・・・そうか」とヘルトゥスも理解したように身を前に乗り出した。「被害は最小限に、という事か」
はい、とミナは頷いた。そうすれば、被害は最小限だ。それにしても、焦りすぎていた。ルインの言葉のおかげで冷静さを取り戻せた。ルインに礼を言おうとして、ミナはきょとんとした。ルインの姿は無く、謁見の間の扉が僅かに開き、ギィ、と微かな音を立てていた。
「・・・ルイン、さん・・・?」
ミナの呟きは、そのまま無に消えた。

~ルインサイド~
「さて」
ルインはメレドル城を見上げ、すみません、とミナとヘルトゥスに謝罪の思いを込めて頭を下げた。だが、どうしても調べたい事があるのだ。当然、それが終わればユーガ達の元に戻るつもりではあるし、このまま離れるという事はしない。
(・・・行きますか)
ルインは脚を前に出し、歩き始める。その方向は以前、ユーガ達と共に製造機械(クリエブロスト)を発見した地下。そこに、『彼女』は居る筈だ。隠し扉を開け、通路を通って製造機械の元へと歩みを進める。
「・・・やはり、いましたか」
「・・・あなたは・・・」
停止している製造機械の前で立ち尽くしているのは、紛れもなくルインの探していた人物だ。
「早い再会でしたね。レイ」
「・・・『ケインシルヴァの天才魔導士』・・・」
「ルイン、で構いませんよ」
その少女ーレイを見てルインは、にこりと笑みを浮かべる。
「・・・何の用?」
「いえ、お願い事がありまして」
「・・・何?」
「あなたの『人工精霊』を・・・消滅させてしまおうかな、と」
ルインがそう言った瞬間、レイは固まった。まるで、電池が切れたおもちゃのように。ルインとレイの視線が交差する事、数分。ようやくレイが口を開いた。
「・・・わかった、いいよ」
「助かります」
「でも・・・」
「・・・ええ、わかってますよ」
ルインは笑みを消して、戦闘の構えを取る。レイは固有能力(スキル)、『無詠唱』を持っている。油断していると、やられるのはこっちだろう。だが、やられるわけにはいかない。レイが魔法を唱えるより先に、ルインは詠唱に取りかかる。
「絶風よ唸れ・・・吹き荒れろ・・・」
レイがルインに向かって氷の槍の魔法を放つが、遅い。先にルインの魔法が完成するー!
「シルヴォリザード!」
ルインの魔法はレイの氷の槍を打ち砕き、レイの華奢な体を巻き込んだ。ーが、レイは防御魔法で防ぎ切っている。ルインは歯噛みして、もう一度魔法を詠唱しようとする。しかし、レイの魔法が次々と飛んできてルインはそれを避けるのに必死だ。
「く・・・」
「全力解放」
レイのその声が、ルインの頭に響く。レイが人差し指を上空に掲げると、その指先から巨大な闇の魔法弾が打ち出され、ルインの細い体を包み込んで爆発を起こした。ーさらに。
「・・・もう一度」
複数の爆発を起こし、その爆発の風圧はルインの白衣を、体をぼろぼろにしていく。ルインは目の前が熱と光に包まれるのを感じながら、薄れゆく自身の意識を感じたー。

~リフィアサイド~
「さてと、アタシも頑張らないとねぇ」
しかし肌寒いなぁ、とリフィアは苦笑した。当然と言えば当然だ。元々リフィアの服は露出も多い。そんな服装のままなのだから、寒いのも当然なのだ。この場にトビかネロがいたら、茶化して笑うだろう。
(・・・とと、早くお仕事しないとね)
リフィアは首を振ってフェルトラを見た。
「しかし・・・酷いね」
リフィアの言葉の通り、かなりの惨状だ。家はぼろぼろで、所々に焼けたような痕がある。おそらく、火事が起こったのだろう。ところどころにブスブスと火の痕もある。ーと、リフィアは家の壁に寄りかかって泣く少年ー歳はまだ幼く、六歳やそこらだろうかーを見つけ、視線を少年と同じ高さに合わせた。
「ボク、大丈夫?」
「う・・・お母ざんが・・・」
「お母さんが?」
「怪我しちゃったの・・・!お医者さんもいないから・・・」
リフィアはそれを聞いて、自身が魔法の勉強をしなかった事を後悔した。ーしかし、そんな事を言っていても仕方がない。
「・・・ねぇ、そのお母さんのところにアタシを連れてってくれる?」
「え・・・?」
「もしかしたら、助けてあげられるかもしれないからさ」
リフィアが握った袋の中には、回復薬などのポーションもある。もしかしたら、助けられるかもしれない。リフィアは微かな希望を胸に抱いて、少年に笑顔を向ける。ーそれに。
(・・・眼の前で困ってる人は・・・見捨てられないし)
それは、ユーガが口癖のように言っていた言葉だ。ユーガと出会って変わったのは、トビだけではない。リフィアも、他の仲間も少なからず彼から学んだ事はあるだろう。
「う、うん・・・こっちだよ」
歩き出した少年に着いて行き、家に入って母親を見てリフィアはホッとした。これくらいの怪我なら、ポーションで治せる。骨折しているような箇所も見受けられるが、それも固定すれば何とかなるだろう。
「じっとしててくださいね」
これまでにないほど優しい声でリフィアは言って、治療をゆっくりと進めていく。治療が進む毎に少年の顔が明るくなっていき、リフィアもまた少年に笑顔を向けた。
「・・・これで、しばらく安静にしていれば良くなると思います」
昔、妹のレイが怪我した時にはよくこうやって治療をしていた、とリフィアは思い出し、少し懐かしい思いになった。ー今でこそ無表情なレイは、昔はもっと活発だった。人間になる、とアルノウズを飛び出す前には、もう既に無表情だった。それからしばらく経った後に、リフィアは人間界に降り立って眼を見張った。妹はミヨジネアの『四大幻将』に属していた。レイはー妹は、高いところに行ってしまった気がして怖かった。だから、人間になりたかった。『魔族』のサキュバスとして縛られるのではなく、『人間』として自由に生きれるのだから。そして、再びレイに置いていかれずに済みー抱えた『後悔』から解放されるのだから。
「お姉ちゃん」
リフィアはその言葉に我に返り、声の方向を見ると少年がリフィアを見上げていた。
「ありがとう!これ、お礼!」
そう言って手をリフィアに向けた少年のその手には、小さなビー玉が乗っていた。
「・・・ん、綺麗だね。ありがとう」
リフィアは少年の手からビー玉を受け取り、くるくると回した。光の当たり方加減であらゆる色に変わるそれは、非常に美しい。
(・・・たまには、こういうのも良いよね。ネロ君)
少年の眩しいばかりの笑顔に、リフィアは再び笑顔を少年に向けた。お母さんを安静にしておいてね、と少年に念を押しておき、リフィアは家から出た。まだまだこの街には困っている人が見えるがー。
(・・・何とかなるよね)
リフィアは手のひらに乗ったビー玉を上に放り投げては掴み、を繰り返して、ある程度そうしていたところでそれを握って、さくり、と積もった雪を踏む感触を感じながら歩き出した。ーやれる事は、少なくない。不謹慎だが、退屈はしなさそうだ。
「よし、頑張りますか」

~ユーガサイド~
「ん・・・?」
『エアボード』を出して、乗り込もうとした直前、ユーガは空を見上げて固まった。
「どした、ユーガ?」
「え、いや・・・なんか、ルインに呼ばれた気がして・・・」
「ルインに?あいつは今メレドルにいる筈だぞ?」
「そう、だよな・・・気のせいかな・・・」
ユーガは頭を掻いてもう一度空を見渡したが、あの特徴的な髪の色も、ぴょこん、と跳ねたあほ毛も見当たらなかった。ー同時に、ユーガは少し胸騒ぎを覚えた。それは、ルインに対する心配。
(・・・ルイン、大丈夫だよな・・・?)
『ケインシルヴァの天才魔導士』と言われるルインだ。大事にならないと良いけど、とユーガは胸の前で拳を握りしめた。
「おーい、ユーガ!行くぞ!」
「あ、ああ!すぐ行くよ!」
ユーガは『エアボード』に既に乗り込んでいるネロに叫んで、もう一度空を見上げたが、首を振って『エアボード』へ乗り込んだ。


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