cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第二十九話 二人の『天才魔導士』

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ールイン、あなたには誰よりも優しい力があるのよ!ー
満面の笑みを浮かべて笑う女性の姿が、ルインの眼に浮かんだ。名は、シルヴィラ。彼女は、ルインの母親だ。隣には、父の姿ー名はベルクーの姿も見える。ルインが彼等に近づこうとすると、いきなり彼等は霧のようにかき消えてしまった。辺りを見回すとそれまで真っ白だった背景がいきなり真っ黒に染まり、目の前に映る景色も一転した。それは、両親が魔物に殺害された瞬間の景色だった。突如として、ソルディオスの街に攻めてきた魔物達。無惨にもなす術なく殺されていく人々。なぜ、いきなり魔物が攻めてきたのだろうか?何とか生き残った後も、ルインはその事件を調べ続けた。両親を失い、知人も失ったその事件が、自然発生だとはどうしても思えなかったのだ。ーしかし、わかった事は無かった。いくら調べても、どんなに調査を重ねても結果は同じだった。諦めきれずに、自身の固有能力(スキル)である『元素感知』を巧みに使用して調べ続け、魔導士となった後も調査を続けた。ーいつしか、ソルディオスの人々はルインに冷たくなっていった。
『あの事件、引き起こしたのあいつなんじゃ・・・』
『自分で両親を殺しといて、白々しい』
陰口が陰口を呼び、ルインはだんだんと孤独を感じなくなっていった。一人で十分だと思うようにもなっていった。そして、ある時彼はこのような異名を付けられる事になるのだ。『ケインシルヴァの天才魔導士』、と。
「・・・ン」
「ん・・・」
「ルイン、朝だぞー」
ユーガのその声が、ルインを暗闇から掬い上げた。瞼に眩い光を感じ、ルインは小さく呻く。
「大丈夫か?何かうなされてたけど・・・」
ユーガは心配そうにルインの顔を覗き込み、そう声をかけた。ええ、と小さく頷いて、ルインは体を起こした。
「大丈夫です・・・ありがとう、ユーガ」
ルインは辺りを見回して、時間を見た。朝の九時。寝過ぎてしまったか、とルインは息を吐きながらユーガの顔を見て、あ、と小さく声を上げた。
「ユーガ、それよりも・・・」
「ん?」
「昨日の事、恐らくトビとミナしか知らないと思いますが・・・なるべく他の方には口外しない方が良いかと」
昨日の事とは、恐らくユーガがフルーヴの言葉に激怒して斬りかかった事だろう、とわかった。ユーガは眼を見張って、ルインを見た。
「・・・気付いてたのか⁉︎」
「私の固有能力、甘く見てますか?あれほどの元素(フィーア)を出していたら、さすがにわかりますよ」
「そ、そういうわけじゃねーけど・・・」
「・・・あなたのその力は・・・一歩使い道を間違えれば、世界が滅ぶ可能性もあります。無闇に力を使わないように。良いですか?」
「・・・う、うん。わかった」
ユーガは頷いて、自分のその眼に手を当てた。特殊な固有能力、『緋眼』。その力が、世界を滅ぼしてしまうほどの力だという話はーやはり、本当なのだろう。昨日の晩、あれほどの力を出せたのだから。
「あなたの『緋眼』には元素を乖離させる力があります。無闇に使えば・・・わかってますよね?」
加えて、そう釘を刺された。以前から、ルインに言われていた事だ。トビの持つ『蒼眼』は元素を集め、ユーガの『緋眼』らそれを乖離させる力を持つ、という話だ。
「・・・ああ。わかってる」
「結構です。・・・さて、他の皆さんはどうしてますか?」
「朝ごはん食べて、フェルトラの近辺にいるらしい。ルインが起きないから、先に食べようって話になったんだ」
「おや、それはそれは・・・ご迷惑をおかけしましたね。わざわざお呼びいただきありがとうございます、ユーガ」
「いや、良いよ。俺もまだご飯食べてないし、良ければ一緒に食べようぜ!」
恐らく、ユーガは空腹を我慢してくれていたのだろう。トビ達は食べたというのに、自分を孤独にさせないために。、ユーガは朝食を我慢してくれていた。ルインはその事に気付いたが、あえて何も言わずにベッドから起き上がった。
「わかりました。では、朝食を取りに行きましょう」
「ああ!」
ルインは服を整え、ユーガと共に部屋を出た。こういった少しの気遣いができる事が、ユーガの良いところだ。本人は否定するかもしれないが、それが事実だ。ルインは小さく、ありがとうございます、と呟いて、食堂へと向かった。

「なぁ、ルイン」
ユーガは朝食であるパンを飲み込んでから、反対側の椅子に座っているルインを見た。
「はい?」
ルインが紅茶を飲む手を止め、その深緑の瞳でユーガを見る。
「前から気にはなってたんだけど・・・何で『人工精霊』の事とか知ってたんだ?」
「いきなり元素の総量が増えた、と感じまして・・・調べてみた結果、その名前が。封印された技術という事だったので、安心してましたけど・・・」
「その、封印された技術ってのが・・・解かれた・・・?」
「恐らくは」とルインは一度紅茶を口に含み、飲み込んだ。「フィムの仕業でしょう。彼ならその程度、造作もないでしょう。以前メレドル山脈で、私が空を見上げていた事・・・覚えてますか?」
「あ、うん」
「あの時、風の元素が莫大に増えたんです。それを感じ取ったんですよ」
「もしかして、その時に・・・」
「ええ。フィムか、スウォーか・・・とにかくどちらかが『人工精霊』を解き放ったのは間違いありません。その後も何度か感じましたから」
ユーガは、なるほどな、と呟いて再びパンを口に含んだ。そして、そのパンを飲み込んでユーガはルインに笑顔を向けた。
「・・・やっぱ、ルインはすげぇな!」
「え?」
「ルインのその固有能力って、特別な物なんだろ?それを誰かのために使えるって、マハはやっぱ自慢の仲間で友達だよ!」
その言葉を聞いて、ルインは記憶の片隅に残る両親の記憶を思い出した。今朝の夢でも出てきた、あの言葉。
『ルイン、あなたには誰よりも優しい力があるのよ』
他の固有能力とは違っていた事を気にしていた幼いルインを救ってくれた、その言葉。親を失ってから、理解してくれる者が現れる事はなかったが、今こうして、自分の身近にそれは現れた。共に世界の危機に立ち向かい、心を一つに突き進む『仲間』が。そのおかげで、ルインは強くなれた。精神的にも、能力的にも。きっと、以前の自分ならー。
(潰れていたでしょうね・・・私は・・・)
この壮大な問題に立ち向かえずー立ち向かえたとしても、きっとスウォーや敵にやられていただろう。しかし、それでも守る物ができた。『仲間』を、『絆』を本気で守ると決めたのだ。ユーガが『絆』を信じると言うのならば、自分はそれを守ってみせようじゃないか。幼き頃、親を守れなかった。大切な家族を、自分の力で守る事ができなかったからこそー。
「・・・守ってみせますよ、必ず・・・見ててください、お母様・・・お父様・・・」
ルインのその小さな呟きは、ユーガの耳には届かなかった。ルインは美味しそうにパンにかぶりつくユーガを見て微笑を浮かべ、再び紅茶に口をつけた。

昼時。ユーガはルインと別れ、フェルトラの街を歩いていた。この街は、復興作業が始まっている。今朝早くにリフィアが街の復興を頼んだおかげか、すぐにその作業は始まっていた。
「流石・・・この街の英雄というか・・・」
ユーガは苦笑して呟き、辺りを見回した。ある程度復興が進んでいる家もあれば、まだ復興が始まってすらいない家もある。仕方のない事だが、人手は足りない。仲間達も適度に復興を手伝っているー中でも、トビは気怠そうにしていたがーらしい。ただ、この街の人々は模造品(クローン)でできた街と以前ポルトスから聞いていたが、どうやら模造品だけの街ではないらしい。以前来た時は確認する暇もなく、旅立ってしまったからわからなかったがこうしてオリジナルの人々と模造品の人々が共存している事に、ユーガはほっとした。だけど、と疑問に思う。
(スウォーは・・・どうしてこの環境で育ってきて、オリジナルの人々を憎んでるんだ・・・?)
オリジナルの人々と、模造品の人々が共存している街であるフェルトラで育ったにも関わらず、オリジナルの人々全てを滅ぼそうとするスウォー。その理由が、どうしてもわからなかった。
「人々の温かさとか・・・わかるはずなのに・・・」
「・・・世の中は甘くねぇって事だろ」
ユーガの呟きにそう返した声の方を振り向くと、そこにはトビが腕を組んで立っていた。
「どういう事だ?」
「この街でオリジナルと模造品が共存し始めたのはつい最近らしい。・・・この意味がわかるか?」
「・・・スウォーが住んでいた頃は、まだこんな風な感じじゃなかった・・・?」
そういう事だ、とトビは呟いて頷き、足元に降り積もった雪を手のひらに掬い上げた。
「・・・面倒ごとにまた巻き込まれるとはな・・・ったく」
その雪を地面に落とし、トビは嘆息しながら言った。
「・・・怒ってるか?」
「・・・さぁな。ただ・・・お前の信じる『絆』を見るって言ったしな。それを証明してもらうまでは手伝ってやるよ。・・・不本意だがな」
「・・・ありがとう。俺、本当にトビに助けられっぱなしだな・・・」
「・・・わかりきった事だろ。今更だ」
「それでもだよ。・・・ありがとう」
ユーガは笑みを浮かべてそう言うと、トビは鼻を鳴らして踵を返して歩いて行った。トビに今言った事は本心だ。助けられっぱなしなのは本当であるから。だがー。
(・・・俺も、少しはトビを助けられるようになりたいな)
ユーガの心に僅かにその思いが宿った事には、誰にも気付かなかった。
「おーい、ユーガ!」
名を呼ばれ、その方向を振り向くとネロがユーガに向かって手を振っていた。
「ネロ!どうしたんだ?」
「ルインからの伝言があってよ、探してたんだ」
「え?ルインから?」
「ああ。シレーフォに向かうのは明日らしいから、準備を整えとけってよ」
「明日・・・?何で?今すぐじゃダメなのか?」
ユーガの疑問にネロは、いや、と頭を掻いた。
「俺もそう聞いたんだけどよ・・・お前が疲れてるとか何とかって言って・・・」
「俺が・・・?」
もしかしたら、昨日の晩の事を心配してくれているのかもしれない。『緋眼』が暴走しかけたのだから、ルインも気にかけてくれているのだろうか?
「・・・わかった。ルインに了解って伝えといてくれるか?」
「おっけー。・・・その前に、なぁ、ユーガ」
「ん?」
ユーガがネロの方向を向くと、ネロは自身の剣に手をかけていた。
「疲れてるとこ悪いけど久しぶりに稽古といこうぜ。ここなら人も少ないし、危険もないだろ?」
「いいけど・・・いきなりどうしたんだ?」
「理由はねーけど、ただやりたくなっただけさ」
「・・・わかった、良いぜ!」
ユーガは剣を引き抜き、戦闘の構えを取った。本当に久しぶりだな、と思いつつ、ユーガは剣を振った。同時にネロも抜刀し、ユーガの剣を受け止める。金属と金属がぶつかり合う音が、辺りに響き渡った。
「喰らえ!瞬烈火っ!」
「受けろ!雷斬牙っ!」
ユーガはネロの攻撃を避けつつ、さらに攻撃を重ねていく。ネロはそれを見切っているように剣と鞘で受け止め、跳躍し一回転しつつその反動でユーガに斬りかかる。ユーガはすんでのところでかわしたが、ネロの剣がユーガの髪が少し触れ、その毛先が舞った。
「あ・・・ぶねっ・・・」
「くそ、避けたか!」
ネロは悔しそうにしながらも笑い、ユーガを見た。
「・・・やるな、ネロ・・・」
「へっ、負けてられねーからな!」
ネロは言って、再び剣を納刀してユーガに向き直った。ネロが得意なのは抜刀術であるが、自分は得意ではない。ユーガの流派はネロと同じ流派ーシルヴァ流ーでありながらも、ユーガが独自にそれを自己流に変えていった物だ。
「・・・しかし、ホントにユーガの剣技は独特だよな」
「そうか?」
「ああ。体術も含めてるだろ?」
ネロの言葉通り、ユーガの技には数多く体術が含まれている。拳で殴ったりする事が多く、それはユーガだけの独特な剣技として確立されている。
「もう、それはシルヴァ流じゃなくて『サンエット流』なんじゃないか?そういう流派作れば良いじゃんか」
「いや、それは流石に・・・」
ネロの言葉に、ユーガは苦笑して否定した。『サンエット流』だって?ユーガはそもそも人に教える事が得意ではないし、そんな流派を作ったところで何があるんだ?とユーガは真面目に考えた。ーと、ネロが、あー、とバツが悪そうに頭を掻いた。
「冗談だよ、ユーガ・・・そんな真面目に考えんな。冗談振ったこっちが恥ずかしい・・・」
「え、冗談?何だよ、冗談かよ」
ユーガは頭を掻いて一瞬前の、間に受けた自分を恥じた。本当に、ネロはこういう時冗談が上手いように、ユーガは感じた。ー実際のところは、ユーガが単純すぎてそう思っているだけなのだが。簡単に見抜けるような嘘をユーガについてもそれを間に受けて信じてしまうので、そういうところは本当に天然である。
「ネロ?稽古しねーの?」
ユーガが剣を構えると、ネロは笑みを浮かべて嘆息した。それは、まるで子供を見つめる父親のようでー。
「・・・今日は、もういいや」
「え?」
「気が済んだからよ。とにかく、明日はシレーフォに向かうから準備しとけよ?」
ネロはそう言って、さっさと手を振っていつの間にか振っていた、振りしきる雪の中を去っていった。ユーガは首を傾げながら、はぁ、と息を吐いた。ネロとの稽古でそれなりに体も温まったが、もうすぐ体も冷えてしまうだろうな、と思いながら、ユーガは雪を見つめながら、宿へ戻っていった。

「トビ様!ご無事で何よりでございます!」
シレーフォに入った瞬間、ユーガ達を出迎えたのはクィーリア兵のそんな声だった。恐らく、戦争に巻き込まれたとでも思っているのだろう。ー直接的に関係したわけではないが。とにかく、兵士達は心配していたのだろう、中には涙ぐんでいる兵も見えて、ユーガは唖然とした。その横でミナが、なるほど、と呟いて腕を組む。
「・・・これは、トビさんにファンクラブがあるのも納得です・・・」
「ホント」とリフィアも、うんうん、と頷く。「トビ君って人気なんだね・・・羨ましいなぁ」
「トビはクィーリアの人々から慕われているのですね」
トビはルインの言葉に鼻を鳴らして答えたが、これほどの人気だ。自分達の知らないところで、トビは何かを成し遂げているのかもしれない、とネロは思った。
「・・・おい」
トビは先程の兵士に声をかけると兵士は、姿勢を正してトビに向き直った。
「はっ、いかがされましたか?」
「この近くで四大幻将の・・・ロームを見てねぇか?」
「そ、それが・・・」
「?」
「つい先日・・・その、ロームを捕らえまして・・・」
兵士の思いもよらぬ発言に、ユーガ達は眼を見開いた。捕らえた、だって?あのロームを?
「あ、あの・・・どうして捕らえる事ができたんですか・・・?」
ユーガは素直に疑問をぶつけると、兵士はまるでユーガがそこにいた事に初めて気がついたように驚いて、口を開いた。
「いや・・・特に何もしていないが・・・いきなり牢屋に入れろとか何とか・・・」
「・・・自分から牢屋に・・・?」
ユーガは腕を組んで考えたが、ロームの行動が読めたりはしなかった。
「・・・それ」とシノがやや呆れ顔で呟く。「捕らえた、のではなく・・・自分から入った、の間違いだと判断しますが」
「・・・確かに」とネロ。
「ですね」とミナ。
「ねー」とリフィア。
「否定はできませんね」とルイン。
ユーガとトビも黙って頷き、兵士は少し落ち込んだように顔を俯かせた。
「じゃ、ロームに会いに行くとするか」
ネロの提案に、ユーガは頷いた。そうだな、と言って、城のある方向を目指して歩いた。その途中、ミナが立ち止まっている事に気付き、ユーガはミナの横に立って、どうした?と首を傾げた。
「・・・ユーガさん」
「ん?」
「ユーガさんは・・・自分の模造品であるスウォーさんや兄弟であるフルーヴさんと戦う事は・・・怖くないんですか?」
「・・・え?どうしたんだ?いきなり・・・」
「私は・・・怖いんです。スウォーさん達と戦う事も・・・私の固有能力も・・・」
ミナはそう言うと両腕を、ぎゅ、と握った。その肩が僅かに震えている事に、ユーガは気付かずにはいられなかった。ユーガはそれを包み込むように笑って、ぽんぽん、とミナの頭を軽く叩いた。
「大丈夫、俺達は一人じゃないだろ?それに、もしミナが危なかったらこれから先もずっと俺達が・・・俺が守るよ!」
「こ、これからもずっとって・・・」
ミナはユーガの発言に、顔を赤らめた。これからもずっとー?それは、つまり結ー。
、俺はミナも皆も守りたいからさ!」
仲間として。その言葉で、ミナは一気に高まった熱が冷めていくのを感じた。
「そ、そうですよね・・・。ユーガさんにはもっと良い相手が・・・いると思われますし・・・」
「え?なんか言ったか?」
ミナの呟きを、ユーガはよく聞き取れずに尋ね直した。ーだが、ミナはそれに答える事なく首を振る一点張りで押し切った。やがて、ユーガはシレーフォの街の中にあった機械に、何だこれ、と眼を輝かせて飛びついた。これはこうだ、それはそうだとトビに説明を受け、ユーガはさらに眼を輝かせる。それを見ていたミナの横に、ネロが立った。
「ミナ」
「・・・はい?」
「ユーガにはそんな細かい事を考える頭は無いよ」
先程の話の流れを見られていたのか、とミナはわかり、少し顔が熱くなるのが自分でもわかる。
「・・・え、み、見て・・・たんですか」
「・・・そういう、細かい事を考えない事はユーガの良いところでもあって、悪いところでもあるからな・・・」
ネロは、やれやれ、と呆れたように腕を振った。ーしかし、その顔に僅かながら笑みが浮かんでいる事にミナは気付いた。まるで、子を見守る親のような表情でー。
「ま、ミナ。あんま気にしすぎんな。ユーガの天然たらしはいつもの事だし」
やはり、ネロは気付いている。ミナがユーガに向ける思いも、何もかも。
「何かあったら相談にも乗ってやるからよ」
それは、ユーガの幼馴染としても、一人の男性としても、仲間としてもミナの力になりたい、というネロの心の表れの言葉だ。ミナは、ふふ、と微笑んでから一度ユーガを見てからネロを見て、
「ありがとうございます、ネロさん・・・」
とネロに言った。

シレーフォの牢屋を見てユーガは、ぞくり、と背筋が凍るのを感じた。ーいや、牢屋を見て、と言うよりも、留置場に入る前にあった『とあるモノ』を見てからだ。それはネロやミナも感じていたらしく、少し体をこわばらせている。
「なぁ・・・トビ」
「あ?」
「あのさ・・・留置場の前にあった『アレ』は・・・何だ?」
「ああ、『アレ』か」
トビは少し意地悪そうな笑みを浮かべてユーガを横眼に見た。ごくり、とユーガは唾を飲み込んで、トビの視線を受け止める。
「『アレ』はムチだ」
「だよな⁉︎どう見てもあんなのムチだよな⁉︎」
「で?それが?」
「いやいや、何でムチがあるんだよ⁉︎力づくで吐かせるタイプなのか⁉︎」
「そうに決まってるだろ。何言ってんだ?」
あたかも『アレ』がある事が当たり前であるかのように言うトビとそれに頷くシノを見て、ユーガはー。
(・・・何か、サイコパスの匂いを感じる・・・)
絶対に罪を犯さないー既に世界を救うためとはいえ多くの人々や魔物の命を奪ってきてしまったがーように、固く決意を決めた。それは他の仲間達も同様だったようで、トビはそれを見て少し嘆息した。
「・・・よほどの事をしねぇ限りはムチでしばかれる事はねぇよ。何をそんなに焦ってんだ」
「いや・・・そうだとしても怖えよ」
ネロの一言に、リフィアも頷く。
「とても冷静ではいられないよね・・・」
「もはや」とルインが少し呆れたように呟く。「それに慣れてしまっているトビとシノが羨ましいですよ・・・」
ーだが、ルインは内心で少し喜びを感じていた。それは、トビが変わってきている、という喜び。以前までのトビなら、ムチの話だったりはしてくれないだろうと思ったのだ。それに、もししてくれたとしてもあのような安心させる一言までは言わない筈だ。恐らく、ユーガも気付いているだろう、とルインはユーガを振り向いて、ああ、と頭を押さえた。ユーガは先程のムチの話で想像以上に怯えており、誰が見てもわかるほど足ががくがくと震えていた。それどころではない、と顔で言っていた。
「・・・ゆ、ユーガ?あなたは別に罪を犯してはないでしょう?」
「い、いや・・・いつかかかる事になるかもって思うと・・・今からめちゃくちゃ怖くなってきた・・・」
やれやれ、とトビは嘆息した。これから罪を犯す予定でもあるのか、と呆れ、視線を前に戻す。ーすると、その先の牢屋に『彼』はいた。ユーガもそれに気付いて、顔を引き締めて『彼』を見つめる。
「・・・ローム・・・!」
「貴様らか・・・」
ユーガはロームがゆっくりと立ち上がるのを見て、反射的にそれぞれの武器に手をかけた。もちろん、ロームは自慢の武器である鎌も無いので攻撃してくるという事はないだろうが、なぜかユーガ達はその構えのまま警戒を解けなかった。ー解いたら、自分の命が無くなるのではないか、と不思議とユーガ達は思った。その中で、ロームはゆっくりとユーガ達を一瞥すると、いきなりユーガに枷にはめられたまま右指を突きつけた。
「戦争を一時的に止めたようだが・・・それはスウォー様を止めなければ意味はないぞ」
「ええ、そうですね」
戦争は、止まったというわけではない。ただメレドルに元素障壁(フィアガドス)を張って立て籠っているだけであり、スウォー達の陣営は立て篭もられた以上、攻撃は無駄だと判断して攻撃を止めただけである。詰まるところ、根本的な解決とまではいっていないのだ。ルインもそれを理解しているからこそ、ロームの言葉に頷いたのだ。だからこそー。
「ローム。スウォーは・・・兄貴と一緒に制上の門にいるのか?」
「そうだ」と、ユーガの質問にロームは頷く。「スウォー様とフルーヴは制上の門で貴様らを待ち受けている」
それを聞きトビは、へぇ、と嫌味を込めて眼を細めた。
「てめぇらの主は不意打ちで殺しにくるような野郎かと思ったがな」
「我らの主はそのような事はせぬ。勝負を決める時は必ず正面からだ」
よく言うぜ、とトビは内心悪態を吐いたがそれを口に出しはしない。散々命を狙っておいて、今更か。
「ロームさん」
ーと、それまで沈黙を守っていたシノが口を開いた。ロームの眼がじろりとシノに向けられ、シノはそれを受け止めて無表情のままロームの牢屋の前に立った。
「あなたの『人工精霊』・・・既に解放されていますよね」
「え⁉︎」
シノの驚きの一言に、ルインも頷く。
「やはり、そうですか」
「・・・ど、どういう事?説明してよ。ルイン君、シノちゃん」
流石のリフィアも驚いてルインに説明を求める。ユーガ達も意味がわからずルインが口を開くのを待つと、ルインは嘆息して、簡単ですよ、と呟いた。
「私は固有能力で確認しましたからね。もうここに来た時には、炎の元素は少し減っていましたから」
「私はルインさんの感じで何となく」
何となくで理解できるのかよ、とトビは呆れたが、シノは思ったより人を見ている。呆れ半分、流石だな、と思わざるを得なかった。
「けど、どうしてそれを教えてくれなかったのですか?」
ミナのその質問は、もっともだ。話しておいてくれれば、話がスムーズに進んだかもしれない。
「聞きたい事があったからですよ」
「聞きたい事・・・?」
「ええ。・・・ローム、フィムはどこにいますか」
ルインの問いかけに、ロームの表情が固まるのがユーガ達にはわかった。しかし、それでもルインは追求する。
「・・・さぁ、教えてください。フィムと・・・ソニアさんは、どこにいますか?」
その名が出た途端、シノの顔にはっきりと同様の色が浮かんだ。その名が出る事は完全に予想外だったらしく、誰が見てもシノは動揺していた。
「・・・え?ル、ルイン、さん・・・」
「ソニアさん、って・・・」
ユーガが聞いた事があるようなその名前を復唱すると、すかさずリフィアが側に来て、
「シノちゃんのお母さんの名前だよ」
と教えてくれた。そうだ、シノの母親の名はそんな名前だった。ユーガはそれを思い出して、はっとした。確か、シノの母親はー。
「・・・・・・」
「教えてください、ローム」
「・・・貴様らに教えて、何ができる」
「フィムを倒して『人工精霊』を解放して、その後スウォーとフルーヴを倒しますよ」
「随分と夢を見た言葉だな。『ケインシルヴァの天才魔導士』」
そうですね、とルインはやや自嘲するような表情を浮かべるが、ちらりとシノを見るとその表情は笑顔の裏に隠れてしまった。
「それに、大切な仲間を守るためでもありますからね。ソニアさんに会う事で、それを果たします」
それは、これまでのソニアの行動を知ってのルインの優しさから溢れた言葉だ、とユーガにはわかった。そして、それを理解したからこそ、ユーガはロームに向き直ってー。
「ローム。・・・俺からも頼む」
その頭を、下げた。ユーガ以外の全員が息を呑んだのを感じたが、そんな事は関係ない。仲間を助けるためだから。
「確かに俺達は敵同士だ。だけど・・・仲間を助けたいんだ。だから、頼む。フィムの居場所を教えてくれ」
「・・・ローム」と、今度はトビが口を開く。「吐かないのならお前をムチでしばく事になる。お前が吐くか、死ぬまでな」
シノは黙って見ていたが、その胸には僅かな疑問が生まれていた。なぜ、こんな自分のために彼等は必死になるのか。言ってしまえば、関係のないのに。そして、親にすら好かれない自分に彼等はなぜ、価値を見出すのか。不思議で仕方なかった。こんな自分を、仲間だと言う彼等の事が。
「俺は」と、ロームに向かってユーガは拳を突き出す。「シノを助けたいんだ。世界を救う事も大切だけど、仲間も助けたい。俺にできる事は限られてるかもしれないけど、俺には皆が・・・仲間がいるんだ。俺にできない事は、皆が助けてくれるから・・・。今回の事も、俺だけじゃできない。だけど、仲間がいるから不安はない。だから、俺達に・・・教えてくれ。頼む」
「・・・・・・」
ロームは、黙ったまま何も言わない。まるで、ユーガの真意を確かめるように、探るように。ユーガから眼を離さず、二人の視線がまっすぐに交差する。ユーガはそのロームの視線を受けて、はっとした。その顔は、今まで見た事が無いほど優しい表情を浮かべていたのだ。
「・・・良いだろう。だが、条件付きだ」
「・・・条件?」
ユーガが首を傾げると、ロームはゆっくりと頷いた。
「我をここから解放しろ。そうでなければ、以前ここでその『蒼眼』の少年と会った時のように幻覚を見せる事しかできなくなるからな」
「・・・なるほど、ありゃ幻覚だったのか」
トビは以前、謁見の間でロームが突如として消え失せた時の事を思い出した。恐らく、シノも。あれは、ロームの実体ではなく幻覚だった。だから、煙のように彼の姿は消えたのだ、とわかる。
「・・・ユーガ、どうします?」
ルインがぼそっとユーガに耳打ちし、ユーガは少し考えた。ここでロームを解放すれば、制上の門でスウォー達と共に待ち受けるだろう。そして、自分達を全力で倒しにくるはずだ。ロームはーいや、『四大幻将』である四人は『人工精霊』の力を使わなくとも強敵だ。だが、ユーガは顎から手を離してロームを見た。
「わかった。その条件を飲むよ。ただ、レイト・・・じゃなくてフィムとソニアさんの居場所は教えてもらうからな?」
「良い判断だな」
ロームは、にやり、と笑みを浮かべてユーガ達を見た。その後ろでリフィアは、ふーん、と意味ありげな笑みを浮かべた。
(・・・ローム君なら・・・この程度の檻くらい壊して脱出できそうだけどなぁ。それをしなかったって事は・・・)
ユーガ達に、会うため、と取って良いだろう。その目的まではわからないが、彼等が何かを企んでいるのは確かだ。ーだが、条件を飲まなければ仲間を救えない。リフィアは内心、やれやれ、と首を振っていつも通り明るい笑みをその顔に浮かべた。
「フィムとソニアは、今ー」
ロームは淡々と話し始め、ユーガ達はそれに黙って耳を傾けた。聞き逃さないように、仲間を救うために。その中で、シノは少し俯いている事にトビは気付いたが、彼はあえて何も言わなかった。

「・・・さてと・・・」
とある海沿いの洞窟で、彼はー『四大幻将』である『煉獄のフィム』は、体を伸ばしてゆっくりと座っていた椅子から腰を上げた。
「ソニア。この研究結果はどうなってますか」
「・・・はい。こちらです」
ソニアと呼ばれたその女性は、シノのような金髪を長く伸ばしていて、その眼もシノと同じ青色。服装はトビやシノとはまた違った、どこか高貴さすら思わせるようなクィーリアの軍服を身に纏っている。
「なるほど。わかりやすくまとめていただきありがとうございます」
ふふ、とフィムは怪しげな笑みを浮かべて資料を見て、満足そうに頷く。その横で、ソニアが唇を噛み締めるのをフィムは確認した。
(・・・まだよ。まだ私は・・・研究しなければならない)
研究こそが、ソニアの生きている理由。子供が産まれようとも、関係などない。説明したところでわかってもらえないのだから、彼女は子供の存在を頭から消した。時々、あの無垢な瞳で自分を頼るシノの姿を消すために、さらに研究に励んだ。それでも忘れる事はできず、彼女は酒に溺れもした。ーそれは。
(どうせ・・・誰にもわかってなんてもらえないのよ)
シノが『クィーリアの天才魔導士』という称号を得た時、激しい怒りと悲しみに襲われた。どうして、こんなに努力しているのに、他者は認めてくれないのか。結局のところ、努力したって才あるものが認められるだけなのか?いや、そんな筈はない。認められなくても良いから、せめて自分を馬鹿にした奴には一泡吹かせてやりたい。
「・・・『クィーリアの天才魔導士』・・・は・・・私よ・・・あんな出来損ないよりも・・・」
その呟きが、隣のフィムに届いたかどうか。それは誰にもわからなかったが、フィムは黙ってその資料を机に置いた。ぱさ、と紙が落ちる音が沈黙の洞窟内に響き渡り、それ以上彼等は言葉を交わさなかったー。
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